六人目
弓の稽古をしている最中、将軍補佐執務室に出頭せよ、という連絡が届いた。 直属上官である中隊長ならともかく、その上の大隊長に呼び出される事なんて滅多にない。 将軍補佐なら更にその上。
六頭杯や屋外的場の件では将軍直々の呼び出しが何回もあったし、その席には将軍補佐もいた。 でもそういう呼び出しはいつあるのか予め知らされている。 今週はもう何も予定されていない。 予定がないのに将軍補佐に呼び出されるなんて。 余程の事だ。
何か事件でもあった? 俺は無事だけど部下の誰かに何かあったとか? それとも俺の実家で何か? 喜ばしい知らせかもしれないのに、なぜか次々明るくない想像ばかり浮かんで来る。 もう稽古どころじゃない。 すぐに出頭せよとは言われていないが、稽古を途中で切り上げ、急いで第一庁舎へ向かった。
部下だ家族だ、と自分の以外の誰かの不幸を想像しているけど、実は今一番心配しなくちゃいけないのは自分の首だったりする。 悪い予感がしたのだって自分に色々後ろ暗い事があるからだ。 給金もらっていてもそれに見合った仕事をしていないというのは今更だが。 その他に呼び出されるとしたら何がある?
何もありません、と言いたいが、実は心当たりがいくつかある。 あれとこれ。 いや、それよりはこっちの方が、と迷うくらい。 すみません。
どれ一つを取っても上官に呼び出されるくらいの事はやってはいる。 ただ今まで呼び出されなかった。 誰からも。 だからこのまま逃げ切れるんじゃないかと思っていた。 だって呼び出されるとしたら大抵やった日か、遅くても翌日だろ。 翌日呼び出されなければ、もう大丈夫、と安心していたんだ。 甘かった?
まさか、秋祭りの時に踊り出した、あれ?
第一駐屯地の周辺の町には秋祭りがある。 祭りの間、神社ではお祓いしてあげたり縁起物を売ったりするんだ。
呼び物は獅子舞。 でっかい獅子の被り物をした若衆三人が頭と胴体と尻尾をそれぞれ一人で操り、踊りながら町の大通りをねり歩く。 そして道々家や人の厄落としをしてあげる。 その時笛一人と鳴り物が二人、大太鼓と小太鼓一人ずつの合計五人が付いてお囃子をする。 それは毎年、北軍兵士が無料奉仕しているんだって。
北軍に入隊して色んな才能を持った奴に出会ったが、一番多いのは音楽の才能じゃないかと思う。 別に数を数えた事がある訳じゃないけどさ。
まず、声。 歌の上手い奴ってどこにでもいるけど北軍にはそれが特に多いって感じ。 そして楽器。 パリメーとか弦楽器が上手に弾ける奴が沢山いる。 打楽器なんて文字通り打ちのめされたね。 あれを聞くと自分の才能のなさが残念で仕方がない。 大太鼓や小太鼓、中太鼓、銅鑼。 あのリズム感! 特に大太鼓のすさまじさと言ったらない。 ソスナの乱れ打ちというやつを聞いたんだけど、もしかして本職が太鼓打ちで兵士は副業? と思った。
そして忘れちゃならないのが笛。 意外な事に北の猛虎は笛の名手としても知られていた。 俺は秋祭りの時初めて聞いたんだけど、ものすごく上手い。 本人は担ぎ出されて仕方なく、と言っていたが。
ぴーひゃらら、ぴーい、ぴっ、ぴっ、ぴーひゃらら
ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴーひゃらら
いやー、もうなんか体が勝手に動いちゃって。 気がついたら獅子の後ろにくっ付いて、ひゃらひゃら踊っていたんだよね。 それが結構道で見ていた人達に受けたみたいで。 いつの間にか地元の皆さん、さあ一緒に踊りましょう、みたいな?
別に踊ったからって誰かに迷惑をかけた訳じゃないと思う。 最後にお囃子がぴたっと止まった時にはどっと歓声と大拍手が沸き起こったし。 て事は、みんな喜んだって事だろ?
但し、ここで「みんな」と言っては語弊があるかもしれない。 トビはなんだか、自分は全てを諦めた、ここでもう一つ諦めるぐらいは何でもない、と言いたげな顔をしていた。 マッギニス上級兵はいつもの無表情。 ノリのいいフロロバは俺と一緒に踊り、リスメイヤーは面白いものを見るような顔をして俺達を眺め、メイレは口をぱかっと開け、リッテル軍曹はげらげら笑っていた。 あんなに笑うぐらいなら一緒に踊ればいいのに。
ともかく、こんな風に呼び出されるとしたら叱られるからだろう。 北軍兵士にあるまじき振る舞い、とか?
はあ、と小さくため息をついた。 まあ、俺が悪いんだけどさ。 それと言うのもあの場に俺達がいたのは路上警備のためであって休暇中だった訳じゃない。 つまり俺は上官なのに任務遂行中に率先して遊んじゃったのだ。
上官のくせに、と叱られたらなんて謝ろう? ごめんなさい、もうしません、でいいかな? 以後気を付けます! とか?
だけど祭りで一緒に踊った人達から、来年も一緒に踊ろうぜ、と誘われて、はい、もちろんです! と力一杯返事しちゃったんだよなあ。
あ、減給処分になったりして。 そうなったらどうしよう? トビってこういう時には容赦ないんだ。 この不始末で今月の給金が減らされたら貯金を減らすより俺の小遣いを減らしそう。 泣いて縋れば何とかなる? ならない? ならなかったら何を我慢する?
そんなとりとめもない事を考えながら誰何に答えた。
「第八十八小隊小隊長、サダ・ヴィジャヤン、出頭いたしました」
「入れ」
将軍補佐執務室には将軍とカルア将軍補佐がいた。 あれ、どうして将軍がここにいらっしゃるんだ? 将軍がお呼びなら将軍執務室へ出頭しろ、となるはずじゃない?
そこにはもう一人、ぱりっとした、いかにも上等そうな仕立ての北軍の軍服を着た兵士が悠然と客用椅子に腰掛けている。 カルア将軍補佐がその兵士を紹介して下さった。
「若の六人目の部下となる新兵、レイ・ヘルセスだ」
お、新入りか。 俺より年上っぽい。
待てよ、ヘルセスってサガ兄上の結婚相手と同じ名字だ。 すると公爵家縁の人? すごく高貴な雰囲気があるし、将軍や将軍補佐が同席している。 たぶんそうなんだろう。
それにしてもカルア将軍補佐てば。 昇進した時、俺の部下を増やす前に打診するとおっしゃったのに。 忘れちゃったの? この人が俺の部下になるのって決定事項っぽい。
ま、親戚なら聞く必要はないと思ったのかもな。
「小隊長のサダ・ヴィジャヤンだ。 よろしく頼む」
早速その新兵に挨拶した。 そこで、おやっと思った。 俺は立ったままだ。 立っている上官に挨拶されたのに座ったままで受け、席を立とうとしない。
それほど高貴な御方? でも俺の部下になるんだよな? 軍服には何の階級章も付いていないし。 カルア将軍補佐に確認しようとしたら将軍が苦々しげにおっしゃった。
「ヘルセス。 本当に入隊する気があるなら上官の挨拶は席を立って受けろ」
そう言われて初めてヘルセスは席を立ち、俺に挨拶した。
「ヘルセス公爵家継嗣、レイである。 良きにはからえ」
「ヘルセス公爵家継嗣って。 もしかして、ライ義姉上のお兄様?」
新兵は鷹揚に頷いた。




