23話 最後の夜
自分達のダンジョン探索は終了した。
今回の事件の元凶と思われるソウルイーターは真っ二つに折れ、
怪しく輝いていた宝石の明滅も今は消えていた。
そのまま放置しておく訳にもいかないので、聖水を浸した聖布で何重にも巻いて持って帰ることにした。
このダンジョン内にはまだゾンビもいる。
そして、ソウルイーターは長い間ここを拠点としていたようだった。
本当はこのダンジョン内の探索も行っておいた方がいいのだろうが、
その気力はもう残っていなかった。
リゼットさんが落ち着くのを待った後、トマの遺灰をかき集め聖水の空き瓶の中に入れると、
逃げるようにダンジョンを後にした。
ダンジョンを抜け、坑道に出る。
ここまでくればモンスターは出てこない。
ふぅと安堵のため息を吐く。
後ろのリゼットさんの方に振り向き様子を確認する。
「……」
リゼットさんはトマの遺灰を入れた瓶を抱きしめて、ただ黙っていた。
「リゼットさん、鉱山を出たらトマの遺灰を合同葬儀で弔ってもらうようにお願いしましょう。」
本当はトマの遺体を持ち帰って上げられたら良かったが、それは出来なかった。
だからせめて他の人と同じように、人間として弔ってあげたいと思う。
「……ソージ様、
町の皆がトマを受け入れてくれると思いますか?」
その声は恐ろしい程に冷え切ったものだった。
「……思いません。
ですが、何もしないまま諦めたくはありません」
「……そうですか」
まるで興味はないと言った感じで会話は打ち切られる。
無理はない。
先程の自分が言った通り、ほぼ確実に断られるだろう。
それでも可能性がゼロでないならば、行動すべきだ。
今後、トマの葬儀を行う機会なんてもう無いのだから。
その後は会話もなく、ただ黙々と坑道を歩いていく。
しばらくすると前方に明るい光が見える、出口だ。
「……っ!!」
鉱山から出ると既に外は明るくなっていた。
ずっと暗い鉱山の中にいたため、太陽の光が目に痛い。
時刻は午前7時。
今日の午前中にはダンジョンの入り口を塞ぐことになっている。
なんとかそれまでに外に出ることが出来た。
「良かった。無事に戻ってきたわね。」
ミレーユさんが安堵の表情で出迎えてくれる。
「ミレーユさん、ずっと待ってたんですか?」
「うん、まあね。
……それで、トマの遺体は見つかった?」
ミレーユさんの言葉に首を振り、瓶に入れたトマの遺灰を見せる。
「……そっか。でも、あなたのせいじゃないわ。」
それだけでトマの身に何が起きたのかミレーユさんは察したようだった。
おそらくミレーユさんはトマの遺体が放置されたために、アンデッドになってしまったと考えているのだろう。
しかし、それは違う。
ダンジョン内には邪教徒がいたのだ、ミレーユさんにも話をしておいた方がいいだろう。
「MPを吸い取る剣……死霊術を使用し、遺体を乗っ取る……
なるほど、魂の固定、もしくは転写、そして魂の強奪か。
邪教徒め、まったく陰湿なことをする。
……本当に、よく生きて帰ったわね。
あなたは分らないかもしれないけど、そのレベルの邪教徒を一人で打ち倒した事はとても名誉な事なのよ。」
聖騎士の仕事の1つに邪教徒の討伐があることはミレーユさんから聞いている。
「だが……トマを人間として持ち帰ってあげることが出来なかった……」
悔しさに顔を歪める。
自分にとっては邪教徒なんて、どうでもいい。
自分はトマの遺体を持ち帰るためにダンジョンに潜ったのだ。
ミレーユさんの手が自分の頭に伸び、ぐいっと顔を上に向けられる。
「顔を上げなさい。
確かにあなたの望む結果では無かったのかもしれない。
でも、あなたはリゼットを連れて無事に生きて戻ることが出来たじゃない。
あなたは十分に良くやったわ。」
「そう……ですね」
その言葉で少しだけ胸が軽くなる。
自分がやったことは無駄ではなかった。
ベストな結果では無かったが、それでも最低限の目標は達成できたのだ。
「よし、それでいいのよ。胸を張りなさい。
ふぁ、あーもー眠いわー。
結局、徹夜しちゃったじゃないの。
今日は合同葬儀があるのよ。
お祈りの途中に寝たらどうしてくれんのよ。」
「え、えっと……これ飲みます?」
取り出したのは睡眠回復ポーション。
ゲームでは状態異常の『睡眠』を回復する薬だ。
「それ……鼻が取れたんじゃないかってぐらい、凄くすうーっとするから、
あまり好きじゃないのよね……まあ、貰っとくわ」
ミレーユさんは自分達の暗い空気を吹き飛ばそうと、
明るい調子で言ってくれる。
ミレーユさんは自分達が忠告を無視してダンジョンに入った挙句、
死にかけるという事態を引き起こしたにも拘らず、
怒っているようでは無かった。
これならば話を切り出しやすい。
自分にはまだ言わなければならないことがあるのだ。
少しだけ緩んだ空気を引き締めるため、咳払いをしてから話を切り出す。
「ミレーユさん相談があるのですが……」
「……何?」
「トマの遺灰……合同葬儀で一緒に弔ってあげたいのですが……」
自分の言葉に険しい顔でミレーユさんは首を振った。
「ソージ。悪いけどそれは出来ない」
「なぜですか?
トマが町の住人から嫌われているからですか?
なら……埋葬品の中にこっそり混ぜておくとかできませんか?」
「あんた、さらっとすごい事言うわね……
でも、許可できない理由に町の住人は関係ないわ」
「では、なぜですか?」
「トマがアンデッドになってしまったからよ。
アンデッドは死者の魂を引き寄せ、惑わせる。
だから神官として許可できない」
ミレーユさんはきっぱりと断言する。
その言葉はミレーユさんとしての言葉ではなく、
私情を抜きにした神官としての言葉だった。
これでは、自分がどう説得しても答えが翻ることはないだろう。
そして、その答えは残念ながら、とても筋の通ったものだった。
町の住人は正直言って気に入らないが、それでも彼らも被害者であることに変わりない。
さすがにトマ一人を優先して、町の多くの犠牲者に迷惑が掛かるとなっては、
合同葬儀は諦めるしかない。
「それなら、合同葬儀ではなく、この町から離れた所に墓を作るのは問題ないですか?」
「うーん……まあ、それならいいでしょう。」
ミレーユさんは少し悩んだ後、許可を出してくれた。
「ありがとうございます。
では申し訳ありませんが、合同葬儀の方はミレーユさんに任せてもいいですか?
自分はトマの墓を作りたいと思います」
「いいわよ。元々あなたは合同葬儀には参加しない予定だったしね。
ただし、準備は手伝ってもらうわよ。」
「分りました。
……リゼットさん。
自分達はこの後、ダンジョンの入り口を塞ぐ作業がありますので、
午後からトマのお墓を作りましょう。」
「……は、はい。あ、ありがとうございます!」
リゼットさんは断られると思っていたのだろう。
慌ててお礼を言うと、深く頭を下げた。
こうして、とりあえず今日やることは決まった。
だが、ミレーユさんの先程の言葉を聞いた上で、言っておかなければならないことがある。
「リゼットさん、ミレーユさん、1つ提案があります。
自分達がダンジョンの奥に入ったこと、トマがアンデッドになっていたこと、
これらの事は町の住人には黙っておいてもらえませんか?」
「……?」
「……なるほどね。トマはあくまで行方不明という事にしたいって訳ね?」
「ええ、この町の犠牲者の中でトマだけがアンデッドになったと知れば、
またリゼットさんのせいだと言う人もいるでしょうから。」
「ま、いいけどね。
ただし、冒険者ギルドと教会には報告するわよ。
ダンジョン内には邪教徒がいたんだから、これはもう冒険者ギルド内だけの話では無くなったわ。
教会の聖騎士団が直々に動くことになると思う。」
「分りました、それで構いません。」
これで、ダンジョン内で起きたことについて話はまとまった。
ならば、そろそろ町長宅に戻った方が良いだろう。
昨日自分はダンジョンに行かずに、そのまま部屋で休んでいることになったのだから。
リゼットさんと待ち合わせの時間と場所を決めて
一旦解散することにする。
「ああ、それとソージ。
その鎧は脱いでおきなさい。
今のあなたの姿……控えめに言ってもとても酷いわよ。」
言われて、自分の鎧を確認する。
確かに、鎧は泥や返り血、そして無数の切り傷が付いており酷い有様だった。
……これ、どうしよう。
この世界の聖騎士は全て聖騎士の鎧かローブを装備しているが、
自分は代えの鎧なんか持っていない。
泥や返り血は洗えば何とかなるが、
傷の方はこの場ではどうにもならない。
ゲームだった時は、傷付いて耐久値が落ちた装備は鍛冶屋に直してもらう必要があったが、
それはこの世界でも同様だ。
どうしたものかと考えていると、ミレーユさんが口を開く。
「仕方がないわね。後で私の部屋に来なさい、私がなんとかしてあげる。」
ミレーユさんには何か考えがあるようなので、それに従うことにする。
こうして、この場は一旦解散となった。
その後、町長宅に戻りスープとパンの朝食を食べた後、
自分とミレーユさんは再び鉱山の前に来ていた。
自分の装備は鎧からローブに変わっていた。
このローブはミレーユさんから貰ったものだ。
と言っても、女性用ではなく、ちゃんと男性用だ。
「うん、サイズは問題ないわね。あんまり似合ってないけど」
「それは自分でもそう思います。
ですが、良かったんですか? 大事なものなんでしょう?」
このローブはミレーユさんが以前パーティーを組んでいた時の仲間の遺品なのだそうだ。
彼らはミレーユさんを逃がすため囮になり、死んだ。
完全な遺体は見つからず、身体の一部や遺品などしか残らなかったと言う。
確かに、目立たないように補修されているが、布を繋ぎ合わせたような跡がいくつも見受けられる。
「いいのよ。
そのローブは私にとってお守りみたいなものだったけど。
もう私には必要ないものだし、あなたが大事に使ってくれるのならそれでいいわ。」
「分りました。大切に使わせて貰います。
それでは、行きましょうか」
ミレーユさんと町の鉱夫達と共に鉱山に入る。
まずダンジョンの入り口を爆薬で塞いだ後、
鉱山の入り口も同様に塞ぐ。
鉱夫達は鉱山の採掘で爆薬は使い慣れているのだろう。
最小限の爆薬で狙ったところだけを壊し、鉱山にはダメージが無いようにしていた。
こうして、無事にダンジョンと鉱山の入り口は塞がれ、
結界の核に使われていた聖印も戻ってきた。
この後は午後から合同葬儀が行われる予定だ。
だが、その前にミレーユさんを自分の部屋に呼んでいた。
合同葬儀が始まる前にミレーユさんにリゼットさんのことを相談しておきたかったからだ。
合同葬儀が終われば、今回の依頼『ブルード鉱山のゾンビ討伐、及び犠牲者の遺体回収』は完了となり、
明日には自分達はこの街を離れるのだ。
「ミレーユさん、このままではリゼットさんはきっと酷いことになる。
……自分は彼女を救いたいと思いますが、方法が分りません。
ミレーユさん、何とかなりませんか?」
自分はリゼットさんと一緒にダンジョンに潜りトマの遺灰を持ち帰ることはできたが、
それで彼女に対するこの町の住人の有り方が変わったわけではない。
依然として、この町ではリゼットさんが『災厄を呼ぶエルフ』だと言う認識は変わっていない。
今まではトマが庇っていたのだろうが、そのトマはもういない。
自分達も明日この町を去る。
トマが言っていたように、もうこの町に彼女の味方はいないのだ。
「それなんだけど……私に任せてくれないかしら。
あなたにもリゼットにも酷い事をしたからね。
まあ、私なりの償いね。」
「どうするんですか?」
「別に特別なことをする訳ではないわ。
一度きちんと話し合って、あの娘がどうしたいかを聞いて、それを実行するだけ。
簡単でしょ?」
確かにそうだ。
自分はリゼットさんを救いたいとそう思うだけで、
リゼットさんがどうしたいかを聞いてはいなかった。
「なるほど、では自分も話を聞いた方がいいですね。」
だが、ミレーユさんは自分の言葉に待ったをかける。
「それはちょっと待って、あなたがいるとややこしい事になりそうだから」
そこで、一度言葉を区切り、言い難くそうに続きを話す。
「こういう事は余り言いたくないけど、あなたリゼットの立場に寄り過ぎなのよ。
……とりあえず、リゼットの事は一旦私に任せて、少し頭を冷やしなさい。
それに、同性の方が話しやすい事もあると思うわよ」
ミレーユさんの言葉にはっとする。
色々あったせいで自分でも信じられないが、
自分がリゼットさんと出会ったのはまだ昨日のことなのだ。
それなのに、最早自分にはリゼットさんが赤の他人であるとは思えない。
だが、彼女にとっては自分はこの町に依頼を解決しに来た、ただの冒険者でしかないのだ。
確かに一度冷静になった方がいいのかもしれない。
「……そうですね。ではお願いします」
「はい、お願いされました。
ただ、ソージの方でも考えてはおいてね。
何が出来るのかではなく、あなたがどうしたいのかをね。
さて、そろそろ準備を始めましょうか」
こうして、自分達は葬儀の準備を始める。
と言っても、大体の準備は既にこの町の神官が行っていた。
自分がやったことと言えば、死者を埋葬するための穴を大量に掘っただけだった。
そうして、時刻は午後2時。
今頃、ミレーユさんは町の犠牲者の合同葬儀を行っているのだろう。
自分は今、深い森の中にいた。
ここはブルードの町の隣に広がる森の中だ。
昼間であるのに、生茂る木々が太陽の光を遮っており薄暗い。
ここまで来るのに整備された道は無く、あるのは小さな獣道だけだった。
ここに立ち寄る人はいないのだろうと思われる。
そこで、自分はスコップを手に穴を掘る。
獣に掘り返されないように、少し深めに掘ったが、
入れるのは小さな瓶が1つだけだ。
先程まで大量の穴を掘っていた事もあり、既にコツは掴んでいる。
このため、大した時間もかからずに穴を掘り終えることができた。
穴を掘ると今度は手頃な岩を見つけてきて、ナイフで形を整える。
ナイフを握ることで剣スキルが発動し、
硬い岩であっても、スムーズに削ることが出来る。
そうして岩をきれいに半円の形に削ると、最後に岩の中央にナイフを入れる。
『トマ ここに眠る』
「良し、できた」
自分が黙々と作業をしていたのはトマのお墓作りである。
ミレーユさんの手伝いで、準備に関しては馴れてきた。
「それでは、トマの葬儀を始めましょうか。」
しかし、自分には大した事はできない。
自分は元々ただのプログラマーだ。
この世界の葬儀は概要ぐらいしか知らない。
葬儀のやり方もこの町に来る前にミレーユさんが必要ないと言っていたので、教わっていない。
やっぱり必要だったじゃないか、と思わなくもないが、
ミレーユさんも自分もこんな事になると思わなかったのだから、彼女を責めるのは筋違いだ。
しかし、自分は何も知らないからと葬儀をしない訳には行かない。
今の自分は『聖騎士のソージ』なのだから。
穴の中にトマの遺灰を入れ、丁寧に土を掛けて行く。
穴が埋まったところで、墓石を上に置く。
「月の女神ルニアよ。どうか無念のまま人生の旅路を終えた憐れな魂を救いたまえ。
あなた様の慈悲と自愛により死に逝く魂に安らぎを与えたまえ……」
ブルードの町の神官が唱えていた祈りの言葉を唱える。
そして胸に手を当てる、マーヤ教の祈りを捧げる。
「トマ……」
リゼットさんも同様に祈りを捧げる。
本職の神官が行う葬儀とは、まるで異なるであろう不恰好な葬儀。
この世界の人間にとっては葬儀は死者の魂を死の女神ルニアに返す重要な儀式だ。
これでトマの魂がルニアの所に逝けるのかは分らない。
なら、せめてリゼットさんのために行おう。
自分にとっては葬儀は生きている人のために……
死者との区切りを付け、また明日を生きていくために。
「……ソージ様、ありがとうございました。」
ゆっくりと目を開ける。
自分にできるだけのことは行った。
だが、やはり素人にできるのはここまでだ。
「リゼットさん、明日ミレーユさんに改めて祈りを捧げてもらいましょう。
自分は剣を振るう事しか能のない人間です。
ですので……」
「……いえ、大丈夫です。
きっとトマはルニア様の所に、逝けたと思います。
それに……私はトマのことを知っている、ソージ様に送って頂きたいと思います。」
「そう言っていただけると、助かります。」
自分がエセ神官だと言うことを知らないリゼットさんは、
純粋に良かったのだと言ってくれる。
だが、結局自分にはトマが無事にルニアの所に逝けたかは分らない。
そのことについては申し訳なく思う。
「さて……
リゼットさん、ミレーユさんが話したいことがあるそうなので、
この後、ミレーユさんに会って貰ってもいいですか?」
簡易的な葬儀が終わり、少し落ち着いた所でミレーユさんからの伝言を伝える。
「……?
はい、分りました。」
「では、すみませんが、自分は一度町に戻ります。」
本当はもう少しリゼットさんに付いていた方が良いのだろうが、
トマの墓を作っていることは、もちろん町の住人には話していない。
今はまだ、合同葬儀の最中だろうが、
あまり長い時間姿を見せないのは不審に思われてしまうだろう。
リゼットさんと別れた後、合同葬儀の方も無事に終わり、
自分達は町長宅に招かれた。
そこで、今回の依頼が無事に解決したことに対するささやかな宴が開かれたが、
依頼による戦闘の疲れを理由に早めに切り上げてもらった。
そして今、自分は一人でトマの墓に来ていた。
自分はこれからどうしたいのか、それを考えるために。