15話 ブルードの坑道 探索
ならば、こちらも仕事を果たさなければならない。
坑道内への探索開始だ。
坑道の構造は採掘された鉱石を運ぶためのレールが引かれている道幅の広い大坑道が中心にあり、
その大坑道から左右に鉱石を掘るための小さな小坑道がある。
例えるなら魚の骨のような形だろうか。
鉱山内に入る前に作戦を確認する。
今回一度に鉱山内に入る鉱夫は5人である。
一度に潜る人数を少数にしたのは、狭い坑道内で大人数で動くのは効率が悪いためだ。
実際の動きだが、まず自分が一人で先に進みゾンビを倒す。
この時、大坑道だけではなく小坑道もゾンビが隠れていないかを一つ一つ確認していく。
通路の安全が確認できたら、鉱夫達を移動させ遺体の回収を行う。
遺体の回収終了後、トロッコに用意している土嚢を用いて小坑道を塞ぐ。
これにより、万が一見逃してしまったゾンビがいたとしても、
ゾンビに背後から襲われることを防ぐ。
後はその繰り返しだ。
適当なところで入り口まで戻り、遺体をこの町の神官に引き渡し、
鉱山に潜る鉱夫の交代と土嚢を補充する。
大坑道の長さは約1km程、小坑道の探索を含めても2時間もあれば坑道の奥まで行ける筈だ。
「と、まあこんな感じです。よろしいですか?」
鉱夫達に確認を取る。
「お、おう、よろしくお願いしやす!」
「前衛、がんばってね~」
緊張しつつも気合が入っている鉱夫達とは異なり、
ミレーユさんは気楽なもんだ。
「ああ、そうだ。―光よ、道を照らせ―ライト」
ミレーユさんの呪文により、自分の頭上に光の玉が浮かび上がる。
ふわふわと空に浮かんでいる光の玉は、まるで風船のようだ。
ライト
神官や魔術師といった魔法系のジョブで使用できる共通魔法だ。
効果は周囲を照らすという一点だけの補助魔法。
フラグメントワールドがゲームだったときも、
一部のダンジョンでは『ライト』の魔法やアイテムの『松明』を使用をしないと
暗くて進めないものはあった。
これについては、ゲームのコンフィグ画面から明度や彩度をいじる事によって
光源無しでもプレイできるという小技が使えたんだが。
「良いんですか、MPはなるべく節約の予定ですよね。」
「まあ、これぐらいはね。
制圧済みの坑道は光のフラグメントがあるから良いけど、
坑道の大部分は照明が落ちてるから、先頭で探索するソージには必要でしょ。」
「ありがとうございます。
では、合図をしたら付いて来て下さい。」
ミレーユさんに礼を述べて、一人前に進む。
先程は戦闘のことで頭が一杯だったが、坑道内の中心にはレールが通っており、
通路の脇にある歩行用のスペースは岩盤を削ったままの道で、でこぼこしている。
また、大坑道は全体が緩やかな下り坂となっており、非常に歩き辛い。
戦闘中によく転ばなかったものだと思う。
足元に注意しつつ先程の戦闘した所より、
さらに奥に進んでいく。
鉱山内の照明は6日間放置された影響で機能していないため、
光のフラグメントを起動しながら進まねばならない。
今進んでいるところでは、既に光のフラグメントの光は薄れ、
ミレーユさんのライトの光だけが道を照らしていた。
「だいたい、10m先ぐらいは見えるかな」
ライトの効果範囲を確認しつつ、注意深く進んでいく。
「……いる。」
しばらく進んだところで物音に気付き、立ち止まる。
前方10m、うっすらとゾンビの影が見える。
相手はまだ気が付いていないようだが……
「こっそり近づいて倒すか、誘き寄せるか……
いや、一撃で倒せるなら、不意打ちを狙う意味は無いか。」
圧倒的な戦力差があるのなら、正攻法で叩き潰すのが確実だ。
足元に落ちていた小石を拾うと、ゾンビに向かって投げる。
身体を狙って投げた小石は、若干ずれてゾンビの右肩に命中する。
多少のダメージは与えたが、致命傷ではない。
「があああ!」
こちらに、気付いたゾンビはこちらに襲い掛かってくるが……
「はっ!」
剣を一閃。
ゾンビの身体は両断され、呆気なく灰の山に姿を変える。
「よし、問題無し……いや、まずかったか!」
ゾンビが上げた雄叫びにより、スイッチが入ったのか、
大坑道の奥や小坑道からぞろぞろとゾンビがあふれ出す。
2、4、8、16……
まずい、大雑把な見積もりで最低30体以上、
下手すれば50体はいるかもしれない。
狭い坑道内でそれだけのゾンビがまっすぐに自分に向かってくる。
そこに陣形や協調などは無い。
それどころか狭い通路に出てきたゾンビ同士がぶつかり合い、
お互いの進行を邪魔している。
そのため進行速度は常人の歩く速度以下にまで下がっている。
だが、そんな状態であるにもかかわらず、
奴等はただ真っ直ぐに自分に向かってくる。
その様は、言葉に出来ないほどのおぞましい。
通路を埋め尽くすゾンビ対自分一人。
レベル差はあるとはいえ、
圧倒的な数によるプレッシャーに危うく飲まれそうになる。
戦いは数だとよく言われるが、なるほど実感した。
「……冷静になれ、冷静にやれば問題ない。」
腰のベルトポーチから聖水を4本引き抜き投げつける。
自分にできる唯一の範囲攻撃、密集していたゾンビはまとめて灰になる。
だが、ゾンビは止まらない。
後ろにいたゾンビは仲間の灰を踏みしめ、さらに迫る。
逆に自分は後退しつつ、もう一度4本の聖水を投げつける。
先程のゾンビ同様にゾンビは灰になるが、
後ろにいたゾンビは構わずにこちらに迫る。
「くそ、きりが無い。」
思わず愚痴が出てくるが、それで目の前の敵が消えるわけではない。
「……手持ちはこれで最後か」
元々ポーチに入れていた聖水は10本。
聖水は500mlのペットボトル程度の大きさがあり、
あまり大量に持ち運ぶことが出来ない。
取り出した聖水を投げるが、
まだ20体以上のゾンビが襲ってくる。
「手持ちの聖水はなくなったが……」
しかし、自分は近接攻撃をするつもりは無い。
多対一の乱戦になっても負けないが、
その場合、何体かのゾンビを取り逃がす可能性が高い。
後ろに非戦闘員がいる以上、確実にここで潰しておきたい。
ヒールも温存だ。
ヒールは単体にしか使えないし、これだけの数のゾンビに連続で使用すると
あっという間にMPが半分を切ってしまう。
ならば、どうするか。
決まっている、チートを使うのだ。
「一人で前に出てきて良かったかな。」
頭の中でメニュー画面を開き、ショートカットに登録していた聖水を選択する。
何も無い空間から突如聖水が現れ、手で掴む。
今のところ、ミレーユさんには、このようなチートが使えることは話していない。
それは自分が持つチートがミレーユさんにとって、
どの程度の異端であるか把握しきれていないためだ。
案外、話したとしても「あ、そう」で済まされそうな気がしないでもないが、
この世界に来てからの経験で自分とこの世界に住む人間との間では、
少なからずギャップがあることは感じている。
ミレーユさんは何だかんだ善良な人間であり、
自分に対して色々と世話を焼いてくれる人間だ。
しかし、同時に死霊術師等の異端は殺すという人間でもある。
隠せるのなら、隠しておいた方がいいだろう。
ただし、魔法については恐らくばれているのだが……
自分にとって魔法とはただのコマンドだ。
メニュー画面から任意の魔法を選択すれば、それだけで魔法が使える。
ミレーユさん達の様に呪文を唱える必要も無い。
自分はアウインの水場での戦闘において、
怪我人の治療のため無詠唱で魔法を使用している。
ミレーユさんは他の怪我人の治療をしていたとは言え、
気づいていないとは考えられない。
今の所、それについてミレーユさんからの追求は無い。
結局、ミレーユさんがどう思っているのかは分からないし、
下手に突いて、やぶ蛇になるのも嫌なので黙っているしかないのだ。
思考を中断し、目の前の敵に集中する。
今回アイテムメニュー内に格納している聖水の数は100本。
「さて、何本消費することになるかな。」
自分はゲームにおいて、アイテムやボムは積極的に使っていく人間だ。
出し惜しみはしない。
結論から言えば、戦闘自体は時間はかかったが、
一体も逃がすことなく殲滅することが出来た。
理性も無くまっすぐ向かってくるだけのゾンビに対して、
ショートカットから聖水を取り出し、ひたすら投げ続けること十数分。
ついに最後のゾンビが灰になった。
聖水は100本中、24本を消費し残り76本。
地面には大量のゾンビの灰と聖水が入っていたビンの破片が散乱し、
戦闘の痕跡が生々しく残っている。
「破片は片付けておかないとな……」
ミレーユさんは頭の回転が速い。
床に散らばる破片の量と自分が持っていた聖水の量が合わないことは容易に見抜くだろう。
破片を適度に残しつつ、他の破片は小坑道に放り込む。
その小坑道についてだが、先程の戦闘でこの周囲にいたゾンビは全て倒せたようだ。
この近辺にある小坑道を幾つか探索したが、どれもゾンビの姿はなかった。
そして、小坑道内にゾンビに齧られた5人の遺体を見つけた。
本来遺体は聖水で浄化するべきなのだが、
ポーチに入れていた聖水は使いきっており、
アイテムメニューの聖水はチートを秘匿するために、
できれば使用したくない。
死んだ方には申し訳ないが、
浄化はせずに大坑道の脇に安置することにした。
「さてと、一度戻るか」
入り口に戻った自分は簡単に戦闘の様子を報告し、
ポーチの分だけ聖水を補充し、今度は鉱夫達を連れて坑道内を進む。
その後の坑道内の探索は当初の予定よりも、容易に行うことが出来た。
先程の戦闘で、坑道の奥にいたゾンビも倒すことが出来たようで、
その後の探索では、2、3体のゾンビが散発的にでてくるだけであり、
特に苦戦することもなかった。
遺体を回収し、小坑道を土嚢で埋める。
それを何度か繰り返し、地道に坑道内を制圧していく。
そして、ついにたどり着く。
大坑道の最奥、今回の事件の発端となるゾンビが突如として出てきた場所だ。
この場所には8体のゾンビがいた。
「……!!」
後ろの鉱夫達に緊張が走るのが感じられる。
確かに8体のゾンビは普通なら脅威なのだろうが、
50体のゾンビを相手にした後では少なく感じる。
これぐらいなら入り口で最初に戦ったやり方で行ける。
つまり、遠距離から聖水を投げ、ヒール砲を撃ち、
数を減らしたところで突撃する。
戦闘は問題なく終了し、
終わってみれば鉱夫達も怪我ひとつなく無事に最終地点にまでたどり着くことが出来ていた。
「やりやがった」
「すげぇ……ゾンビを一瞬で」
「くそ!俺にも力があれば……」
後ろで聞こえる感想を聞き流し、
坑道の奥に進む。
そこは坑道の壁が崩れており、人が通れるほどの大きな穴が開いている。
注意深く、その穴の先を覗き込む。
その穴の中は明らかに鉱山とは異なる作りをしていた。
岩盤を削り取ったままの床ではなく、きちんと石畳で補整されており、
壁も同様に石を組み上げてある。
これは明らかに人工物であり、自然にできた洞窟などではない。
「ダンジョンかしら」
「っうお!びっくりした!」
後ろからひょいと覗き込んだミレーユさんに、思わず驚く。
「なーに、さっきまでゾンビをぶっ殺していた人間が驚いてんのよ。
それよりもソージ。ここで聖域を張るわ。絶対にゾンビを近寄らせないで。」
「分かりました。お願いします。」
自分の身に着けている聖印をミレーユさんに渡す。
「じゃあ、ちょっと借りるわね。」
入り口で行ったものと同様の範囲拡大のサンクチュアリ。
その聖域は、行動に開いた穴を中心にして広がり固定される。
これにより、ダンジョンからのゾンビの侵入を防ぐことができる。
しかし、これで自分も聖印による守りを失ったことになる。
まあ、ゾンビと自分のレベル差なら問題はない。
「さすがに、2度目の範囲拡大付きの大魔法はきっついわね。
ああ、頭痛い……」
「お疲れ様です。」
MP回復のポーションを渡しつつ、労いの言葉をかける。
しばし、2人でダンジョン内の様子を確認する。
「このダンジョン臭いわね。奥のほうから瘴気が漂ってきてるわ。」
「ふむ、これどうします?」
「放置するしか無いわね。
ゾンビが沸いて出てくるダンジョンなんて聖騎士としてほっとく訳にもいかないけど、
未知の迷宮に挑むには人数が少なすぎよ。
それに、今回は町の人たちの生命が優先ね。
最悪、この穴は後で物理的に塞いでしまいましょう。」
「まあ、そうなりますか。」
「とりあえず、ダンジョンは置いておきましょう。
大坑道は制圧できたけど、まだ未探索の小坑道はあるからね。
まずはそちらを優先しましょう。」
そして、残りの小坑道も探索し、坑道内を全て制圧した。
結果的に倒したゾンビは約80体。
発見した遺体12人。
今回の騒動で坑道内に残された人数は13人。
……一人足りない。
最後の一人、それはリゼットさんの婚約者のトマ。
彼の遺体だけが見つからなかった。