98話 光届かぬ場所2(エル視点)
『AM8:30 アウイン地下 南部地区下水道』
「……だから言ったのに」
目の前には、行く手を阻む壁。平たく言えば行き止まりだ。
「う、うるさいわね! 悪かったわよ、謝るわよ!」
「ううん、別にいいよ。でも、分かったでしょ?
ここでは、まっすぐに進んでもたどり着けないって」
時間は数分ほど巻き戻る。
3人の冒険者の案内をしていると、左右の分かれ道が現れた。
この地下水道は、増改築によって入り組んだ構造になっているため、このような分かれ道は良くあるのだ。
戦士の少年が魔力探知のペンダントを取り出すと、それは右側の道を指し示す。
しかし、その先は行き止まりだ。
だから私はそう言ったのに、魔術師の少女は右に行くと主張し、その結果がこれである。
格闘家の少女が頭を下げる。
「ごめんね。彼女は疑り深くて。
気を悪くしないで、また、案内してくれる?」
「いいよ。お姉ちゃん、付いて来て」
私は彼らを騙す気は満々だが、しかし、それは今じゃない。
まずは彼らの信用を得ることが大切だ。
その点では、むしろ魔術師の少女に感謝したい。
なぜなら1度こちらの指示を無視して失敗した以上、2度目の指摘はしづらい。
結果として、彼女の行動は敵である私の信用を高めただけなのである。
再び暗い道を歩いていく。
「足元、トラバサミがあるから気をつけて。
あ、解除はしないでね。触ると音がなるから」
3人の冒険者はトラバサミを踏まないように、慎重に移動する。
「おっと……君は暗闇でも目が見えるのかい?」
「まあね。私はワーウルフだし……ここでの生活も長いし……」
「その……答えにくいならいいけどさ……何時からここで生活を?」
「……物心ついたときぐらいかな。
昔は……お父さんがいて、普通に暮らしてたんだけど……お父さんが死んじゃって……。
他に頼る人もいなかったし……気がついたらここにいた。
その後は、他の似たような子供に……ここでの生き方を教わって……それからずっとこんな暮らし。
……もう慣れたよ」
ぽつり、ぽつりと出来るだけ、悲しそうに話す。
これは、ただ嘘をでっち上げている訳ではない。
これまでの雰囲気から、少なくとも戦士の少年は善良な良い子のように思われた。
だから、これは布石だ。
彼が同情しそうな、いかにも可哀想な女の子。
それが、ここまで辛い胸の内を話す。
善良な人間は、これで私を見捨てることに抵抗を持つ。
私のことを疑おうと思わなくなる。
「そっか……ごめん。辛いことを聞いた」
勝手に私に罪悪感を持つ。
「ううん、いいよ。気にしないで、お兄ちゃん」
その内心は表情に出さず、ただ不幸な少女として対応する。
そろそろ、頃合だろう。
「ところで……お兄ちゃん達はどうなの?
私はこうやって冒険者さん達の案内をしてるけど、ここに来るほとんどが初心者さんって感じ。
でも、お兄さんたちは違うでしょ。
あ、話せないならいーよ。こういうことを聞かないのを暗黙のりょーかいって言うんでしょ?」
まるで小さい子供が知ったばかりの知識を自慢するように言う。
その私の姿に、彼らは苦笑する。
しかし、戦士の少年の目には、暗い光が灯る。
彼は、口に出すべきか悩むように考えてから、口を開く。
「……君は死んだ父親に会いたいと思ったことはないか?」
「ちょっと!」
「……」
魔術師の少女がその言葉に口を挟もうとしたが、格闘家の少女が首を振る。
彼に語らせてあげるべきだと、そう言っている様だった。
どうやら彼らの中の重要なことを話してくれるらしい。
その内心は隠し、懇願するような震える声で答える。
「……それは当たり前だよ。
お父さんのことは小さかったからよく覚えてないけど……それでも私の頭を撫でてくれた大きな手は覚えてる。
……もう1度、会いたいな……会いたいよ……お父さん……」
戦士の少年は、私の頭をお父様がそうしてくれたように撫でる。
まったく反吐が出そうだ。
そんな私の内心とは関係なく、少年は語りだす。
「僕たちは……そんなにすごい冒険者じゃないんだ。
僕達はもともと4人のパーティーでさ……
始めての冒険で……仲間の……神官を死なせてしまったんだ」
それは、心を搾り出すような告白だった。
「当時の僕達は未熟だった……ゴブリン退治だと、最弱のモンスターだと……油断した……
その子は優しい子でさ……ゴブリンの集団に囲まれて、追い詰められた僕達を救うために……
敵の気を引くために……おとりになって……」
その後の言葉は続かなかった。
優しい子ということは、女の子か。
ああ、うん、なるほどね。
ゴブリンなり、オークなりに捕まった女性の冒険者の末路は悲惨だ。
奴らはとりあえず、穴に突っ込めれば何でも良いらしい。
だから、突っ込む。何度も何度も。死ぬまで、死んだあとも。
「……僕がもっと……しっかりしていれば……」
戦士の少年は、悔しさを声に滲ませる。
その少年を慰めるように、魔術師の少女と格闘家の少女が声をかける。
「……あなただけのせいじゃないわよ。
私だって、あの時は錯乱して、まともに魔法が使えなかった」
「私だって、力が足りなかった。
だから、これは私たち皆の責任でしょ。自分一人で抱え込まないで」
「……私は……その子のことは知らないけど……お兄ちゃんを恨んだりはしてないと、思う……」
あれよね……自分に関係ない人の話ってどうでもよいわよね……
戦士の少年は、迷いを振り払うように前を向く。
「うん……ありがとう。
それでさ、とある賢者……この仕事の依頼主だけど、彼はすごいんだ!
『蘇生の魔法』が使えるんだ。それで、この仕事を成功させたら生き返らせてくれるって!」
蘇生の魔法……『リザレクション』。
やはり、彼らの依頼主は、邪教徒『邪竜使いのエミール』か。
しかし、参ったね。
せっかくいい雰囲気になったのに、一般の人間は普通、死者の蘇生なんて言われても信じない。
少し恐れを含んだ声で、少年に質問する。
「……それって……もしかして、アンデッド?
だ、だめだよお兄ちゃん……この地下水道でも捨てられた死体が、ゾンビになって襲ってきたことがあるもん!」
「いいや、違う!!
あ……ごめん。でも、あれは死霊術なんかじゃない!本物の奇跡だったんだ!!
間違いない、ちゃんとこの目で見て確かめた。
あれは、死者を蘇らせる聖なる魔法『リザレクション』だった!!」
「そう、なんだ……疑ってごめんなさい!」
そう言って、深く頭を下げる。
これでリザレクションが実在して、使用可能であることが分かった。
そして、なるほど邪教徒の手も分かってきた。
死霊術ではなくて、聖なる魔法であるならば、悪い印象は払拭される。
実際、善良そうな彼らも喜んで手を貸すというものだ。
ここは、もう少し突っ込んでみよう。
「だったらさ、私のお父さんも甦らせてよ。
ね、いいでしょ!
私もお兄ちゃん達のお手伝いをするから、もしお金が必要なら頑張ってためるから!
ね、お願い!!」
「うん、いいよ。君のおかげで僕達も仕事がうまく行きそうだからね。
彼には、僕からも頼んでみるよ」
「わぁ、やったー!!
ありがとうお兄ちゃん!!」
そうやって、嬉しそうにはしゃいで見せる。
彼の仲間の少女達も、やれやれと困った顔をしたが反対はしなかった。
そうそう、それでいいのよ。それで。これで私達はお友達。
その後、迷路のような地下水道を罠を回避しつつ進んでいく。
そして……
「ん……ここからはブラックファング……怖いお兄さん達の縄張り。気をつけて」
「分かった」
私の言葉に、戦士の少年は頷き、気を引き締める。
「この先の通路は、今までと違ってまっすぐで……その突き当たりを右に行けば……
たぶん、魔方陣がある部屋に辿り着くと思う」
私の言葉を確かめるように、少年はペンダントを掲げる。
それの指し示す方向は、私の言葉と一致した。
ただし、それは間違いではないが、正解でもない。
彼らの目指す魔方陣は、まだまだ遠い。
しかし、ペンダントの癖はだいたい理解したので、誤魔化すのはたやすい。
「私は……足手まといだから、ここで待ってるね。
なるべく早く迎えにきてね。お兄ちゃんだけじゃ、ここから出られないんだから」
「うん、わかった。必ず迎えにくるよ。
二人とも急ごう!!」
「ブラックファングのお兄さん達がきたら大声で知らせるね。
ここからは一本道だから、気をつけて」
3人は頷くと、私を一人残し、慎重にしかし迅速に道を進んでいく。
さて、茶番は終わりだ。
毒液が入った瓶の栓を抜き、中身を布に染み込ませる。
さらに手持ちのナイフ3本を瓶にいれて、毒を塗り込む。
これで準備完了だ。
――『気配遮断』、レンジャーの基礎スキル。
気配を立ち、後ろから忍び寄る。
暗闇に紛れながら、彼らの様子を探る。
彼らの隊列は戦士、格闘家、魔術師の順番だ。
こちらの狙い通り、後ろの警戒が疎かだ。
でも、これは彼らのせいではない。
私が『ここは一本道』で、『私が後ろを見張っている』と、そう彼らに思い込ませた。
実際、後ろが安全だと分かっているならこれが最善だ。
同時に、後ろから忍び寄る私にとっても、これはありがたい。
魔法は呪文の詠唱が必要だが、戦況を一変する力を秘めている。
故に、まず彼らの中で始末しておきたいのは、魔術師だ。
気配遮断で音もなく近づき、魔術師の少女の口を、毒を浸した布で塞ぐ。
「!!」
声は出させない。音も出させない。
完璧に決まれば、3秒程度で意識をなくす。
3……2……1。
少女の身体から力が抜け、同時にライトの魔法が切れた。
「っ!!」
ここからは、急がねば。
意識を失った少女の体を蹴り飛ばし、格闘家の少女にぶつける。
彼女は、蹴り飛ばされた少女の体を受け止めるが、その瞬間を見逃さない。
暗闇に紛れ、音もなく彼女の背後に回り込み、飛び掛る。
彼女の身体に飛びつくと、自身の手足を絡ませ、彼女の関節を固定する。
「くっ!」
彼女は格闘の心得がある。
ならば、ただ口を塞いだだけでは引き剥がされるのがオチだ。
関節技で動きを封じた彼女の口に、毒薬に浸した布をあてがう。
「んん!!」
少女は抵抗するが、綺麗に決まった関節技はそう簡単に外れない。
意識を失うまであと、3……2……
しかし、その瞬間、背後から殺気。
格闘家の少女を盾にして振り返る。
ちょうどその時、戦士の少年が腰に吊るしたカンテラが私の顔を照らす。
「君は……」
瞬間、少年に動揺が走る。
――甘い!!
その瞬間を逃さず、ナイフを3本投擲する。
1本は牽制。
もう1本はカンテラを破壊。
最後、少年の顔を狙ったナイフはギリギリで回避され、彼の顔に浅く傷をつけただけだった。
甘いが……やはり強い。
でも、これで最低限の役割は果たした。
カンテラが破壊されたことで、地下水道は完全な暗闇に閉ざされる。
「にげ……て……」
格闘家の少女が意識を手放したことを確認すると、暗闇に紛れるように二人の少女の身体を盾にしつつ、ゆっくりと後ろに下がる。
「君は、なんで!!」
少年は剣を構えながら、暗闇の中の私に向けて問いただす。
その声には、まだ戸惑いがあるように思えるが、
だからと言って、正面から飛び掛ればこちらが斬られかねない。
故に、安全圏まで後退すると、彼の疑問に答える。
問答はこちらも望むところ。
「何でって、言ったでしょ。お兄ちゃん!!
ここはブラックファングの縄張りだって!!
ああ……ごめんね。
私がブラックファングの一員だって、言ってなかったね!!」
あえて、おどける様に、挑発するように笑う。
「だ、騙したのか!!」
「そうだよ。お兄ちゃん!! そんなことにも気づかなかったのお兄ちゃん!!
ねぇ!!ブラックファングをやっつけるって言ったよね!!
ほらほら、ここにブラックファングの団員がいるよ!!
どうしたの?ねぇ、殺さないの? 殺してみなさいよ、お兄ちゃん!!」
「っ!!」
感情を揺さぶるように、挑発する。
もっと、もっと怒らせろ。
怒りは判断を狂わせる。
私にとって、一番まずいのは彼に冷静に対処されることなのだから。
「騙していたのか!!
僕達に話したことは全部、嘘だったのか!!
き、君は最低の人間だ!!」
「黙ろうね。お兄ちゃん。
そんなんだから、仲間の神官さんが死んじゃったんだよ?
うん? お兄ちゃんのせいじゃない?
お前のせいだよ。バーカ!!
お前が殺したんだよ、お前が!!!!」
私の言葉に少年の顔が歪んでいく。
それは、怒りか、悲しみか。
いずれにせよ。私の言葉は彼の心の深いところを抉ったようだ。
言葉は凶器、手を出さず、口先だけで殺せるなら安いもの。
「くっ……ああ、そうだ。
全部、僕の責任だ。
だからこそ、僕はこの仕事を完遂させて彼女を蘇らせる!!
君が邪魔をするというのなら、例え、きみで……も……あ……れ……」
戦士の少年の身体がぐらりと揺れる。
必死にこらえようとしたが、それも適わず地に倒れた。
「はぁ……ようやく毒が回ったか……なんて頑丈なんでしょう……」
投げたナイフは毒入り。
傷口からでも体内に毒は入るが、効果が出るのは遅くなる。
その間に、彼が冷静に『毒消し』等で毒の対処をしていたら、私が危なかった。
倒れた彼らにもう一度、入念に毒薬を嗅がせると、手足の腱を切る。
一般市民なら縄で縛れば十分だけど、熟練の冒険者は例え鎖で縛っても、引きちぎって抜け出してくる。
「ふぅ……疲れた……」
ここまでやって、ようやく一安心。
倒れた冒険者の頭を蹴りつける。
「ま、貴方達に使った毒薬は、ただの麻酔薬だから安心なさい。
まだ死なないわ。いえ、死なせないと言った方が正しいかな。
貴方達が次に目覚めるのは、教会の地下にある拷問所かしらね?」
今回生け捕りにしたのには訳がある。
敵の大将である邪教徒は生きているだけで、何をしてくるか分からない危険人物であるため、
捕らえるなんて事はしない。即座に殺す。
でも、それだけでは情報が取れないし、何より一般市民の気が晴れない。
今回の戦いではご主人様の想定通りに事が進んだとしても、必ず死者は出てしまうでしょう。
その被害者に対して、どこか遠くで邪教徒は倒されました、では彼らの気がすまない。
分かりやすい見せしめが必要なのだ。
『あんまりやりすぎると、フランス革命みたいになって収拾がつかなくなるけど、邪教徒の協力者だし……ま、いいか。
でも無理はするなよ。生け捕りは出来ればでいいからな』
と、ご主人様は仰っていた。
ご主人様はたまによく分からないことをいうが、だいたい正しい。
だから、突っ込まないでおくのが優しさなのだ。
「あ! そうそう、お兄ちゃん。
お父さんに会いたくないか、だっけ?
会いたいよ。でもね、お父様は邪教徒の手によって、身体をいじられ、誇りも傷つけられた。
私はね、これ以上、お父様の命を弄びたくはないのよ」
倒れた3人の身体を引きずっていく。
目指す先は、我らが故郷。
暗い暗い光の届かないアウインの深遠だ。
「じゃあ、そういう訳で、邪教徒は伝統的に火炙りだからね。
楽しみにしてようね。お兄ちゃん、お姉ちゃん」
という訳で、エルのターン終了。同時に序盤戦が終了。
ここまではソージ達が優勢ですね。
次からは、中盤戦。
一旦ソージ視点に戻った後、
リゼット視点、ソージ視点、レオン視点の順番で話が進みます。