19話 ダンジョン
「「なに?」
「……いえ、何でもないです。
では、行ってきます!」
光で照らされた坑道内に一歩を踏み出した。
夜になり光のフラグメントの明かりが消えた坑道内をライトの光を頼りに進んで行く。
坑道は昼間のうちにゾンビを掃討し終えているため、安全に通過することが出来る。
とは言っても、岩肌むき出しの地面と下り坂によって歩きにくいため、
足元に注意を払いながら進んでいく。
「……あの、良かったんですか?」
「うん?」
後ろを歩くリゼットさんから、声がかかる。
「さっきの喧嘩……私達のせいで……」
「まあ、良くはないですが、仕方が無いです。
もしこれが仕事の分担だったり、報奨金の分け前の話なら、ある程度は譲歩をしますが、
今回は人一人の死が絡んでいますので、自分が悔いの残らないようにやりたいと思います。
……例えミレーユさんと仲違いしたとしても。」
「でも……」
「それに、先程も言いましたが、別にあなたが気にする必要はありません。
自分がやりたいと思って、やっているだけなので。」
「それでも……切欠を作ってしまったのは私達です。」
「それを言われると、そうなりますが……
でもまあ、自分達は元々、冒険者ギルドの依頼でこの町に来ていますので、
これも依頼の範疇です。」
……何と言うか不毛なやり取りだな、と思う。
ここまで来てしまった以上もう行くところまで行くしかない。
今重要なのは、誰のせいかではなく無事にトマの遺体が見つかり、
自分達が無事に帰ってこれるかどうかだ。
そうだな、そのことについて確認をしておくか。
「それよりもリゼットさんはよろしいのですか?」
「……?」
「自分達はこれからダンジョンに潜ります。
先程のミレーユさんの話は嘘でもハッタリでもありません。
自分は可能な限りあなたを守ります。
しかし、それはあなたの命を保障するものではありません。
下手をすれば、自分もあなたも死んでしまうことは十分に有り得ます。」
「……大丈夫です。
私が死んでも……誰も、悲しむ人はいないから。」
「そうやって自分の命を軽視するのは良くないと思いますよ。
少なくとも自分はあなたが死ねば悲しみます。」
「……すみません。」
……難しいな。
楽しいダンジョン探索では無いので仕方の無い部分もあるが、
リゼットさんは生還に関してのモチベーションが低いように感じられる。
生と死が隣り合うこの状況で、生きる気力が乏しい者が生き残れるとは思えない。
自分はここで死ぬつもりは無いし、彼女にも死んで欲しくない。
うまくフォローしなければいけないな。
しばらく進んでいくと鉱山の奥、ダンジョン前に到着した。
ダンジョン前にはミレーユさんが張った結界が光を放ち、
暗い坑道を明るく照らしている。
その光の先には、ぱっくりと口を開けたダンジョンの入り口がある。
「ここが……?」
「そう、ここが事件の元凶です。」
リゼットさんの顔が緊張のためか強張る。
リゼットさんにとっては恋人が死んだ場所だ。無理も無い。
ブルードの町ではリゼットさんの味方は彼だけだったと言う。
だから、せめて遺体だけでも持ち帰らせてあげたい。
だが、ダンジョンは甘くない。
ミレーユさんの話を思い出す。
ミレーユさんの仲間は死体すら持って帰られなかったのだ。
ダンジョンから生きて帰る。
そのためには、しかっりとした準備が必要だ。
ダンジョンに入る前に一度ここで、確認をしておこう。
「さてと、確認ですが、この先はモンスターが出現します。
リゼットさんは弓を持ってきていますが、自分と一緒に戦うということでよろしいですね?」
まず、気になるのはリゼットさんを戦力として、数えることが出来るのかだ。
「はい、私がどれだけお役に立てるか分かりませんが……」
「分かりました。ではお互いステータスを確認しましょう。」
そう言って、まず自分のステータスを表示する。
「レベル73……すごい……
あ、すみません……これが私のステータスです……」
リゼットさんもステータスを開示する。
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Lv12
名前:リゼット
HP:76
MP:98
職業:狩人
メイン職業:狩人
サブ職業:狩人
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「ふむ、レベル12か。思ったよりも高いな」
「え……でも、私……レベル低い……」
「ああ、大丈夫です。
リゼットさんのレベルが低いのではなく、自分のレベルが高いだけですので。
普通の人はだいたいレベル10以下ですから、平均以上はあります。
そう気を落とさないで下さい。」
ゾンビを相手にする適正レベルは10~20程度とされている。
適正レベルとは一般的に、1対1で優位に戦えるレベルのことを言うため、
リゼットさんのレベルは十分である。
ただし、ここのゾンビは数で押してくるため安心は出来ないが。
「ところで、リゼットさんは魔法を使えますか?」
リゼットさんは首を振る。
「……使えません」
魔法は使えないか……
まあ、これは仕方が無い。
魔法やスキルはただレベルを上げていれば自然に覚えるものではない。
魔法書等のアイテムを使用したり、職業レベルを上げる等の経験を積む必要がある。
「ふむ、弓の方はどうですか?」
魔法が無理だとすると後は弓か。
リゼットさんが背中に背負っている弓は
大きさが1m程度あるロングボウだ。
弓については詳しくないが、結構な威力がありそうである。
まあ最悪、牽制程度に使えればいいのだが……
「……?
えっと……使えます。
普段は狩りで……使ってます。」
「なるほど……」
うーむ、よく分からないな。
考えてみれば、自分は今までの人生で弓を握ったことすらないのだ。
狩りに使っていると言われても、どの程度の腕前か分からない。
まあ、止まっている的ではなく、動く動物に対して命中できるのなら問題ないだろう。
その辺は実戦で試してみるしかないな。
スキルの確認が終わった後、今度はアイテムの確認を行う。
リゼットさんの手持ちは、彼女が自作したというHP回復のポーションが5個。
それと、いくつかの植物の葉や木の実だ。
薬草だろうか?
その1つを手に取ってみる。
青い色をした葉をつけた植物で、緑色ではなく青色の見た目が珍しいが、
それ以外は、その辺に生えている雑草と大差は無い。
確かブルードの近くにある森の中で生えているのを見た記憶がある。
「……『鑑定』」
せっかくなので『鑑定』のスキルを使用する。
一度見ただけで、名前も知らなかったその植物の情報が頭の中に浮かび上がる。
「なるほど、これが毒消し草なのか。……こっちは麻痺治しか。
ポーションになる前の原料を見るのは初めてだな。」
「あ、あたりです……
町の人もあまり知らないのに……」
「あ、ああ。
本で見たことがあるんです。
実物を見るのは初めてです。」
リゼットさんの指摘を適当にごまかす。
鑑定スキルは便利だが、使い方は気をつけないといけないな。
ありふれた草花でも知識がなければ名前や使い方は分からないのだから、
場合によっては不審に思われることもあるだろう。
しかし、町の人が知らない知識をリゼットさんは、
どうやって知ったのだろうか?
リゼットさんはエルフなので、なんとなく知ってそうなイメージはあるが、
幾らなんでも生まれたときから本能レベルで知ってます、
なんてことはないだろう。
「リゼットさんはどうやって学んだんですか?」
逆にリゼットさんに質問する。
薬草の知識や、傷薬の作成。
それはゲームのフラグメントワールドにおいて、
採集や調合といったスキルとして扱われていた。
ゲームのスキルというと軽く感じてしまうが、
この世界において、それは専門知識や技能となる。
インターネットもなく、教育も発達していないこの世界において、
専門知識を知る術は少ない。
知識や技能を持っていると言う事は、現代以上に重要なのだ。
「……母から教わりました。」
「すみません。嫌なことを思い出させてしまいました。」
リゼットさんの両親は既に他界していた。
リゼットさんをフォローしないといけないと考えた矢先に、
自分から地雷を踏んでしまうとは……
「……大丈夫です。気にしてませんから」
「……では、アイテムの話に戻りますが、リゼットさんこれを持っていて下さい。」
リゼットさんに聖水を3本とヒールリングというアイテムを渡す。
「聖水は、遠慮なくゾンビに投げつけてください。
一本でゾンビを一体倒すことが出来ます。
それとこちらのヒールリングですが、この腕輪はHPが減ると自動でヒールをかけてくれる腕輪です。
ただし、ヒールがかかるとMPを消費してしまうので、MPが半分になったら外して下さい。」
本当は自分で使う為に持ってきていた装備品だが、
レベルの低いリゼットさんに使ってもらったほうがいいだろう。
もし戦闘になった場合、狩人のリゼットさんと聖騎士の自分では、
ポジションは自分が前衛となり壁役をやることになる。
そうなるとリゼットさんは後衛となるため、前衛の自分からは死角になってしまう。
ヒールのような範囲魔法ではなく、対象を限定する魔法は、
魔法を使用する際に対象を視界に納めている必要があるので、
リゼットさんが死角にいると魔法が使えないのだ。
ヒールが使えない場合、回復手段は傷薬やポーションとなるのだが、
こちらの世界で実際に戦闘してみて分かったが、戦闘中には使う暇なんて無い。
そのため、自動回復の機能を持つ装備は非常に便利なのだ。
まあ、欠点として自分の使用したいタイミングで使うことが出来ず、
HPが少しでも減ったら回復を行うので、MPを無駄にしてしまうことが挙げられる。
しかし、魔法を使わないリゼットさんならそのデメリットも最小限に抑えることが出来るだろう。
ヒールリングをリゼットさんに渡してしまったので、
自分は別のアイテムを装備する必要がある。
自分自身には普段装備している聖印の代わりに、
毒消しの腕輪と麻痺消しの腕輪を装備する。
ソロで戦闘を行う際に最も厄介なのは状態異常だ。
今回はリゼットさんが居るとは言っても、実質自分が動けなくなった時点で終わりなので、
そこは変わらない。
本当は聖印があれば心強いのだが、聖印は結界の要に使われている以上、
持って行くことができない。
最後にショートカットの確認を行う。
フラグメントワールドがゲームだった時のシステムであるショートカット。
スキル・アイテムの使用から装備の変更までショートカットに登録しておけば、
いちいちメニューを開かずとも一瞬で使用することが出来る。
ショートカットに登録できる行動は9個まで、今回は以下のように設定した。
F1:ヒールLv3
F2:ヒールLv5
F3:ブレイブLv5
F4:マテリアルシールドLv5
F5:聖水
F6:MP回復ポーション
F7:ムーンライトセイバー
F8:白光
F9:フェザーカッター
上の4つはゲームだったときからほぼ固定だが、
下の5つは今回のダンジョン攻略に合わせて変更した。
聖水はゾンビ・アンデッド用の対策。
MP回復ポーションはMP低下による頭痛・発狂対策。
3つの武器はそれぞれ使い分けるために設定。
「まあ、こんなもんかな。
よし、それでは行きましょうか。
まず自分が先に入って様子を見ますので、リゼットさんは待っていて下さい。」
最終確認も終わり、いよいよダンジョンに入る。
ダンジョンは昼間に見たときと特に変化は無いようだ。
床や壁がきちんと補整された石が敷き詰められたダンジョンは、
昼間同様に明かりは無く、さらに瘴気が漂っており薄気味悪い。
辺りを見回すが聖域の効果だろうか、ゾンビは近くには居ないようだ。
安全が確認できたところで、リゼットさんを呼ぶ。
さて、ここからダンジョン探索開始となるわけだが……
「行きましょうと言った手前になんですが、
どっちに行きますかね?」
坑道に開いた穴はちょうどダンジョンの通路の壁をぶち破る形でできている。
右に行くべきか、左に行くべきか。
左右を見渡してもどちらも一直線に通路が広がるだけで、
手がかりになりそうなものは無い。
一応、左側の通路から瘴気が流れて来ているような気がするが、
だからと言って、そこにトマの遺体があるとは限らない。
時間は有限だ。
ここで間違えると最悪反対側は探索することが出来ないかもしれない。
「ソージ様、これ……引きずった跡……」
「うん?
……本当だ。」
床を見るとゾンビの大量の足跡に混ざって非常に見えにくいが、
確かにダンジョンの左側に向かって何かを引きずった跡がある。
念のために右側の通路を目を凝らして確認したが、それらしきものはない。
「ふむ、これは左だな。」
リゼットさんも自分の言葉に頷く。
いきなり手がかりが見つかるのは幸先が良い。
これは案外簡単に見つかるかもしれない。
とは言え、左側は瘴気が流れてきている方向である。
つまり、この方向にはダンジョンのボスがいると考えた方が良いだろう。
ミレーユさんの話を聞いた以上、あまり深入りはしたくない。
本当に簡単に見つかれば良いのだが……
「まあ、今更考えても仕方が無いか。
よし、改めて行きましょうか」
ここからは、何が起こるか分からない。
気合を入れ直し、ダンジョン探索を開始する。