20話 ダンジョン探索
「まあ、今更考えても仕方が無いか。
よし、改めて行きましょうか」
ここからは、何が起こるか分からない。
気合を入れ直し、ダンジョン探索を開始する。
『ライト』の光を頼りにダンジョンの通路を歩く。
今の所、特にモンスターは出てきていない。
床や壁を観察しトラップ等がないか注意深く探ってみたが、
特にそれらしいものは無い。
本当にただの通路と言った感じだ。
まあ、だからと言って気を抜くつもりは無いのだが。
しかし、このダンジョンは何なのだろうか?
自分は昼間の間に約80体ものゾンビを倒している。
このゾンビは一体どこから沸いてくるのだろうか?
ゲームならば敵はいくらでもリスポーンするが、今はそうではない。
ゾンビの元になるのは人間の死体だ。
つまり、少なくとも80人の人間がここで死んでいるということになる。
ゾンビとなったのはこのダンジョンに挑んだ冒険者なのだろうか?
そうだとすると、これほど多くの人間が死んでしまうダンジョンなら、
恐ろしく難易度が高いのではないか。
まあ、あまりネガティブになっても仕方がない。
元々危険は覚悟の上でここに来ているのだ。
それに希望的に考えるなら、それだけの数のゾンビを倒しているのだから、
このダンジョンには、もうゾンビは残っていないのではないか?
実際に今の所はゾンビ等の敵とは遭遇していないのだ。
「……ソージ様!」
いきなり声をかけられ、前を見る。
考えを打ち切り、剣を構え身構える。
「……?
リゼットさん、どうしましたか?」
周囲を確認したが敵はいない。
「……前です」
「……ああ、居るな」
空中に浮かぶライトの光のさらに先。
自分の視覚では捕らえられない闇の中。
剣を抜いたことで発動した『剣戦闘』のスキルにより強化された感覚が、
敵の気配を察知した。
ライトの照らし出す範囲は約10メートルなので、そのさらに先、
恐らく20メートルは先にいると思われる。
この距離では当然のように目視では確認できないし、
剣戦闘のスキルによる気配察知もリゼットさんの言葉があって初めて気付く程度だ。
普通は注意していても気付かない。
よく見つけたもんだ。狩人だけあって目が良いのだろうか?
神経を集中し、見えない敵の気配を探る。
相手はどうやら近くを行ったり来たりと徘徊している様で、
自分達はまだ気づかれていないようだ。
「さて、どうするか……」
せっかくの先制攻撃のチャンスではあるが、少々悩ましい。
それは、昼間の戦いのように一体のゾンビを始末しようとして、
大量のゾンビが釣られて出てきてしまう恐れがあるからだ。
自分一人ならそれでも良いが、
後ろにリゼットさんを連れているこの状況では、そういう訳にはいかない。
そうなると各個撃破して行くのがベストなんだが……
これまでの戦闘からゾンビは音に反応していると予測している。
つまり、音を立てずに倒すことが出来れば、各個撃破していけるはずだ。
しかし、スニークスキルを持っておらず、金属の鎧を装備している自分では、
音も無く倒すのは難しい。
ちらりとリゼットさんを見る。
丁度いい、リゼットさんの弓の腕前をここで見ておこう。
弓矢なら離れた相手にも攻撃できるし、音もしない。
「リゼットさん、ここからゾンビを狙えますか?」
「……狙えます」
まるで当然というように言うと、リゼットさんは矢筒から矢を一本取り出し、
矢に番える。
自分は慌てて壁際に寄る。
リゼットさんは弦を引き、ピンと張った弦はぎりぎりと軋む音を立てる。
リゼットさんはただ前を見据え、弓を引いた体制で一度静止する。
真っ直ぐに獲物を狙う、その顔はとても澄んでいた。
今まで見てきたリゼットさんは、顔は常に不安そうで、
視線は下を向き、余り人と目を合わそうとはしていなかった。
だが、今のリゼットさんの表情には焦りも緊張も恐れも何も無い。
ただ矢を射る、それ以外の考えなど無いかのようだ。
「……」
その姿に息を飲む。
すらりとした細い手足に尖った耳、金色に輝く髪に宝石のような青い瞳。
凛とした表情で弓を構える姿は、自分がイメージするエルフの姿そのままだ。
こんな時に不謹慎ではあるが、綺麗だなと思う。
弓を構えた姿勢でピタリと止まったリゼットさんは、
不意に何事かを呟くと同時に矢を放つ。
暗闇に向けて放たれた矢は一瞬にして視界から消えてしまった。
「……倒しました」
「お、おう」
思わず見蕩れていたが、思考を切り替え剣を構え意識を集中する。
気配を探るが今まであった気配は消えている。
「……うん、気配は消えてるな。
行きましょうか。」
慎重に前に進んでいくと、そこには首から上がないゾンビの死体が転がっており、
直後その死体は崩れ灰になる。
おそらくリゼットさんの矢によって、頭をもぎ取られたのだ。
周りの気配を探ってみるが、追加のゾンビの気配は無い。
リゼットさんにも確認してもらうが、そちらにも反応は無い。
「よし、奇襲成功だ。
しかし、あの距離、しかも暗闇の中でのヘッドショットか……」
ゲームのフラグメントワールドでは、弓はそこまで威力のある武器ではない。
通常、リゼットさんのレベルでは一発の矢ではゾンビは倒せない。
しかし、今目の前でゾンビを一撃で倒している。
これは急所への攻撃、所謂クリティカルヒットが入ったためだ。
急所による攻撃は、防御力を無視したダメージが入る。
では、急所を常に狙えばいいのでは無いかと思うが、
戦闘中に自分も相手も動いている中で、急所にピンポイントで攻撃をするのは難しい。
今回は狙撃なので、自分の好きなタイミングで一方的に攻撃が出来るが、
だからと言って簡単なことではないだろう。
牽制ぐらいに使えればいいと思っていたが、とんでもない。
遠距離から一撃で敵を葬るリゼットさんは主力として使える。
しかもリゼットさんは夜目も利くので、暗闇をまったく苦にしていない。
……むしろ自分の方が足手まといなのではなかろうか……
いやいや、役割分担、適材適所だ。
近接攻撃や防御力が必要な場面では自分の方が有利なのだから、
苦手な分野で劣っていても、それは仕方が無いのだ。
だが、これは後で反省が必要だ。
自分はリゼットさんよりもレベルが高いことで、正直リゼットさんを見くびっていた。
レベルが低くともスキルがあれば戦える。
今回リゼットさんが味方だから良かったものの、
もし仮にこの暗闇で遠距離にいるリゼットさんと戦うことになったら、
一方的に殺されかねない。
試したことは無いが、クリティカルヒットはモンスターだけではなく、
おそらく自分にも適応されると考えられる。
そうなると例えレベルが高くとも、ヘッドショットを食らえば普通に死ぬ。
その後の探索はリゼットさんのおかげで順調に進んだ。
遠距離から狙撃を行い、各個撃破の繰り返しだ。
「リゼットさん、ゾンビはここから見えますか?」
「……通路の先。一体います。」
「分かりました、お願いします。」
リゼットさんが矢を放ち、剣スキルによる気配探索と、
リゼットさんの目視のダブルチェックを行い、少しずつ進んでいく。
ここまでで倒したゾンビの数は12体。
ゾンビの数は最初の楽観的な予測が当たっているのか、
散発的に1、2体出てくるだけで、今の所被害は出ていない。
まあ、それでも慎重に進んでいるため、
歩みは遅いが探索そのものは順調に進んでいる。
そして、探索から2時間が経過した。
「……おかしい。
このダンジョン、構造が単純すぎる。」
このダンジョンに潜って2時間。
通路は基本的に真っ直ぐでトラップも無ければ、曲がり角も少ない。
ダンジョン内の部屋も通路の脇に配置されており、素通りしようと思えば出来る。
「……それは何か問題、なんですか?」
「いや、探索には問題では無いんです。
ですが、普通ダンジョンといえば侵入者を迎え撃つために、
トラップを仕掛けたり、通路の曲がり角をわざと多くする等の工夫をします。」
トラップは引っかかればダメージを受けるし、
引っかからなくても、警戒したり、罠を解除したりで神経をすり減らし時間を使ってしまう。
道が複雑になれば移動速度が落ちるし、大人数での行動が難しくなる。
後は単純に道に迷いやすくなる。
この辺りは日本の城などでも見られる工夫だ。
今回の探索が順調に進んだ背景には、直線の道が続いたために、
リゼットさんが早期に敵を発見できたこと、そして弓の射線を遮るものが無かったことが大きい。
「つまり、このダンジョンは敵を倒すために造られたのでは無いということです。」
「……?」
リゼットさんが首をかしげる。
「ゾンビの元は人間です。
きちんと弔われなかった遺体は、時にゾンビとして蘇り人を襲い出します。
自分は最初、このダンジョンに挑んだ冒険者の死体がゾンビとなり襲ってきたのではないかと思っていたのですが……
どうもそうでは無いようです。」
今のこの世界はゲームでは無い。
まして、このダンジョンはゲームには無かったダンジョンなのだ。
何の理由も無くダンジョンを造る訳がないし、
何となく死体がそこにあるなんてこともない。
「これだけの死体が、なぜこんな場所にあるのか分からない。
このダンジョンが何の意図を持って造られたのか分からない。」
出てくるモンスターが高レベルだとか、
ダンジョンのトラップが凶悪だとか、
そういったものとは別の、もっと何か異質な何かがここにはあるのではないのか?
冷たい汗が背中を流れる。
これが自分の考え過ぎなら良いのだが……
「……それでも、私は……
トマを探します。」
「そうですね。自分も最後まで付き合いますよ。」
大量の死体やダンジョンが造られた意図……
それらは気になるが、トマの遺体さえ見つかれば、それで終わりだ。
まだ被害らしい被害も無い以上、探索は続行だ。
ぎりぎりまで行くぞ。
そうして、再び探索を再開する。
これまでと同様に警戒し、慎重に進む。
しかし、トマの遺体は見つからず、
長い通路の先、遂にその終点にまでたどり着いてしまった。
「これは……」
通路を抜けると、広い空洞に出た。
天井は10メートル以上もあり、広さも100メートル四方はある。
地中にぽっかりと空いたこの空洞の中心には、祭壇なのだろうか?
四角い大きな石がピラミッドのように積み上げられ、
四方の柱にはかがり火が焚かれていた。
つまり、この祭壇……
現在進行形で使われている……
まずい、嫌な予感は最高潮に達している。
「ト、トマァアアア!!」
後ろにいたリゼットさんが叫び声を上げる。
するとその声に反応したのか、祭壇の奥から気配が動く。
祭壇から現れたのは真っ黒いローブを身に纏い、
赤黒い剣を持った男だ。
その男の額には大きな傷痕がある。
それは、リゼットさんから教えてもらったトマの特徴と一致していた……
次から第1章終盤に入ります。