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もしも世界が***  作者: 吉尾京
間違ったチートの使い方
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世界を知る-天使#0-

天使#0、井上旭斗(いのうえあさと)

『新着ニュースです。本日正午から、ポイントアップイベントが開催されます。この機会に善行を重ねて、来世でハイレアアバターゲットのチャンス! なお注意事項は――』

「ねぇ、あの噂って本当かなぁ」

「ああ、毎回ランキング上位者は運営のサクラってやつ?」

「でもそれって何世紀も前から言われてたんでしょ?」

「それってもう噂のレベルじゃなくね? 伝説っていうか~」

 雑踏、喧噪。

 見渡す限りの人の群れ。

 誰も注視しない広告塔。

 現世でもそうだったが、どの世界も都会というのは皆一様に不潔だ。

 地方から集まって来る様々なもので溢れ返った街に、纏まりなど欠片もない。

 それでもその沢山の情報の中から必要な情報だけを読み取って俺は言葉を発した。

「今年もこの季節が来たか……」

 目の前の男はふっとその横顔に影を見せて、すぐに笑みを戻した。

「また……どうにも出来なかったね。同じことの繰り返しだ。いくらゲーマーだって言っても、これはなかなかに堪える」

 冬の曇天は雪さえ落とさず、ただ憂鬱な気分を増幅させる。俺は薬指に鎮座する愛の結晶をそっと撫でた。

 ……この反対側にいるものに、俺はまだ会えない。

「だな。これでもう五十回目か? 数えるのも億劫だ」

 積み重なった“失敗”は数えるほどに自分の不甲斐なさを強調していく。

 もう嫌だと投げ出せたならどれ程楽だったか。

 しかし何度そう思ったところで、また“あの朝”は来る。気が狂うほど、それを教え込まれた。

「氷雨か……。どこか飯屋にでも入るか」

 ぽたりぽたりと肩を濡らす空の涙は気まぐれなプログラム。

「これも、決められた展開なのかな」

 目の前の男――兄貴がそう呟いた。

 俺は、何も答えを返せなかった。


 一番近い飲食店に入ると、前時代を思わせる内装に少し心が凪いでいく。

「……兄貴の言うことも一理あるかもな。ここに入ってよかった。そんな気がするよ」

「――そうだね。少しだけ、微妙なプログラムの歪みがある」

 兄貴が店内の一点をじっと睨んでいる。俺にも見える。微妙なズレ。

 変えようとすればどうにでもなるが、ここでやると目立つ。

「とりあえず何か頼んだほうがいいだろ。……っと、ここタブレットがねぇな」

 内装に合わせてか、注文用の端末がなかった。


「ご注文はお決まりですか?」

「……ッ!? ――えっと、ああ……じゃあこのピザランチセットのAで、ピザはクワトロフォルマッジ、ドレッシングはシーザーサラダで、ドリンクはアセロラで、デザートはティラミスで頼む」

「じゃあ僕はこのがっつりカルボナーラと、チーズケーキパフェ、それから飲み物はロイヤルミルクティーで」

「はい、かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます、ピザランチの――」

 注文を聞きに来た女の顔に、俺は急激に口内が渇いていくのを感じた。

 兄貴がポーカーフェイスを僅かに崩しているのに、俺がうろたえない訳がなかった。

「……あ……み、見つけた……沙蘭さら……やっと会えた」

 身体が喜びに震える。全身に高速で血が廻っていく。

 好きだ。大好きだ。愛してる。はるか遠くの思い出が時を超えて舞い降りる。

 初めて会った日。デートの記憶。そして――プロポーズの記憶。

 “俺がまだ俺だった頃”の、俺だけのパートナー。

「やっと見つけたんだ。次こそはどっかに行かないようにしっかり抱きしめとけ」

「……言われなくてもそうするに決まってんだろ」

 どんな手を使っても、お前だけは逃がさない。

 そうすることで、このクソみてぇな世界から出られるんだからな。


「久しぶりに外食なんてしたよ」

 俺達は立場上あまり外食というものができない。

 それに家で自分で作ったほうが美味いしな。

「ま、沙蘭さらがいたからこそ、ここで飯を食おうなんて思ったんだけどな」

 別の給仕が持って来た料理を前に、俺は髪を結った。その時に周囲をちらりと見ると、やはりうっとりとした視線が多い。

 兄貴はダークブラウンの落ち着いたショートヘアにエメラルドの瞳、地中海の香り漂う整った顔立ちだ。凛々しい眉にスッと通った鼻筋、男性らしく薄い唇は常に歪みなく弧を描き、幼さの中にも逞しさを感じる顎のラインはその男の健康状態を如実に表している。日常的に戦闘をしているためについた筋肉は、魅せるために鍛えたものとは一線を画した圧倒的な魅力を放っていた。

 俺はアルビノのロン毛で、ハイエルフのような中性的で退廃的な美人だ。俺のアバターを作った沙蘭さらの趣味はあまり悪くないと思う。

 この世界は前世の善行で手に入れたポイントで豪華なアバターを買える。

 兄貴が作ったシステムは完璧だった。

 いや、完璧なはずだった。

 どこかにあるでかいバグを早く見つけてゲームの世界から出なければ、俺と沙蘭さらの新婚生活が永遠に先のものになってしまう。なんとしてもそれは避けなければいけない。毎回ループバグに捕まって最初の朝からやり直しになるのももう嫌だ。

 俺はこの世界を出る。そのためには俺達と共にこの世界に入ったパートナー達を見つけなければいけない。


 ――体感時間で今から数千年前、端末の普及率が九割を超え、現実の生活とインターネットが切り離せないものとなった。

 どの分野もネットの重要性を深く感じ、アナログで行っていたことは全てデジタルに移行された。

 商売も政治も文化も何もかも、全てがネットの中にあった。

 情報が溢れた世界は数々の衝突と議論を生んだ。

 そんな世界に嫌気が差した人々は、次第に仮想世界にのめり込む。

 それを商売にしていた兄貴は人々の肥大化する欲望に応え、溢れんばかりの大金を稼いだ。

 そしてネットがばら撒く情報の処理に追われる政府は、そんな兄貴に目をつけた。

 “面倒で我儘で凶暴な市民共はみんな、望み通りゲームの世界に閉じ込めればいい。どうせ理想を追い求めすぎて現実に戻りたがらないのだから”

 要約すればそんな意味の指令を受けた兄貴は、世界を取り込んでも耐えられるゲームを作った。

 人々のどんな欲望も叶える理想のゲームを。

 精神を落とし込み、身体を失う闇の深いゲームを。

 兄貴は様々なジャンルでゲーム大会を開き、優勝者達をプロジェクトチームに入れた。

 簡単には作れなかったこのゲーム。長い時間を共にすごすことでチームの誰かが恋に落ちるのは避けられなかった。

 こんな世界でも俺達はそういう心を持っていたんだな。

 ……ゴホン。とにかく、プロジェクトが終わる頃、俺達は全員せーので求婚した。

 その数日後、システムの確認のためにログインしたらループバグに捕まって出られなくなったんだがな。

 しかもみんな記憶をロストしてやがるし。

 辛うじて俺と兄貴の記憶はあるんだが、他のやつらの記憶がない上にどこにいるのかもわからないんじゃ、現実への帰り方もわからない。

 やっと見つけても、何かのフラグを立てるとループバグに最初に戻される。

 仲間を見つけて喜んで、色々やってもまた最初の朝に戻る。それを五十回も繰り返せば嫌になる。

 だから慎重に行動しなければならないが、自分の婚約者に会えば嬉しくなってハメを外すのは当たり前だろう。

 ……特に俺は調子に乗るタイプだからな。


「ご注文は以上でお揃いでしょうか? では、ごゆっくりおくつろぎください」

「待った!」

 デザートと伝票を置いてすぐに去ろうとした沙蘭さらの手を、俺はつい掴んでしまった。

 ここで沙蘭さらが叫べば一瞬でブタ箱行きなのに、身体が勝手に動いてしまった。

 “下手に女に手を出したらデリート”というオーバーキルなルールを作った男が顔をしかめる。

 ああ、そうだよなぁ、お前は気分が悪いだろうな。

「あ、あの……お客様?」

 沙蘭さらが怯えた目で俺を見た。チリチリと俺の胸が痛む。愛した女に怯えられるのは堪えられたもんじゃない。

「あ……そ、その……仕事が終わってからでいいから、少し話がある」

「は、はい……」

 沙蘭さらが逃げて行った後、兄貴は俺のスネを強く蹴った。

「いっ……!?」

「その外見でああいうことをすれば沙蘭さらちゃんがどうなるか……忘れた訳じゃないよね?」

 兄貴が俺の視線を周囲に促す。

 ……確かに、嫉妬に狂った誰かからリンチになる可能性が出てきたな。

「悪かった。でも、俺の頭じゃスマートな解決策は思いつかなかったんだよ」

 自動システムさえ使えない、下級の大衆食堂。そこで奴隷のようにこき使われている沙蘭さらを、何とかして俺のそばに置きたい。そう思うのは惚れた男として当然だろう。

 運営チートで所持金やジョブをいじって金と住むところには困っていないんだ。沙蘭さらを三食昼寝付きにするぐらい造作もない。

「……運営放送で新しい仲間の誕生を報告するか。後付けのフォローでどうにかなるとは思えないけれど、やることはやらないとね」

「ああ、助かる。ありがとうな」

 兄貴は右手首の端末を操作すると、新着情報の記事を作成し始めた。

 相変わらず仕事が早い。俺も一応世間から見れば秀才の部類に入るんだが、兄貴の天才っぷりが凄すぎて霞んでしまう。

 ……医師免許って現役ストレートで取るのなかなか大変なんだけどな。それも兄貴に頼らないと無理だったけど。

 運営チート以前にそもそも中の人がリアルチートかましてるから、兄貴は無敵なんだろうな。

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