人選
目の前に置かれたお出迎え特務部隊隊員名簿がどんどん埋まっていく。
このお役目には基本的に北軍百剣全員を任命する事に決まった。 百剣はもともと大多数が貴族の子弟だし。 例外が、現在休暇を取っていて帰りが二、三日以内ではない者。 何しろ儀礼特訓が即座に始まった。 一日や二日の遅れなら取り戻せるが、それ以上の遅れは特訓にかけられる日数が限られているだけに無理、となったのだ。
百名の中でも軍対に出場が予定されている八名(補欠五人の内、二人は百剣ではない)と休暇中の六名を除いた八十六名が名簿に記載されている。 そこに実家の爵位が高い者順に名前が加えられていった。
侯爵子弟九名(マッギニス上級兵は俺の隊だからこの数に入っていない)。
伯爵子弟三十五名(俺もこの数には入っていない)。 これで合計百三十名。
ここからが問題だ。 子爵子弟はおよそ八百名。 男爵子弟となると三千名近くいる。 全員が第一駐屯地ではないし、呼び寄せている時間はないからそれでいくらか振り落とされるが、それでも約二千を越える候補者の中から七十名を選出しなければならないとなると簡単ではない。 そこでカルア将軍補佐の神技を見る事になった。 みんなの前で次々と淀みなく名前を書き連ねて行く。
「この百十六名は東、或いはフェラレーゼに何らかの縁故がある。 縁故の内容は似たり寄ったりで突出している者はいない。 この中から七十名を選ぶように」
す、すごい。 元々賢そうな人だとは思っていたけど、兵士の縁故関係まで全部頭の中に入っているなんて。 そこで自分の頭と比べたりするという愚は犯すまい。 でもトビやマッギニス上級兵と比べたらどっちが賢いだろう、とはちょっと思ってしまった。
とにかくそこまで絞られればなんとかなる。 幸い貴族の子弟には医療部隊の者が何人かいて、それらの者がまず選ばれた。
料理はどの子弟もたいがい料理の出来る従者を連れているからその者達で隊員の料理が賄える。 王女様に差し上げる料理はヘルセスが連れてきた料理人が采配する事になった。
その後は、それってどうなの、と思わないでもなかったけど、まず芸能で選ばれた。
歌える。 楽器が弾ける(簡単に持ち運べる楽器である事)。 踊れる。
そこまではまだ分かる。 王女様の無聊を道すがら慰めるという意味もあるだろう。
次に異能。
「異能って?」
余りに不思議な言葉で、つい俺が聞き返すと、トーマ大隊長が真顔でおっしゃった。
「ヒューンケートの魚釣りは名人の域に達している。 食料が万が一不足したらあいつに魚を釣って来いと言えば一気に食糧難が解決する」
東から皇都に続く道筋で食糧難を覚悟しなきゃいけないの? 北なら見渡す限り何もない荒野が広がっている所がいくらでもあるが、東に着いてしまえばわざと裏道を辿るというのでもない限り道筋にいろんな店がある。 道々貴族の邸宅で是非お立ち寄り下さいというおもてなしだってあるだろうし。 二百数十名の食料くらい、どこの町でも簡単に調達出来るはずだ。 食糧難になるとはちょっと想像出来ない。
それでも釣りはまだましと言うか、分からないでもない。 次々あげられる推薦に面食らった。
「モーガンに物真似をやらせたら右に出る者はいない」
「猫に懐かれると言えばアテーフバリだ」
「バーレオスマの冗談なら石でも笑わせられる」
「コントレアは折り紙がうまい」
「動物の鳴き声の真似ならダヒルサーンだ。 特に狼は本物そっくり」
鳴き声の真似がうまいからって、それが何? 第一、北になら狼は普通にいるが、東に狼なんていないだろ。 仮にいたとしても狼の鳴き声が一体何の役に立つ訳?
もっとも折り紙や猫となると、それ以上に役立つ場面が想像出来ないが。 物真似や冗談なら疲れた兵士を和ませる役に立つかも?
大体、こんな変な特技、どうしてみんな知っているんだ? まさか入隊申込書の「その他」の欄に記載されているとか? いくらなんでも折り紙や冗談や物真似が得意ですとか、書く奴いないだろ。
……案外、いるのかもな。 因みに俺は、弓と水泳が得意です、と書いた。 俺って自分が思うよりずっと普通の人だったみたい。 他の人と比べてみて初めて分かる真実?
まあ、そんな事はどうでもいいんだけどさ。 道中何の役にも立たなくたって持ち主にとっては役立ったと言えるよな。 変な特技があるおかげで、このお役目に選ばれたんだから。
ただ道中何があるか分からない。 それだけに選ばれた事を喜んでいいのかは最後まで分からないけど。 出発前の今は人に自慢出来るくらい、とても名誉なお役目だ。
こうして二百名の人選が終わった。




