敬遠 ソノマの話
ファイフォと俺は同期なだけでなく、同じ頃に上級兵、軍曹、小隊長と昇進したからか共通の話題が多く、よく一緒に話をしている。
「よう、ファイフォ」
「なんだ、ソノマ」
「近うよれに会ったか?」
ちょっとファイフォが眉を寄せる。
「ああ。 若が後ろで、かわいそうなくらい恐縮しちゃっていたぜ。 この人の無礼は全部私の所為です、ごめんなさい、ごめんなさい、と言わんばかり」
「ちっ。 やっぱり。 しかし相手は公爵家継嗣だ。 ちょっと脇に呼んで礼儀を教えるって訳にもいかんしなあ」
「命あっての物種だ」
俺もファイフォも平民出身だ。 両親にそこそこ金があったから読み書きに不自由はしていないが、貴族の事情に詳しい訳でもない。 ただ下手に貴族に近寄ったら殺されても文句は言えないという事なら体に叩き込まれて知っている。
「それはそうと、ソノマ。 お前、近うよれに付いてきた護衛が誰か、知っているか?」
「あんなに数いちゃ一々覚えていられる訳ないだろ」
「東の銀狼は覚えておいた方がいいぞ」
「何だと? キア・ノボトニーが護衛?」
「いつも近うよれの側にぴったり誰か付いているが、そいつじゃない。 少し離れた所に立っている。 気配を消しているから探さないと目に入らん。 年がいった、銀髪の従者だ」
「東の銀狼」は今時の新兵にはそんなに知られていないかもしれない。 だが俺の年代なら誰でも知っている、軍対抗戦で近衛を苦しめた東軍大将として有名な剣豪だ。 その後間もなく除隊し、ヘルセス軍に入隊して参謀総長になったと聞いている。
「銀狼が護衛とは豪勢な。 さすがは近うよれだ。
公爵家継嗣に参謀総長ねえ。 ふん、一体何しにここまで来たんだか」
「そりゃ猛虎と若の勧誘だろ」
「お前もそう思うか?」
「それ以外、北に何がある。 実兄がヘルセス家のお嬢様と結婚したのに、若はヘルセス軍に入隊しなかった。 どうして入隊してくれないんだ、と聞かなかったはずはない。 理由が猛虎なら次は、猛虎と一緒に来ればいい、となるだろうが」
果たして若はヘルセス軍へ行くのか。 去年の秋は弓部隊、いや北軍全員が、寄ると触るとその話ばかりしていた。 誰かが直接聞くしかない。 それで一応上官である俺が若に聞いた。
「えー? ヘルセス軍になんて行きませんよ。 冬が寒くないのはいいですけど。 そんな理由で入隊されたら向こうだって迷惑でしょ」
いや、迷惑なんかじゃないと思うぜ、とは言わなかった。 それどころか。
「入隊理由がそれじゃあな。 相手の迷惑も考えないと。 入隊してから気まずい思いをする事になる」
「ですよね」
どんなに後ろめたくとも北軍の兵士なら誰も若の思い込みを正そうとはしないだろう。 どうかその勘違いを一生持ち続けていてくれ、と願いこそすれ。 その点に関して心配はしていないが。 噂によるとヘルセスの予定表は三年後も北軍にいるという前提で埋まっているのだとか。 それはガセだとしても悠然と居座るヘルセスの態度を見ると簡単に引き下がりそうもない。 つい、愚痴が零れる。
「結局引き抜かれちまうのかよー。 なあ、ファイフォ、どう思う?」
「うーん。 どうだろう? 若はともかく、猛虎は北軍にいたって先があるじゃなし。 あちらは金も女もたっぷり用意する気でいるだろう。 猛虎の貴族嫌いだけが頼みの綱だ。 とは言っても若とはうまく付き合っている。 て事は人によるんだろ。 貴族なら全部嫌、て訳じゃなさそうだ」
「くそっ。 猛虎と若、二人共持って行かれんのかよ。 俺、ヘルセスを恨むぜ」
「気持ちは分かる。 何しろ俺達じゃ追いかけて行きたくても公爵軍に入隊なんてまず無理だ」
ファイフォは猛虎が自分の小隊に入ったため名前が広く知られる事になったが、なんでこいつの隊に配属されたかといえば、単に猛虎と同じ農民出身だからという理由だ。
小隊長に昇進した理由だって武勇で名を上げたからじゃない。 ファイフォは食料貯蔵庫の改良をした。 そのおかげで食べ物を腐らせて捨てるという事がぐっと減った事を評価された。 俺は武器の改良だ。
若が俺の隊に配属されたのだって本当なら貴族が平民上官の隊に配属される事はない。 しかし北の弓部隊はしょぼい。 第一駐屯地でさえ四個小隊しかない上に偶々全員平民小隊長。 しかも俺以外の三人は退官間近だった。 だけど弓の名手を歩兵部隊に入れる訳には、という訳で年が一番若い俺のところに、となったに過ぎない。
若の寒さを物ともしない稽古を見た後では根性不足と思われても仕方がないが、十一月初旬から三月下旬まで屋外での弓の稽古が命がけである事に変わりはない。 毎年約半年近く稽古をしないんだ。 それじゃ碌な弓の射手になれる訳がない。 今年建設が始まった屋内的場が間もなく完成するが、今までそんなものはなかった。
この冬から通年の稽古が出来るようになる。 しかし年を食った俺が今から稽古した所で貴族軍に入隊を許される程上達する訳もない。 俺なら若、ファイフォなら猛虎というコネに縋って入隊出来るかもしれないが。 入った後で彼らに恥をかかせるかもと考えると、のこのこ付いて行く気にはなれない。
若のいない北軍だなんて。 どんなに味気ないか考えただけでどよーんと暗くなる。 若がいなかった以前の日々に戻るだけ、とは言いきれない。 確かに、あの神技が見られなくなるのは残念だ。 でも若は弓だけじゃないんだ。 何と言うか。 あいつには笑わせられる。 本人は全然気付いていないというのがある意味すごい。
負け惜しみで吐き捨てた。
「けっ。 若の異能のありがたみがヘルセス軍の奴らに分かるもんか」
「異能? 弓の才能じゃなくて?」
「屁の聞き分けなんて異能だろ」
俺とファイフォは同時に大笑いした。 みんなで焼き芋を食った時に、若が俺は誰の屁か聞き分けられるんです、と豪語した。 それで目隠しさせて数人が放屁したのだが、若は本当に全員の屁を誰がやったか言い当てたのだ。
いやー、あれには笑わせられた。 放屁がおかしかったんじゃない。 馬鹿を言っているとは思っていない若の、俺ってすごいでしょ、褒めてちょーだい、と言わんばかりの様子がおかしかったのだ。 若が弓の才能を自慢した事は一度もなかっただけに。
たとえ僅かの間でもいずれは伝説となる弓の名手と一緒に過ごせたんだ。 それだけでもありがたいと思うべきなんだろうが。 あの愛すべき天然がここからいなくなると考えただけで気分が盛り下がるのは仕方がない。 そしてそれが全てあの近うよれの所為かと思うと。
「その内貴族の取り巻き連中で近うよれを囲む会とか作るんだろうな。 胸くそ悪いったらない」
「それは、ないんじゃないか」
「ない? どうして?」
「俺達平民にさえ奴の目的はみえみえだ。 貴族なら当然あたりを付けている。 そりゃ公爵にはお近づきになりたいだろうよ。 だが今回は目的が目的だ。 近うよれが北軍兵士全員から恨まれるのは確実。 なのにそんな御神輿をよいしょして、もし何の見返りもなかったらどうする? 恨まれ損のくたびれ儲けだろ。 それよりお近づきにはなれなくても恨まれもしない、敬遠という無難な道を選ぶのが貴族ってもんさ」
「ふーん。 そんなもんかね?」
「その証拠に誰か囲む会を作ったか? あいつの入隊を知らない奴はいないのに」
「言われてみれば、若が入隊した時はその日の夜に豪弓会が発足していたな」
「まあ、囲む会がないから若がいなくならないって訳でもないが」
賢いファイフォの言う事だ。 たぶん彼の読みに間違いはないだろう。 思わずため息が出る。
「あーあ。 若か猛虎のどっちでもいい。 北から離れないとごねる女と結婚してくれないもんかねぇ」
「結婚はしたとしても女の言う事を素直に聞くタマには見えんな。 どっちも」
俺とファイフォは諦め顔で仕事に戻った。




