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もしも世界が***  作者: 吉尾京
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記憶、あるよ-天使#3-

天使#3、黒木弘太(くろきこうた)

 前回の終盤、俺は記憶の絡まりを見つけた。

 俺達の記憶は世界のシステムデータと共にクラウドに保存されている。

 そこと、俺達のアバターを繋ぐ部分が滅茶苦茶に壊れていたのだ。

 俺はそっち方面に詳しくないから、功貴に頼んでなんとかしてもらったけれど、それでも完璧にはならなかった。

 ループして現在。俺はループ前のことを覚えていた。

 この記憶をなくさないようにするためには管理者権限からシステムデータに手を加える必要がある。

 でも俺はまだ運営のジョブを手に入れていなかった。

 だからちょっとした賭けに出て、それからトントン拍子にことが進み、無事に彩弥香(あやか)と夫婦であることを証明できた。

 彩弥香(あやか)は照れ屋だから、思い出してもラブラブにはなってくれない。

 でも、何かが変わったと思う。

 夫婦用の寝室でちゃんと寝てくれるし、気分が優れない時以外は割とこっちの欲望にも応えてくれる。

「あーやか。おはよ」

 顔中にキスの雨を降らせると、彩弥香(あやか)はくすぐったそうに身をよじった。

 彩弥香(あやか)は普段化粧が濃いから、すっぴんを見られるのは俺だけだと思うと仄暗い喜びに心が震える。

 ループの数だけ、思いは重くなった。

 有り体に言えば、ヤンデレになったんだと思う。

 人の死も痛みも不幸や悲しみも全てしつこく経験させられたからか、生身の頃のような爽やかさと優しさとは無縁になってしまった。

 彩弥香(あやか)もきっと、そうなっている。……全て覚えていれば、だけどね。

「んっ……もう、朝から激しいのよ」

「いーや、これくらい普通だって。旭斗(あさと)なんかもっと酷いよ」

「アレと比べんじゃないわよ。アレは蛇だから仕方ないの」

 俺には彩弥香(あやか)しかいない。他の女には興味がない。

 それは結婚したからじゃなくて、本当に心から大切だから。

 愛しているとか、恋しているとか、好きとか、そんなんじゃ言い表せないぐらい、特別な存在なんだ。

 彩弥香(あやか)がいるから俺は生きていられるし、何度も彩弥香(あやか)に命を救われた。

 だから今度は俺が彩弥香(あやか)を命懸けで守ると心に決めた。

 この、雷の最上級、トパーズに誓って。


 俺と彩弥香(あやか)のリングには、裏に小さく雷と天使の羽のモチーフが彫られている。

 トップで握手をするように交わった銀細工には、丁寧に小さな宝石が埋め込まれていて、握手の中心に瞳のような形で大きなトパーズがはめ込まれていた。

 相変わらずのデザイン力に、相変わらずの技術力だ。

 ゲームプログラマーなんてやめてこっちで食っていってもよかっただろう。

 思い返せば俺が生身の頃にいた会社ってのは猛者の集まりだったんだな。

 天才の彰人(あきひと)を筆頭に、他も別の次元で天才だった。

 そうでなくとも、やらせれば大抵なんでもできた。

 恥ずかしながら、勿論俺もそのうちのひとりになる。

 このゲームを作ることになった時、俺達の会社に白羽の矢が立ったのは、そういった理由からなんだろうな。前例のないことを平気でやってのけそうな力がある。世界からそう思われるほどに、力の強い会社だった。中小企業の枠を出なかったのは社員がほぼ俺達だけだったから。彰人(あきひと)がその体質上あまり多くの人を雇いたがらなかったからだ。

 俺達みたいに偏見なく彰人(あきひと)に接してくれる人間は貴重らしい。俺は普通に接しているつもりだったけれど、本人には嬉しいことだったんだろうな。


「おはよう。彩弥香(あやか)ちゃんはまだお化粧中かな?」

「おう。だから朝ご飯はもう少し待っててやって」

 ここは異世界転生じゃなくちゃんとゲームの世界だから、ボタンひとつで好きな料理が出てくる。

 勿論、それは恵まれた人達だけで、底辺みたいな生活をしている人達は自分で調達しなければいけないけど。

 まあそういうサバイバル要素のあるゲームがやりたかった人はわざとそうしているから、一概にそれが悪いとは言えない。

 彩弥香(あやか)もシューティングゲームをやっていたから、食料は自分で集めた材料で料理を作るものだった。

 俺は勝手に出てくる方を選んだ。基本スタミナ回復ドリンクばっかりだけど。

 だからこういったちゃんとした食卓は本当に久しぶりだ。

 ……しかもみんなで囲むなんて。

 俺達は仕事仲間で、家族だ。

 本当の家族がいなくったって、仕事仲間とそれ以上の関係を築ければそれでいい。

 それは彰人(あきひと)が常に言っていたことだ。

 ***だった俺はずっとその意見に賛成していた。

 多分、これからもずっとそうだ。


「アンタはさ、どう思う訳?」

「……何を?」

 朝食後、俺は彩弥香(あやか)とふたりで運営の仕事をしていた。

 運営の仕事、といっても普通のデスクワークと変わらないものだけど。

「この世界よ。彰人(あきひと)は何を思って“こんなこと”をしたのか。気にならない?」

 彩弥香(あやか)の問いに俺は瞑目した。

 あいつには……色々あったんだ。そう、“色々”。

「それよりも早く他の仲間を見つけなきゃな。ここでうだうだ考えてても仕方ない」

 そうだ。世界大会の後半で、彼らは順調に勝ち進んでいるのだ。

 それを捕まえて記憶を戻させる。それが全て終わった後に、彰人(あきひと)のことを考えればいい。

「……そう、ね。とりあえず仲間を集める。それが先よね」

 俺達は仲間だ。それもただの仕事仲間なんかじゃない。

 同じ過去を持ち、似たような境遇で生きてきた、家族のような仲間だ。

 自分勝手なセカイに失望して、復讐を望む。

 出来損ないの天才。

 本当の家族を求め、さまよう亡者。


 この世界は現実と違って理想しかない。

 永遠の命。美しい外見。非現実的な能力。都合のいい仲間と異性。あふれる資産に無尽蔵のサービス。疲れ知らず、病気知らずの身体。

 これが偽りだと思わずにすごせば、これほど楽しいことはない。

 人々は皆自由に生き、自由に発言し、しかし耳に心地いい言葉しか聞こえない。

 それは楽しくて、そして悲しいことだと思う。

 頭の悪い俺には難しいことなんかわからないけれど、それでもこの地獄のような天国から抜け出したいと思っていた。


 彩弥香(あやか)は俺との会話をやめて仕事に集中した。

 彩弥香(あやか)の関心が俺からそれて少し寂しくなる。

 あーあ、つまんないなあ。俺ってそんなに仕事が好きじゃないんだけど。

 ひたすら間違いを見つけては書き換える。そんな地道な作業をずっとやっていると気が滅入るのだ。特に俺みたいなずっと身体を動かしていたい人間は特に。

 それでも他のメンバーがまだそろっていないから、俺が代わりにやるしかない。

 彰人(あきひと)はいったいどうしてこんなに手間取っているのだろう。

 あの世紀の大天才がたかが仲間探しにこんなにてこずるはずがない。

 もしそんな男だったなら、こんな立派なゲームを作っていないだろう。


 ――もしかしたら、ここの彰人(あきひと)彰人(あきひと)じゃないのかもしれない。

 なんてな。そんな訳ないか。

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