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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第1章 ゾンビより悍ましいもの
23/115

22話 決着

私にかかわった人はみんな不幸になる。


優しくしてくれた人も、そうでない人も。


トマはブルードの町で唯一私に優しくしてくれた人だった。


でも、そのせいで町の皆から嫌われていることは知っていた。


……そう、知っていた。


でも、私にかかわらないでとは言えなかった。


優しくしてくれた父さんも母さんも、もういない。


トマまで、いなくなったら……私は本当に一人になってしまう。


私のせいだ。


私がそんな考えでいたから、トマは死んだんだ。


そして、今も、私にかかわったせいで死にそうになっている人がいる。


聖騎士のソージ様。


私に優しくしてくれた人。


町の人から私を庇ってくれて、傷も治してくれた。


そして、こんなダンジョンの奥深くまでトマの遺体を捜しに来てくれた。


そんな優しい人が危機に瀕している。


私のせいだ。


私に戦いの知識も経験も無いけど、それは分る。


ソージ様は私を庇いながら戦っている。そのせいで苦戦している。


……また、私に優しくしてくれた人を私のせいで殺すのか。


首を振る。


ソージ様を殺させてはいけない。


だから、せめてトマを……


トマを、私の手で殺して……私も死のう……


ああ……初めから……そうしていれば、良かったんだ……


手の中にはソージ様から貸してもらったヒールリングがある。


アンデッドには聖水やヒールが効くというのはソージ様から聞いた。


矢にヒールリングを括りつけ、さらに聖水に浸す。


ゆっくりと立ち上がり、矢を番える。


さっきまでの手の震えは消えていた。


「ソージ様……もう、いいです……

私が……私の手でトマを……」


……これで、終わりにしよう。


「……クリティカルショット!!」





「なんで……」

甲高い音が響く。


左腕に重い痛みが走る。


弓矢の威力がこれ程とは思わなかった。


まるで、ハンマーで叩かれたような衝撃だ。

盾が無ければ、そのまま腕を持って行かれていたかもしれない。


矢は自分の盾に弾かれ、床に落ちる。


ヒールリングを括りつけた矢……


それは、あの男に届くかもしれない。

だが、それはリゼットさんに愛する人を自らの手で殺させることになる。


それは……きっと良くないことだ。


そんなことを言っている場合では無いのだろうが……

思わず手が出てしまったのだから、仕方が無い。


左腕を動かす。

痛みはあるが問題なく動く。


左手は震えている。

痛みでもなく、怒りでもなく。

ただ、自分自身が情けない。


「……情けないな」


リゼットさんは愛する人を自分の手で殺す決意をした。


それなのに、自分は何を考えていた?


一か八かだと、違う。

あれしか手はないだと、違う。


あんな考えは逃げだ。


あの考えに自分は納得していたか?


もし仮に失敗してリゼットさんが死んだとして、

仕方が無かったと納得できるのか?


納得ができるはずが無い。


少なくとも他人にリスクを負わせる策を取るならば、

まず自分がリスクを負うべきだ。


「なんだぁ……何をしてるんだぁ……

このワシを前にしてぇ……

ずいぶんと余裕じゃあないかぁ……」


「だまれ!!

……すみません、リゼットさん。

もう一度、自分にチャンスを貰えませんか。」


覚悟を決める。

起死回生の一手を自ら潰したのだ。

その責任は取る。


……絶対にあの男は自分が倒す。


自分自身の状態を確認する。

HPは残り約80%、MPは先程回復したため100%。


何度も敵に打ち込まれているが、HPは一度も回復を行っていない。

敵の攻撃は全て盾か剣で防いでいるし、

聖騎士の高い防御力によってHPへのダメージは大したことはない。


だが敵にとっては、それでも構わない。

敵の狙いはMPダメージによる戦闘不能。


これにはMP回復ポーションを使用する以外に対策は無い。

元々、MPへの攻撃を想定していなかったのだから、これ以上の対策は現状では無理。


対策が無いのに相手の土俵の上で戦っているのだから、苦戦するのは当然だ。


ならば、逆に自分の得意な戦いとは何だ。


この聖騎士ソージのビルドは、自己支援型の聖騎士だ。

自分自身に攻撃力上昇や防御力上昇のバフを掛けて、ステータスの底上げを行い、

直接攻撃で敵を倒すことを想定している。


スキルは主に、支援魔法と剣戦闘や盾防御、筋力上昇、防御力上昇のスキルを習得しており、

攻撃に使用できるスキルは最小限のものしか持っていない。


つまり、自分の得意な戦法は、

高いステータスによる物理攻撃のゴリ押しだ。


考えてみればこの状況はおかしいのだ。

相手は剣を振り回すことしか能のない死霊術師。

いくら魔法で能力を向上させたとしても純粋な剣の技量は

剣戦闘のスキルを持つ自分の方が上だ。


それなのに、なぜ自分は守勢に回っている?


……理由は分かっている。

アウインの水場での戦闘と同じ、自分がビビッているのが原因だ。


だから、あと一歩が踏み込めない。


そもそも守っていても、攻めていても相手の攻撃に当たればMPを持っていかれるのだ。

ならば攻めた方がずっと良い。


さらに言えば、敵が手を出す暇さえ無いほど、

こちらが一方的に攻撃し続けれることが出来るのならば、MPを奪われる心配すら無いのだ。


「……なんだ、簡単じゃないか。」

そう、本当はずっと簡単なことだったのだ。


足りないのは自分の覚悟だけ。

「……ならば、やるべきだ。」


こちらの勝ち筋はただ1つ。

このソージの持つ剣戦闘のスキルに自分の生命、全てを賭ける。


白光から、聖剣に持ち替える。

現状自分の持つ武器で最大の攻撃力を持つムーンライトセイバー。


光属性を持つ聖剣。

敵は光属性の無効化を持っているが、関係ない。


属性によるダメージなど必要ない。

必要なのは剣そのものが持つ素の攻撃力。


「……行くぞ」

ここからは物理による殴り合いだ。


剣を上段に構え、一気に敵に接近する。


「何を考えているかは知らんがなぁ……

同じことよぉ……」

同時に、敵は剣を振るう。


敵の剣が迫る。


今までは、足を止め盾で防御していたが、今度は防御しない。


剣戦闘のスキルによる直感では、致命傷にはならないと判断。

敵の攻撃を鎧の防御力を信じて、そのまま受ける。

左肩に衝撃が走り、頭にノイズが走るが、歯を食いしばり我慢する。


「おおおお!!」


敵はまだ攻撃姿勢から立ち直っていない。

相手が身に纏っているのは布製のローブだ。

魔法や付与でいくらか強化されていたとしても素の防御力がまるで違う。


無防備の敵に対して、全力で剣を振り下ろす。


そこに魔力の障壁が現れる。

敵の唱えたマテリアルシールド。


「それがどうした!!」

構わず剣を振りぬく。

魔力で出来た障壁は自分の攻撃による衝撃を吸収しきれず弾け飛ぶ。


その隙に敵は何とか体制を立て直し、ぎりぎりで自分の剣を回避した。

防がれたのは残念だが、厄介な障壁は破壊した。

次の障壁を唱える時間は与えない。


「次は潰す!!」

相手が完全に体勢を立て直す前に剣を連続で叩きつける。


「オラオラ、オラァ!!!」

全て被弾覚悟の強打の連撃。


それは先程まで、敵がやっていたのと同じだが、

自分の剣はただ適当に振っている訳ではない。


踏み込みから、腰、肩、腕の回転。

その全てが淀みなく、完成された最速、最大の一撃。


対する相手は剣を盾代わりにして身を守る。

必死にこちらの剣を受ける相手に、反撃が出来る余裕は無い。


こちらの予想は当たっている。

やはりあのローブでは、自分の攻撃を防ぎきることは出来ないのだ。


「っつあああああ!!」

だが、いくら攻めていると言っても敵の剣の特殊能力は健在だ。


剣を叩きつける度に頭にノイズが走り、視界は真っ黒に染め上げられる。

まるで、目隠しをしているかのようだ。


怖い。

敵が目の前にいるのに、姿が視認できない。


……だが、やると決めたのだ。


剣戦闘のスキルに全て身を委ねる。

敵の姿は見えないが、敵の気配ははっきりと認識できる。


ここに来る道中で行った剣戦闘スキルを応用した気配探索の経験が生きる。


敵はどこにいるのか、敵はどんな体制か……

……分る。ならばやれる。


霞む視界の中、構わずに全力で剣を振る。

薙ぎ払い、振り下ろし、振り上げ……


手を換え、品を換え攻め続けるが、敵は亀の如く守りを固め凌ぎ続ける。

土俵際での驚異的な粘りに内心焦りが募る。


攻めているように見えても、こちらもギリギリだ。


もし今の攻撃を凌がれて相手のターンになると、こちらに反撃の札は無い。

ここで決めるしかないのだ。


だが、相手は既に攻撃を捨ててまで防御を選んでいる。

こうもガチガチに守られると中々決定打が入らない。


……ならば、逆転の発想だ。

相手が防御を選択するのなら、多少隙のある技でも当てることが出来るということだ。

大きく振りかぶり強烈な一撃を叩き込む。


これまでで最大の一撃。

当たれば巨大な岩石でも粉砕できる一撃に、

敵は死に物狂いで防御する。


ソウルイーターが軋みを上げる。

甲高い金属音はまるで悲鳴のようだ。


だが、これはあくまで次の攻撃の前振り。

強烈な攻撃を印象付けた上で、本命の一撃を叩きつける。


先程と同様に大きく振りかぶる。

そこまでは同じだが、ここからが違う。


「シールドブレイク!!」


スキルを使用する瞬間、どこが脆い部分かが頭の中に閃き、

その部位を打ち砕くための光の軌跡が現れる。

その光の道筋通りに剣を全力で振り下ろす。


『シールドブレイク』

戦士系のスキル。

効果は一定時間、相手の防具による防御力や付加効果を無効化する。


今のはその応用。

ゲームの時は単にそういう効果を相手に付与する特殊攻撃でしかなかった。

データ的に防具の数値を無効化するだけで、実際に防具が破壊されることはない。

しかし、今の世界ではこの技は文字通り物理的に防具の破壊が行われる。


相手が持っているのは剣だが、剣を防御に使っているのなら同じこと。

相手の剣が本体ならば、剣を叩き折ってしまえば良い。


ピシ……


それは普段なら聞き逃してしまうほどの小さな音。

だが、この瞬間においてはどんな音よりも鮮明に聞こえた。


「よし!」

「貴様ぁ!!」


ソウルイーターには確かに亀裂が入っていた。

間違いない。

もうシールドブレイクでなくてもいい。

あと一発あそこに斬撃を叩き込めば剣は折れる。


「ぬぁ……許さんぞ貴様ぁ……」

相手が大きく飛びのくが、逃がさない。


「闇の力よ、我が敵を飲み込め――ダーク・ブラストォ!!」


敵の剣に黒い魔力が収束し解き放つ。

おそらく、自分が連撃を仕掛けていた際に、準備していたのだろう。


黒い魔力の塊が直撃する。

「がぁあ!!」


追撃を仕掛けるために全力で前に出ていたため、防御も出来なかった。

崩れ落ちそうになる膝に力を込め、歯を食いしばり耐える。

HPは50%を切る。


「くそ……だが、負けん!!」

だが、構わず前に進む。


「もう許さん……

貴様だけは……

闇よ我が剣に宿れ――ダーク・エッジ!!」


『ダーク・エッジ』

知っている。ゲームのフラグメントワールドにもあった魔法。

効果は武器に闇属性を付加するというもの。


だが、目の前のあれはなんだ。


敵の剣に黒い魔力が収束する。

それはいい。

だが、収束した魔力は剣から溢れ、剣を中心に伸びていく。

1メートル、2メートル……

まだまだ伸びていく。


「な、んだと……」

黒い魔力で造られた刀身は10メートルを超え、地下空洞の天井にまで達する。


まさか、この地下空洞ごと自分達を潰す気か。

「くそ、やらせるか!!」

先程やられたダークブラストのダメージは抜けていないが前に進む。


しかし、こちらがたどり着く前に敵の剣が振り下ろされる。


「あ……」

その剣の振り下ろされる先、それは自分にではなくリゼットさんのいる方向だ。


「しまっ……」

振り返りリゼットさんの方に走るが、

追撃のため前に出ていた自分では、間に合わない。


「ふはははは……

甘いなぁ……聖騎士様よぉ……

そんなにその女が大事かぁ……」

「くそ!逃げろ!」


目の前を黒い刃が通り過ぎる。

だめだ、間に合わない。

「ははははは……

残念だったなぁ……リゼットは殺させないぃいい!!」


黒い魔力の剣は、リゼットさんに当たる直前で止まっていた。

敵の方を見ると、剣を持った右手を邪魔するように、左手で押さえられていた。


「ぅつああ!!

今の内に速く!!

ええい……馬鹿なぁ……まだ意識がぁ!!」


まさかトマの意識が戻ったのか?

なんだ、これは、奇跡か?

いや、今はそんなことはどうでもいい。


黒い魔力の剣は未だ健在、油断は出来ない状況。

だがこれはチャンスだ。ここで仕留める。


ショートカットを展開し、装備を聖剣ムーンライトセイバーから短剣フェザーカッターに持ち換える。

フェザーカッターの特殊効果は素早さの上昇。


「あああああああ!!」

このナイフを持った瞬間、身体が羽のように軽くなる。

軽くなった身体による全力疾走は一瞬にして敵との距離を詰める。


最後の一歩の所で再び武器をスイッチし、聖剣に持ち替え、振り下ろす。


「もらったぁあああ!!」

「させるかぁあああ!!」


敵はリゼットさんではなく、自分に向けて剣を向けるが遅い。

その腕ごと聖剣で叩き切る。


「ああああああ!!」

剣を握ったままの右腕は吹き飛び、そのまま床に落ちる。

絶叫は敵……いや、トマから発せられた。


身に纏っていた黒いローブから放たれていた黒いオーラが消滅し、

真っ赤に充血した目が青い色に戻る。


だが……トマの身体から蒸気が上がり、見る見るうちに干上がっていく。

それは、まるで坑道で戦ったゾンビと同じだ。


「トマ!!」

「来ないで!!

リゼット……き、てはだめ、だ……」


近づこうとしたリゼットさんをトマは制止させる。


「なんで……」

「もう僕は……化け物に、なってしまった……

ああ、リゼットを食べたくて……殺したくて仕方が無い!!

僕は、そんなことをしたくないのに!!」

トマは苦痛に耐えるように顔を押さえる。


「はぁ、はぁ、聖騎士様!!

僕は……地獄に、落ちてもいい。

だけど、リゼットを助けて下さい!!

もう、町には、彼女の味方に、なってくれる人は、いないんです。」


「お願いします。おねがいします。お、ねがい、おね、がい、ああああ!!」

がりがりと喉を掻き毟り、絶叫する。


ぎりぎりと歯を食いしばる。

もうこうなっては、どうしようもない。


リゼットさんに殺させる訳にはいかない以上、

自分が自分の手でトマを殺さなければならない。


トマの前に立つ。


「トマ、お前は良くやったよ。

リゼットを守ったじゃないか。

トマ……ルニア様は見捨てたりはしない、お前は地獄には行かない。

リゼットのことも心配するな、自分がなんとかする。」


「ああ……」

まだルニアやこの世界の宗教に対して信仰など無いくせに、よく言う。

だが、それでトマが安心して逝けるなら自分はいくらでも嘘をつく。


「ごめん、な……リゼット……ごめん……」


ゆっくりと目を閉じるトマ。

そのトマの心臓に剣を突き立てた。


トマの身体は糸が切れた人形のように力なく床に横たわる。


「いや、やだぁ……」

リゼットさんがトマの身体を抱き寄せる。


しかし、トマの身体はこれまで戦ったゾンビ達と同様に、

灰となって崩れ落ちる。


それは、トマは人間としてではなく……

化けゾンビとして死んだということだ。


「トマ、トマァア!!

うぁああああ!!」

リゼットさんの慟哭が響く。


「……くぅ!!」

自分はただ遺体を持って帰ることが出来れば良いと思っていたのに!!

それさえも出来ないというのか!


「くそぉおおお!

何が不老不死だ。人間を弄びやがって!!」


泣き崩れるリゼットさんを背に、床に落ちた剣に詰め寄る。


「待てぇ、止めろぉ!!

ワシがどれだけ苦労したと思っている!!

どれだけの時間を……」


「だまれ!」

不愉快な声をさえぎる様に、全力で剣を振り下ろす。


「がぁああああああ!!」

空洞全体に不愉快な断末魔の声が響く。


ソウルイーターは真っ二つに折れ、

不気味に明滅を繰り返していた紅い宝石も暗く沈黙する。


「くそ……」


……こうして、ダンジョン探索は終了した。


これにて、1章ボス。ソウルイーター戦は終了となります。

残り2話で1章は終了です。


ちなみに、最後トマの意識が戻ったのは奇跡ではなく、

トマの執念とソージがソウルイーターに亀裂を入れたためです。

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