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弓と剣  作者: 淳A
公爵家継嗣
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お湯殿番

 従者二十名。 さすがは公爵家継嗣。 北軍に従者が四名以上いる兵士はいないのに。

 内訳は護衛が十名、侍従が四名、料理人二名、医師一名、馬丁一名、飛脚一名。 そしてお湯殿番が一名。


 念のため言っておくが、俺の数え間違いじゃないからね。 いくら数字に弱くたって人数くらいちゃんと数えられる。 最初に数え間違えたのはヘルセスまで頭数に入れちゃっていたからで。 人事に報告する前にちゃんと自分で気付いたし。

 ま、それはどうでもいい。 従者の長であるオラヴィヴァから聞いたんだけど、これでも絞りに絞った人選なんだって。 特に護衛をたったの十名に絞るのには最後の最後までもめにもめたと言っていた。


 ところで、他は説明されなくとも何をする人達か分かるけど、お湯殿番て何をする人? 軍の風呂はでかいし、何箇所もある。 風呂のお湯や薪を準備するのはそれが仕事の兵士がやっているが、風呂掃除は当番制で新兵が順番にやらされている。

「ひょっとして風呂掃除当番を主の代わりに引き受けるための従者?」

 俺がそう聞くと、ヘルセスのお湯殿番がきっぱりと答えた。

「次代様の夜伽のお相手を探すのが私の役目です」


 まず「よとぎ」を夜伽に脳内変換するのに二呼吸もかけるという初歩的なミスを犯した。 あれって昼にやっても夜伽って言うんだよな、とかおばかな事を考えた所為で三呼吸目をし終わるという致命的なミスが続いた。

 そこでようやく、この間はいくらなんでも長過ぎると気が付き、どうやって遅れを取り戻そうかと焦ったが、どんなに焦った所で時間は戻って来てくれない。

 恥ずかしさで顔が火照った。 いくら俺が色黒だってきっと傍目に分かるくらい赤くなったと思う。 夜伽を知らない訳じゃないんだからな、と言い訳しそうになったが、それはいくらおばかな俺でも言わない方がましと分かる。 じゃあ他に何と言えばいい?

 立派なお仕事ですね、とか? 顔を赤くしながらそんな事を言ったら嫌みにしか聞こえないだろ。 ○○そうなお仕事ですね、は使えそうだが。 丸の中に何を入れる?

 楽し? 退屈? 大変?

 あ、全部「た」で始まる、とかバカな事を考えている内に時間は容赦なく過ぎ去る。 は、恥ずいっ!

 沈黙が痛いけど、何をどう言って誤魔化したらいいのか分からない。 結局「じゃあ」と「まあ」の中間みたいな訳の分からない音を出しただけで、その場からそそくさと立ち去った。


 本人に聞くんじゃなくトビに聞けばよかった。 俺ってば、もう。 忘れてはならない重要ポイントとして心に刻んでいたのにっ。 なんで肝心な時に忘れるんだか。

 でも、もしかしたらトビでさえお湯殿番は知らなかったりして? そう思って聞いてみたら、ちゃんと知っていたから後悔がより深まった。 しかもそれを説明するトビは少しも恥ずかしそうじゃない。 お湯殿番は侍従や料理番と同じくらい普通にある職業なんだって。


「爵位に拘らず貴族でお湯殿番を雇う人は珍しくありません。 御実家のように正妻のみという貴族の方が珍しいと申せましょう」

「ふうん。 兄上と父上も正妻だけだよね。 愛人を持つなという家訓でもあるのかな?」

「私が知る限り家訓の中にそのような記述はございません。 ただ執事覚え書の中にも愛人の記載が全くない所を見ますと正妻だけなのは当代様、先代様に限らないようで。 先々代様にも愛人はいらっしゃいませんし。 自然にそうなっただけの可能性もございますが」

「先々代って、おじい様だよな。 あの時代に正妻だけって珍しいんじゃない?」

「非常に珍しいと申せましょう。 正妻お一人ですとお子様の数が限られます。 先代様のように御兄弟がいらっしゃらないという事にもなりがち。 お子様が健康でお育ちになれば問題ありませんが。 そうでない場合爵位継承が難しくなります」

「妻に首ったけだとそうなるのかな? 父上のように」

「念のため御承知おき戴きたいのですが、私はお湯殿番の仕事も心得えております。 御用命がございましたらお申し付け下さい」

「一生御用命しないからっ!!」

 いきなりトビが変な事言うものだから思わず大声で叫んでしまった。

「若、少々お声が」

 あ、やばい。 隣の部屋にフロロバがいるのに。 聞こえちゃった? 笑い声が聞こえてこない所をみるとセーフ?

 ひやっとしたが、こういう事はちゃんと言っておかないと。 生真面目なトビの事だ。 いずれ必要になるかもしれないと先走って下準備(娼館でお相手探し)とかやりそうだから。 ほんと、勘弁して。


 ただよくよく考えてみればお湯殿番の仕事が相手探しだとしても、行先が娼館と思い込んだのは俺の早合点だよな? だってそれならわざわざ人を雇うまでもなく侍従に娼婦を適当に見繕って連れて来いと言えば済むはずだ。

「あのさ、トビ。 お湯殿番を雇うのは娼婦ではない女性を探すためなの?」

「はい、そうです。 お湯殿番と一口に申しましてもその仕事は多岐に渡ります。 出自の調査、病気の有無、交友関係の確認などは単なる手始め。 貴族の場合高位になればなる程暗殺される危険があり、夜伽の相手といえども気を許す訳にはまいりません。 又、お家騒動に巻き込まれ、出産した愛人が子供諸共殺害される事件も世間にない話ではなく、警備の手配も仕事の内に含まれます」

「はあ」

「女性を本邸ではなく別邸に囲うとなれば、その別邸の売買や奉公人の手配をするのもお湯殿番の仕事です。 庶子が生まれたら子供の養育は本邸の教育係が致しますが、出産まではお湯殿番が面倒を見ます。 産婆や産屋の手配も。 という訳で、複数のお湯殿番を雇っている貴族も珍しくはございません」


 あー、考えただけで面倒くさい。 そんな手間暇をかけてまでやりたい事か?

 ……ま、やりたいかもな。

 俺もやっちゃったり、して?

 ……。

 いやいやいや! 今更トビに、御用命します、とか死んでも言いたくない。 得意のやせ我慢だっ。


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