18話 ミレーユの過去
ミレーユさんにとっては、もともと話すつもりが無いことだったのだろう。
口を滑らせた、そんな顔をしている。
しかし、逆にそれにより覚悟を決めたのだろう。
ミレーユさんの口から彼女の過去が語られた。
今から約4年前、ミレーユさんはパーティーを組んでダンジョンを探索していたそうだ。
そのダンジョンは地下に作られた巨大な建築物であり、
とても古い時代に造られたこと以外何も分かっていない。
誰が何の目的で作ったのか?
このダンジョンは一体地下のどこまで続いているのか?
発見されてから5年以上が経過していたが、最深部には未だ誰も到達していない。
分からないことだらけのダンジョンであるが、
ダンジョン内には希少なアイテムや珍しいモンスターが存在していたため、
多くの冒険者が富と名誉を求めて、ダンジョンの攻略を行っていた。
ミレーユさんのパーティは、その中でも上位にあり、
最前線で攻略を行っていた。
「魔法剣士のリーダーに、戦士、斥候、魔法使い、聖騎士2人。
バランスが取れたいいパーティだったと思うわ。
まあ、当時の私はそのパーティに入ったばかりの下っ端だったんだけどね。」
そう自嘲的にミレーユさんは呟く。
話は続く。
ダンジョンの最前線。
それは出現するモンスターの情報も、ダンジョンの構造も分からない。
文字通り手探りで攻略を行わなければならない。
わずかなミスが命取りになるその状況では、
当然、探索は油断無く慎重に行われていたが、
それでも命を落とす冒険者は多い。
細かな理由は色々あるが、
一言で言うなら『初見殺し』である。
知っていればどうにでもなるが、知らなければどうにもならない。
つまり、それを知るためには最初の誰かが犠牲になってしまうのだ。
ある日のことである。
いつも通り、油断無く慎重に、
ダンジョンの最深部を目指し探索が行われていた。
その場所は先日地下への隠し階段が見つかったばかりの未探索の階層だった。
その中でミレーユさんのパーティはある部屋に入る。
10メートル四方の石造りの部屋は、
何かを祭る祭壇のような造りになっていた。
部屋の内部を観察したが、モンスターもおらず、
目だった仕掛けも無いようだった。
しかし、パーティが部屋の中央まで移動した時、
突如として足元が輝き光の線が浮かび上がる。
気が付いた時にはもう遅い。
一瞬にして足元に魔法陣が現れ、パーティは全員光に包まれた。
「光が収まった後、私達は愕然としたわ。」
そこは今まで彼女達がいた部屋では無かった。
また、部屋の外、ダンジョンの構造も変わってしまっていた。
当然、地図は使えない。
そして何よりもまずいことに、出現するモンスターのレベルが大幅に上がっていた。
「あのダンジョンは地下に潜るごとに、
モンスターも高レベルになっていく傾向があることは分かっていたわ。
だから、私達は未探索のより深い階層に飛ばされたのだとすぐに分かった。
もっともそれが分かったところで、どうしようも無かったけどね……」
「古い建物……地下……ワープ装置……
そのダンジョン、アスラの古代遺跡か……?」
「なんだ、知っていたの?」
「……いえ、名前を聞いたことがあるだけですよ。」
咄嗟に誤魔化したが、
実際には行ったことがあるダンジョンだ。
ただし、この世界がまだゲームだった時に、である。
アスラの古代遺跡。
このダンジョンは、フラグメントワールドのチャレンジャー用のダンジョンであり、
馬鹿みたいに強いモンスターがいる階層があったり、
見えない壁で迷路のようになっていたりする階層もあったりする。
開発側も実験の目的で色々な仕掛けを施しており、
イベントやバージョンアップのたびに地下に増設されていった。
多種多様な高レベルのモンスターが出現するため、
経験値やレアアイテムを求めて多くのプレイヤーが攻略を行っていた。
つまり、廃人ゲーマー御用達の高難易度ダンジョンなのである。
ちなみに、このダンジョンはイベント等で増設されていくため、
正確な最下層というものは存在しない。
自分がこの世界に飛ばされる前のバージョンアップでも、
新しく10階層追加されているはずなので、
現在は少なくとも地下85階まであるはずだ。
さて、このダンジョンはまともに一階ずつ降りていくと大変な時間がかかってしまうため、
10階層ごとにショートカットのためのワープポイントが設置されている。
これにより、地下10階までは自力で攻略する必要があるが、
以降の階層では20階、30階、40階と途中の階層をスキップすることが出来るのだ。
このワープポイントには起動のためのアイテムやレベル制限などは無いため、
うっかりワープポイントに入って下の階層に飛ばされてしまうことが度々あった。
このワープポイントは一方通行で、下側専用のワープポイントと上側専用のワープポイントがそれぞれ存在するため、戻る場合は上側のワープポイントまで行く必要がる。
まあ、間違って下側にワープしてしまっても、
ワープポイントの近くには高レベルのプレイヤーがだいたい居るので、
上側のワープポイントに連れて行ってもらえれば良かったんだが……
ミレーユさん達はそれをリアルでやってしまったということだろう。
この世界でのアスラの古代遺跡がどうなっているのかは知らないが、
ゲームでは攻略中の階層からいきなり下に10階層飛ばされた場合、
普通に上に戻ろうとすれば、まず全滅してしまうだろう。
ミレーユさん達のパーティは現状を把握した後、
決断を迫られた。
助けを待つか、自力で地上に戻るかだ。
ワープポイントがある部屋にはモンスターは入って来ないため、
安全ではあるが助けが来る確率は極めて低い。
じっとしていても死を待つだけ。
だから、彼女達は一か八か地上を目指し行動を開始した。
まともにモンスターと戦っては勝ち目は無い。
モンスターに見つからないように、息を潜めてやり過ごす。
途中のお宝には目もくれず、ただ地上を目指し、
ゆっくりと慎重に進んで行った。
「絶望的な状況だったけど、それでも私達はがんばった。
みんなで励ましあって、死の恐怖で潰れそうになりながらも、何とか地上を目出したのよ……
そして、ついに私達が知っている階層までたどり着いた。
……だけど、そこまでだった。」
ミレーユさんの瞳はまるで、ここではないどこかを見ているようだった。
「普段なら問題なく倒せるモンスターだったのに……
あの時の私達はもうボロボロで……HPもMPもギリギリだった。
このままだと間違いなく全滅は確実だった。
だから、俺達が囮になるからお前達だけでも逃げろって……
魔法剣士のリーダーも、口の悪い戦士も、お調子者の斥候も、先輩の聖騎士も……
……みんな死んだわ。
生き残ったのは、私と魔法使いの娘だけ。
私達は必死で逃げて、別のパーティに救助された。」
「私達の救助の後、リーダー達の救出部隊が組織されたけど……
でも、囮となって残った彼らの死体は見つからなかった。
僅かばかり残っていたのは、手足や頭髪、装備品……
見つかったのは、それだけよ。」
「パーティは当然解散。
それからはあなたも知っての通りよ。
私はアウインに逃げ帰って、それからは冒険にも出ずにギルドで冒険者の治療をしているわ」
「……そうですか。」
それが、ミレーユさんが過去に体験したダンジョン探索の結末だった。
普段の彼女からは想像できない程の重い過去に言葉に詰まる。
その事実はただただ重く。
軽々しい同情の言葉をかける事は躊躇われた。
それでも、彼女の話を聞くことで、なぜ彼女がダンジョン探索に反対しているのか、
それについては納得することができた。
しかし、逆に新たな疑問がわいてくる。
「なぜ今回の探索に参加したんですか?
……まさか自分が頼んだから、という訳ではないでしょう?」
ミレーユさんには一応貸しがあったが、
だからと言って、このようなトラウマを背負った状態で返すような貸しではない。
「あなたも察しがついてるくせに、あえて私の口から言わせるなんて。
あなたも性格悪いわね。
私は……3ヵ月後結婚するのよ。」
「はい?
お、おめでとうございます?」
いきなり話が大きくそれたことで、
反応が遅れ、咄嗟に形だけの祝いの言葉を述べる。
結婚はおめでたいが、それがなぜこの場で出てくる?
ミレーユさんは自嘲の笑みを浮かべ説明を続ける。
「ふふ、驚いた?
まあ、私もこんな行き遅れを妻にしようという、奇特な人がいたことに驚いたけどね。
……結婚すればもう冒険に出ることはできなくなる。
私はね、こんな惨めな冒険者として終わりたくなかった。
最後に一度ぐらいは普通に冒険者をやりたかったのよ。
あの時の私は仲間の遺体を持って帰ることが出来なかったから、
今回の依頼は、私にとってもちょうど良かったのよ。
それに、あなた程のレベルがあれば普通は死なないからね。」
なるほど、引退前の思い出作りということか。
確かに彼女の目論見はほとんど成功しようとしていた訳だ。
坑道での遺体捜索も一人の遺体が見つからない以外には、
犠牲者を出すことなく成功ということになっている。
計算違いがあるとしたら、自分がダンジョンに潜ると言い出したことだろう。
当然だ。この町に入るまでは自分もここまで深入りしようとは思わなかったのだから。
「私はあなたを利用しようとした最低な女よ。でも、これだけは聞いて。
私だって彼の遺体は持ち帰って上げたいと思う。
でも、それでも……ダンジョンは本当に何が起きるか分からない、危険な場所なのよ。」
そう言ってミレーユさんは話を締めくくった。
「……」
次は、自分の番だ。
彼女の話を聞いた上で、自分の意見を言わなければならない。
出来れば彼女にも納得をしてもらいたいと思う。
「まず、利用しようとしていたことについては別に気にしなくて良いです。
それはお互い様なので。」
ミレーユさんにはミレーユさんなりの思惑はあるのだろうが、
自分に聖騎士としての振舞い方を教えてくれたのはミレーユさんだ。
それに自分が本来はこの世界の住人ではないことや、様々なチートを持っていること。
これら全て自分はミレーユさんに話していない。
自分は自分で、記憶喪失の振りをして、
ミレーユさんからこの世界で生きるための知識を得ようとしているのだ。
そのためミレーユさんの行為に文句を垂れるほど自分も綺麗な人間ではないのだ。
だから、そのことはどうでもいい。
今回のダンジョン探索において、
問題なのは自分が納得できない、という一点だけだ。
「ミレーユさん、もしあなたが死んだとして、
その死を無かったことにされたらどう思います。
……自分は絶対に嫌です。」
「それは……」
「ダンジョンが危険だから探索を打ち切る。
本当にそれが理由なら自分は納得できます。
しかし、あれは違う。
面倒くさいから、余計なことはしたく無いから……
そういう意図がありありと感じられました。」
ミレーユさんの仲間は死体すら戻ってくることは出来なかったという。
単に説得するだけなら、ミレーユさんの過去の仲間を引き合いに理解を求めるのが速いのだろうが、
そういうことはしたくない。
ミレーユさんのことは恩人だと思っているし、
それは今でも変わらない。
「結局のところ、あんな理由では探索を打ち切るのに納得出来ないだけです。
だから、自分が納得できるまで探索は続けたいと思います。」
「な、納得が出来ないから、危険を承知でダンジョンに潜るというの……
一応確認するけど、リゼットのため、じゃないのよね。」
「まあ、最初の切欠はリゼットさんですが……
今は違います。誰のためかといえば自分のためです。」
自分が何かをする際に、誰かのせいとは言いたくない。
例え誰かに言われて始めたことでも、
継続するのは自分の意志だ。
「……そうよね。
あなたはアウインの水場でも逃げずに最後まで戦っていたし。
……あれも私のためでは無いのでしょう。」
「まあ、ミレーユさんのため、あの場での犠牲者のため、
というのもありますが、それも結局は自分のためですね。」
あの時は、考える暇も無かったがそうだな。
ミレーユさんにお願いされたことなどすっかり忘れていたんだから。
「はぁ、この頑固者め。
せっかく恥を忍んで内心暴露したのに、意味ないじゃない。
私は忠告はしたからね。
……もう、勝手にすれば良いわ。」
「いや、意味が無い訳ではないですし、軽んじるつもりもありません。
それでも、自分は行きたいと思います。」
ミレーユさんには悪いが、やはり諦めたくは無かった。
彼女の話は、本来ならば大変不幸な話なのだろう。
だが、アウインの水場の戦い、そして今回のブルード鉱山の遺体捜索を経験した今では、
彼女だけが特別に不幸な訳ではないと思うし、死の危険というのは、この世界には至る所に転がっている。
今までも危険だったのだ。
だから、ただ危険だと言われても、それだけでは引く理由にはならない。
「リゼットさん、行きますよ」
「は、はい。」
彼女を納得させることは出来なかったが、
これ以上、付け足す言葉は出てこないし、説得を続けるつもりも無い。
朝には鉱山を封鎖する以上、時間も限られている。
彼女の横を通り過ぎ、坑道内に入る。
ひんやりとした坑道内の空気に、嫌な汗が流れる。
死の危険がありふれていると言っても、軽んじている訳ではないのだ。
暗い坑道内はまるで、地獄にでも通じているかのようだ。
身体に震えが走り、緊張に息を飲む。
だが、立ち止まってはいられない。
「―光よ、道を照らせ―ライト」
自分とリゼットさんの頭上に光の玉が出現し、
坑道内を照らし出す。
「餞別よ。いい絶対に無理はしないこと。
そして生きて帰ること。
約束はしなくていいわ。……守れなかった時に辛いから」
そういって、背後からミレーユに背を押される。
最悪、見捨てられたかもしれないと思っていたので、
その言葉はとてもうれしいものだったが……
「……ライトは、その……」
せっかく覚えたのに、という言葉は飲み込んだ。
「なに?」
「……いえ、何でもないです。
では、行ってきます!」
光で照らされた坑道内に一歩を踏み出した。
*おおっと! *という、迷宮物でのお約束。