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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第1章 ゾンビより悍ましいもの
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12話 エルフの少女

アウインを出発して2日が経過した。


旅路は順調そのもので、モンスターの襲撃も特になく、

当初予定されていたスケジュールよりも半日程度時間を短縮できている。

ブルードの町への到着は明日の正午頃になるそうだ。


現在の人員はわずか3名。

ミレーユさんと自分、そして馬車の御者である。

少数精鋭といえば聞こえは良いが、単純に人数が少ないだけだ。


それはそれとして、

アウインでの水場が襲われた直後だというのに、よく馬車を出せたものだと思う。

水場での襲撃事件。

被害は商人を含めた一般人38名、冒険者13名。

それは、元の世界で自分が働いていた会社の部署の人員にほぼ等しい。

それが一日で失われたというのだから言葉も出ない。


アウインを出発するときも件の水場を通った。

破壊された建物や馬車は邪魔にならないように道の端に寄せてあるだけで、

未だ破壊の傷跡は深く、復旧までは程遠い。


今回の依頼では犠牲者の数もゾンビの数も推測以上のことは分からず不明点が多い。

そのため、ゾンビの討伐や死者の埋葬に使用する聖水や聖布、

現地で活動するための水や食料は多めに準備する必要があった。

それらを運搬するためには馬車がどうしても必要なのだ。


馬車の御者はギルドの専属なので、

ギルドが行けといえば行くしかないのだが……

「まあ、こういう仕事ですから」

と、言うだけで文句も言わずに馬車を動かしてくれている。


今は夕食を終え休憩中。

自分は聖職者としての振る舞いを覚えるべく、ミレーユさんから講義を受けていた。


「マーヤ様はこの世界を創造した後、

太陽の女神サニア様と月の女神ルニア様をそれぞれ生み出しました。

太陽の女神サニア様はこの世界に昼を作り出し、

マーヤ様から頂いた魂を用いて多くの生き物を創造しました。

一方、月の女神ルニア様は夜を作り出し、この世界で死に逝く者達の魂に安息を与えました。」


現在聞いているのは、この世界の創世神話である。

確かゲーム内の設定でも、そんな話はあった気はするが、

正直言ってうろ覚えだ。


堅苦しそうな教義やら儀式やらでない分、聞いていて楽ではあるが、

明日にはブルードへと到着する予定なのだ。

鉱山から出てきたゾンビにより、少なからず死者が出ており、

ミレーユさんは葬儀の手伝いを行う手筈になっている。

神話を聞くよりも、手っ取り早く葬儀の方法を学んだほうが良いのではないかと質問したが、

帰ってきた答えは「聖職者なめんな、馬鹿」である。


「付け焼刃で葬儀を行って、死者を迷わずルニア様の所に送れるの?」

と問われると、確かに無理である。


死者の魂はどこに行くのか? そもそも魂などあるのか?

そんな宗教的な考えは横に置くとしても、

葬儀は重要なものであり失敗は許されない。


こちらの世界の考えでは葬儀は死者と神々のために行われる。

死体を放置しているとその死体はアンデッドになり生者を襲うという物理的な問題と、

この世界の宗教的に死者の魂は神に返すことになっているためだ。


自分としては魂や神様というものを積極的に信じているわけではない。

ただ、それでも御先祖様や神様には一定の敬意を払うべきであるとは考えている。

そんな自分にとって葬儀とはどちらかと言えば死者のためではなく、

生者のためにあると思っている。

親しい人を亡くすことは悲しいことだが、それでもいつまでも悲しんでばかりもいられない、

どこかで前を向いて歩き出す必要がある。

その切欠の1つとして葬儀があるのだと思う。

然るべき手順に従い葬儀を行い、死者を埋葬することで気持ちに1つの区切りをつける。

そういう儀式だと自分は思う。


まあ、どちらにしても素人がしゃしゃり出て良いものではない、か……


「分かればいいのよ。それにきちんと成り立ちから勉強するのは大事なのよ。

神話や教義を曲解した似非宗教家や、邪教に騙されないようにするためにはね。」


「話を戻すけど、マーヤ教において、太陽の女神サニア様が生を、月の女神ルニア様が死を司るの。

だから、葬儀において重要なのは月の女神であるルニア様。

ただし間違ってはいけないのは、ルニア様は魂を救済されるお方であって、

積極的に生者に死をもたらす神ではないということよ。

邪教徒はその辺を曲解して、『生者に死を!ルニア様に魂を捧げよ!』と言って、

自分達の蛮行の理由に使っているわ。」

まったく嘆かわしいと、ミレーユさんは邪教を非難する。


「なるほどな……ところで、邪教徒がいた場合はどうするんですか?」

ミレーユさんの話によると、邪教徒は死霊術ネクロマンシーを使う者もいるらしい。

今回のゾンビ事件が彼らによって起されたとしたら……どうするのか。


「どうって?もちろん殺すわ。

余裕があれば生け捕りでも良いけど、おすすめはしないわね。

そもそも聖騎士はそれが仕事なんだから。」

「ですよね……」

何の躊躇いもなくもなく殺すときたか……

まあ、死者を愚弄するのは、自分の価値観から言っても絶対にやってはいけないことだ。

今回の事件に、彼らが関っているのなら……


……やらねばならんだろう……


とはいえ、居るかどうか分からない邪教徒よりも、まずはゾンビについてだ。

フラグメントワールドがゲームであったころは、

ゾンビに対して特筆すべきことは無い雑魚でしかなかったが、

異世界となった今では対応が異なるかもしれない。


「ゾンビについて、ね。

と言っても大体はソフィーから聞いたでしょ?

あなたの剣はルニア様の加護があるんだから余裕で倒せるわ」


自分の腰に挿している剣を抜く。

刀身80センチほどの両刃の剣。

『ムーンライトセイバー』

光属性を持つ属性武器であり、

その刀身は名前の通りに夜空に浮かぶ月と同様の淡い光を放っている。


「いいわよね。その剣」

ミレーユさんは目を細めて言う。


「ミレーユさんは杖でしたっけ?」

この剣は神官系のジョブでレベル50以上が受ける事が出来るクエストの報酬品だ。

この世界ではそのクエストは司祭になるための試練であり、

試練を乗り越えた証として防具と武器をそれぞれ一種類ずつ貰うことが出来る。

自分は剣と通常の鎧を選択した。

他の選択肢としては防具ならローブ、重量鎧。

武器なら、杖、メイス、槍、長剣だ。


「ええ、私は剣を振り回すのは得意ではなかったし。」

ミレーユさんの杖の先端についている宝石も、この剣と同様に月の光を宿している。

直接攻撃を行う剣とは異なり、杖の攻撃力は微々たる物だが、

その真価は装備することでMP、魔力が上がることにある。

後衛型の聖騎士であるミレーユさんの装備としては剣よりも相応しい武器だ。


「ああ、そうだ。ソージは魔法は不得意だったわよね。」

「まあ、使える魔法は少ないですね。」

自分はスキルを身体能力や通常攻撃の底上げに使用している。

使える魔法は、低級の回復魔法ヒールと攻撃上昇のブレイブ。

物理防御向上のマテリアルシールド、

魔法防御上昇のマジックシールドのみだ。


魔法は全て単体のみを対象にとる補助魔法で、

攻撃系の魔法は一切使えない。

そもそも魔法攻撃は属性武器エンチャントで代用するのが自分のビルド方針で、

そのための通常攻撃の底上げなのだ。


通常攻撃だけで相手を選ばず、そこそこ戦えるのが強みであるが、

変わりにできることは以外と少ない。


「それなら、もし大量のゾンビが出てきた時は聖水を使いなさい。

ゾンビ程度なら聖水を浴びせてやれば倒せるはずよ。」

「なるほど、分かりました。」

確かに、近接攻撃主体では一度に対処できる量に限りがある。

アイテムフォルダ内には元々聖水は入れて来ていたが、

多めに入れておこう。


「さてと、あなたはそろそろ寝なさい。」

ミレーユさんは杖を持って立ち上がる。

「分かりました。それでは3時間後に起してください。」

今はフィールドの真っ只中だ。

夜は3時間交代で見張りをすることにしている。


「さてと、明日が本番だな……」

毛布に包まり目を閉じると一瞬で眠りに落ちた。




翌日、何事も無くブルードへ到着した。

本来は町の外でこの町の入るための手続きをするはずだったが、

何よりも時間が惜しいということで書類にサインをしただけで、

荷物のチェックもなく町に通された。


鉱山の町ブルード


鉱山の麓にある町で人口は150人程度の小さな町だ。

町の北側に鉱山があり、この鉱山を中心に扇形に町が作られている。

フラグメントワールドがゲームだった時もこの町は存在しており、

鉄鉱石等の鉱石系の素材アイテムを収集することが出来た。

その為、主に低レベルの生産系ジョブの拠点となっていた町である。


それが今回、鉱山の中からゾンビが出てきたと言う。

ゲームだった時のブルード鉱山に出てくるモンスターは、

蝙蝠やモグラ等の低レベルモンスターが主体で、

戦闘に向かない生産系ジョブでも相手に出来るようになっていた。

何度思い返してみてもゾンビが出てきた記憶は無い。


町に入って感じるブルードの町の雰囲気は悪い。

鉱山でのゾンビ襲撃事件から既に6日が経過しているが、

町は未だにピリピリとした緊張に包まれていた。


町を見渡すと建物の配置などにゲームだった時の名残はあるが、

破壊された建物、壁や地面に飛び散った血液が未だ残っており、

事件の悲惨さを物語っていた。


町に入ると既に自分達が来るのを待っていたのだろう。

この町の住人達に出迎えられる。

ただし、その顔には恐れや不安が色濃く表れており、誰もが疲れきっていた。


「……ん?」

人だかりの一番奥。一瞬だがエルフの女の子の姿が見えた。

元々、都市アウインやこのブルードの属するラズライト王国は、

ヒューマンの国である。

都市であるアウインでは他の種族もそれなりに見るが、

規模の小さい村では基本的にヒューマンばかりになる。


実際、この場に集まっている住人は、皆ヒューマンだった。

珍しいなと思いつつ、目線で追おうとしたが、

人だかりの中から質の良い服を着た初老の男性が現れたため、

そちらに意識を向ける。


「冒険者様、良く来てくださいました。

私がこの町で町長をしております。セブランと申します。

どうかこの町を救ってください。」

深々と頭を下げる町長に頭を上げるように言い、

簡単に挨拶と自己紹介を行った後、この町の集会所に案内された。


そこにはがっしりとした肉体を持つ壮年の男とその男とこの町の神官がいた。

そこに村長を含めた3人がこの村の代表ということだろう。


全員が席に着くと、壮年の男が話し出す。

彼の名はジョゼフと言い、このブルード鉱山の鉱夫のまとめ役だという、

彼は状況を説明する。


「既にご存知とは思いますが、

6日前、鉱山での作業中に突然ゾンビが出現し鉱夫達に襲い掛かりました。

私達は抵抗しましたが、奴等は手強く私達ではどうすることもできず、

数体のゾンビが鉱山を出て町にまで襲い掛かりました。

私達はこれ以上町に被害が出ることを防ぐため、鉱山の入り口を爆弾で破壊し、

入り口を塞ぐことで何とか最悪の事態だけは回避したというのが現在の状況です。」


「生存者は、やはり……」

「……ゾンビが跋扈する炭鉱内で6日間生き続ける……

率直に言って絶望的でしょうな……」

村長は悔しそうに顔を歪める。


彼らとて好きでこのような手段をとったわけでは無いことは分かる。

街にゾンビが溢れることと仲間を見捨てること、

それを天秤に掛けた結果、ゾンビが溢れることを阻止することを選んだというだけだ。

それについて部外者である自分に言うことはないだろう。

自分に求められていることは他にある。


今回のゾンビ襲撃事件に対して、村までの移動時間中にミレーユさんと作戦は考えてある。


「分かりました。まず今回の事件の犠牲者の数は把握できていますか?」

「全員で19名になります。その内鉱山内に取り残された人数は13名です。

こちらがそのリストになります。」

村長から名前の書かれた書類を受け取る。


上から数えて確かに13名。

それだけの人間が未だ鉱山内に取り残されている……

改めて事態の重さに息を呑む。


「しかし、どうします。現在鉱山の入り口は塞がっています。

中に入るためには一度崩れた瓦礫を撤去する必要があります。」

ジョゼフさんが質問する。

「それは私が取り除きます。」

「失礼ですが、どのような手段を用いるのですか?

私達ではあれを取り除くには3日はかかります。」

「手段といいますか……まあ普通に掘り返しますよ。」

「は、はぁ……」

「彼はレベル73の聖騎士です。

レベル70にもなると、その力は常人の数十倍にもなります。

瓦礫の山程度なら簡単に取り除くことが出来るのです。」

ミレーユさんが補足する。


「で、入り口を確保した後ですが……」

「入り口を確保し次第、私が聖域サンクチュアリの魔法を使います。

この魔法があればゾンビは鉱山の外に出ることが出来なくなります。」


「聖域の設置後、私とミレーユでゾンビに対処します。

そこで……申し訳ありませんが、あなた方からは人を何人か出してもらい、

坑道内の案内と遺体の回収を行って頂きたいと考えています。

私達はあなた方に指一本触らせないつもりですが、

もちろん危険はあります。

しかし、遺体の回収を迅速かつ確実に行うためには、これが最良であると考えます。

如何でしょうか?」


本来なら自分達だけでやった方がいいのだろうが、

道案内無しに坑道に入るのは危険であり、効率も悪く見落としが出る可能性もある。

また、事件から既に6日が経過しており、あまり時間をかけていると

遺体がアンデッドとして動き出してしまうことも考えられる。

このため、ある程度のリスクを飲んででも、町の住人に手伝って貰おうと考えたのである。


「ちなみに、これは強要しているわけではありません。

最悪、私とソージだけでも遺体の回収は行いますが……

相応の時間が掛かることは御容赦ください。」

ミレーユさんが補足を行う。


それに対して、ジョゼフさんは即座に答える。

「それで行きましょう。

案内役と回収役は俺が揃えます。

どうか宜しくお願いします。」



そうして会議は終了した。

鉱山への突入は30分後となり、今はそれぞれ準備を行っている。

ミレーユさんは町の神官と協議したいことがあるらしい。

恐らく回収した遺体の葬儀の段取り等だと思われる。

自分も居た方がいいかと思ったが、素人の自分にできる事は無いと追い出されてしまった。


先に入り口を確保しようと思ったが、

聖域の魔法が使えるのはミレーユさんだけなので、

自分だけ先に行っても意味が無い。

結局、ミレーユさんの話し合いが終わるまで町を見て回ることにした。


集会所を出ると、そこには遺族と思われる町の住人達が集まっていた。

彼らは鉱山内に取り残された家族や友人の名前や特徴を挙げ、

必ず救ってきて欲しいと懇願する。


未だ鉱山内に取り残されている人数は13人。

正直言って一度にそれだけの特徴を覚えることは出来ないが、

皆の必死さは痛いほどに伝わってくる。


「ええ、任せてください。必ず助け出してみせますよ。」

既に死んでいるのに助けるとは変な話ではあるが、

彼らにとっては遺体が無事に戻ってくることは大切なことだ。

本当は必ず助けることが出来るという自信も確証もないのだが、

ここで自信のない言葉を言って、彼らを不安にしても仕方がない。


大方、彼らと話し終えた後、そろそろミレーユさんの話も一段落した頃だろうかと考えていると、

一人のエルフの少女が近づいてくる。


それは町に来た時に見かけたエルフの少女だった。

歳は16歳ぐらいだろうか。

金髪の長い髪に宝石のように青い瞳、

長い髪に隠れているがエルフの代名詞である尖った耳。

余り身分は高くないのだろうか、

着ている服は町の住人と比べてもぼろぼろの布の服であるが、

それでも十分に美人といえた。


「あ、あの聖騎士様……

ト、トマを……私の婚約者を……救って、ください……」

消え入りそうな小さな声で彼女もまた懇願する。


この歳で婚約者がいることに僅かに驚くが、

考えてみれば今は中世のような世界だ。

むしろこれぐらいが結婚適齢期なのかもしれない。

だが、婚約者ということは結婚する前に伴侶を失ったことになる。

その不幸に心が痛む。


「大丈夫です。任せてください。」

もう少し気の利いた言葉が言えれば良かったのだが、

自分はこれまでと同様に出来る限り力強く言葉を返す。


「ああ、ありがとう……ございます……」

彼女は自分の言葉に安心したのか、

自分の手を取りお礼の言葉を述べる。


その時、バンという音と共に彼女は地面に叩きつけられた。

「ああ……」

理解が追いつかない。

ただ、今まで彼女の頭が会ったところには、男の拳があった。

その男は先程まで、息子が鉱山に取り残されたままだと語った男だった。


「薄汚い手で聖騎士様に触るんじゃない! 」

「っ、おい! あんた何やってんだ!」


倒れた少女に尚も危害を加えんとする男に対して、

咄嗟に前に出て壁となる。


何だこれは、これは何だ。

事態の流れがまったく掴めない。


男の目は決して少女に向けられるような視線ではない。

まるで、息子の敵でも見るかのような憎悪に満ちていた。


だが、問題なのはそんな視線を送るのがこの男だけでは無いということだ。

今この場にいる全員が彼女に対して憎しみに満ちた視線を送る。


ここにいる全員がこの少女に対して殴りかかってきてもおかしくない状況だ。


「ひっ!」

後ろから少女の短い悲鳴が聞こえた。

無理も無い、これだけの人間から憎悪を向けられているのだ。

それなりに経験を積んできた大の大人でさえ、恐怖を感じているのだ。

少女に耐えられるようなものではない。


だからこそ、この状況は解せない。

何がどうすればこんな事態になるというのか。


少女を後ろに庇いつつ、住民たちと向き合う。

思わず武器を掴みそうになる手を押し止める。


「一体あんた達とこの少女の間に何があった?

……なぜ殴った?」

緊張と恐怖で震えそうになる声と身体を押し隠して問う。

レベルで言えば自分の方が圧倒的に上、

仮に全員が相手になっても今の自分は余裕で勝てる。


だが、そういうことではないのだ。

単純に少数が多数に向かって異を唱えるのは精神的に酷い圧迫感を受ける。

その圧力は自分の方が間違っているのではないかと錯覚しそうになる。

だが、それでも、女の子を殴っていいはずが無い。

きりきりと痛み出す胃に顔をしかめるが逃げるわけには行かない。

今自分がこの場を離れた場合、彼女がどうなるのか分からないのだ。


「聖騎士様! その女に騙されてはいけません!

その女はヒューマンの両親から生まれたエルフだ!」

「そのエルフは不吉だ!」

「その女が生まれた後、その女の両親は共に死んだ!」

「その女が生まれてから落盤事故があって、俺の親父は死んだんだ!」

「この女のせいで流行り病が起きて、うちの婆さんは死んだ!」

「それだけじゃない、この女が生まれてから山から獣が下りてくることも多くなった!」


町の住民は口々に言葉を叫ぶが、意味が分からない。

こじつけとか、責任転嫁とかそんなレベルの話ではない。

彼らの主張は、何か不都合があれば全部彼女が悪い、というものだ。

無茶苦茶すぎて道理がまるで通らない。


だが、尚も住人達の主張は続く。

「そして今回のゾンビ事件だ! 」

「友達が死んだのは、この女のせいだ! 」

「夫が死んだのも、この女のせいだ! 」

「息子が死んだのも、この女のせいだ! 」


「だから、この女の婚約者も死んだんだ!!」


「っ!」

ぎりぎりと奥歯をかみ締める。


「……おい、それを言うのか?」

黙って聞いていようと思っていたが、我慢の限界だ。


「同じ町に住んでいる人間に対して、そんなことを言うのか!

幾らなんでも言っていいことと悪いことがあるだろうが! 」


ここまで頭にきたことは自分の生涯を通しても無い。

頭の中では有りっ丈の罵詈雑言で埋め尽くされ、

もっと言ってやりたいことがあるのに、逆に言葉が出てこない。


住民達は自分の言葉に一瞬動揺したが、

徐々に少女に向けられた憎悪の視線がこちらに移ってきていることが分かる。


彼らにしてみれば自分達の主張を理解しない自分に不快感を感じているのだろうが、

自分もよく分からん理由で少女を集団で貶める彼らに不快感が溜まっていく。



「はーい、鉱山に入る準備が出来ましたよー」

そこへ場違いに明るいミレーユさんの声が響き、一瞬で険悪な空気が霧散する。


熱くなっていた頭から熱が引いていく。

そこで僅かに魔力の残滓があるのに気づく。

おそらくミレーユさんが『リフレッシュ』等の精神を安定させる魔法を使ったのだろう。


「大丈夫、大丈夫。私達が必ず遺体は回収しますから」

そう言ってミレーユさんは住民達に声をかけていき、彼らを強引に下がらせた。


そうして、この場にはミレーユさんと自分、

そしてエルフの少女が残された。


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