運び屋 リッテルの話
どこでもそうだが、北軍にも持ち込み禁止となっている物がある。
監獄じゃあるまいし、何を持ち込もうと勝手だろ、だと? それは過去、どんな物が持ち込まれたのかを知らないから言えるセリフだ。
春画の持ち込み禁止は兵士にはちょっと厳しいかもしれない。 でもまあ、兵士の中にはかなり強烈な趣味の奴もいる。 それにびびる兵士もいる。 そっちの春画はよくて、こっちはだめ、とどこで線を引く? 全部だめとしたほうが検閲の手間がかからない。 それでなくともこれは服を着ているから春画ではない、などとごねる兵士がいるのだ。 もっとも知り合いの検閲官によると、この点に関しては若が入隊してから簡単にケリがつくようになった。
「ほう。 春画ではない。 じゃあ若に見せてもいいな?」
この一言で、全員恐れ入りました、悪うございました、と素直に引き下がるようになったらしい。 最近検閲官が定時に帰宅しているのは若のおかげと言ってもいい。
ペットの持ち込みも全部禁止されている。 これも犬や猫なら良いと言ってしまうと、じゃあどうして蛇はだめなんだ、蛇のほうが犬よりよっぽど清潔だ、と抗議する兵士に対応しきれないためだ。
軍の規定外の武器の持ち込みも一切禁止。 過去に爆薬を仕込んだ(手榴弾とか本人は呼んでいたが)玉を持ち込んで、部屋を吹き飛ばした奴がいたからだ。 そこまで危険な物は少ないが、それでも仕掛け物や同室の者が知らずに取り扱って怪我をする事があり得る。 一々危険度を査定したり受け入れるか否かを決めている暇も人力もない。
本の持ち込みもだめだ。 但し、これは思想の検閲をしているからじゃない。 新兵の部屋は寒さが一番きつい最上階と決まっている。 そこに以前、二百冊を超える本を持ち込んで部屋の床をぶち抜いた新兵がいた事から生まれた教訓だ。 では軽い本ならいいのか? だが軽くても飛び出す絵本を持ち込んだ奴がいたりするから厄介だ。 しかも本を開いた状態で部屋中を飾ったため、同室の者から寝返りもおちおち安心して打てない、と苦情が出た。 それで本を持ち込みたい場合は図書室に寄贈するように、と言い渡されるようになった。
薬は全て軍の薬品課から買う事が義務付けられている。 もっとも元気になる薬と偽って、体の一部分だけが元気になる薬を持ち込もうとする奴は後を絶たないが。
ともかく混乱、恐慌、不快、不便が引き起こされる可能性のある物は全て禁止されていると思っていい。 とは言え、禁止されているからと言って人は諦めるか? 否。 そこで生まれるのが密輸という訳だ。
第一駐屯地の東西南北にある入り口にはそれぞれ門番と検閲官が数人常駐している。 ほとんどの奴にとって、さっさっさっ、次! と終わるから、検閲官とは名ばかりで単なるお飾りにしか見えない。
彼らがその道のプロと思い知らされるのは御禁制の何かを隠している時だ。 流れ作業だったはずの持ち物検査がぴたっと止まる。 ブツを見つけるまでは終えるものかとでも言いたげな、昼寝中の亀のごとくゆっくりした速度となり、念入りに調べられるのだ。
一体どうして隠している事がばれるのか? これに関しては長年兵士の間でかなりの議論が交わされているが、誰一人としてこれが理由だと言いきれる奴はいない。 理由を聞きたくても検閲部隊には守秘義務があるし、専用の兵舎に寝起きしているから部外者が御近所さんになる事はない。
以前検閲部隊だったが配属替えになったという者がいるならそいつと懇意になる道もある。 しかし検閲部隊だけは一度そこに入れば退官まで配属替えがないのだ。 入った奴はいるが出た奴はいない。 だから以前検閲官だった奴に酒を飲ませて聞き出すという事が出来ない。 現役検閲官に聞いたって教えてくれないし、賄賂を贈った所で無駄。 奴らの口は石より堅い。 なぜこんなに堅いのか。 それも未だに謎のままだ。
ブツが見つかればその場で没収、質が悪いと判断されれば罰金。 罰金を既に食らっているのに再犯という場合は一週間の肥溜め当番が待っている。 これは普段自分に課されている任務や訓練の他にやらされるからかなりきつい。 今度捕まれば再犯となる奴はどうしても慎重にならざるを得ない。 切羽詰まった奴らが頼りにするのが「運び屋」だ。
俺はブツが何であろうと今まで一度も密輸に失敗した事のない運び屋として知られている。 運びを請け負う奴なら俺以外にもいるし、俺の手数料は北軍一高い。 だが下手な奴に頼んでブツが没収された上に頼んだ事がばれて罰当番をくらったら踏んだり蹴ったり。
高額でも確実に手元に届けてくれる運び屋を使うか。 罰金あるいは再犯の危険を犯しても安い運び屋を使うか。 それとも自分でやり抜くか。 持ち込まないという選択肢のない者にとって究極の選択だ。
ま、大概の奴は一度肥溜め当番をすると諦めがつくらしく、客が途切れた事はない。 褒められた生き方じゃないが、人に褒められたくて生きている訳じゃない俺にとって他の奴らがどう思おうと知った事か。 そんな俺に若の隊への配属替えの話が持ち込まれた。
「カルア将軍補佐、一体何をお考えなんですか? 若の部下が運び屋と世間に知れたら外聞が悪いでしょうに」
「お前に頼らず危険度の高い禁制品を持ち込む事は不可能だからだ」
「別に若の隊に入らなくともやばい持ち込みがあれば教えますが」
そもそも将軍補佐との間にそういう裏協定があるから俺が運ぶ品は検閲に引っかからずに済んでいるんだ。
「最初から死ぬ気で襲ってくるなら別だが、足が付かないようやりたい場合、武器や毒薬を誰にも知られずに密輸する必要がある。 若の部下のお前に、若を殺す為に使うブツを運んでくれと頼むと思うか? だがお前でなければ確実は望めない。 つまりこれは水際で止めるという作戦だ」
という事は、これからも運び屋を続けていい訳だ。 俺の貴重な収入源だからこれを止めるのが配属替えの条件だったら辞退したが。
「そういう事でしたら」




