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弓と剣  作者: 淳A
昇進
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部外者  プリービの話

 若の部隊に入りたい事は入りたい。 だが現在部下はたったの五名という厳しい現実が目の前に立ちふさがる。

 どうしてこんなに少ないのか、猛烈な抗議をしたのは私だけではない。 若の部隊は特別に受け入れ枠を増やし、普通の小隊の倍の百名にしてもいいぐらいだろう。 入隊希望者がこれだけいるのだから。 しかしそれでは若の弓の稽古の邪魔になる、と言われてはどうしようもない。


 これはある種の選民、将来の北軍を牛耳るエリートを育成する部隊にするつもりなのでは、と疑った者も最初の頃はいた。 けれどその疑いは晴らされたとしか言えない。

 確かにマッギニスなら名門中の名門出身で正真正銘のエリートだ。 しかしそれ以外の四名は単なる平民。 どこをどう探ってもエリートのエの字も出てこない。 貴族の後ろ盾が付いている訳でもないようだ。

 リッテルは裏の顔役として知られ、運び屋でもある。 彼に弱みを握られている兵士も多く、恐れられているという意味では裏のエリートと言えない事もないが、少々苦しい。 リッテルの両親は亡くなっているし、出自は単なる平民で独身。 姻戚関係にも貴族は一人もいない。 もしコネがあるとしたら全て運び屋としての仕事がらみと思われる。

 汚い手を使って将軍か将軍補佐の弱みを握り、入り込んだのではと言う者もいたが、北軍では検閲部隊に所属する兵士以外に二人だけ運び屋を必要としていない人間がいる。 将軍と将軍補佐だ。 彼らの持ち物には検閲がない。 だから運び屋に弱みを握られるような何かがあったとは考えづらい。


 若が運び屋を使いたくてリッテルを部下に勧誘したという可能性も考えてみたが、若はどうやら運び屋の意味を御存知ない。 これは噂などではなく、私が食堂で若と若の隣に座ったスパルヴィエリ小隊長との会話を小耳に挟んで知った事だ。

「いやー、部下に運び屋がいるとは羨ましい」

「運び屋? 誰がですか?」

「リッテルですよ。 知らなかったんですか?」

「知りませんでした。 へえ、運び屋。 そんなに力持ちだったんだ。 人は見かけによらないってほんとですね」

 その勘違いをスパルヴィエリ小隊長が直してあげた様子はなかったが、その気持ちは分かる。 そのような事をしたら間違いなくヴィジャヤン小隊長は誰かに吹聴する。 若便りに「若に運び屋の意味を教えた人」として名前が掲載される事は確実だ。 退役間近のスパルヴィエリ小隊長としては、そういう過去の功績の全てが帳消しとなるような真似はしたくないだろう。


 それはともかく、運び屋のような誰もが知っている裏稼業でさえ御存知ないのだ。 リスメイヤーが自家製の毒薬を売っているという噂を御存知とは思えない。

 そもそも薬師をエリートとして分類するのは無理がある。 誰かを毒殺したくて部下にしたのではと噂する者はいるが、所詮は噂だ。 ヴィジャヤン小隊長のお人柄に一度でも触れた者にとって信ずるに足らぬ噂でしかない。

 メイレにしても有能な医者らしいが、出身地では死神というあだ名で呼ばれていたという。 そのような不気味な男に近寄る貴族のパトロンがいるとは信じられない。 それに医師はいれば便利な専門家という位置付けだ。 大工や料理人と大して変わらない。

 それでも何らかの取り柄があれば選ばれた事に納得出来る。 理不尽としか言いようがないのがフロロバだ。

 ぽっちゃり丸顔、無爵の平民で、突出した能力がある訳でもないくせに見事若の部隊へ入り込んだ。 強力な上級貴族のバックが付いているのでは、いや、やんごとない筋の御落胤かも、将軍の庶子じゃないのか、と噂が噂を呼んだが、どうやら正真正銘コネも伝手もさしたる能力もない平民なのだ。

 当然、あいつでも入れるならなぜ私ではだめなのだ、という轟々たる非難が湧き上がった。 因みに若の部下として選ばれた兵士は全員豪弓会にも弓と剣の会にも所属していない。 それなら若に憧れる気持ちの強さを斟酌してもらえたという訳でもないだろう。

 選択の基準が不明瞭なため不公平という不満は消せない。 だからと言って将軍や将軍補佐から既に発表されている以上の説明を聞き出す事など不可能だ。 すると後は本人から聞き出すしかない。 五名の内の四名が下手に近づく気になれない以上、残るはただ一人。


「フロロバ」

「はい、なんでしょう?」

「お前はどうやって若の部隊に入り込んだ」

「どうやって、と言われても。 配属命令に従っただけです」

「そんな嘘、誰が信じる」

「嘘じゃないし。 信じる信じないは、そっちの勝手」

「なんだと?」

 平民のくせに、ふふんと不遜な顔を伯爵家正嫡子である私に向けるとは。 その傲慢な態度に思わず気色ばむ。

 間が悪い事にマッギニスが現れた。 嫌な邪魔が入った、と内心舌打ちする。 実家から絶縁されていたはずだが、しっかり若の部隊に選ばれている所を見ると絶縁は単に世間の目を欺くための建て前。 仮に本当に絶縁されているのだとしても侯爵家正嫡子ならどこに何の伝手を持っているか分かったものではない。 強気に出るのは危険な相手だ。

 マッギニスは忌々しいほどの威厳を見せながらフロロバに訊ねた。

「ここで何をしている」

「何もしていません。 ただこの人に呼び止められまして」

「プリービか。 転属希望なら自分の上官に言え。 フロロバを締め上げた所で欲しい物は手に入らんぞ。 そのような簡単な事も分からないのか」

「マッギニス上級兵。 お言葉ですが、誰に何を言った所で欲しい物が手に入らない事は貴公こそよく御存知なのでは」

「知っているからどうした。 自分の無能を棚に上げ、欲しい物が手に入らないと騒ぐ者達の面倒まで見ろと言うのか」

「くっ。 それではそこにいるそいつは無能ではない、と?」

「比較の問題だな。 フロロバを誰と比べるかによる」

「何だと? いくらマッギニス侯爵家正嫡子といえども、その暴言、許されぬぞ。 貴公にプリービ伯爵家を蔑ろにされる謂れはない」

「蔑ろになどしておらん。 貴公が私の言葉をどう受け取るかまで一々詮索している暇などないだけだ。 皇太子殿下御臨席のお返事を待ちかねている貴公の実家の事情くらいは知っているかもしれぬがな」


 その言葉に私は自分の足元が崩れていくような感覚に襲われた。 武器商人として皇国最大であるマッギニス侯爵家の情報網を侮っていたつもりはない。 だが北軍にいるマッギニスがどうやってそれを知った? マッギニスの氷の表情からは何も読み取れない。

 昔、プリービ伯爵令嬢が皇王室に嫁ぎ、何人もの皇王子殿下を御出産なさった。 その関係でプリービ伯爵家は伯爵の中では唯一、爵位継承式の際皇王族の御臨席を戴くという光栄に浴してきた。

 ところが最近デュガン侯爵こそ皇太子殿下暗殺未遂事件の黒幕という噂が広まった。 長年彼との交友がある父上も当然その一味、と。

 皇太子殿下ともあろう御方がそのような根も葉もない噂を信じるはずはない。 だがいつまで経っても御出席のお返事が戴けないために兄上の爵位継承日が決められないでいる。 しかし何度御臨席をお願い申し上げてもなしのつぶてである事を知っているのは父上、兄上と長年の忠義に疑いのない執事だけのはず。


 そこに思いがけなく若がいらした。

「あれ、フロロバ、まだ的場に行ってなかったの?」

「あ、小隊長。 今行く所です。 引き止められちゃって」

「じゃ一緒に行こうか」

 私は必死でこの機会にしがみついた。 側にマッギニスがいようと構ってはいられない。

「若、お願いがあります! 若の隊への転属を御許可下さるよう、カルア将軍補佐へお口添えして戴けないでしょうか?」

「はい? えーっと、誰だっけ?」

「シン・プリービと申します。 プリービ伯爵家の第三正嫡男子です」

「へえ、同じ三男同士か」

「そ、そうです。 同じ三男の誼で若の隊に入れて下さい」

「無理」

「無理、とは。 何故か、お伺いしてもよろしいですか?」

「これ以上部下が増えたら、俺、毛生え薬買う羽目になるって言われた。 毛生え薬が一瓶五千ルークするって、お前知らないだろ」


 私が呆然としている間に若はフロロバと一緒に歩み去り、一体誰がそんな嘘を吹き込んだのかを追及する事は出来なかった。 毛生え薬が一瓶五千ルークするという事実を混ぜ込む、さりげない狡猾さ。 マッギニスか? いや、薬に詳しいリスメイヤー? それとも嘘を尤もらしく語れるリッテル?

 誰がついた嘘であるかを知った所で所詮私は部外者だ。 壁の外に立って入り口はどこだと叫んだ所で無駄というもの。 がっくりと肩を落とした。


 それにしても四人の平民は一体どうやってこの厚い壁の中に入れたのか。 どのような手口を使ったにしろ私にはない切り札をあの者たちが持っている事は認めざるを得ない。 平民、平民と馬鹿にして、それ以上何があるとは考えもしなかったが。 それは間違っていたのか?


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