21話 魂を喰うもの
額に傷跡のある男……それはリゼットさんが言っていたトマの特徴と一致する。
その男は漆黒のローブを身に纏い、右手には赤黒い剣を握っていた。
男は祭壇の階段をゆっくりと下り、こちらと相対する。
その距離約10メートル。
トマと思われるこの男は異常な風貌をしていた。
まるで死体のように蒼白い肌をしており、
目玉はぎょろりと飛び出んばかりに見開かれている。
目は異常に充血しており、黒目と白目の境界が分らないほどに紅い。
さらに、口は横に裂けており、口の端からは血の跡が見える。
裂けた口で薄っすらと笑みを浮かべているが、
先程から瞬きもせず、その表情で固定されており、まるで仮面を付けているかのようだ。
異常な点はそれだけでは無い。
身に纏っているローブからは、禍々しい黒いオーラが纏わり付いており、
恐らく何らかの付与が付いていると思われる。
そして、右手に持つ赤黒い剣は、刃の部分に血の様に紅い宝石が埋め込まれている。
その宝石は、まるで心臓の鼓動のように明滅を繰り返し、
その光は血管のように彫られた紋様に伝わり、怪しく瞬いている。
これらの装備はとても鉱山奴隷が身に付けているようなものではない。
この男は本当にトマなのか?
しかし、リゼットさんはこの男をトマと呼んだ。
間違えることは無いだろう。
ならば、この状況から考えられることは1つだ。
『トマは既に化け物となっている』
聖騎士としてのスキルなのか、
この世界に来てからの経験なのか分らないが、はっきりと断言できる。
実際、目の前の男からは生気を感じない。
表情を一切変えないその姿は、まるで人形のようだ。
逆に、対称的なのはあの剣だ。
心臓の鼓動のように明滅を繰り返す剣は、無機物とは思えない生々しさがある。
恐らくトマは、『呪われた剣により、身体を乗っ取られた』という、
ゲームや漫画で度々目にする状態となっていると考えられる。
確かゲームのフラグメントワールドでは呪われた剣を浄化するクエストはあった。
だが、今自分達がいるのはゲームに存在しなかったダンジョンだ。
この状況をゲームのクエストやイベントだと考えるのは危険すぎる。
「おお、おお……
千客万来だなぁ、嬉しいぞぉ……
この10年、新しい死体が手に入らなくてなぁ……」
まるで腹話術の人形のように口だけが動き、言葉を発する。
その声はひび割れており、聞いているだけで耳が痛くなる。
「ト、トマ……なんだよね?」
リゼットさんの声は震えていた。
それは目の前の現実を受け入れたくないという、思いが感じられる。
「トマァ?
ああ、なるほどぉ……
いかにも、ワシがトマだよぉ。リゼットぉ……」
表情は相変わらず変化は無いが、
その声には明らかに侮蔑の感情が含まれていた。
「っ、違う!
トマは、トマはそんな風に私のことを呼ばない!
あなたは、なんなの!!」
「ふははは……
まったく、この男はお前の恋人だろうにつれないなぁ……
この男は最後の最後までお前の名を呼んでいたのになぁ……」
不愉快な笑い声を口にしながら、男は続ける。
「まあ、茶番はここまでにしようかぁ……
そうだなぁ、ワシの名はソウルイーターとでも名乗ろうかぁ……」
目の前の男はそう名乗りを上げたが、今の会話には聞き捨てなら無い言葉が含まれていた。
「……おい!
お前がトマを殺したのか!」
こちらは名乗っていないのに、こいつはリゼットさんの名前を知っていた。
この男の言葉が確かなら、トマはこの男に会うまでは生きていたことになる。
「殺したわけでは無いさぁ……
ワシが前に使っていた体が古くなってしまってなぁ……
だからこの男の身体を死霊術で改造してなぁ、身体を使ってやっているのさぁ……
くくく、トマも喜んでいるはずさぁ……
なんと言っても不死の身体になったんだからなぁ……
どうだぁ、うらやましいかぁ……」
心の底から誇らしげに、身振り手振りを用いてこの男は語る。
「くそが!
不死になったから死んでいないとでも言うつもりか!
ふざけるなよ!この化け物め!」
目の前の男は不死だと言っているが、
あの様子ではもうトマは生きてはいまい。
あれは、ただトマの体を死霊術とやらで操っているだけだろう。
くそ、トマはこんなやつに殺されたというのか。
ただ死んだだけではなく、死後も自分の身体を好き勝手に弄られて……
そんなことが許されるのか!
右手の剣を握り締め、戦闘態勢に移行する。
目の前の男は死霊術を使う。
ミレーユさんが言っていた死を司る女神『ルニア』の教えを曲解し、
世界に死を振りまく邪教徒。
ミレーユさんが危険視していた理由を理解した。
人の死をなんとも思わないこの男とは絶対に相容れない。
目の前の男を明確な敵として認定する。
こうなった以上は、もう戦うしかない。
「手短に言います。リゼットさん。
トマはもう既に死亡しています。
目の前のあれはトマの身体を弄んでいるだけです。
自分はこれからあれを討伐します。
リゼットさんは下がっていて下さい。」
横にいるリゼットさんに言葉をかける。
だが、リゼットさんはこちらの言葉に答えない。
「……してよ、……返してよ。
……トマを返してよ!」
リゼットさんは矢を弓に番え、引き絞る。
だが、その姿はダンジョン内で見た、堂々と弓を構えるリゼットさんとはまるで異なっていた。
目の焦点が合わず、手足はブルブルと震えている。
これでは当たらない、素人の自分でも分る。
「はは……
打てるのかなぁ?
この身体はお前の恋人のものだぞぉ?
いいぞぉ、そおら、ここだぁ……」
目の前の男は両手を大きく広げ、打ってこいと挑発する。
「っあああああああ!!!」
絶叫と共に打ち出した矢は、案の定、目の前の男にかすりもせずに明後日の方向に飛んでいく。
「あはははは!
どうしたぁ、外れだなぁ……」
「……う、う、あああああ」
リゼットさんはその場に崩れ落ちる。
無理も無い。自分の婚約者をこんな状態にされて冷静でいられる訳がないのだ。
例え化け物になってしまったとしても、自分自身の手で攻撃など出来ないだろう。
「……リゼットさん。
あとは自分に任せてください。」
リゼットさんを庇う様に前に出る。
「次は聖騎士様の出番という訳かなぁ?」
「……」
こいつの話す言葉は全てが不愉快だ。
はらわたが煮えくり返る思いだが、こいつに何を言っても無駄だろう。
だから、ただ殺す。
自分がするのはそれだけだ。
そのためには殺すための算段を立てなければならない。
目の前の敵の発するプレッシャーはとても雑魚とは思えない。
非常に腹立たしいことだが、無策で挑むのは危険だと考える。
まず情報を整理する。
目の前にいる男『ソウルイーター』は、ゲームのフラグメントワールドにはいなかった存在だ。
情報は無い。当然、攻略法も無い。
ならば、まず情報を集める所から始めなければならない。
目に神経を集中し、敵のステータスを確認する。
-------------------------
Lv:*p1
名.e:ソu*イ@タa
H?:X7A
\P:#L1a
-----------------------
「っ!!」
なんだ、これは……
ステータス表示がバグっている。
これでは敵のレベルもHPも分らない。
こいつが元々フラグメントワールドにいた存在では無いから……
だから、ゲームのシステムが通用しないのか?
レベルもHPも分らないとなると、敵の強さの予測が立たない。
特にHPが分らないのが厳しい。
これでは、スキルや魔法を使用するための、MP配分を計算することが出来ない。
いや、そもそもこいつを倒すことは出来るのか?
敵は自分自身のことを不死だと言っていた。
もし、HPがバグっているためにHPをゼロにすることが出来ないなら、
それは不死ということになるのではないか?
いや、フラグメントワールドにもアンデッド属性の敵はいたが倒すことはできた。
だから倒せないことはないはずだ。
しかし、HPが分らない相手に斬り合いを続けるのは厳しい。
MMORPGのボスは大抵馬鹿みたいにHPが高い。
こいつもそうだとは言えないが、HPがその辺の雑魚と同等とも思えない。
自分一人なら延々とHPの削り合いを行っても良いのだが、
リゼットさんが居る以上、あまり時間をかけたく無い。
……ならば、狙うのは『クリティカルヒット』だ。
急所に攻撃を集中し、防御力を無視したダメージを叩き込む。
……くそ、今はそれ以上の作戦は立てられない。
敵はどんなスキルや魔法を使用してくるのか?
これが分らないのが辛いが、
後は敵の動きを見て、その都度作戦を修正していくしかない。
ならば、後は実行に移すのみ。
頭の中でショートカットを開く。
『ブレイブ』、『マテリアルシールド』の魔法を発動。
ブレイブの魔法により、筋力が上昇し、
マテリアルシールドにより、不可視の防壁が展開する。
「……行くぞ」
敵は自分が準備している間にまだごちゃごちゃと話を続けていたようだが、構わず走り出す。
「なんだぁ?
せっかちな聖騎士様だなぁ……」
言いながら、敵も剣を構える。
「眠れる力を解き放て――ブレイブ!」
敵が呪文を唱え、魔法を発動させる。
敵の魔法は自分の魔法と同じブレイブ。
だが、この世界の住人は自分とは違い、魔法を使うためには呪文を唱える必要がある。
こちらが距離を詰めている以上、次の魔法を唱える暇は与えない。
現状ではマテリアルシールドを発動させた分だけ、自分が有利だ。
このまま行く。
「オラァ!!」
一気に接近し、剣を叩きつける。
「そぉら……」
敵も同時に剣を振るう。
敵の剣が迫るが、こちらはマテリアルシールドを発動させているため、
相手の攻撃はシールドに弾かれる。
……はずだった。
「なに!」
確かに発動させたマテリアルシールドは、敵の剣に触れた瞬間に消えてしまった。
甲高い金属音を響かせ、自分の剣と敵の剣が衝突する。
「くぅ!」
「は、ははははははは!」
剣が当たった瞬間、頭にノイズが走り、視界が黒く塗りつぶされる。
突然の事態に一瞬、敵を見失う。
「ほらぁ!」
無防備となった自分に、敵は追撃を仕掛けるが、
自分の剣戦闘のスキルと盾防御のスキルが反応する。
敵の剣の軌道がイメージとして浮かび上がり、咄嗟にその位置に左手に持つ盾を割り込ませる。
「ぐっ!」
また、だ。
敵の剣が盾に触れた瞬間、また頭にノイズが走った。
「がはっ!!」
盾により敵の剣を防ぐことはできたが、
勢いを殺しきることが出来ずに吹き飛ばされる。
「くそっ!」
床にぶつかる瞬間、剣戦闘のスキルが発動し、
剣を床に叩きつけることで勢いを殺し、即座に体勢を立て直す。
「はぁ、はぁ……」
乱れた呼吸を落ち着かせながら、先程の不可解な事態を振り返る。
敵は自分に何をしたというのだ?
あの剣が自分に触れた瞬間、頭にノイズが走った。
その直後、視界が黒く塗り潰されて敵を見失った。
……状態異常か?
毒や麻痺といったこちらの行動を阻害する状態異常。
あの状態はまさに異常としか言いようが無い。
自分のステータスを確認する。
だが、確認したステータスは正常。
……状態異常ではないのか?
だとしたら何なんだ。
「……これは?」
ステータスに異常は無い。
……だが、MPが不自然に減っている。
先程、ブレイブとマテリアルシールドの魔法を使用したが、
それとは別にMPが30程度、減っている。
自分のMPの最大値が308なので、約10%のMPが減っていることになる。
「……そうか!
MPドレイン!!」
「ふはははぁ
気が付いたかぁ……
そう、この剣こそ我が死霊術の最高傑作ソウルイーター……
命を吸い取り、無限に生き続けるのだぁ……
ん~、素晴らしいなぁ。お前の魔力でブレイブに使用したMPが回復したぞぉ……」
「くそ野郎が!!」
先程受けた攻撃は2発。1発に付き5%が相手に吸われた計算だ。
つまり20発攻撃を受けると、こちらのMPをゼロにされてしまう。
いや、相手は攻撃をする必要すらない。
相手の攻撃は直撃しなかった。
相手の攻撃は1つは剣で、もう1つは盾で防いでいるのにMPが減少した。
つまり、相手はあの剣でこちらに触れるだけでいいのだ。
しかも、あの剣に触れられるとマテリアルシールドが無効化されてしまう。
魔法による障壁で自分に触れさせないということは出来ない。
「次は、こちらの番だなぁ……
――我が盾となれ――マテリアルシールド」
偶然か狙ってやっているのか分からないが、
相手はさらにマテリアルシールドを使用すると追撃を行う。
「くっ!!」
その攻撃を盾を構え受け止める。
また頭にノイズが走るが、今度は歯を食いしばって耐える。
「そぉら、どうした、どうした!」
敵は何度も剣を振り回す。
その攻撃は勢いだけで、防ぐことは容易だ。
だが、攻撃を受ける度に減っていくMPに比例して、
頭のノイズは大きくなり、意識を保つことで精一杯だ。
これでは、とても反撃に出られない。
「ふん!」
敵は思いっきり振りかぶり野球のバットのようにフルスイング。
敵は隙だらけなのに身体が動かない。
なんとか盾で防ぐが、また吹き飛ばされる。
視界がぐるりと回る。
「がはぁ!!」
受身も取ることができず、床に叩きつけられる。
やば……い……
い、しきが……
「ははは……
吸ったMPは200かぁ……
ふむ、よく鍛えてあるが、ワシにかかればこの程度よぉ……
んん?……なぜ立ち上がれるぅ?」
「まだ、だ……
まだ負けてない!」
……危なかった。
意識が途切れる瞬間、ショートカットでMP回復ポーションを連続で使用することで、
残り1割を下回っていたMPを最大値まで回復した。
ただし、これでMP回復ポーションを10本消費。残り90本。
……あの剣は厄介だ。
敵の剣の技量自体はそう高くない。
むちゃくちゃに振り回すだけで、剣の軌道自体は見えている。
実際、今までの攻撃は直撃しておらず、全て盾で防いでいる。
剣戦闘と盾防御のスキルを持つ自分の方が本来なら攻守共に優位のはずなのだ。
だが、相手は剣で触れるだけでいい。
いくらこちらの剣の技量が高いと言っても、相手にまったく触れさせずに戦えるほどの差は無い。
どうすれば相手に触れられずに戦えるか?
……ならば、これならどうだ。
頭の中のショートカットから『白光』を選択する。
今まで右手に装備していた聖剣が消え、代わりに刀(白光)が現れる。
白光は攻撃時に光の刃が飛び、遠距離攻撃が出来る。
ただし、この光の刃による特殊攻撃は、魔法扱いであるため敵の剣に触れれば消滅してしまうだろう。
だが、高速で射出される光の刃を敵が見切れるとは思えない。
仮にひとつ、ふたつ、防がれたとしても当たるまで振り続ける。
エンチャントによる攻撃ではMPは消費しないのだ。
さらに、離れて戦えば回避に専念することが出来る。
さすがに全てを避け切れるとは思わないが、攻撃され続けるよりずっとマシだ。
作戦を修正し、『距離を取り回避重視で立ち回り、隙を見て遠距離から攻撃する』に切り替える。
「ふうむ、剣が消えて、刀が出てきたなぁ……
面白い術を使うなぁ……
ワシの知らない魔法だなぁ、どうやったんだぁ……」
「自分の手を教えるわけ無いだろうが!
くらえ!!」
刀を振り、光の刃を射出する。
「なるほどぉ……
面白い玩具を持っているじゃあないかぁ……
それで遠距離から攻撃してワシを倒せると……思ったかぁ!
このローブはその程度の光など通さないんだよなぁ!
風よ、我が身を運べ――クイックムーブ」
『クイックムーブ』素早さを上昇させる呪文。
敵は一気に加速し、距離を詰める。
スピードは速い、だが剣戦闘、盾防御のスキルで対応できる範囲内だ。
幾らスピードが速くても、馬鹿正直にまっすぐに突っ込むだけなら回避は容易い。
敵の剣をバックステップで回避、さらに白光による光の刃を叩きつける。
だが敵の言った通り、光の刃は黒いローブに吸い込まれるように消滅する。
敵は構わずに再度の突撃を行う。
くそ、白光ではだめか。
ならば、これならどうだ。
ショートカットからヒールを選択。
自分に対してでは無く、敵に対して使用する。
現状ではMPはあまり使いたくないが、そうも言ってられない。
アンデッドであるならば効くはずだ。
「ふん、ヒールかぁ……
まったく、聖騎士共は馬鹿の一つ覚えのように光属性に頼る……
ワシが対策をしていないとでも思ったのかぁ!」
ヒールの光もまた漆黒のローブに吸い込まれるようにして消えた。
敵の発言とこれまでの状況から考えると、
あのローブの付与は、恐らく光属性の無効化。
「ぐっ……」
悔しいが敵の言っていることは正しい。
ゲームのフラグメントワールドではアンデッド属性の敵は、雑魚敵だろうとボスだろうと
全て光属性が弱点だった。
だが、今この世界はゲームではない。
そんな仕様は無いのだ。
光属性が弱点なら、光属性に耐性がある装備をする。
少しでも知恵が回るのなら当然行う対策だ。
『ムーンライトセイバー』も『白光』も『ヒール』も全て光属性……
アンデッド相手にメタを張ったと思っていたが、
逆に自分に対してメタが張られていたなんて……
あまりの絶望的な状況に目の前が真っ暗になる。
「……諦めてたまるか!」
ここで心が折れたら、待っているのは死だ。
何か打開策はないか?
しかし、良い考えは急には浮かばない。
ならば、せめて距離を取り、回避に専念することで時間を稼ぐ。
距離を取ろうと後ろに下がろうとした瞬間、
敵は突如として、右から回り込むように方向を換える。
「くそ!」
瞬間的に狙いを察知して、敵の進路を塞ぐ。
敵の進行方向……そこにはリゼットさんが居る。
「ぐっ!!」
敵をリゼットさんの所に行かせないことには成功したが、
結果的に敵の攻撃を回避することに失敗した。
作戦は崩壊した。
自分の攻撃は効かず、回避に専念しようとすればリゼットさんを狙われる。
「ふははははははははは!!」
完全に主導権を敵に握られてしまった。
敵は剣をめちゃくちゃに振り回すが、
自分はそれをただ受け続けるしかない。
頭では反撃に出なければ行けないことは分っているが、
頭に響くノイズにより行動に移れない。
さらに敵はクイックムーブを使用したことにより、攻撃の回転は先程よりも上がっている。
こちらのMPはそれに比例するように急速に減っていく。
ショートカットを使用し、MP回復ポーションを連続で使用することで対抗するが、
MP回復ポーションが瞬く間の内に溶けていく。
その残数がそのまま自分自身の死のカウントダウンとなる。
「……おっと、ブレイブが切れてしまうなぁ」
敵は大きく距離を取ると、ブレイブの魔法を掛け直す。
本当は阻止したいが、無策のまま突っ込んでもMPを吸われるだけだ。
こちらもMP回復ポーションを使用しMPを全回復させ、ブレイブの魔法を掛け直す。
これでMP回復ポーションが残り30本を切った。
……どうすればいい?
HPにはまだ余裕があるのに……
攻撃を受け続けてはいるが、その全てを盾で受け止めている。
未だに敵のクリーンヒットは受けていない。
だが、このままではMPを削られての精神死……
いや、そんな状態になってしまえば物理的にも殺される。
むしろ殺されるならまだ良いほうだ。
こいつに死体を弄ばれて、目の前の化け物にされてしまう。
それはいやだ。死んでもいやだ。
このままでは、だめだ。
何かを変えないと、何か打開策を見つけないと、
その先にあるのは死よりも辛い未来しかない。
「……」
……1つ策を思い付いた。
今苦戦している原因の1つとして、リゼットさんを守りつつ戦わなければいけない点が挙げられる。
ならば……前提を変える。
『相手がリゼットさんを狙うのなら、逆にリゼットさんを囮に使う』
わざと距離を取る振りをして、敵の注意がリゼットさんに向かった所を叩き切る。
だが……それでいいのか?
失敗すればリゼットさんが死ぬことになる。
しかし、もう自分には後が無い。
このまま何の策も無く戦い続けていては二人とも死んでしまう。
ならば、一か八かに賭けるしか……
「ソージ様……もう、いいです……
私が……私の手でトマを……」
いつの間にか弓に矢を番えたリゼットさんが居た。
弓を構えた姿は先程とは違い、震えはまったく無い。
さらに、リゼットさんが構えている矢にはヒールリングが括り付けられていた。
そうか、ヒールリングごと矢を打ち込むことによって、
あのローブを貫通して無理やりヒールリングを『装備』させるのか。
ヒールリングはHPが減少すると強制的にヒールをかける。
アンデッドはヒールでダメージを受けるため、
矢のダメージをトリガーにして、相手のMPが尽きるまで無限にヒールをかけ続ける。
これなら行けるかもしれない。
「……クリティカルショット!!」
リゼットさんが矢を放つ。