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もしも世界が***  作者: 吉尾京
間違ったチートの使い方
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誰かの記憶-???-

いつかのどこかの誰かの記憶。

「こら、兄貴。腕を床に置きっぱなしにするな。危うく踏んずけてすっ転ぶとこだったぞ」

「ごめんごめん。ちょっと急いでた」

 社長は身体的な理由から、会社と居住スペースを一体化させている。

 普段は彼の義弟が彼のお世話をするのだが、今日は特別な日だった。

「ああ、ごめんなさい。私がバタバタしてて……」

「――なるほどな。ゆうべはお楽しみで」

 社長の義弟――Cが首筋をつついてにやけた。

 慌てて首筋を押さえると「ハッタリだ」と笑われた。

「でも、気ぃつけろよ。どうせ肩とかに歯型なんかがついてんだろ?」

「つ、ついてないってば! もう、C! からかわないで!」

 社長と暮らして長いからか、Cは社長のことをよく知っている。

 彼が医者になったのも社長のためだというし、どうにかすれば恋人の私よりもツーカーの仲かもしれない。


 中小企業とはいえ、単価が高いものを作っているうちの会社は、一応土日祝休みだ。

 よっぽど大きなエラーが発生しない限りそれが覆されることはなく、こうして私は週末をここですごす。

 ……まあ、オフィスとの距離はドア一枚なので、もし何か緊急の仕事があったら家に帰るより早いのだけれど。

 べ、別に社長と一晩中アレコレしたい訳じゃなくて、社長は義手と義足を外したら色々面倒だから助けてあげるのだ。

 社長は男性の象徴も失っているから、アレコレもほとんどできないのだけれど。……ふ、不満はない。断じて! 


「C~、あんまりAちゃんからかっちゃ駄目だよ。生娘なんだから」

「き、生娘って! 私は浮気とかしないタイプで、社長が初めて付き合った人だからその……ゴニョゴニョなだけで!」

 社長はまだ義足をつけていなかったらしく、ブレイクダンスのように器用に左手で“歩いて”きた。

「Aちゃん、その社長って呼び方やめてっていつも言ってるよね。僕この肩書き嫌いなの。ほら、僕のこと、名前で呼んでよハニー」

「う、そ、それは……つい癖で。ごめん、B。それと、今日は義足こっちでいい?」

 私が機械の義足を持ってくると、社長……Bはありがとうと屈託なく笑った。

「朝からあてられたな。歯ぁ磨いてくる」

 私がBの笑顔に見とれていると、Cは呆れて出ていってしまった。

 家から追い出してしまって、悪いことをしたなぁ。


 Bはなぜ身体の大部分を失ってしまったのか、語らない。ただ、生まれつきではない、失った時のことは思い出したくないとだけ教えられた。

 Cはそのきっかけになったらしくて、時々丸い肩を見ては泣き崩れている。

 私はそんな時、何もできないのが歯がゆい。

 ぽっと出の女が知ったふうな口をきけないと、思わず逃げてしまうのだ。


「Aちゃん僕の腕取って」

 Bは機械の義手と義足を自分の手足のように器用に動かす。

 唯一残った左腕も薬指だけが根本からなくなっていて、いつも“結婚指輪がつけられないね”と軽口をたたいていた。


 腕がなくても脚がなくても、耳が聞こえなくても目が見えなくても、元からそうなっている人達は実は生きていくのにそんなに困っていない。

 ただ、それらが満足にあるのが当たり前だと思っている人達の思い込みが障害になる。

 障害というのはその人の身体にあるものではなく、周囲にあるものなのだ。

 それを知らない人が多いから、理解している私は特別なんだと彼が教えてくれた。

 平凡で地味な私に、天才でハンサムで社長である彼が執着する理由は、多分ここにあるんだろうな。


 Bは今まで色んな偏見と戦ってきた。

 見た目はまあ……どちらかと言えばハーフイケメン細マッチョだけれど、そこにびっしり傷跡がついていたら、手足がなかったら、みんなそういう目で見る。

 怖いとか、気持ち悪いとか、近寄りたくないとか、とにかくマイナスイメージしか持たないのだ。

 Bはどんな妨害も色眼鏡も、努力と頭脳と才能でぶち壊してきた。

 今ではゲーム業界だけでなく、様々な分野から注目されている、超弩級の大天才だ。

 七歳でアメリカの某大学に入学。それから世界中の名のある大学を転々として、中学からは中高一貫の名門男子校で寮生活。在学中に起業して今では業界ナンバーワンのインターネットゲーム開発者だ。

 七歳で大学に呼ばれたのも、それまでは家庭の都合で家の外に出られなかったからで、虐待から救う形で大学が身柄を引き取ったらしいし。

 ……改めて私は平坦な人生を送ってきたのだなと思う。

 それが幸せなのかそうでないのかはわからないけれど、少なくとも彼の全てを知らないまま私が彼を不幸だと思い込むのは、懸命に生きた彼に失礼な気がする。

 だから私は彼を不幸な人だと思わずに接しているのだ。

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