副隊長 猛虎の話
お出迎え特務隊長としてまず副隊長を選べ、と将軍から命じられた。
「中隊長が隊長だ。 この任務に大隊長以上は参加出来ない。 副隊長は第一駐屯地配属の中隊長三十名の中から選ぶように。 この人事に関してはタケオ特務隊長の指名のみを考慮する」
俺はその場で迷わずポクソン中隊長を指名した。
次の日カルア将軍補佐の執務室へ呼ばれて出頭すると、そこには既にポクソン中隊長がいて将軍補佐から今回のお役目について説明を受けていた。
「ここに呼んだのは他でもない。 タケオ特務隊長はポクソン中隊長を特務隊副隊長に指名した。 受けるか否か、この場で答えが欲しい」
しばし考えた後でポクソン中隊長が俺に聞いてきた。
「タケオ特務隊長。 私に自分の身代わりになって死ねと言えるか?」
俺を見つめるポクソン中隊長の瞳には冗談の欠片もない。
「このお役目、何か裏がある。 何かは私の頭では分からん。 だが何かあるに決まっている。 複数の目的があるのかもしれんが、いずれにしてもその内の一つは間違いなく北の猛虎の首だ。
お前は北軍に、いや皇国に必要な剣士。 自分の首を救う事は皇国を救う事という自覚はあるか? そのためなら使えるものは何でも使う。 たとえそれが私の首だったとしても。 その覚悟がお前にあると言うのなら副隊長のお役目、謹んでお受けしよう。
しかし私の首を救うために自分の首を差し出すとかの甘い覚悟しかないのなら他の奴にしろ。 お前とは全然そりが合わん奴とかな。 そいつの首なら差し出すのに悩む事もないだろう」
だからこの人にはいつまでたっても頭があがらん。 俺の弱さを知っている。 いざという時、何を優先してしまうかを。
覚悟だと? そんなものがあるものか。
俺とポクソン中隊長は年は十一しか離れていない。 また、今では俺の方が教える立場だ。 それでも俺にとってポクソン中隊長が師とも父とも呼ぶべき人である事に変わりはない。
農家の息子は畑を耕していろ、と稽古さえさせてもらえなかった時に、なぜかは分からないがこの人の方から稽古を付けてやると寄って来た。 当時ポクソン中隊長は既に百剣でも高位にいた。 新兵の相手をしてやる義理も義務もないのに。
俺は力と速さだけなら新兵の時から誰にも負けないぐらいあったが、棒を振り回すかの如く力任せに剣を振り回していた。 それじゃ話にならない。 だから入隊したばかりの頃、俺が勝てるのは剣の稽古をした事のない奴だけで、稽古した奴が相手だとあっさり負けていた。 ポクソン中隊長は相手を打ちのめす事しか頭にない俺に剣のなんたるかを叩き込んでくれ、それから試合でも勝てるようになったんだ。
剣の試合で負け知らずとなっても俺の剣は儀礼なんか二の次、三の次。 それは今でも変わらず、見るからに荒い。 いくら強くたって御前試合となると北軍の代表だ。 彼の強力な推挙がなければ平民の俺が新人戦に出場する事は叶わなかった。 新人戦に出場させてもらえないのに翌年大将として出場する事など出来る訳がない。
軍対だけじゃない。 日々の稽古で俺がこの人より強くなった時、俺以上にその進歩を喜んでくれたのだ。 強くなりやがって、と毒づきながら。
自分より大切なこの人を身代わりにしろだと? たとえそれが皇国を救うためだとしてもそんな事を俺にさせる皇国に怒りを向けないでいられるのか?
今でさえ俺は怒っている。 なぜ俺を選んだ? 俺に何をさせたい? 俺に何かをさせるために、どうして他の奴らを巻き込む必要がある、と。
だが選ばれてしまったのだ。 今更何を言う。 誰の思惑だろうと何をさせられるのだろうと、俺は兵士だ。 やれと言われた事をやるまで。
それがこの人の首でもか? 家族でも? 若でもか?
俺のためなら喜んで死ぬと本人から言われてさえ躊躇せずにいられるか? お前達を守るためにこそ俺の剣があるのではなかったのか? 自分の首より先に守りたいものを、どうしてこの手で殺せるというのだ!
その時なぜか若の目を俺の背中に感じた。 今この部屋に若はいないというのに。 背中が、熱い。
何をぐちゃぐちゃ馬鹿な事を言っている。 ポクソン中隊長が副隊長として側にいた方が俺の愛する者達全ての首がよっぽど無事だ。 俺には見えないものが見え、そして俺を恐れず意見してくれる。
裏があるお役目が下った。 だからこそ俺の周りには何の裏もない人だけがいてほしい。 そして万が一。 避け得ない最悪の事態になったとして。 この人がそれでも俺に生きろと。 自分の死さえも乗り越えて行けと言うのなら、俺に突き進む以外のどんな道がある。
「覚悟します。 ポクソン中隊長の首を救うために最後の最後まであがく事くらいは許す、というなら」
ポクソン中隊長が重々しく頷く。 それを見て、将軍補佐は名簿の二行目に特務隊副隊長ネイ・ポクソンの名を書き入れた。




