14話 ブルード坑道 入り口
「おらぁあああ!!」
鉱山の入り口を塞ぐ最後の土の壁を蹴り飛ばす。
土の壁は粉塵を巻き上げながら崩れていく。
「ガツ、ガリ、ガツ、ガリ……」
視界は未だ晴れないが、鉱山の中から何かを削り取るような音が聞こえてくる。
恐らくゾンビだろう。
ミレーユさんの作り出した聖域の効果でこちらまで来ることは出来ないが、
それでも油断をするつもりは無い。
先程まで使っていたスコップを放り投げ、左手に盾、右手に剣を構える。
左手に構える盾は『聖騎士の盾 改』。
ムーンライトセイバーと同様に高レベルの神官クエストの報酬で得たこの盾は、
フラグメントワールドがゲームだった時に鍛冶師のプレイヤーによって、
強化を施してもらっている。
高さ80cmほどの五角形をしたこの盾は、全金属製でとても頑強な造りをしている。
重さは約3kg程度、本来なら片腕で持つには若干つらい重さだが、
この世界に来て強化された身体ではその重さは苦にならない。
また、剣と同様に盾も元の世界では扱ったことは無かったが、
『盾防御』のスキルを取っているため、意識せずとも最適な動きができる。
敵のゾンビはレベル10程度の低レベルモンスター。
この盾を破壊できるほどの攻撃力は無く、負ける要素はどこにも無い。
ただ1つ不安があるとすれば道案内と遺体の回収を行う、
この町の鉱夫達を守りながら戦わなければならない点だが、
これも自分が前に出て殲滅していけば問題は無い。
つまり、自分がうまくやれば全てうまくいくはずなのだ。
土埃が晴れ視界が開けてくる。
前方10m程度、ちょうどミレーユさんの聖域の外にゾンビはいた。
ゾンビは自分に気づいていないのか、四つん這いになり何かに貪りついている。
「ガリ、ガリ、ガリ、ガリ……」
土埃は徐々に収まっていく。
四つん這いになったゾンビの下、そこに人が横たわっているのが見えてくる。
そして、そこで気が付いた。
ゾンビはその人間を食べていた。
「うっ!」
一瞬にして不快感が全身をかけめぐり、嘔吐感がせり上がる。
「ひィ……」
「ゾ、ゾンビ……」
後ろから鉱夫の悲鳴が聞こえる。
「……くそ!」
剣を握り締め、気合を入れる。
自分は今聖騎士のソージとしてここにいる、弱気な所は見せられない。
後ろにいる鉱夫達は一度ゾンビに散々にやられているが、
それでも仲間を救うためにここに来ているのだ。
彼らをこの場に留まらせているのは仲間を自分達の手で救うという思いだが、
それはレベル73の聖騎士がゾンビの相手をするという前提あってのものだ。
自分が不甲斐ない姿を見せてしまえば、彼らの士気は容易に崩れ去るだろう。
それ故に絶対に弱気な所は見せられないのだ。
歯を食いしばり、一歩前に出る。
ゾンビはこちらに気づいたのか、ぎろりと顔だけをこちらに向ける。
ゾンビの顔……
脂肪や筋肉といった肉はなく痩せこけており、皮膚は乾燥し骨の上に薄く張り付いている。
まぶたと唇は既に崩れ去り、眼球は飛び出し、むき出しになった歯と歯茎が見える。
その風貌はゾンビというよりも包帯の無いミイラといったところか。
そして、その口から下あごに至るまで赤黒く変色していた。
それは、先程までこのゾンビが齧っていた遺体の血だ。
ゾンビの顔には表情など無いはずだが、、
だらりと開いた口はまるでこちらをあざ笑っているかのようだ。
「おお、おおお……」
ゾンビの口から唸り声が漏れる。
食事の邪魔をする自分をターゲットに定めたのか、
死体を咀嚼することを止めると、立ち上がろうとする。
「っ、うぉおおお!」
その動作を理解する前に身体が動く。
地面を蹴り、その勢いのまま剣を下から上に振り抜いた。
それは立ち上がろうと中腰の姿勢になっていたゾンビの首を切り飛ばした。
「はぁ、はぁ……くそが!!」
剣の一撃はゾンビのHPを一撃で削り切り、その身体は崩れ去る。
ぼろぼろと崩れ去る身体はやがて細かい塵に姿を変えた。
残された塵の塊、それは『ゾンビの遺灰』と呼ばれる錬金術の素材アイテムだ。
「うぇ、気色悪う……」
ゲームだったら頃は迷わず回収していたアイテムであるが、
今は全く拾いたいとは思わなかった。
「るぉおお……」
「ぐぅうう……」
「くっ!」
鉱山の奥から聞こえる唸り声に、とっさに視線を向ける。
鉱山内部は6日間放置された影響か、明かりは無く辺りは暗い。
現状では入り口から入る光とミレーユさんの聖域が発する光のみが光源となっており、
坑道の奥は10m先も見えない状態だ。
坑道内の通路は入り口からまっすぐに緩い下り道が続いており、
左右や背後から奇襲を受ける心配は無い。
敵が来るのは前方の暗闇からだ。
注意深く前方を観察すると、暗闇の奥から3体の影が動く。
奥にいたゾンビが戦闘音に誘い出されたのだろう。
こちらが剣を構え直すと、視認できる位置にまでゾンビが迫ってきた。
ゾンビはこちらに襲い掛かろうと必死に足を動かしているが、
足も顔と同様に崩れかけているため、早歩き程度のスピードしか出ていない。
開けた場所であるなら後ろの鉱夫達でも十分に逃げ切れるスピードだが、
今いるのは鉱山の中だ。
坑道の幅は約5m、天井までの高さは3m程。
閉鎖された坑道内の通路はゾンビから逃げ続けるには余りにも狭い。
この閉所で6日間、ゾンビから逃げ続けることは不可能だと判断せざるを得なかった。
ゾンビはこちらの考えなど関係なく、さらに接近してくる。
奴等には理性がないのか足並みは揃っておらず、
ばらばらにこちらに迫ってくる。
先程の戦闘で実感したがゾンビとのレベル差は圧倒的であり、
敵は一撃で倒すことができる。
そしてこのゾンビには倒すことで発動する毒やダメージ等の効果はない。
また、敵を倒すのに十分なレベルさえあれば狭い通路も悪くない。
今回はミレーユさんの聖域があるため問題は無いが、
脇を抜かれて後ろの鉱夫達を危険にさらされることもないためだ。
「よし……試すのならここだな。」
地面に剣を突き刺し、腰の位置に固定してあるベルトポーチから聖水が入った瓶を取り出し投げつける。
聖水入りの瓶はゾンビに命中し砕け散ると、その身体に聖水を浴びせかける。
「がぁああああ!!」
聖水を浴びたゾンビは断末魔の絶叫を上げ苦しそうにもがき、
身体についた聖水を取り除こうとするが、
手足が崩れあっけなく塵になった。
「聖水は効果有り……」
これならば鉱夫達に聖水を持たせておけば、いざという時に対処が出来る。
聖水の効果を頭にメモしつつ、次のゾンビに狙いを定める。
頭の中でメニュー画面を展開し、ショートカットに登録してあるヒールLv3を選択する。
対象はもちろん目の前のゾンビだ。
「次、ヒール砲!」
ゾンビはアンデッド系のモンスターである。
この属性のモンスターは例外的に回復魔法によってダメージを与えることが出来るのだ。
所謂、ヒール砲と呼ばれるものである。
これにより攻撃魔法を持たない自分でも擬似的な魔法攻撃が出来ると言う訳だ。
通常のヒールと同様に淡い光がゾンビを包む。
本来ならば傷を癒す聖なる光は、不浄なるものを焼き尽くす。
光が当たった部分からぼろぼろと崩れだし、やがて灰になる。
「ヒールも効果有り……」
自分の場合はMPが多いわけではないので連発は出来ないが、
遠距離から攻撃できる手段があることは良い事だ。
わざわざリスクを犯して接近戦を挑む必要など無いのだから。
最後の一体。
これは攻撃スキルを使って倒す。
ただし、使うのは剣ではなく盾、スキル『シールドバッシュ』だ。
シールドバッシュはその名の通り、装備した盾で相手を殴りつけるスキルだ。
防具である盾で殴るのは、武器である剣で切りつけるよりも弱そうに見えるが、
実際はそうでもない。
盾とは平たく言えば金属の板だ。
しかも現在装備している聖騎士の盾の重さは3kgはあるため、
鈍器として十分な威力を期待できる。
だが、シールドバッシュにおいて物理ダメージはおまけの様なものだ。
ゲームだった頃のフラグメントワールドにおいて、
シールドバッシュは盾による物理ダメージと共に相手を吹き飛ばすスキルであった。
ここで重要なのは相手を吹き飛ばすという点である。
ゲーム時代はこの特性を利用し相手の位置をコントロールすることで、
トラップに誘導したり、敵をひとまとめにして魔法で一掃したりすることに使われていた。
まあ、ボスや大きな身体を持つ敵には効かないこともあったのだが。
今回試したいのは、この吹き飛ばしによる敵の位置のコントロールだ。
剣術や体術による物理系スキルは魔法とは異なり、
頭の中でメニュー画面を開かなくても身体が勝手に動いてくれる。
恐らく、パッシブスキルである『剣戦闘』や『盾防御』の効果により、
スキルとして使用しなくても技を使えるのだと考えている。
「がぁあああ!」
思考を打ち切り目の前の敵に戻す。
ゾンビは仲間が呆気なく倒されていても、
真っ直ぐにこちらに近づいてくる。
それに対し自分は盾を構え待ち受け、
シールドバッシュの吹き飛ばしをここから5m先の位置に決定する。
「……今!」
ゾンビが射程距離に踏み込むと同時に盾を叩きつける。
盾を叩きつけられたゾンビはトラックに衝突したかのような勢いで後方に吹き飛び、
狙い通り5mの位置で地面に叩きつけられた。
だが、それだけでは勢いを殺しきれなかったのか、
そのまま3mほど転がり他のゾンビと同様に灰になる。
「なるほど、ある程度は狙い通りに出来るようだ」
予想以上に吹き飛んだが、吹き飛ぶ分を計算に入れて使えば問題は無い。
敵の位置をコントールできれば、戦闘を有利に進めることが出来る。
実験はほぼ成功だ。
聖水とヒールによる遠隔攻撃。
接近戦では、剣による攻撃とシールドバッシュ。
これらを組み合わせれば、ゾンビ程度ならどのような状況でも一蹴できる手応えを得た。
これならば非戦闘員である鉱夫達を連れて探索を行っても問題は無さそうだ。
油断無く前方を見つめ、他にゾンビがいないか探ってみるが反応なし。
「ふぅ、とりあえず入り口は制圧できたか。
しかし、暗いな……明かりは無いのか。」
前方は未だ暗い闇に包まれ、これ以上前に進むためには明かりが必要だ。
明かりをつけることでゾンビに発見され易くなる危険があるが、
ゾンビが出てきても簡単に倒せることができるため、視界の確保を優先する。
辺りを見回すとすぐにそれは見つかった。
壁に埋め込まれている六角形の結晶……『フラグメント』だ。
フラグメント、直訳すると断片、かけら。
その名の通り手のひらに収まるぐらいの小さな結晶だ。
フラグメント・ワールドの名を冠するこの結晶は、
クリスタルや宝玉等といったファンタジー物のお約束である不思議なエネルギーを宿す結晶だ。
例えば、火のフラグメントは炎の力を宿しており、
この結晶を武器に埋め込むことでその武器は炎の属性を宿す。
また、フラグメントの利用は武器だけでは無い。
目の前にあるフラグメントに手を伸ばす。
すると僅かにMPが吸い取られる感覚と共に目の前のフラグメントが光り出す。
その光は坑道すべてを明るくするまでには至らないものの、
今まで見えなかった坑道の奥まで照らしてくれる。
このように光のフラグメントなら照明として使用することも出来るのだ。
明るくなった坑道内で再度敵を探るが問題なし。
鉱夫達に来てもらっても大丈夫そうだ。
一旦、入り口まで戻ると先程までゾンビに齧られていた遺体の浄化が行われていた。
この町の神官が遺体に聖水を撒き、聖布で包み込む。
あの時は気がつかなかったが入り口の脇には他に2名の遺体があり、同様に浄化された。
「月の女神ルニアよ。どうか無念のまま人生の旅路を終えた憐れな魂を救いたまえ。
あなた様の慈悲と自愛により死に逝く魂に安らぎを与えたまえ。」
この町の神官による月の女神ルニアに対する短い祈りが捧げられる。
自分やミレーユさん、そして鉱夫達はただ黙って黙祷を捧げた。
無念、憐れ……
神官の祈りの言葉を思い返す。
元の世界では絶対に経験しないような惨たらしい死だ。
暗い坑道内でゾンビに襲われ、恐怖と苦痛の内に死に、
死んだ後も死体をゾンビに弄られる。
こんな死に方は絶対に嫌だ。
死んだ彼らには申し訳ないが心の底からそう思う。
そして、だからこそ彼らを一刻も早く救いたいと思う。
浄化が終わると、鉱夫達の手により遺体はこの町の教会へ運ばれていく。
「それではソージ様、ミレーユ様。
この者達をお願いいたします。」
神官は頭を下げると遺体と共に教会に向かう。
彼らは葬儀の準備を担当しているのだ。
こちらも仕事を果たさなければならない。
まだ、鉱山内には多くの遺体が取り残されているのだ。
さあ、探索開始だ。