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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第1章 ゾンビより悍ましいもの
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25話 決断(リゼット視点)


 トマの葬儀を終えた後、

私はソージ様の言葉に従って、ミレーユ様との待ち合わせ場所に向かっていた。


 その場所はブルード鉱山の入り口。

今までは、この鉱山は朝も夜も多くの人たちが出入りしていた。

だけど、今は鉱山の入り口はたくさんの岩で塞がれ、

辺りにはミレーユ様以外の人は居なかった。


 その事にほっとする。

少なくともミレーユ様は私を殴ったりはしないはずだから……


 でも……ミレーユ様は暴力は振るわない変わりに、ソージ様と違って優しくない。

ミレーユ様はソージ様の行動を知るために、私を騙した。

ソージ様はその事について非難はしたが、

ミレーユ様の事自体は嫌っていないようだった。


私にはその辺りの考えが分らない。


「来たわね。」

ミレーユ様は私に気付くと微笑み、声をかける。


「あの……お話とは何でしょう?」

ミレーユ様と向き合う。


何の話だろう?


 今回の話については、ソージ様から私に伝えられたので、

前のように、私を騙してソージ様の行動を知ろうとするわけではない。


 でも、私は素直に答えた方がいいのだろうか?

私が騙されるのは構わない。

だけど、私が騙されたせいで、ソージ様に迷惑が掛かるようなことにはしたくなかった。


「うん、まず話の前に……ごめんなさい!」

そう言って、ミレーユ様は私に頭を下げた。


「あ、頭を上げてください!」

いきなりの行動に頭が混乱する。

なんで……私なんかに、謝るの?


「そう、ありがとう

で、話について何だけど……

まず、ダンジョンでの出来事をあなたの視点で教えてくれないかしら?」


「……失礼ですが……

それは何のためですか?」


私の中で警戒感が増す。

ダンジョンの出来事については、ソージ様が説明をしていたはずだ。


「警戒されてるわね……

でも、今回は別にあなたを騙そうって話じゃないのよ。

ソージが今回倒した邪教徒は、強敵だったはずよ。

それを倒したと言うのだから、ソージは相当な無理をしているはずよ」


……ミレーユ様の指摘は当たっている。

私には戦闘のことは分らない。

それでも、私を庇うために、ソージ様が苦戦していたことだけは分かる。


「……でも、ソージはあの性格でしょ?

例え無理をしていても、私達に弱音を吐くような人間じゃない。

だから、あなたから何があったかを聞きたいのよ」


 ミレーユ様はソージ様を心配しているようだった。

それなら正直に話しても大丈夫だと思う。

私のせいでソージ様に無理をして欲しくはなかった。




「……なるほどね。

まあ、ソージの話とほぼ(・・)一致するわね」

含みを持たせた言い方に不安がよぎる。


 また何かソージ様にとって、迷惑なことを言ってしまったのではないのか?

でも、私ではミレーユ様が何を考えているのか、まるで分らない。


「じゃあ、次。

こちらの方が本題ね。

リゼット、私たち聖騎士の仕事の1つに邪教徒の討伐があることは知っているわね」


 それは奴隷の私でも知っているような常識だ。

こくりと、頷く。


「でもね、奴等も馬鹿ではない。

しょぼい邪教徒かぶれならまだしも、本物の邪教徒の討伐なんてここ数年は聞かないわ。」


 ミレーユ様は一度言葉を区切ると、ミレーユ様の顔が真剣な表情に変わる。

それだけで、この場の空気が息苦しいほどに重くなる。


「……ソージが倒したのは本物よ。

私達、聖騎士が倒したくて、倒したくて、倒したくて、たまらない獲物……

それをソージは単独で倒した。

実を言うとね。ソージは教会の中では、とても危うい立場にいるの。

でも、この実績があれば、その状況を一変できるかもしれない。」


 ソージ様が教会では危うい立場にある?

そんな事があるのだろうか?

ソージ様は強いだけではなく、私のようなものにまで親身になって接してくれたのだ。


 でも、ミレーユ様の表情は真剣で……

とても嘘を言っているようには見えない。


「それだけじゃないわ。

今回の私達の依頼は、鉱山に取り残された遺体の回収と鉱山内のゾンビの討伐。

だけど、ソージは今回の事件の元凶まで発見し、さらに倒して見せた。

この事を主張すれば、追加で褒賞が貰えたでしょうし、

冒険者ギルド内のソージの評価も上がる」


 そこまで言われて、ミレーユ様が何を言いたいのかが分った。

ソージ様は今回のダンジョン探索で大きな手柄を上げられた。

でも、ソージ様は私達にダンジョンのことを、誰にも言わないようにと言った。

それは……


「でも、ソージはその機会を捨てた。

まったく信じられないわよね。

その理由がトマの……死者の名誉を守るためだって言うんだから」


頭からさーっと血が引いていく。

私達のせいで、ソージ様は大きな手柄を捨てたのだ。


「ソージのしたことはとても尊い行動よ?

マーヤ教に仕える神官として何も間違っていない。

でも、目の前の栄光を捨ててまで、

死人の名誉を守ることを選択する神官が、どれだけ居るのかってことよ」


ミレーユ様は吐き捨てるように言い放つ。


「ついでに言うとさ。

ソージはあなたのことずっと心配してたわよ。

このままではリゼットさんはきっと酷いことになる。

ミレーユさん、何とかなりませんかってね」


ミレーユ様はソージ様の声を真似て言う。


「本当にすごいわね。

あなたのためにダンジョンに潜って死にかけて……

トマの遺灰を持ち帰れたのに。

十分、義理は果たしているでしょうにね」


「わ、た、しの、ために……」


 改めてミレーユ様から突きつけられた事実に、身体が震える。

知らなかった。

ソージ様が私やトマのために、そんなにも多くのものを犠牲にしていたなんて……


「で、ここまでは聞いた上で、あなたに話があるわ。

リゼット、ソージのものになりなさい」


そう言って、リゼット様は2枚の紙を取り出す。


「1つは、あなたの奴隷売買契約書。

もう1つは、あなたの婚姻届。

これに同意すれば、あなたはソージのもの。

この町からも出ることが出来るし、条件付とはいえ奴隷身分からも開放される。

何よりも、ソージの悩みも解決できる」


 そこまで言うと、ミレーユ様はぐっと私に顔を近づける。

目の前にミレーユ様の青い瞳が写る。

その瞳は有無を言わさない、強い意志が宿っている。


「ねぇ、リゼット……

ソージはあなた達のために、多くの物を犠牲にしたのに……

あなたはソージのために何をしてあげられるの?」


「そ……れ、は……」


 私はただの奴隷だ。

私なんかがソージ様に対して、してあげることなんて何も無い。


それこそ、差し出せるものと言ったら、この身体ぐらいしかない……


 私の身体を差し出すことが嫌な訳ではない。

ソージ様が望むのなら、この身体ぐらい差し出そうと思う。


本当にソージ様がそれを望むのなら。


 ソージ様は私なんかを望むのだろうか?

私なんかが居ても、迷惑でしかないと思う。


 それでも、ソージ様は多くの物を犠牲にしたことは事実だ。

このままミレーユ様の言う通りにするのが、本当に正しいのだろうか?

また、ソージ様に迷惑をかけるのではないだろうか?

私には分らない。


だから……


「分りました……私はソージ様の物になります……」

「そう、良かっ……」

「……た、ただし!

ソージ様が私を望んだ場合……です」


 ミレーユ様の言葉をさえぎる様に、言葉を放つ。

私のような奴隷が神官様に意見を言うなんて、

恐れ多いことだけど……


でも……これは譲れない。


 ミレーユ様は一瞬、驚いたようだったけど、

次の瞬間には、にやりと唇の端を吊り上げ笑みを深めると、

私から顔を離す。


「……ふぅん。まあ、いいけど。

じゃあ、話は終わり。また夜にソージも交えて改めてお話しましょうか」


 そう言うと、ひらひらと手を振って、

ミレーユ様はこの場を立ち去った。




 夜9時。

ミレーユ様と合流し、ソージ様が泊まっているという町長様の家の離れに向かったが、

ソージ様はそこには居なかった。


「あの馬鹿、自分の部屋にいるって言ってたのに!

リゼット、ソージが行きそうな所に心当たりは無い!」


ミレーユ様は怒りの声を上げる。


「たぶん……トマのお墓……だと思います……」

「ああ、なるほど。じゃあ、案内して」


 そうして、トマのお墓を目指して、夜の森を歩く。

一時間ほど歩いただろうか。

トマのお墓には魔法の光を空に浮かべたソージ様が居た。


「あ……ソージ様……」


「ちょっと待って、私一人で行くわ。

あなたはそこで隠れていなさい」


 ソージ様に声をかけようとした私を、ミレーユ様が制止する。


「え……なんで……」


「あなたがいるとソージはあなたに遠慮してしまうでしょう。

私もソージがどう答え出すのか興味があるしね。

だから、そこでソージの返事を聞いておきなさい」


そう言って、ミレーユ様はソージ様の所に行ってしまう。


 こんな……盗み聞きのようなこと……していいのだろうか?

でも、確かにソージ様の本当の気持ちを知るためには、

この方がいいのかもしれない。



 そして、ミレーユ様とソージ様の話が始まる。

ミレーユ様から契約書を渡されたソージ様は、

眉間にしわを寄せ、苦悩の表情を見せた。


「……ミレーユさん、以前、自分がなぜここにいるか分からないという話はしましたよね? 」

「ええ、言ってたわね。」

「自分には、本来帰るべき場所がある。

だが、そこにはリゼットさんを連れて行けません……」


そこで一度言葉を区切ると、ソージ様はまた苦悩の表情で考え始める。


そして、そのまま数秒の時間が過ぎる。

それをミレーユ様は黙って見守る。


「くそ……」

やがて、ソージ様は目を閉じると、深く深呼吸を繰り返す。


「……自分が本来いるべき場所にはリゼットさんは連れて行けません。

だから……自分はここに残ります。聖騎士のソージとして」

 

 そうして、ソージ様は私を引き取ることを選択し、

さらに、私との婚姻も決めた。


 でも……それは、本当にソージ様が望んだことなのか?

ソージ様の過去を私は知らない。

でも、私のために……また、ソージ様は何かを犠牲にするのか。


「……聞いていた通りです。

自分はあなたを妻として迎えたいと思います。

自分と一緒に来て下さいますか?」


 ソージ様は私に向かい合い、言葉を放つ。

その声は緊張していて、決して安易に言った言葉では無いとは思う。


だけど……


「それは……私のため、ですか……

それとも、トマのため、ですか……

……本当に……よろしいのですか?」


 本当にソージ様が望んだ事なのか?

また、私やトマのためにソージ様に迷惑をかけてしまうのではないか。


「はい、誰のせいでも、誰かのためでもありません。

自分がそうしたいと思ったからです。

だから、もう一度言います。

リゼットさん、自分と一緒に来て下さいますか? 」


ソージ様は自信を持って言い切った。


誰のせいでもない。

自分がしたいから、そうする。


 その言葉は、ダンジョンの中でも繰り返していた言葉だ。

ソージ様の黒い瞳には強い意志が宿っている。

その表情からは、この選択を曲げるつもりはないと感じられた。


 そう……

結局はミレーユ様の事も私の事も……関係ないのだ。

きっかけは間違いなく私のせい。


 でも、ソージ様は自分の意志でそれを選択した。

その選択に私なんかが口を挟んで良いわけがない。


だから、せめて笑顔で答えようと思う。


 私のせいだからこそ、私がソージ様の考えを尊重しなくてはいけない。

きっとソージ様は私なんかのために、また多くの物を捨てたはずなのだ。

だから、私がその捨て去ったものに負けないぐらい、ソージ様に尽くそう。




 出発の朝。

私はトマのお墓の前に居た。


 自分の長い髪を掴む。

元々髪を伸ばし始めたのは、トマが私の髪をきれいだと褒めてくれたからだった。


 その髪をナイフで切り取り、トマのお墓に一緒に埋める。

そして、ナイフでトマの墓石に文字を彫る。

ソージ様はまるで木を削るように簡単に削っていたのに、

私の力では、力を込めても、表面を浅く削ることしかできなかった。


『 トマ  ここに眠る

 リゼット       』


私はこれからソージ様の物になる。


 でも、私の中にはまだ、トマへの思いも残っている。

だから、トマへの思いはここに全部置いて行こう。

この町でトマと一緒に過ごしたリゼットは今ここで死んだ。


 この後のリゼットはソージ様の奴隷として、

一生をソージ様に捧げよう。


「ごめんね……トマ……

ありがとう……トマ……

トマ……さようなら……」


 トマのお墓から離れ、ソージ様の元に向かう。

零れそうになる涙を手で拭う。

でも、私はもう振り返らない。


たぶん、もうこの町に戻ってくることも無いだろう。




 私達を乗せた馬車がブルードの町から遠ざかっていく。

あの町から出ることがあるとは思わなかった。


 あの町についての思い出は辛いものの方が多い。

でも、それでも優しかった両親やトマと過ごした場所でもある。

やっぱり、少し悲しい気持ちになる。


……でも、その感情と決別する。

私はこれからの一生をソージ様に捧げると誓ったのだ。


となりに座っているソージ様を見る。


 短い時間だけどソージ様の性格は分った。

きっとソージ様はこれからも今回のように苦労するだろうと思う。


 私なんかに何が出来るのかは分らない。

でも、何があっても私は最後までソージ様を支えよう。


……そう、最後まで


今回の事件に対する教会側の考えと

リゼットの思いを書いたところで1章終了です。


この後は、2、3話ほど小話を入れた後に2章に入ります。

2章は教会側のお話になります。

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