16話 ブルード坑道 探索終了
12話でのブルード内の探索について作戦を話している回で説明するのを忘れていたのですが、ソージ達のブルード鉱山の探索の予定は以下のようになっています。
1日目:鉱山の探索 ←今ココ
2日目:鉱山の探索
3日目:犠牲者達の合同葬儀
4日目:アウインに撤収
※ただし、探索の結果次第では+1日程度の延長有り
……一人足りない。
最後の一人、それはリゼットさんの婚約者のトマ。
彼の遺体だけが見つからなかった。
「……見つからない」
大坑道、小坑道全て探索したにもかかわらず見つからない。
「となると、後はあそこか……」
大坑道の最奥に開いた穴、ゾンビがあふれ出てきた未確認のダンジョン。
「だめよソージ。一旦戻りましょう。」
「しかし」
「現在の時刻、午後5時30分。
探索を始めてから約2時間半。
今日はここまで、最初に決めたでしょう。
それに、あなたは良いかもしれないけど、私は正直休みたいわ。」
鉱夫達は何度かローテーションで潜っているが、
自分とミレーユさんは潜りっぱなしだ。
特にミレーユさんは後衛型の聖騎士、体力に優れている訳ではなく、
さらに魔力面では2つの結界を維持しながらの探索だ。
その負担はかなり大きい。
それに、自分も疲労が無い訳ではない。
「まだ行けるはもう危ない、か……」
RPGの格言を思い出す。
「そうね。あなたの気持ちも分かるけど、探索はまだ1日目。
焦る必要は無いわ、明日の探索は戻ってから考えましょう。」
「分かりました。撤収しましょう。」
そうして、ブルード探索の1日目は終了した。
坑道から出ると外は既に闇に染まっていた。
空を見上げると、地球と同じように月があり、
満点の星空が広がっていた。
空気が澄んでいるからか、小さな星も良く見える。
坑道の入り口にはかがり火が焚かれ、辺りを照らしている。
坑道の外にはこの町の神官や町長が待っていた。
町長に今日の探索の結果を簡単に報告する。
「今日だけで、ほとんどの同胞を救っていただけるとは……
さあ、今日はお疲れでしょう。家の者に夕食を用意させています。
どうぞ、我が家におこしください。」
町長に誘われ、町長の宅で夕食を取る。
夕食後、町長と自分、ミレーユさんはこの町の集会所に移動した。
目的は今日の探索の成果の報告と明日の探索の検討だ。
集会所には既にこの町の鉱夫達が集まっていた。
しかし、ここまでリゼットさんの姿を見かけていない。
ここにいるは鉱夫だけなので当然だとしても、
坑道から町長宅、町長宅から集会所まで、
それとなく辺りを見回しているが、
リゼットさんの姿を見つけることはできなかった。
彼女の婚約者トマの遺体を最優先で持って帰ると言っておきながら、
逆に彼の遺体だけ持ち帰ることが出来なかった。
その事実に胃がきりきりと痛む。
頭を振り、思考を切り替える。
自分達が集会所に用意された机に座ると、
ざわざわとした空気が静まり、鉱夫達の視線が自分達の方を向く。
そこで自分は改めて今日の成果を報告する。
これについてはここにいる鉱夫達の多くは一緒に坑道に入っているのでただの確認だ。
大事なのは明日の探索についてだ。
「……と、これが今日の成果です。
それで、明日の探索ですが……」
「そのことですが、よろしいですか」
明日の探索について説明しようとした自分の声を遮る形で、
町長が自分に声をかける。
「はい、なんでしょうか?」
「ソージ様、ミレーユ様には今日の探索で、
坑道内に取り残された13人中、12人の遺体を回収して頂き、
さらに、坑道内のゾンビも殲滅して頂いています。
……聞けば最後の1名は未探索のダンジョンにいるとのこと。
あなた方には十分にこの町を救っていただきました。
これ以上の危険を冒させる訳には参りません。」
「ちょ、何を……」
おい、なんだこの流れは。
何、まとめに入ろうとしているんだ。
「冒険者様に依頼していたブルード坑道のゾンビ討伐と遺体の回収任務は完了とさせていただきます。
つきましては、日程を繰り上げ、明日は犠牲者の合同葬儀を……」
「待ってください!」
机に拳を叩きつけ立ち上がると、強引に町長の言葉を遮る。
「まだ一名。見つかっていません!
依頼はまだ達成できていません。
元々、犠牲者の探索には2日当てていたはず、
ここで、打ち切る必要は無いはずです。」
「……ソージ、依頼の完了を判断するのはあなたじゃないわ。」
「ミレーユさん!
それはそうかもしれませんが……」
それは確かにそうだろう。
……だが!
「あなた達はそれでいいのですか?
彼がこの町において好まれない人物であると言うことは分かります。
……ですが、それでもあなた達の仕事仲間ではないのですか!」
「……」
……反応は無い。
鉱夫達の顔を見回す。
坑道突入前に見せていた気合の入った顔は既になく、
顔には露骨に嫌悪感が浮かんでいる。
彼のために命は張りたくない、もう終わったことだと他人事だ。
「……っ」
別に、自分は彼らにダンジョンに潜って欲しい訳ではない。
ミレーユさんの言う通り、未探索のダンジョンに非戦闘員を連れて行く気はない。
探索は自分がやるつもりだ。
だが、彼らの態度はそれ以前の問題だ。
だれも彼の死を悲しんだり、探索が打ち切られることに対する
悔しさなどは無かった。
「あなた達はゾンビに襲われる恐怖も、
ゾンビに襲われた遺体の悲惨さも知ったはずです。
これでは、あまりにも彼が憐れではないですか……」
自分の言葉は集会場の中に虚しく響く。
この集会所に居る鉱夫達50人以上に向けて話したはずなのに、まるで響いてこない。
これでは、壁に向かって話しかけているほうが幾分マシだ。
「聖騎士様、もう良いのです。」
そんな中、一人の初老の老人が声をかける。
「私はトマの父のドニと申します。
聖騎士様、もう良いのです。
息子のことは諦めます。
どうか私に免じて、この場は治めていただけませぬか……」
トマの父、ドニは申し訳なさそうに頭を下げる。
ただ、それは何に対して申し訳ないと思っているのだろうか?
少なくとも息子のトマには向いていないように思える。
「……」
周りを改めて見回す。
この場にいる全員の意見は一致していた。
この中で異を唱えているのは自分だけだ。
彼らの中ではもう探索は終了していたのだ。
これではただ悪戯にこの町の住人を刺激し、
混乱させているだけではないか。
ああ、終わったな……
どっかりと、崩れるように椅子に腰を下ろす。
「……分かりました。
先程の意見は取り下げます。依頼は完了ということでよろしいですね?」
「ええ、ありがとうございます。それでは、明日の合同葬儀についてですが……」
会議の内容は完全に今回の事件の犠牲者の合同葬儀の話に移ってしまった。
葬儀の話となると、聖騎士モドキである自分にできることなど何も無い。
ミレーユさんが進行を引き継ぎ、会議を進めていく。
目の前が、真っ暗になったかのようだ。
自分の言葉がまるで伝わらないというのが、
こんなにも虚しいものだということを初めて理解した。
―彼がこの町において好まれない人物であると言うことは分かります―
自分が先程言った言葉を思い出す。
分かります、か……
何が分かりますだ!
自分は何一つ彼らのことを理解できていなかった。
彼らにとってリゼットさんもその婚約者のトマも、
嫌われているとか好まれないとかそれ以前に同じ町に住む同胞ですらなかったのだ。
元の世界にいたとき、自分にだって気に食わない人はいた。
それは無茶振りをしてくる上司だったり、何故か馬が合わない同僚だったり、
口ばかりで仕事を覚える気の無い後輩だったり……そういう人間は確かにいた。
愚痴で死ねばいいのに、と言った記憶もある。
だが、本気で死ねばいいとは思った事は無い。
なんだかんだで、一緒に仕事をしてきた仲間だ。
同じ仕事をしているという以外で接点の無い人間だとしても、
死んでしまったら、それは悲しい。
だが、それ以前の関係だったら……
それは例えばニュースで流れる殺人事件の被害者。
日本だけでも毎日のように人は死んでいるが、
それに対して、いちいち悲しいと思うことは無い。
彼らにとってのリゼットさんとトマの存在なんてそんな程度だったのだ。
その後、会議は特に問題も無く終了した。
会議の結果、明日の予定は午前9時から坑道内の穴を爆破して塞ぎ、
入り口は土嚢を積み上げ閉鎖する。
その後、午後1時から合同葬儀を行うという流れに決まった。
……つまり何かするのならば、明日の9時までが勝負ということだ。
まだ自分は納得していないし、諦めるつもりもなかった。
集会所には既に人は居らず、自分とミレーユさんだけだ。
「ソージ、分かっていると思うけど依頼は終了。
あなたの仕事は終わったわ。」
「……はい。」
「ダンジョンに潜るのは絶対にだめだからね。
ダンジョンには何があるか分からない。
敵はゾンビだけではないかもしれない。
罠があるかもしれない。
未探索のダンジョンで命を落とした冒険者なんて数え切れない程いるんだから。」
「……そうですね。ええ、冒険者としての自分の仕事は終了です。
分かってますよ、今日はもうさっさと寝ます。
それでは、また明日。」
普段の調子でそう言うと、自分は集会所を後にする。
その後、自分に割り当てられた部屋には戻らず、
町のすぐ隣にある森の中に入る。
特にその森に対して用事があった訳ではない。
人が居ないところに移動していたら、自然とここに辿り着いただけだ。
そこで、しばし待っていると背後からがさがさと音がする。
振り返るとそこにいたのリゼットさんだ。
別に待ち合わせをしたわけではない。
ただ、リゼットさんの置かれた状況を考えれば、
人が居なさそうな所に行けば会えそうな気がしたのだ。
「あの、ソージ様……」
「すみません。リゼットさん、トマは見つかりませんでした。」
頭を下げ、謝罪する。
そして、坑道での探索の結果と先程の会議で決まった結果を説明する。
「そう、ですか……
ああ、やっぱり……私のせい、なのかな……」
それだけ言うとリゼットさんは森の奥にフラフラと歩き出す。
表情は消え、その足取りはまるで死人のようだ。
まずい!
もしかして自殺する気か!
慌てて腕を掴み、引き止める。
「待ってください!自分はこの結果に納得していません!
深夜、午前0時からダンジョンに潜るつもりです。
それまで、待ってもらえませんか!」
その場限りの出任せで言っているのではなく、
自分は真剣に考えた上で言っていることを分かってもらうため、
リゼットさんの目を見て話す。
ミレーユさんの言う通り、ダンジョンに一人で潜るのは確かに危険だろう。
だが、一人でダンジョンを制圧しろと言う訳では無いのだ。
今回はあくまで遺体の回収、
もしかしたらダンジョンのすぐ近くに彼の遺体があるかもしれないのだ。
別に自分は命知らずというわけではない、
今日はじめて会った人間よりも、まして既に死んでいる人間よりも、
自分の命が大事だ。
もし本当に危険なダンジョンだと分かったら引き返す。
だが、自分はまだダンジョンに入ってすらいないのだ。
ダンジョンにいる敵はゾンビだけではないかもしれない。
罠があるかもしれない。
それは全て可能性の話だ。
少なくとも自分が無理だと判断するまではギリギリまで粘りたい。
そうでなければ、絶対に後悔する。
今の自分には力があるのだ。
出し惜しみはしたくない。
その後、何とかリゼットさんを説得し、彼女と別れた。
自分の言葉を聞いたリゼットさんは少しは表情は戻ったが、
まだ危うい状態だ。
一人にするのはやはり不安ではあったが、
ダンジョンに潜る前の準備もあるので、
自分に割り当てられた部屋に一旦戻った。
時刻は午後10時、
2時間後にはダンジョンだ。
それまでにしっかり回復しておかなければ……
回復の体制を取り、目を閉じた。