111話 リゼットと戦後の話
アウイン防衛戦から3週間が経過した。
この戦いの犠牲者の葬儀も終わり、邪教徒たちの処刑も終わった。
この街の戦時体制は解除され、他の街との取引も開始された。
未だ街にも人にも刻まれた傷は癒えてはいないが、それでも何時までも立ち止まってはいられない。
そんなこんなで、今日は12の月の31日。
まるでそんな実感はないが、それでも今日は大晦日なのである。
中央教会の馬車から降り、南部教会に帰宅する。
「うー寒い……というか何で大晦日まで働いているんですかねぇ……」
時刻は午後8時。
既に日は落ち、刺す様な寒さに身体が震える。
手には分厚い皮の手袋、神官服の上から皮製の厚手のコートをしっかりと羽織る。
モンスターの毛皮で作ったコートは、外気を遮断し意外なほど暖かい。
ただ、それでも吐く息は白い。
「まあ、今日で仕事納めだ。
死んでしまった方には申し訳ないが、それでも今年中に一応、ケリがついて良かった」
中央教会からの馬車の中、街の人々を見ていた。
本来なら、今日はこの世界でもお祭りのような、賑やかな日であったのだろう。
だが、残念なことに今年はシンと静かである。
この街が戦場になったのだ。
まったく無関係でいられた人間なんていない。
今回の戦いで、肉親が、友が、恋人が、子供が、傷つき、あるいは死んでしまった人もいるだろう。
人々の心に刻まれた傷はまだ癒えてはいない。
それでも時間は待ってくれないし、何もしなければ腹が減る。
腹を満たすためには働かなければならないし、つまり、何時までも立ち止まってはいられない。
だから、悲しむのは今日まで、明日からは新しい気持ちで新年を迎えるのだ。
「来年の冬はクリスマスイベントを楽しめたら良いなぁ……
必ずやサンタクロースからプレゼントを強奪するのだ」
フラグメントワールドのクリスマスイベント。
最北のクリスマス島で開かれるサンタとのガチバトル。
毎年恒例のそれはぜひ参加したかったが、さすがに今年はそれどころではなかった。
「いや、そもそも教会関係者だとクリスマスに教会を開けれないか……」
まあ、イベントはクリスマスだけではない。
ゲームだったフラグメントワールドには、クリスマスに、お正月に、バレンタインデー……それらしいイベントは概ね網羅していた。
この世界ではどれだけ反映されているかは分からないが、
落ち着いたらこの世界のイベントを見て回るのも面白そうだ。
「もちろん、リゼット達も一緒に……って、ん? んんん??」
そんなことを思いながら、ふと聖堂を見上げる。
南部教会の聖堂は、アンデッドスライム戦で破壊されてしまったが、今回の戦いでは奇跡的に被害がなかった。
そのおかげで、最低限、風雨をしのげる程度には修復されていた。
その聖堂の屋上に、リゼットの姿があった。
「何で、あんな所に……
そういえば、リゼットは高い所に居ることが多いよな」
アンデッドスライム戦や、第5開拓村の戦いでは屋根の上から狙撃を行っていた。
身のこなしが良いのはいいことだが、スカートの中が見えそうでハラハラする。
しかし、実際には中々見えない。
「……馬鹿なことを考えてないで、行くか。
リゼットには、話しておかなければならないことがある」
聖堂内に作られた螺旋階段を上り、屋上に出る。
そこには自分とおそろいのコートを着て、屋上の端で空を眺めるリゼットの姿があった。
まあ、それは良い。
問題は――
「案の定、寒いし、暗いし、おまけに高い。足滑らせて落ちたら死ぬ!!」
階段の手すりに命綱を結びつけると、一歩一歩慎重に移動し、リゼットの隣に座る。
「ふぅ……リゼット、こんな所で何してるんだ?」
リゼットは夜空を見上げ、手を広げる。
「……空を見ていました。星が綺麗です」
「ああ、そうだな」
同じように、空を見上げる。
見上げる空には、満天の星空。
同じ夜空なのに、東京の夜空とは雲泥の差だ。
空が近い、まるで星が落ちてきそうだ。
「あの月には、ルニア様がいらっしゃるのでしょうか?」
「どうだろうなぁ……」
空に浮かぶ月を眺める。
あの戦いの後、ルニアは『よくやった』と自分に労いの言葉をかけた後、特に会話をしていない。
首に下げた聖印の奥には、未だにルニアの気配がするのでモニターはしているようだが、
それ以上のことをするつもりはないらしい。
まあ、カグヤの一件でも分かったが、神様なんて早々出てきて貰っては困る。
人間だけで片付くなら、それがきっと一番面倒がない。
神官としてはアレな考えだが、それが自分の本心だ。
だから、人間のことは人間の手で、ルニアにはどうか見守るだけに留めていて欲しい。
しばらく、ただ黙って星を眺める。
お互いに無言であるが、居心地の悪さは感じない。
元々、お互いにあまり口数は多い方ではないのだ。
だから、この雰囲気は悪くない。むしろ心地よいぐらいだ。
思えば、こうしてリゼットと二人だけの時間と言うのは貴重である。
この世界に来たときは1人だった自分も、いつの間にかリゼットが居て、アンナが居て、エルもカグヤも居る。
本当に賑やかになったものだ。
もう少し、このまま星を眺めているのも良いのだが……
それでも言わなければならないことがある。
例え、この雰囲気をぶち壊すことになるとしても。
「リゼット……」
「『トマともう一度会いたいか』ですか?」
リゼットは自分の言葉を先回りして口に出す。
「むぅ……」
図星である。
やはりアンナとエルから話を聞いているのだろう。
だが、それでも自分は聞かなければならない。
アウイン防衛戦で、自分は『リザレクション』を持つ邪教徒『エミール』を倒した。
その選択に、自分は後悔をしていない。
しかし、自分以外の人間はどうだろうか?
例えば、リゼットはどうなのだろうか?
言葉にしてしまえば、それだけのことなのだが、これが中々に難しい。
出鼻を挫かれ、口ごもる自分にリゼットは逆に問いかける。
「もし……ソージさんが『リザレクション』を使えたとしたら……
貴方はどうしますか? ……トマを生き返らせますか?」
リゼットはこちらに視線を移し、淡々とした声で尋ねる。
その表情、声からは彼女の感情を伺えない。
それでも、この質問に関しては迷うことはない。
自分もずっと考えてきたことだ。
「もちろん、蘇生させる」
これは自信を持って答えられる。
自分は別に『死者は絶対に蘇らせてはならない』、と考えているわけではない。
邪教徒エミールだけが使える状況が問題だから、叩き潰したに過ぎない。
奴は『リザレクション』を使い、この世界の法と秩序を滅茶苦茶にしようとしていた。
それはこの世界で神官として生きる自分にとって、大変都合の悪いものだった。
もし自分がリザレクションを使えるのなら、自分はもっと小賢しく使う。
自分の身近な人にだけ、ばれない程度に少しだけ。
それが上手なチートの使い方というものだ。
だから、もし自分がリザレクションを使えるのなら、トマは助ける。絶対に。
リゼットは自分の答えに、頷いた。
おそらく彼女にとっては、自分の答えは想定の範囲内だったのだろう。
この質問は、言ってみれば次の質問のための、前振りの様なものだ。
だからこそ、自分もこの後リゼットがするであろう質問の内容は察した。
それは――
「では、トマを生き返らせた後……ソージさんは私をどうしますか?」
「……」
当たって欲しくはなかったが、自分が予想した質問と同じ内容だった。
そして、その質問は自分にとっても、リゼットにとっても重いものだ。
自分とリゼットの関係は、あの事件から始まっている。
あの事件がなければ、自分とリゼットは出会わなかった。
あの事件がなければ、自分もリゼットもこんな苦しい目にあうことはなかった。
だが……逆に言えば、あの事件がなければ今の自分達はない。
あの一件以来、自分達はずっと一緒にやってきたのだ。
「……」
大きく深呼吸を1つ。
それでも手が震える。胃がキリキリと痛む。全身に嫌な汗が吹き出る。
正直言って、適当に言葉を濁して逃げ出したい。
自分の言葉は決まっている。おそらく、リゼットも察しているはずだ。
それでも言わなければならないことはある。
ああ、まったく度し難い。
アンナに言った言葉を思い出す……何が『おまえらもっと話し合えよ』だ。
よくぞ偉そうな言葉を吐いたものだ。
簡単に話ができるのなら苦労はない。
大事に思っている相手だからこそ、出来ない話はあるのだ。
しかし、だからこそ一度吐いた唾は飲み込めない。
有言不実行ほどダサいものはない。
だいたい、自分は決めたはずだ。
欲しいものは欲しいのだと。遠慮をしている余裕なんて自分にはないのだ。
「……まず、もしトマを生き返らせたら、彼に対して出来る限りをしよう。
リゼット同様に奴隷身分から開放しよう。
今の自分は南部教会の司教だ、方法なんていくらでもある。
神官としての身分を用意することも出来る。
第6開拓村の開拓民としてねじ込んでも良い。
あるいは、他国へ移住するのも良いだろう。
もし彼が望むなら、彼を一生養ってやっても良い」
問題はここからだ。
リゼットの目を正面から見る。ここが勝負所だ。
「だが……リゼットだけは渡さん。
返せと言われたとしても、もう遅い!!
リゼットはもう俺のものだ!!」
魂を振り絞るように、言い放つ。
これが自分の偽りのない本心だ。
トマには悪いが、リゼットを渡すつもりは微塵もない。
その言葉にリゼットは安堵するように、頷いた。
「良かった。ええ、私はソージさんのものです。
例え……トマが生き返ったとしても」
「……ああ、良かった。
これで拒絶でもされようものなら、立ち直れなかった」
「はい……私も安心しました」
「安心?」
自分のことで精一杯だったから気付かなかったが、
よく見るとリゼットの手も震えていた。
しかし、自分はともかく、リゼットに不安になる点などあったのだろうか?
そう考える自分に対して、リゼットはゆっくりと立ち上がり、屋上を歩く。
その足取りはまるで地上にいるかのように軽く、先程の震えは見えない。
目的の位置についたのか、彼女は愛用の弓を構える。
動物の皮と骨と木材を組み合わせただけの『ロングボウ』。
彼女は目にも止まらぬ速さで、矢を番え、放つ。
狙いの先は南部教会にある訓練場。そこにある的だろうか。
夜目など利かない自分には矢どころか、的さえ見ることは適わない。
それでも彼女のことだ。ここからでも的の中心を射抜いているのだろう。
それにしても、リゼットにしては珍しい。
彼女は自分の力をひけらかす様なことはしないのに。
しかし、彼女は続けてステータスを開く。
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Lv62
名前:リゼット
種族:エルフ
職業:ドルイド
メイン職業:狩人
サブ職業:神官
HP:226
MP:298
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レベル62。
初めてリゼットと出会ったときはレベル12だった。
この世界の一般人がレベル10程度。
一流の冒険者がレベル50前後。
この世界にあってレベル60というのは、ほぼ人類の限界点と言っていいだろう。
つまり自分はただの一般人の少女に、人類の到達点に至るほどの無理を押し付けたということだ。
「……私は、もう奴隷のエルフではありません。
私はとても強くなりました。でも……私はソージさんほど強くはありません。
ソージさんは、私と違って、何処でだって生きていける。
でも私には……ここでの生活と、あのブルード鉱山での生活しか知りません。
そして……私はもうあの時には戻れないのです」
困ったようにリゼットは言う。
「あの時の私は、ただ我慢するしか出来ませんでした。
ですが……今の私は……もう我慢できるとは思いません」
それはそうであろう。
今のリゼットにとって、一般人を殺すのに弓矢は必要ない。
ナイフがあれば十分だし、素手でもいけるだろう。
もしリゼットがその気になれば、あの町の住人を皆殺しにするのに一時間もかかるまい。
「ソージさんが私に拒絶されることを恐れていたように……
私もソージさんに拒絶されるのは、怖いです。
私はあなたの妻です。今更、トマの妻にはなれません」
今度はリゼットが腹を割って話す番なのだろう。
彼女の顔は緊張で強張っていた。
それでも、リゼットは自分の目をしっかりと見つめる。
「私は……トマが生き返ってくれれば、とても嬉しいです」
その言葉に、胸がズキリと痛む。
「でも……もう遅いのです。
私とソージさんの関係は……トマの死から始まっています。
だからこそ……そこにトマが割り込む隙間は……ありません。
今更、トマが生き返ったとしても……。
それは……きっと……誰にとっても、不幸なこと、なのでしょう。
……こんな事を言う私を……ソージさんは、浅ましい女だと思いますか?」
リゼットは自分自身の胸にナイフを突き刺すように、声を絞り出す。
「そんなことは、ない」
少なくともあの事件で一番心を痛めたであろうリゼットの答えだ。
その答えを誰が貶す事が出来るだろうか。
「良かった。
ソージさん……私は何度でも言います。
私は、ソージさんの妻として、ここに居るのです。
ここが私の……私達の家なのです」
月を背にしたリゼットは、優しく微笑む。
その笑顔の奥には、どれだけの言葉にならなかった想いがあるのだろうか。
彼女を抱きしめる。
自分の腕の中の、リゼットは驚くほどにか細い。
エルフ特有の細く、しなやかな身体。
力を込めれば、簡単に壊れてしまいそう。
でも、自分の腕の中に確かな温もりとして、そこにある。
「私はソージさんが未だにあの事件のことを引きずっていることを知っています。
でも、心配しなくても、大丈夫です。
私もトマも、ソージさんに救われました。
そんなソージさんだからこそ、私はここに居るのです」
その言葉に救われたのは自分の方だ。
確かに、あの事件は今だに自分の中でのトラウマだ。
きっと一生、あの事件の傷は癒えることはないだろう。
あの事件がなければ、自分は気楽に異世界での生活を楽しめたのかもしれない。
それでも、あの事件がなければ、自分はリゼットに出会えなかった。
だから、これできっと良かったのだ。
「……そろそろ、戻ろうか。
アンナも、エルも、カグヤも待ってる」
「はい……ソージさん」
「うん?」
「少し早いですが、今年もよろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそ、よろしく頼む
今年といわず、ずっと、死ぬまで」
二人で手をつなぎ、一緒に聖堂の階段を下りていく。
この先、何があるのかは神でさえも分からない。
この世界はモンスターが跋扈していて、訳の分からない邪教徒なんてモノもいる。
死は日本に比べて、ずっとずっと近くにある。
自分のチートは微妙なもので、決して先の未来を保障してくれるようなものではない。
そんな中で、自分にできることは本当に少ない。
自分に出来ることは、ただ精一杯、気合と根性で頑張ることだけだ。
だから、これからも頑張ろう。
この手を離すことがないように、聖騎士『ソージ』として、この世界で皆と一緒に。
この小説のテーマは、
『たかが一般人が、チートを持った程度では英雄にはなれないし、
頑張ったところで救えるのは数人程度だけれど、
それでも、頑張ればその数人を救うことは出来るのだ』です。
逆を言えば、頑張らないとその数人さえ救うことは出来ません。
ソージのチートは微妙なもので、ソージの人格もまた微妙です。
彼はとても英雄と呼べるような、上等な人間ではありません。
それでも、彼が頑張ったことには間違いはないし、そんな彼だからこそ救えた者は確かにいた。
なので、だいたい書きたいことは書けたかな。
以上、
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。




