97話 光届かぬ場所1(エル視点)
『AM8:00 アウイン地下 六重聖域祭壇』
アウインの地下、硬い石造りの祭壇に描かれた魔方陣は光り輝いていた。
その輝きの中央には『南部教会の爺さん』こと、ビクトル氏の遺品の鎧と剣が安置されている。
彼が残したアウイン全域を守護する聖域、『六重聖域』。
聖域とはアンデッドが進入することが出来ない、聖なる結界である。
故に、今回の邪教徒との戦いでは、この聖域が鍵になるだろう。
今、魔方陣の上には、上質な純白の修道服を身に纏った老人が、ただ黙して立つ。
その老人こそが、アウインの大司教『クリストフ』である。
彼の役目は街全体に張り巡らされた六重聖域の管理であり、
今回の戦いでは、六重聖域の出力を普段よりも2割程度上げているという。
地上では既に戦闘が開始されており、時折この地下にも振動が伝わってくる。
「ふむ……第一波は過ぎたといったところかの」
「へぇ……分かるのかい?爺」
「こうして、六重聖域に触れていればなんとなく分かる。
ま、勘のようなものだがの」
クリストフ様と会話を交わしているのは、我らがブラックファングの団長『レン』だ。
この部屋には団長の他にも、私の兄の『エン』や、その他の団員も詰めている。
さらに、聖域の管理のため教会の神官達もいる。
その神官の一人が、団長に向けて声を上げた。
「爺とは、不敬な。身の程を弁えなさい!」
その声の主は、私達と一緒に第5開拓村に赴いた聖騎士『エリック』である。
その彼をやんわりとクリストフ様は抑える。
「良い。彼らは教会の人間ではないからの。
それに今回は我々の手助けをしてくれておるのだから」
「ふん、ソージ殿の頼みだからな。
まあ、心配すんなよ爺。あんたらは俺らがきちんと守ってやるからよ」
今回の戦いでは、聖域の維持、管理を神官が担い、
神官の護衛、または侵入者の排除をブラックファングが担ている。
ちなみにアウインの地下にある六重聖域は、その名のとおり、6個の聖域の魔方陣による複合結界であるため、
ここと同じ祭壇があと5箇所にある。
それぞれの祭壇には、神官とブラックファングの団員がそれぞれ配置されている。
「うむ、頼りにしておるよ。
六重聖域とは奴とは似ても似つかないぐらい繊細なのだから」
「ははは、違いない!」
クリストフ様の言葉に、団長は笑って答える。
彼の言う『奴』とは、ビクトル氏のことだ。
大司教クリストフとビクトル氏は犬猿の仲だと誰もが思っていたが、
実は友人だったというのだから、人の仲とは不思議なものだと思う。
「繰り返しになるが、この六重聖域はどこか1つの祭壇が壊されただけで、脆くも崩れ去ってしまう。
重々承知しておいてくれ」
「ああ、任せな。
こちらもこの日のために、準備してきたからな」
ブラックファングは今日のために地下水道内に罠をしかけ、さらに幾つかの道を封鎖している。
素人が迂闊に下水道に潜れば、生きては帰れないだろう。
――その時、かすかな音を私の耳は捕らえた。
「!!」
「おっと、噂をすれば、だ」
団長は先程までの雑談を切り上げると、人差し指を唇に当てる。
ブラックファングの団員達も、口を閉ざす。
「……侵入者かの?」
「ああ、あらかじめ東西南北の主要な出入り口に、鳴子を仕掛けておいた。
……この音だと、南と東か」
地下水道は複雑に入り組んでおり、ただ鳴子を設置しただけでは音が反響して、どこが鳴ったのか分からない。
そこで鳴子の材質を場所によって変えておくことで、位置を特定するのだ。
さらに、リーダーは地面に伏せると、直接地面に耳を当てる。
「……ふーむ。
東からは重低音、これがソージ殿の言っていたゴーレムか?
で、南は普通の足音、人間のものだな」
「ご主人様の想定通り、ですね」
「だな。おーし!!お前ら戦闘用意!!
人間相手にはいつも通り、ゴーレム相手にアレを忘れるなよ!!」
『おう!!』
アレとは、無機物であるゴーレム用に、ご主人様が用意した『スレッジハンマー』だ。
長い柄の先端に大型の金属塊を取り付けた其れは、主に建物の解体に使われる。
それ以外に、戦闘においては硬い表皮を持つドラゴン相手に使われることもあるらしい。
つまり、硬い金属や石で出来たゴーレムにも有効であるということ。
どっこいしょ、とスレッジハンマーを担ぐブラックファングの団員達は、
まるで土方の作業員のようだ。
ちなみにゴーレムと戦うのは前衛職の団員で、私のような後衛職は人間の侵入者の対処に向かう。
「さて、俺はゴーレムの方に行くけど……
今更だが、エルはソージ殿のところに行かなくても良かったのか?」
私の兄であるエンは、スレッジハンマーをかつぎながら言う。
「ええ、良いのです。
ご主人様も言っておられました、この六重聖域が維持できるかが今回の戦いの鍵になると。
なので、私の力を活かすならば、ここが良いでしょう。
まあ、一緒に居られないのは寂しいですが……
ご主人様には私の代わりに特性のポーションや煙幕、毒消し、麻痺治し、眠気覚まし、毒薬、媚薬、麻薬……
等々渡してますので、大丈夫です」
「お、おう……
まあ、エルの方も頑張れよ。あと絶対に無理はするなよ」
「分かってますよ。お兄様も無理はしないように」
お互いの拳と拳を合わせ、兄は東に、私は南に移動を開始する。
さあ、状況開始だ。
(……すこし厄介かな。)
(だね~……どうする?)
南部地区の下水道、侵入者はすぐに見つかった。
今回の下水道では、基本的に最低2人でペアを組んで行動する。
私ともう一人の団員は、遠くから侵入者を観察していた。
侵入者は、3人の冒険者と思われる若者。年齢は16~17才ぐらいか。
この街の冒険者の顔は全て覚えているので、間違いなくこの街の者ではない。
最も今は戦時ということもあり、この街には他の街から多くの冒険者が出稼ぎに来ているが、彼らともまた違う。
冒険者というのは、良くも悪くも派手さを求めるものだ。
特に、今のアウインのような危険地帯にあえて来たがるような者は、間違いなく一発大きく当てようという人間だろう。
実際、そんな人間のために第一部隊、第二部隊では熟練の冒険者を随時募集中だ。
だからこそ、今この時に下水道に来る者なんていない。
ゴーレムと同時進入であることを考えれば、彼らは邪教徒の手先だとみて良いだろう。
私達は下水道の暗闇に身を潜め、侵入者の少年達を観察する。
こうして観察をしているのは、彼らが相応の実力者であり、迂闊に飛び出せば私達が危ういからだ。
3人の侵入者のうち、先頭に立つのは、戦士と思われるまだ顔にあどけなさが残る少年。
右手にはこの狭い地下水道内でも取り回しがしやすいショートソードを装備しており、
身体には動きやすい皮鎧を装備しており、防御にも抜かりがない。
さらに、腰にはカンテラを吊るしており、明らかにこの地下水道攻略に向けて装備を整えてきた感じがする。
その少年の後ろを警戒しながら歩くのは、三角帽子とゆったりとしたローブに身を包む魔術師の少女。
手には水晶が埋め込まれた杖を持ち、戦士の少年の後ろから油断なく周りを警戒している。
彼女の頭上にはライトの魔法による光の玉が浮かんでおり、周囲を明るく照らしていた。
最後に殿を勤めているのは、こちらも身体の急所を守るように皮鎧を装備した少女。
こちらは武器を持っていない代わりに、手には金属で出来た篭手を装備している。
おそらく徒手空拳で戦う格闘家だ。
こちらの団長も、『狼牙』が不在の間はもっぱら格闘で戦っていたが、
あれは相応の力と技があれば、武器持ちと引けを取らない脅威である。
言ってみれば、全身が凶器のようなものだから。
格闘家の少女も、相応の技術を持っているのだろう。
無駄のない身のこなし、足音のしない歩行。
そのあり方は、私達のような暗殺者に近い。
彼らは前衛職で後衛職を守り、光源も2種類用意している。
これでは、前後から奇襲をかけたとしても、対応される可能性が高い。
まだ、私とそう年齢の変わらない少年少女であるが、冒険者としては少なくとも中級の域にはあるのだろう。
その歳でここまでに至るとなると、恐らく痛い目を見て成長したのだろう。
例えば……そう、仲間の死とか……などと敵の素性を推理しておく。
敵の利害、目的、性格、好き嫌いを把握することは重要だ。
なぜなら、私達は暗殺者。いかに相手の虚を突くか、それが肝心だ。
仲間に後退の合図を出すと、私達は音もなく後ろに下がる。
さて、どうするか。
私達2人で無理なら、おとなしく応援を呼ぶのも1つの手である。
私達にとって仲間を頼ることは恥じゃない。
だけど、今はここ以外にも襲撃を受けている。
そして、私達はここを任された。
であるならば、出来る限り私達で対処したい。
しかし、相手も相応の実力者となると、なかなか難しい。
せめて光源がなければ、幾らでもやりようもあるのだが……
まあ、そこは敵がうまいということ。
ふむ……正面からは厳しいならば、やっぱりこれかな。
その場で、鎧も服も靴も脱ぎ、その状態で下水道の腐った土を身体に塗りたくる。
バックパックからボロ布を取り出し頭からかぶると、顔にも泥を塗る。
この間、ざっと30秒。
あっという間に物乞いの少女の出来上がりだ。
必要な装備は、ナイフと毒薬があればいい。
それ以外の装備は仲間に預かって貰う。
「……もし私がしくじったら、団長に連絡。頼んだよ」
「……分かった。危なくなったら、ちゃんと逃げてね」
「うん、大丈夫。行ってくる」
さあ、行こう。
私達はブラックファング、この街の闇そのもの。
ここは私達の縄張りで、彼らは私達の縄張りを荒らす侵入者。
私達に喧嘩を売るということがどいういうことか、分からせてやる。
「やあ、お兄ちゃんたち、冒険者さんでしょ?
お仕事でしょ? 大ゴキブリ退治、それとも、おおねずみ?」
暗がりから平然と歩いていき、声をかける。
「っ!!
なんだ。女の子か驚いた」
彼らは一瞬で警戒態勢に移ったが、ただの少女だと分かると警戒を緩める。
「私達は今忙しいの、どっかに行きなさい」
魔術師の少女は、しっ、しっ、と鬱陶しそうに手を振る。
だが、そんなことは関係ないと、ずうずうしく話を続ける。
「だから、お仕事なんでしょ?
この地下水道は、素人さんだと道に迷っちゃうよ?
お兄ちゃんは、ゴキブリやねずみの巣がどこにあるかも知らないでしょ?
それに、ここはブラックファングっていう、怖いお兄さん達の縄張りなんだから、何も知らずに歩き回ると危ないよ?
だから、銀貨3枚。それでわたしが案内してあげる」
「だから……私達は忙しいって言ってるの!」
魔術師の少女は殺気をこめて怒鳴る。
脅しなのか、彼女の杖が僅かに赤く光る。
「ひぃ!!
ごめんなさい。わ、わたしが悪かったから!!
あやまるから、酷いことしないで!!」
その脅しに、目に涙をため、頭を抱えてうずくまる。
「こら!!女の子が怖がってるじゃないか!!
えっと、僕達がここに来たのはゴキブリ退治でも、鼠退治でもないんだ。
……実は探し物をしていてね」
「ちょっと、私達の目的を喋っちゃだめでしょ!!」
「ひぅ!!」
さらに怒鳴る魔術師の少女に、格闘家の少女が割って入る。
「こらこら、だから脅かさない。脅かさない。
私はいいと思うわ。あなたも言ってたじゃない。
この地下水道はダンジョンみたいだって。
実際、ここまで来るのに罠が幾つかあったでしょ?
ねぇ……お嬢ちゃんは、この地下水道には詳しいの?」
「……ここが私の家みたいなものだもん。
だから……だいたいの場所は分かるよ」
「お嬢ちゃん、この地下のどこかに魔方陣があるんだけど、場所は知ってる?
僕達も『これ』を頼りに探しているんだけど、なかなか辿り着かなくて」
そう言って、戦士の少年がペンダントを取り出す。
そのペンダントは、六重聖域の方を指し示すように、宙に浮いていた。
なるほど、魔力探知のアイテムか。
しかし、ここは真っ直ぐ進めば目的地に辿り着けるような場所ではない。
元々入り組んだ構造だというのもあるが、私達が今回の戦いに備えて、最短距離の道は封鎖したのだから。
「たぶん……わたしは見たことないけど……
ブラックファングのお兄さん達が守っているって、聞いたことがある」
「そっか、悪いけど案内してくれないか?」
そう言うと、戦士の少年は6枚の銀貨を私に渡す。
「いいの?酷いことしない?」
「大丈夫そんなことしないって……そのブラックファングっていう人達も、僕達がやっつけてあげるから」
へぇ……そう……
「うん、分かった。任せて!」
にこりと笑って、銀貨を受け取る。
先程まで、怒っていた魔術師の少女も、やれやれ仕方ないと受け入れようだ。
第1段階、クリア。
彼らの中に潜り込むことは出来たようだ。
「じゃあ、追いて来て!」
そう言って、3人を引き連れ、下水道の暗闇に向かって歩き出す。
彼らはうまく現地協力者を引き入れたと思っているようだが、甘い。
私が案内するのは、輝かしい魔方陣ではなく、私と同じ光届かぬ場所なのだから……
一話に収めるつもりだったけど、長くなったのでここまで。
まあ――その後、彼らの姿を見たものはいない――で、すませてしまっても良い気もしますが。




