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26話 報告1 (ミレーユ視点)

 時刻は午後2時。

私達は第2都市アウインの街に戻ってきた。


 私達を乗せた馬車はアウインの大通りを進んでいく。

大通りは馬車のまま通ることが出来るため、

冒険者ギルドまで馬車のまま移動できる。


 馬車の中から外を眺める。

今日は天気も良く、大通りは大いに賑わっていた。

道端には露天商が店を開き盛んに取引を行い、

その横を荷物を積んだ馬車が行き交う。


 のどかな田舎町もいいが、私にとってはこの街の喧騒の方が好みである。

ようやく帰ってきたという感じだ。


 今回のブルード鉱山の依頼は、私にとって実りの多い依頼になった。

何よりも一人も欠けることなく、この街に帰ってこれたことが嬉しい。


 私は過去のダンジョン探索の失敗により、

パーティーの壊滅を経験し、冒険に出ることはなくなっていた。

しかし、ソージの依頼に乗っかる形であるとはいえ、依頼を達成することが出来た。

これで長年、悩まされていた心の傷も随分と和らいだ様に思う。


 今回の依頼は、私としては満足の行く結果を得ることが出来た。

では、隣を歩く彼らにとってはどうだったのだろうか?


 この国では珍しい黒髪黒目のヒューマンであり、高レベルの聖騎士ソージ。

そして、ソージにぴったりと付き従うエルフの元奴隷リゼット。

彼らにとっても今回の依頼が良き物であったのなら良いと思う。


まあ、裏で色々と暗躍をしている私が言えることではないのだが……



「ここがソージ様が住んでいる街……

大きい……人がいっぱい……エルフも居る……」


馬車の中から外を覗いたリゼットは感嘆の声を上げる。


「そうだな。

ブルードの町に比べれば人は多いし、

エルフ以外の種族も普通に生活している。

ここがこれから自分達が住む街だよ」


それに対してソージは答えると、一度咳払いをした後に、

気恥ずかしそうに続ける。


「……あと、『様』はいらない。

一応、夫婦になったんだからさ。

自分はリゼットと呼ぶ。

だから、リゼットもソージでいいよ。

敬語も要らない」


「えっと……ソージ……」


「ああ、それでいい」


「ソージ……さん……」


「うん?」


「ソージ、さん……」


「ソージでいいぞ?」


「……呼び捨ては、恐れ多いです……」


「……まあ、無理しても仕方ないし、それでいいよ」


「はぁ、何やってんの二人とも……

あと、私も敬語はいらないわ。

そもそもソージはなんで私に対して、未だに敬語なのよ。

レベルも年齢もソージの方が上でしょ」


「いや、経験や知識はミレーユさん……

おっと、経験や知識はミレーユの方があるだろ」


「そりゃ、そうかもしれないけど……

ただ、人によっては自分よりもレベルの高い者に敬語を使われる事は、

居心地悪いって人はいるからね。」


「……」


「ソージ、聞いてる?」


「……やっぱりなんか違う。

ミレーユさんだな。呼び捨ては何かしっくりこない」


「しっくりこないって……あんたの中の私はどういうイメージなのよ」


「いえ、自分の口からはちょっと……」



そんな雑談をしていると、冒険者ギルドに到着する。


 冒険者ギルドは大通りの活気とは反対に、しんと静まり返っていた。

普段ならこの時間は多くの冒険者が出入りしているはずだが、

今は、扉は硬く閉ざされている。


「……休みか?」

馬車から降りたソージは、ギルドの扉の前で呟く。


「違うわよ。ほら、今日はお客さんが来てるからね」


私はギルドに横付けされた教会の馬車に指を指して言う。


「教会……?」


「……すぐに分るわ。

戻ったわ、開けなさい」


中から物音がすると、鍵が外れる音がする。


「ほら、ソージ」


「……自分ですか?」


「そりゃ、そうでしょ。今日の主役はソージなんだから」


ソージは怪訝な顔をしつつも、扉を開く。




 ギルドに入ると、ギルド長のボリス、ソージ担当のギルド職員ソフィー、

そして、教会から派遣された神官が既に待機していた。


「ソージさん、ミレーユさん。

ご苦労様でした。無事の帰還嬉しく思います」

そう言って、ソフィーは頭を下げる。


「はい、ソフィー。

これが今回の依頼の報告書。

私がチェックしてるから不備は無いと思うけど、一応確認しておいて」

「分りました。それでは私は失礼します」


 ソフィーは私から報告書を受け取ると、ギルドの奥に引っ込んで行く。

そして、ソフィーと入れ替わるように神官が前に出て一礼する。


「はじめまして。私は今回教会から派遣された聖騎士、エリックと申します。

早速ですが、あなたが討伐した邪教徒の確認をさせて下さい」


 教会から派遣された神官『エリック』

青い髪に青い瞳、年齢はまだ若く20代前半といったところか。

だが、立ち振る舞いに隙は無く、

熟練の聖騎士にも決して引けを取らない。

私は顔に見覚えは無いが、相当の実力者であることは伺える。


なるほど、教会は今回の事件を重く受け止めているようだ。


「分りました。

……しかし、えらい準備がいいな」


 エリックに聖布に包まれた邪教徒ソウルイーターを引き渡しつつ、

ソージは小声で呟く。


「そりゃそうよ。

ソージがダンジョンから出て来てすぐに、

ギルドと教会には私が伝令を出したもの」


「ああ、なるほど」


ソージは感心したように頷く。


……この反応が良く分らない。

私がやっていることなんて、ソージが成した事に比べれば大した事は無い。


 邪教徒の討伐。

聖騎士であれば誰もが羨む快挙を上げたにも関らず、

ソージの反応は非常に淡白だ。


 ソージは邪教徒には不快感を示し、

あいつらは糞だ、と悪態をつく。


 それは私達と同じだ。

しかし、邪教徒を討伐したことを誇ろうとしない。

それが分らない。


 邪教徒の討伐は聖騎士の重要な使命の1つだ。

私達の存在意義だと言い換えてもいい。

だから、これを誇らずにあっさりとした反応をされると、

私達は何のために存在しているのか分らなくなる。


私が思案する中、エリックは聖布を解きソウルイーターを確認する。


 ソウルイーターは真ん中から折れ、既に機能は停止している。

しかし、その剣が持つ禍々しい魔力の残滓は未だにこびりついている。


「おお、なんとおぞましい……

これは間違いなく本物です」


彼は漂う魔力の残滓に顔を歪めながら断言する。


「ソージ様、長旅でお疲れのところ申し訳ありません。

教会で詳しいお話を伺いたいのですが、宜しいですか?」


ソージは一瞬こちらを伺うが、私は目で合図する。


「……ええ、構いません」


「馬車は待機させております。

こちらに」


「私も行くわ。

リゼットはここでお留守番ね」


「うん、なぜだ?

リゼットは自分と一緒にソウルイーターと戦ったのだから、

彼女も来た方がいい」


「戦ったと言っても、その場に居ただけでしょ……

そもそも、教会の奥には神官以外は立ち入り禁止なのよ」


「……それなら仕方ないか。

すまん、リゼット。なるべく速く戻ってくる」


「そう言う訳だから、ギルド長。

リゼットは大切な客人だから、丁重に持て成しておいて」


「承知しました。彼女のことは任せて行って来なさい」

「い、いってらっしゃいませ、ソージさん」


ギルド長は、優雅に頷きを返し、リゼットはソージに頭を下げる。

そして、私達は教会の馬車に乗り、アウイン中央教会に移動した。



 『アウイン中央教会』

その名の通りアウインの中央に位置する教会であり、

この街最大の教会である。


 大理石で出来た聖堂や天井の特大のステンドグラスなど、

豪華な造りをしており、王族の葬儀や結婚式等も執り行っている。

また、この教会はアウインに所属する神官の取り纏めも行っており、

高司祭の任命等の儀式や管理も行っている。


 私達を乗せた馬車は教会の裏に回ると、そこで降ろされ、

そのまま教会内の一室に案内される。


 教会内に入ってから、この部屋に来るまで、

誰ともすれ違うことは無かった。


人払いは済んでいるということか。



 私達が通された部屋は特に特徴もない、小さな部屋だった。

部屋は無人で、装飾品は特に無く、置いてあるのは机と椅子しかない。

この広さなら、せいぜい5、6人しか入れないだろう。


 各々が席に着くと、ソージはエリックに当時の状況を説明する。

ソージは鉱山やダンジョンの地図を描き、

どこでどのように戦ったのか、詳細に説明していく。


 この辺りの説明は、ソージに任せてしまっても良いだろう。

そもそも、私はダンジョンには潜っていないのだから。

私は説明をソージに任せ、ソージの様子を観察することにした。



 聖騎士のソージ。

一ヶ月程前に突如現れた不審な聖騎士。

彼の扱いに戸惑っているのは、冒険者ギルドだけではない。

むしろ一番戸惑っているのは、ここ教会だった。


 元々、教会がソージに関心を持ったのは一ヶ月ほど前になる。

不審な聖騎士がいるので何とかして欲しい、という住民からの苦情であった。


この苦情に対して、教会は初め何もしなかった。


 聖騎士といっても誰しもが品性高潔なわけではない。

荒くれ者も多く、酔っ払って喧嘩をする等といったことは普通にある。

度が過ぎれば処罰されることもあるが、それでも奉仕活動1週間とかそんな程度だ。


だから、教会も最初はその類のものだと思って放っておいた。


まあ、ちょうどこの時期から、

場違いなモンスターやアンデッドの目撃情報が上がってきており、

そちらの確認を優先させたという事情もあるのだが……


 最初は放置を決めた教会だが、住民からの問い合わせは、

1週間を過ぎても途切れることは無かった。

ここでようやく教会は、重い腰を上げて調査を開始した。


 その不審な聖騎士は、『日本と言う国は知らないか』等の質問を

街の住人に手当たり次第に聞いて回っていた。

そうかと思えば、アウインの城壁をぐるりと一周、ペタペタと触りながら歩いたり、

橋の上を行ったり来たりと不審な行動を行う。

さらに何を思ったか、図書館に移動し本の整理を手伝ったり、

きこり小屋に向かい、薪割りを手伝ったり……


 その行動はまったく読めず、酒場、冒険者ギルド、教会……

さすがに、貴族や王族の敷地に侵入することは無かったが、

それ以外のあらゆる場所でソージの姿は確認された。



 私自身、最初にソージと出会ったのは冒険者ギルドだった。

ソージはギルドに冒険者登録を済ませると、

ギルドの職員や冒険者に、この世界のことや日本と言う国について聞いて回っていた。

その様は、控えめに言っても気狂いであり、

完全に営業妨害だった。


 私はそのソージを見て、関らないでおこうと思った。

冒険者というものは、変わり者が多いし、後ろ暗い過去を持った人間も多い。

しかし、仕事さえこなせるなら、多少の問題点には目をつぶる。


 だから、いちいち気にしても仕方が無いし、

その様な人間の対処として一番簡単で確実なのが、関らないことだからだ。



 さて、このように問題行動を起していたソージであるが、

なぜ教会は調査するだけで、直接止めるようなことをしなかったのか?


その理由は、ソージの持っている聖印や鎧、剣などが本物だったからだ。


 ソージが装備している高司祭の聖印や聖剣ムーンライトセイバーは、

レベル50以上の聖騎士が受けることが出来る試練に合格した場合に、

その証として貰えるものであり、店で買えるようなものではない。


 しかし、この試練の合格者の名簿に、ソージの名は無かった。

それ以前に、全ての神官は必ずどこかの教会に所属しているはずだが、

ソージはどこの教会にも所属をしていないことが分かった。


なぜ記録に名前の無い者が、聖騎士の装備を持っているのか?


 教会の保管庫から盗んだのか?

または、ダンジョンで力尽きた聖騎士から奪い取ったものなのか?


 だが、それは違う。

聖騎士の装備は神に認められた者以外が、身に付けても効果を発揮しない。

しかし、ソージの聖印の輝きは本物であり、その持ち主が本物の聖騎士だと示していた。



 名簿もなく、どこにも所属していない本物の聖騎士……

これは教会にとって、非常に厄介な事だ。


なぜなら、その様な聖騎士が実は存在するためだ。


 教会には一般の神官には非公開の暗部組織がある。

もしかしたら、他国の教会の暗部組織の人間なのかもしれない。

その場合、下手に触ると面倒な事態に巻き込まれる可能性がある。


だが、放置と言うことも出来ない。


 住民の苦情は横に置くとしても、ソージの出現から前後するように、

場違いのモンスターやアンデッドの目撃情報が増加していた。

ここまで、あからさまに怪しい聖騎士が何の関係もないとも思えない。


 このため、教会は直接的な手段に出ずに、

まずソージが何者なのか、調査と監視を行うことにしたのだ。



……で、私がその辺りのことを聞いたのは、

アウイン水場での騒ぎが終盤に差し掛かった頃に現れた、

教会の人間からだった。


そこで私は、『ソージを監視しろ』という命令を受けた。


 後から、のこのこ現場に現れた挙句のこれには、

正直腹が立ったが教会の御上直々の命令ともなると断り難い。


 私はギルドに籍を置く聖騎士ではあるが、教会との縁が切れているわけではない。

だから、教会には最低限の勤めは果たしておく必要がある。


 私は先程も言ったとおり、ギルドに籍を置く神官である。

私はその立場を利用し、ギルドの依頼を通してソージを監視することにした。


 その為、ソージの記憶喪失の件は教会には報告したが、

ギルドには報告していない。

なぜならギルドに報告することで、

ソージに対する依頼がこなくなると困るからだ。


 さて、こうして私はソージを監視していたのだが……

そこから分った事は、彼は常識が無いだけの、

度が過ぎるお人好しであると言うことだ。


人は窮地に立たされたときに、その本質が現れる。


 アウイン水場、ブルードのダンジョン。

いずれも彼自身も危険にさらされている状況で、

ソージは自分の身を挺して、多くの人々を救った。

このような行動を行える人間が、悪人であるはずがない。


 ただし信頼はしているが、同時に警戒もしている。

ソージが何かを隠しているのは明白だからだ。


 だが、私からその隠している何かを聞きだすつもりは無い。

なぜなら、現状でソージが頼れる神官は、私以外に居ないからだ。

つまり、私だけが高レベルのソージとのコネを持っているということになる。


 ソージと私は現在お互いに警戒しつつも利用しあっている状況だ。

しかし、私がソージの秘密に踏み込めば、今の関係は破綻するだろう。


 私からすればソージは不審なところはあるにしても、

根っこの部分が善人であることが分っている。

であるならば、手元にあるソージと言う強力なカードを捨てる事は、

馬鹿のすることだ。


私が観察している間、

ソージの説明は特に問題も無く続いていく。


そして、一通り説明し終えた後、

このまま何事も無く終わると思われたが……


問題が発生した。



少々長くなってしまったので、一旦ここまで。

今回のミレーユの報告は全3話を予定しています。

次話は日曜日に投稿します。

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