お出迎え
また将軍補佐からの呼び出しを食らっちゃった。
もー、トラウマっていうの? 何だか悪い予感がして足取りが重い。
まさか、七人目の隊員が来た、とか? それがヘルセスよりもっととんでもない奴だったりして。 ヘルセスよりとんでもない奴だなんてマッギニス上級兵の笑顔より想像もつかないけど。
こ、皇王室から誰か来た、とか? ひーっ。 そんなやんごとない御方が入隊しちゃったら俺引きこもっちゃうかも。
そんな事なんてあるはずはない。 だけど公爵家継嗣が入隊するだなんて、それだって充分あり得ない話だ。 なのに実際あった。 その所為か俺の想像はどんどん暗さを増していく。 すごく難しい任務をしろと言われるとか?
そして俺の予感は少しだけど当たっていた。
将軍補佐室に隣接する会議室に入室してまず驚いたのはそこに将軍と将軍補佐がいただけじゃない。 副将軍、副将軍補佐、大隊長三名及びその補佐。 そして師範、マッギニス上級兵、ヘルセスがいた。
な、なにこの面子。 一体何があったの?
俺で全員が揃ったらしく将軍が重々しい口調で御報告なさった。
「ハレスタード皇太子殿下の御成婚が決まった。 お相手はフェラレーゼ国のプラシャント第一王女様である」
それを聞いて俺はちょっとほっとした。 だってそんなの北軍に大した関係はない。
殿下は確か、二十七、八歳? ま、丁度いいお年頃?
皇太子殿下の御成婚ともなれば近衛と東軍はめちゃめちゃ準備で忙しくなるだろう。 北軍からも助っ人が駆り出されると思うが、せいぜいで御成婚式の時の都内警備とか。 下準備や後片付けの手伝いくらいなんじゃない? お相手が北の貴族の令嬢とかだったら花嫁の警備は当然北軍の肩にかかってくるけど。
フェラレーゼなら東の国境の向こうだ。 お出迎えは近衛軍か東軍のお役目となる。 たぶんどちらからも出兵する事になるんじゃないかな。 ただそうすると、どうしてこんな不思議な面子の会議をしているんだろう?
「その際北軍が国境で王女様をお出迎え申し上げ、皇都まで警護する事になり、またそのお役目の隊長には北の猛虎を、との御指名があった」
驚きのどよめきが室内に広がった。 その場にいたほとんど全員の顔に唖然とした表情が浮かんでいる。 もちろん俺もびっくりした。 でもマッギニス上級兵とヘルセスは平然としている。 この知らせを聞いても驚かないだなんて、どうして?
皇王室へお嫁にいらっしゃる方のお出迎えなんて俺だけじゃなく、北軍の誰もやった事はないはずだ。 そりゃ俺は物知らずだからこの御指名がどれほど異例の事なのか、何かと比べる事は出来ないけど。 中隊長が将来の国母のお出迎えの指揮を執るだなんて絶対今まであったはずはない。 将軍か副将軍、少なくとも大隊長が行くんじゃなきゃおかしい。 フェラレーゼなら皇国とほとんど対等の大国なんだから。
言うまでもないが師範は花嫁と血縁関係はもちろん、姻戚関係もないし、友人とか知り合いでもない。 師範は今まで一度も外国に行った事がないと言っていた。 王女様がこちらにいらした事があると聞いた事もない。 だから王女様が軍対抗戦で猛虎の勇姿を見たという理由でもないだろう。 なんでいきなりこんな大役が回って来たんだ?
確かに北の猛虎は皇国の英雄だ。 皇太子殿下なら師範が北軍大将を務めた時の勇姿を三度、新人戦も含めるなら四度御覧になっていらっしゃる。 それに暗殺未遂事件では刺客を見事に成敗した。 この剣士なら、と見込んでの御指名なんだと思うが。
皇王室って剣に強いかどうかより家柄とか血筋とか、そっちの方をもっと気にすると思っていたんだけどな。 結婚に限らず、何事であれ前例と違う事をするのを嫌がるとも聞いていたし。 それとも師範の勇名がフェラレーゼにまで轟いて王女様が御指名なさったとか?
「マッギニス、これをどう読む」
カルア将軍補佐が全然驚いた様子の見えないマッギニス上級兵にお聞きになった。
「一石数鳥を狙ったか、と存じます」
一石数鳥? 全然話が見えない俺の顔を見て、マッギニス上級兵が詳しく説明し始めた。
「事の始まりは、おそらく皇太子殿下に何者かがこの晴れのお役目を武勇で聞こえた北の猛虎に賜っては、と囁いたのでしょう。
殿下はそれは良い案と思われ、閣議で了承を得るべき必要があるとは思われず、その場で御決定になられた。 奏上した者は殿下よりお褒めの言葉を戴き、皇太子殿下派である、との印象を周囲に与えた訳です。
北軍に皇王室の儀礼を習得した兵士はおりません。 儀礼の習得だけで相当な時間がかかる。 これは北軍に大恥をかかせる絶好の機会と申せましょう。 意図せぬ粗相の所為で王女様の御機嫌を大きく損ね、タケオ中隊長が降格処分となる事が考えられます。 平民嫌いの貴族はさぞかし溜飲を下げるに違いありません。
加えてお出迎え準備には少なく見積もっても約三ヶ月かかります。 その間、百剣の指導をなさっているタケオ中隊長は充分な稽古の時間が取れません。 軍対抗戦前の追い込みの時期に師範の指導がないのは非常な打撃。 それでなくとも百剣のほとんどが警護に回る事を考えれば出場選手でさえ稽古どころではなくなる。 近衛にしてみれば軍対での勝ちを手中にしたも同然です。
又、お出迎えの指揮をしているのが中隊長とはあまりに格下。 この人選に対し、フェラレーゼ側が不快を示す恐れもあります。 皇太子殿下の責任問題と発展するまでには至らずとも自らを軽んじられたと思われた王女様が殿下との仲をこじらせるかもしれません。 それは娘を側室に、と狙う貴族にとっては喜ぶべき展開。
それでなくとも国内の貴族はフェラレーゼに肩入れしている者ばかりではない。 両国関係の悪化を望む者が少なからずいるのです。 今回の御成婚は二大国を更に近づける。 近隣諸国が不安になるのも無理からぬ事。 正式発表された後で今更破談とはならないにしても、彼らにとってお二人が不仲となり、両国合併の可能性が消えてくれるだけでも有り難いでしょう」
次々とこのお役目の陰に潜む目論見をあげていくマッギニス上級兵を俺はあっけにとられて見ていた。 でも周りを見回してみると皆の顔から驚きが消えている。
将軍が重々しくおっしゃった。
「裏の目的が何であれ、お役目を拝命した以上果たさねばならん。 そこで具体的にどう対応するかを協議する」
その協議の結果、将軍が御決断になった。
「お出迎えの人数は二百名とする。 この任務に就くのは既存の小隊ではない。
カルア、特別部隊を編成しろ。 北軍にいる貴族の子弟を選別し、四個小隊に分けるのだ。 東とフェラレーゼに縁のある者を優先し、軍対出場者とその補欠は外す事。 若の隊は従者を含めた全員が行くが、二百の内には数えるな」
将軍のお言葉が終わると同時にヘルセスが申し出た。
「閣下。 私の従者は皇王室の儀礼に詳しい。 フェラレーゼの行儀作法も承知している。 彼らに儀礼の指導をさせては如何」
すかさず師範がヘルセスに聞いた。
「私では王女様のお相手は務まらない。 それは全てお前に任せてもいいか?」
「最初の口上だけ暗記し、私を側付きの兵士として紹介すればよい。 後は引き受ける。 王女様は私の事を覚えて下さっているだろう」
おおっ。 さすが公爵家継嗣。 フェラレーゼの王女様とお会いした事があるんだ。
師範はそんな事に関心はないらしく、お出迎えと全く関係のないお願いをヘルセスにした。
「それと、お前の護衛を軍対出場者の稽古相手に借りたい。 ノボトニーには指導も頼みたいのだが」
「よろしいでしょう」
マッギニス上級兵がカルア将軍補佐に質問した。
「あちらからいらっしゃる王女様のお付きは合計何人か、御存知でしょうか?」
「今の所、フェラレーゼ側の護衛は二百名、侍女二十名と聞いている。 護衛は国境で王女様の警備の引き継ぎが済み次第、帰る事になっているようだ」
「それではお出迎えの中に貴族の女性を何人か含める必要があります。 男ばかりでは言いづらい事もあるでしょう。
閣下。 ジンドラ子爵令嬢の乗馬の腕前は中々のものと聞いております。 彼女とその他に王女様と近い年齢の貴婦人を五、六人、このお出迎えに御同道をお願いする訳には参りませんか?」
それを聞いた将軍が頷かれた。
「うむ。 ジンヤ副将軍、この話をジンドラ子爵に持って行ってくれ。 他の令嬢へもジンドラが紹介の労をとってくれるだろう」
即座に副将軍が承知すると、続いてヘルセスが申し出た。
「皇都のヘルセス公爵邸には充分な部屋数と稽古用の道場もある。 それを宿舎として提供いたそう。 軍対出場者は試合直前ではなく、御成婚前に皇都に到着するよう手配しては如何か。
従来なら出場者は試合二週間前に北を出発するのだろうが。 そうするとタケオ中隊長が北に帰った日が出場者の出発日となってしまう。 我が邸で落ち合えば少なくとも試合前の一ヶ月、タケオ中隊長より稽古を付けてもらえるであろう」
有り難いヘルセスの申し出に全員がほっとした顔を見せた。
「それは非常に助かる」
将軍は続けてトーマ大隊長を始めとする三人の大隊長に御命令なさった。
「手分けして道すがらの領地の貴族達に宿泊地及び警備の根回しをせよ。 特に国境から皇都への警備は万全でなければならん。 北から東の国境、皇都から北への移動も予め知らせておかねば思わぬ足止めの理由とならぬものでもない」
「襲撃に備える準備も必要かと存じます」
マッギニス上級兵の不穏な発言に、さっと緊張が走った。
「「「襲撃?」」」
「たった二百の護衛を全滅させるのに大軍を動かす必要はありません。 何もせずに看過するには余りに惜しい機会と思う者もいるでしょう」
そこでトーマ大隊長が発言なさった。
「しかし二百以上の兵で迅速な動きをするのは難しい。 それでなくても日にちがない。 人数を増やせば安心だが、増やせば増やす程準備に時間がかかる。 それに千や二千を増兵した所で距離が長いだけに大した違いはないのでは? かと言って数千規模を動かすとなると事前に食料と宿営地を決めておかねば通り過ぎる領地で問題が起こる。 一旦決めたら変更は時間的に無理なのに、その経路ではまずい、変えろ、と殿下、又は王女様から命じられたらどうする?」
静まり返った会議室で俺は思わず口にしていた。
「少人数の護衛でも王女様に御安心戴けるよう、普通の馬車を沢山用意するって、どうでしょう?」
「どういう意味だ?」
「平民が乗るような馬車を用意して。 王女様はその中の一つに乗ってもらうんです。 えーと、それで王女様に侍女のみなさんと同じ格好をしてもらう、とか。 お嫁入りのお荷物とかあれば、それも荷馬車じゃなくて馬車に積むんです。
同じ外見の馬車が二十台も走っていればどれに王女様が乗っているか分かりづらいのではないでしょうか。 それなら万が一襲撃されたとしても王女様の馬車だけを逃がす事が出来ます。 それに馬車なら荷馬車よりずっと早いから行軍日数も少なくて済みますし」
単なる思いつきで口走ったんだけど、意外にもマッギニス上級兵から支持があった。
「効果的な目くらましと申せましょう。 王女様の顔をよく知る者が当日間近で見ない限りどの馬車にお乗りになったかを知る事は出来ません。 走っている最中に馬車の順番を変える事も容易です。 それでよいのでしたら、お出迎え地点に馬車を三十台用意しておくよう私の実家に連絡致します」
恐ろしいまでの即決に次ぐ即決。 そして怒濤の日々が始まった。




