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弓と剣  作者: 淳A
昇進
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質問

 的場に行こうとして第二庁舎の前を横切った時、トビとマッギニス上級兵が会議室で何かひそひそ話し込んでいるのが窓越しに見えた。 窓は閉めてあったからさすがの俺の耳でも話し声なんて全然聞こえない。


 トビとマッギニス上級兵が話さなきゃいけない事とか何かあったっけ? どちらからも何も聞いていないし、今日会うという事も知らなかった。 一体何を話しているんだろ?

 自分では声に出したつもりはなかったが、なぜか後ろからその疑問に対する答えが返ってきた。

「愛なんじゃねーの」

 振り返って見るとリッテル軍曹だ。 タバコを口に銜えているから休憩に行く途中みたい。 それはいいけど。 あいって、どういう意味?

 合い? 愛? 会い? 藍? 哀? 相?


 なんだかどれも今一つぴったりこない。 意味が沢山ある言葉って、ほんと、困る。 これはちゃんと聞いておいた方がいいだろう。

「あのう、それはどういう意味でしょう?」

 部下とは言えリッテル軍曹は俺より二十四歳も年上だ。 つい、敬語で聞いてしまう。 もちろんマッギニス上級兵の前でそれを使うという愚は犯さないが。

「小隊長はBL、知らねぇか」

「びーえるって何?」

「それを教えてデュエインの二の舞、てのもごめんだし」

「??? デュエインの二の舞って?」


 上官が質問しているというのにリッテル軍曹はさっさとタバコを吸いに行っちゃって教えてくれなかった。 なんだ、けち、という思いは消せない。

 北軍の秘密なのかな? でも俺が知らないから誰も知らないと思う事は間違っているような気がする。  でも食べ物や服とかの物を指している感じはなかった。

 なんとなく。 なーんとなくだけど。 リッテル軍曹の視線に、ねんねが知ってる訳ねぇよな、と見下した感じがあったような。 俺の気の所為?

 ただの流行なら気にする必要はないが、これはちょっと。 気になる。 リッテル軍曹は教えてくれなくても誰か他に教えてくれる人がいるんじゃないかな。 誰に聞いたらいいんだろう?


 本能がトビに聞いてはまずい類の質問だ、と言っている。 答えを知らないからじゃなく。 知っているから。

 つまり知っている人が沢山いたとしても答えてくれる人は限られる、て事だ。 誰なら答えてくれるだろう? と考えた結果、小隊会議の後タマラ小隊長を木陰に引っ張っていった。

「びーえるって何?」

 答えは得られなかった。 だけど同じ質問を繰り返す気はない。 恐れか驚きか、区別はつかなかったが、タマラ小隊長の顔に浮かんだ表情を見ただけで分かる。 俺は聞いてはいけない事を聞いてしまったのだ。

 俺にだって学習能力はあるんだぜ。 人より少ないだけで。

 慌てて言い訳した。

「気にしないでっ、な? 何でもないっ。 大丈夫だからっ!」

 何が大丈夫なんだか言ってる自分もよく分かっていなかったけど、顔色が真っ青になったタマラ小隊長を一生懸命に宥めた。 とてもそれ以上何かを聞ける雰囲気じゃない。 結局びーえるはもちろん、デュエインの二の舞の意味も聞けなかった。


 とぼとぼ会議から自室に戻ると俺の気分に敏いトビがすかさず聞いてきた。

「若、如何なさいました?」

 やっぱり最初からトビに聞いておけばよかったのかな。 聞きづらいけど。 どうやらみんなもう知っている事みたいだし。 知らないままにしておいて後で恥をかくのも嫌だ。

「トビ、びーえるって何?」

 ばりん、と何かが壊れた音がした。 何が壊れたんだか音のした方向に顔を向ける前に金縛りみたいなものに直撃され、身動きが出来なくなった。

 トビの顔を見る。 そして今が夏である事を忘れた。

 後悔先に立たず。 学習能力が少ないのではない。 俺にはそんなもの、最初から全然なかったのだ。 少しはあるかも、という勘違いが引き起こしたつけを今、払おうとしている。


「若、その御質問の理由を伺っても?」

 トビの口調はこの上なく優しい。 どうせここで殺すのだから最後ぐらい優しくしてやるか、みたいな?

「い、いや、別に。 な、なんでもないんだ、ほんと。 ちょっと、その、聞いておいた方がいいかなあ、と思っただけで」

 後ずさろうとしたが机やら椅子やらが邪魔をして後がない。 ドアの前にはトビが立っている。 逃げたい。 だけど逃げ道は塞がれている。

「その、聞いておいた方がよいと思われた切っ掛け、をお伺いしている訳です」

 このスイッチが入ったトビをはぐらかす事は俺には出来ない。 俺だけじゃない。 人類の誰にも出来ないと思う。

 いや、マッギニス上級兵には出来るかも、とちらっと思った。 マッギニス上級兵が人じゃないという証拠を掴んだって訳でもないけど。 何か人としての限界を突き破ったみたいな所があるからさ。


 ともかくそこでトビに詰め寄られ、一から十まですっかり白状させられた。 俺の疑問に対するトビの説明はこうだった。

一つ。 トビとマッギニス上級兵は俺の日程調整をしていただけ。 俺はリッテル軍曹にからかわれた。

二つ。 びーえるとは知らんでも生きるのに何の支障も不便もないものである。

三つ。 デュエインは幸せな新婚さん。 無問題。


 そして俺はトビに、びーえるに関して生涯誰にも質問しない事を固く誓わせられた。 そんなの言われなくたって二度とするもんか。 俺だって真夏に凍死なんかしたくない。 真冬だったらいいっていう意味じゃないけど。

 ただトビとタマラ小隊長からこれ程強い反応を引き出したびーえる。 知らなくたって支障も不便もないかもしれないが、損はしているんじゃないかな、という疑いを消す事は出来なかった。

 びーえるを知ったら俺の人生が豊かになる、という確信がある訳でもないけどさ。


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