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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第1章 ゾンビより悍ましいもの
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11話 鉱山の町ブルード


「き、緊急の依頼だ!!

 助けてくれ!!ブルード鉱山からゾンビ共があふれ出てきやがった!!」


 ギルドに飛び込むように入ってきた男は荒い息のまま叫ぶ。

今まで休むことなく走り続けてきたのだろう。

そこまで話すと倒れ込み、ごほ、ごほと咳き込む。


「大丈夫ですか!これを飲んで落ち着いてください。」


 倒れた男の前に別の男が現れる。

倒れた男に対して丁寧に抱き起こすと、水を入れたグラスを手渡す。


この男の名はボリス・ノウ。この冒険者ギルドの長だ。


 鎧のような分厚い筋肉を無理やりバーテンダーの服に収めたような大柄の身体。

赤い長髪を後ろでまとめ、精悍な顔には同色の髭を蓄えている。

鍛え上げられた身体はまさに冒険者と言ったところだが、

性格は細やかで、誰に対しても丁寧な対応を行う、そんな人間だ。


「あんたがギルド長か……こいつを頼む……」


 ギルドに入ってきた男は震える手で懐から一冊の書類を取り出すと、

ギルド長に手渡す。

その書類を受け取ったギルド長は、男をギルド所属の神官に任せ、

受け取った書類を読み始めた。


一方、ギルド内の他の冒険者は小声でそれぞれの所感を語り出す。


「聞いたか?よりにもよってゾンビかよ……」


「ブルード鉱山にゾンビっていたか?」


「俺は無理だぜ……この前のモンスターの襲撃で怪我してるからな」


「よく言うよ。仮に万全の状態でも請けないくせに。

まあ、私も請けたくないけどね」


冒険者から聞こえてくる声は、どうにも威勢がない。


「……何か皆、消極的だな。」


 我こそは、と名乗り出る者はいないにしても、

最初からまるで請ける気が無いのはなぜなのか?

今回のような緊急の依頼はギルドへ自分の能力をアピール出来るだろうし、

報酬も良さそうなのに。


その疑問にソフィーさんが眼鏡を掛け直しつつ答える。


「当然です。不死者の討伐は人気がありませんので」


「人気がない?」


「考えて見てください。ゾンビ自体はレベル10~20程度の低レベルのアンデッドです。

魔法や属性武器でないと攻撃できないゴースト系と比べて、

実体がありますので通常攻撃で撃破可能ですが……」


そこで、一度区切ると気まずそうに続ける。


「ゾンビの元は多くの場合、埋葬されずに放置された人間の遺体です。

元同族といこともありますし……匂いや見た目も酷いですから……」


「……なるほどな」


 ゾンビを題材にした映画や漫画は何度か見たことはあるが、

それがリアルに襲ってくると考えると確かに怖い。


「しかし、ギルドとしてはゾンビと戦いたくないので依頼を請けません、

とは行かないですよね?」


「当然です。依頼の遅延、未着手はギルドの信用にかかわります。

普段であればギルド員同士で協議を行い、依頼の割り振りを考えますが、

今回のような緊急性の高い依頼はギルド長が直接割り振ります。

しかし、おそらく……」


 ソフィーさんは言いかけた言葉を飲み込むと、

そのまま目線をそらし、黙ってしまった。


とても嫌な予感がした。


「……ふむ。

ソフィー君。今回の依頼は君に任せよう。

依頼内容はブルード鉱山のゾンビ討伐、

並びに鉱山内で作業を行っていた採掘者の遺体の回収だ。

責任を持って対処してくれたまえ」


そう言うとギルド長は依頼書をソフィーさんに渡す。


「チッ!

……分かりました。」


今、この子舌打ちしたぞ。


 見るからに不満たらたらな態度のソフィーさんに対して、

ギルド長は特に咎めることも無く、では宜しく頼む、

と言うと通常業務に戻ってしまった。


 ソフィーさんは依頼書を高速で読み終えると、

視線をこちらに向けしぶしぶと話し出す。


「……まったく、あなたには私が考えたプランで着実に経験を積んでもらいたかったのですが、仕方がありません。

ソージ様、今回の依頼はあなたにお願いしようと思いますが、

よろしいですね?」


「拒否権ってあるんですかね?」


「一応はあります。

その場合、私の担当している他の冒険者に割り振ることになりますが……

私はあなたに受けてもらいたいと考えています。

……理由は分かりますよね?」


 理由は分かる。

自分はこのギルドに入ってから一度も依頼を請けていない。


「信用を得るため、ですよね。

……分かりました。私が請け負いましょう」


 ギルドはボランティアでは無いのだ。

いくらレベルが高かろうが、ギルドに使えないと判断されれば首を切られてしまうだろう。

こうなっては仕方が無い、腹を括るしかない。


 しかし、そうは言っても経験が無いのは事実。

ゾンビの対処は自分がやるにしても、ギルドの依頼の処理の仕方が分からない。


「よろしくお願いします。

ギルドもバックアップは行いますので、頑張ってください。」


ギルドからのバックアップ、そういうものもあるのか!


 ならば、自分が欲しいバックアップはこれしかない。

ちらり、と視線をミレーユさんの方に向ける。

ミレーユさんは一瞬嫌そうな顔をしたが……


「うーん……

……いや、待てよ……ちょうど良いかも?

良し、いいでしょう!

ソフィー、私が同行してもいいかしら?」


 しばし何事かを考えていたようだが、とにかく自分に同行してくれるようだ。

声をかけられたソフィーさんは一瞬意外そうな顔をしたが、

すぐに元の調子に戻ると逆に問いかける。


「……私は構いませんが、本当に宜しいのですね?

低級といえどもモンスターはモンスターです。

戦闘は避けられませんよ?」


「……だからこそよ。

まあ、大丈夫でしょ。今回は頑丈な盾も付いているのだし」


「盾って、もちろん自分のことですよね……」


「そうよ。私はか弱い女の子だもの。

当然守ってくれるんでしょう?」


「まあ、全力で守りますけど……」


女の子って歳でもないでしょう、という言葉は飲み込んだ。


「言っておくけど、私は役に立つわよ。

今回の依頼には採掘者の遺体回収も入っているのなら、

どうせ葬儀の手伝いもすることになるのでしょうし。

葬儀や交渉は私がやるから、あなたはゾンビの退治をお願いね。」


 ミレーユさんの冗談は結構きついが、

彼女がいれば自分は戦闘に専念していれば良さそうだ。


「では、依頼の詳細を詰めましょう。2番会議室に来てください」


 話が一段落すると、ソフィーさんは書類を持って立ち上がり、

冒険者ギルドの奥にある『関係者以外立ち入り禁止』の札がかかった階段を上っていく。

自分とミレーユさんもソフィーさんに続き階段を上る。


 冒険者ギルドの2階には扉がいくつも並んでおり、

扉には番号が書かれた札がついている。


 その中から2番の札がかかった部屋に入る。

会議室は大きめの長テーブルと黒板があるだけの小さな部屋だが、

確かに会議室であった。


 自分を含めそれぞれ席に着くと、

まずはソフィーさんから依頼の説明が行われる。


「さて、今回の依頼の状況を説明したいと思います。

2日前、ブルード鉱山で採掘者たちが作業中に突如、坑道内の壁が崩れ、

その崩れた壁の中からゾンビが溢れ出てきたとのことです。

これに対し、ブルード鉱山の入り口を爆薬で塞ぎ、

ゾンビが鉱山の外に流出する事態を防ぐことに成功しています。

ただし、何匹かのゾンビが爆破前に外に出してしまい、

鉱山の詰め所や鉱山の麓にある町に進入。

10名前後の死傷者を出しています。

今回の依頼の目標は、鉱山に残っているゾンビの排除と

同時に鉱山内に取り残された採掘者達の遺体の回収になります。

ここまでで、質問はありますか?」


ソフィーさんは先程のように淀みなく説明する。


 しかし、ブルード鉱山からゾンビねぇ……

ゲームだったときにもブルード鉱山はあったが、

そこで出てくるモンスターはネズミや蝙蝠、モグラなど。

間違いなくゾンビは出てきていない。

気になるのはまずそこだ。


「では、ゾンビが崩壊した壁から溢れ出たとなっていますが、

原因は分かりますか?」


「原因は不明ですね。

運悪く天然の洞窟や破棄された古い坑道にでも繋がってしまったのでしょう。

ただ、今回の依頼ではこの原因の特定までは含まれていません。

最悪、坑道内のゾンビを一掃したあとは、穴を塞いでしまえば問題はないでしょう」


 原因は不明。

まあ、それは仕方が無い。

ならば次の質問だ。


「では、もう一点質問です。

依頼は生存者の救出ではなく、遺体の回収で間違いはありませんか?」


「ええ、間違いありません。ブルードへは馬に乗って2日、

馬車なら3日は掛かります。

既に事件発生から2日、

今から急いで向かったとしても2、3日は掛かることを考えると、

生存は絶望的です。」


「そう、ですか……」


 この世界では本当に弱者の命は簡単に失われる。

分かっていたことだ。残念だが仕方が無い。

自分が口を閉じると今度はミレーユさんが質問した。


「私からも質問いいかしら、ゾンビは何体程度いるか分かる?

あと、回収しないといけない遺体の数も」


「すみませんが、そこまでは分かりません。

現地に赴いて確認するしかありません。

ただし、遺体の数については予測が出来ます。

ブルードの町の人口は約150人程度と言われています。

その半数が鉱山採掘者であると考えれば、最大でも75人分です。

まあ、実際にはさらに半分の35人程度と言ったところでしょうか」


「なるほどね。ところでソフィー、今回の報酬はいくら?」


「ブルードからは大金貨100枚の報酬が提示されています。」


「そうすると、聖水と聖布がそれぞれ銀貨1枚だから、

ゾンビの分を考えると、200は用意しておきたいわね。

それで用意すると銀貨400枚。つまり、大金貨4枚か。

ソージ、報酬から減るけどいいわよね。」


「ああ、必要経費なら仕方ないです。」


 しまった、ここまで経費や報酬の話をしていなかったことに気づく。

ちなみに、大金貨は日本円で換算すると10万円程度になる。

ただし物価が異なるので、あくまでも目安にしかならないが。


「ソフィー、今すぐ教会から聖水と聖布を200ずつ用意して。

私の名前を出してくれて構わないわ。」


「わかりました。他に必要なものはありますか?」


「そうね。他に必要なのは回復のポーションを50個ぐらいかな。

 後は水とか食料とか馬車かな?」


「……その辺の経費の見積もりって分かりますか?

必要経費なので払いますが、金額は把握しておきたいです。」


 大金貨100枚の報酬で、経費を払えないということは無いだろうが、

金銭についてはしっかりとしておきたい。

どんぶり勘定は破滅の元だ。

当然、報酬についても考える必要がある。


 基本的には報酬の取り分として、まずギルドの手数料が掛かる。

これは報酬の10%。つまり大金貨10枚だ。

そこから、ミレーユさんの報酬と必要経費を出さなければならない。

最悪、自分の取り分が無くなるかもしれないが、今回は仕方が無い。


「ミレーユさん、今回の報酬の希望はありますか?」


「そうね。私はソージに無理やり依頼を手伝わされるわけだから、

吹っかけてもいいんだけど……

あなたには助けてもらっているし、経費を除いた半分で良いわ。」


 つまり、経費を除いて残った報酬は二人で山分けということだ。

ミレーユさんが降りた場合、自分一人では依頼の解決は難しい。

それを考えるなら、十分に良心的だ。


「ありがとうございます。

では、それでお願いします。」


 ミレーユさんとは報酬についてはまとまった。

あとは経費がどの程度かかるかだ。

ソフィーさんが経費について説明を行う。


「必要経費についてですが、明細は後でお渡しします。

今は緊急事態ですので、ざっくりと見積もりますと……

まず、ギルドの取り分である大金貨10枚かかります。

次に、聖水、聖布に大金貨4枚、回復のポーションに小金貨5枚かかります。

最後に、馬車や食料ですが……こちらはギルドで負担しましょう。

そのため、経費としては大金貨14枚、小金貨5枚となります。

宜しいですか?」


つまり、必要な経費が大金貨14.5枚、報酬は大金貨85.5枚か……


どうにも金貨で話されると、実感がわかないが、

問題は無いだろう。


「わかりました。」


 そもそも自分は冒険者としての経験がないため、交渉の余地は余り無い。

まあ、ギルド側が馬車や食料分は持ってくれるようだし、

ギルドとしても冒険者に依頼を達成してもらわないといけないのだから、

適正な価格なのだろう。


「では、それで行きましょう」


 ソフィーさんが懐から小さなベルを取り出して鳴らすと、

若い女性のギルド員が会議室に入ってくる。


 ソフィーさんは先程のプランを書類に纏めると、

彼女の部下と思われるギルド員に手渡す。

そして、ギルド員はソフィーさんから書類を受け取ると、

急いで会議室を後にした。


「彼女には先程のプランの用意をさせました。

おそらく、2時間後には用意できると思いますので、

2時間後に出発としましょう。」


 その後、いくつかの質問を行った後、

一度解散し出発の2時間後までそれぞれ準備を行った。


「さて、どうなるか」


 無事に終わって欲しいが、

この依頼が何の問題も無く終わるとは到底思えなかった。


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