守る マッギニスの話
「第六十二小隊上級兵、オキ・マッギニス、出頭致しました」
私は扉を叩いてカルア将軍補佐室への入室許可を求めた。 部屋に通されると、そこにはカルア将軍補佐だけでなくモンドー北軍将軍その人がいた。
これは一体何事だ? 上級兵が将軍補佐に呼び出される事自体珍しいが、私の実家が皇国の軍事産業を牛耳るマッギニス侯爵家である事を考えればあり得ない事ではない。 だが将軍? しかも将軍直々の呼び出しである事を隠す為、将軍補佐室へ呼び出すとは。
私が脳内であり得るシナリオを列挙し始めると同時にカルア将軍補佐が常の如く読めない表情で話し始めた。
「マッギニス。 お前にやってもらいたい新しい任務がある。 二つの内どちらを取るか、今すぐ返答が聞きたい。 説明はお前が選んだ後でさせてもらう。 説明を聞いた後で選択を変更するかどうかはお前次第だ。
一つは六頭殺しの若が小隊長として指揮する隊への編入。 横滑りなので兵としての階級変更はない。
二つめはタケオ中隊長の補佐だ」
そういう事か。 どちらも異例だが一般的な物差しで計るなら中隊長補佐への昇進の方が更に異例だ。 補佐は補佐される隊長の指名さえあればなれる。 だが今まで軍曹、小隊長を経ずに中隊長補佐へ昇進した例があったとは聞いた事がない。 現在の上級兵から数えれば三階級の特進となる。
ヴィジャヤン小隊長の部下になる事は書面上は単なる転属だ。 しかし六頭殺しの部下になりたい兵はごまんといる。 最近では上級貴族の子弟が彼の部下になりたくて入隊し始めており、中には弓の腕に覚えがある者もいるらしい。
私の弓は剣より稚拙で、それは世間にも知られている。 なのに弓部隊へ編入とは。 裏に何かあると大声で叫んでいるようなもの。
少し考えたが、迷う必要はない。
「ヴィジャヤン小隊長の隊に編入する方を選びます」
私の答に将軍と将軍補佐はちらっと視線を交わした。 将軍補佐がお訊ねになる。
「理由は?」
「タケオ中隊長の補佐は私以外でも務まりますが、ヴィジャヤン小隊長の補佐は私以外では不可能でしょう」
「彼を補佐する者としてはリッテル軍曹が付く」
「そういう意味の補佐ではない事はカルア将軍補佐御自身がよく御存知なのでは?」
私がそう返答すると将軍が口を挟んだ。
「流石だな、マッギニス。 実家と疎遠になっても情報はいくらでも入ってくるという訳か」
「詳しい事までは存知ません。 けれど六頭殺しの若が入隊して以来、父からも定期的に連絡が届くようになりました。 先頃の皇太子殿下暗殺未遂事件に関しても大筋の所は」
将軍が大した興味もなさそうな風を装って訊ねる。
「それで、どう思った?」
「ヴィジャヤン小隊長、或いは彼に近しい者が次の標的になるでしょう」
将軍と将軍補佐が我が意を得たりとばかりに同時に頷いた。
「其方ならヴィジャヤンを守りきれるか?」
「微力ながら全力を尽くす所存です」
将軍の短い御質問にそう返答すると、将軍補佐が御存知の経緯を御説明下さった。
六頭杯の時にデュガン侯爵が北軍を訪れ、皇太子殿下がお忍びでお出掛けになる為、一週間影武者を務める者が要る、と言って来た。 その際、条件として身長、体重、肌の色、髪の色、出自は貴族、実家の爵位は伯爵以上である事が望ましいと言う。 その他にもいくつかヴィジャヤン小隊長以外に適任者はいなくなる条件が付いていた。
任務内容を聞いた限りでは休暇とでも言えるような簡単なものであった為、深く疑う事もせずヴィジャヤン小隊長に皇太子殿下の服装を持たせ、フレイシュハッカ離宮へ行くように命じた。
ところが一行四名は離宮近くで三十二人の傭兵に襲われた。 ヴィジャヤン小隊長の矢とタケオ中隊長の剣でかろうじて助かったものの、タケオ中隊長の報告によれば刺客は裏世界で名の知れたバンジの率いる手練。 助かったのは幸運以外の何物でもない。
表向きは「皇太子殿下暗殺未遂事件」。 そうではないと反論するだけの証拠は一つもないが、この事件の黒幕はデュガン侯爵ではないかと疑われる。 そうだとすると、デュガン侯爵は皇太子殿下が国外に出発して不在である事を知っていながら刺客を放った。 つまり刺客の目的は最初からヴィジャヤン小隊長を殺す事にあったと考えられる。
真の目的は若き英雄が暗殺された事によって巻き起こされる騒動を利用し、皇太子殿下の皇王位継承権を剥奪する事にあったのかもしれない。 いずれにしても計画が失敗した原因である六頭殺しの若と北の猛虎をそのままにしておくとは思えない。
加えてヴィジャヤン小隊長の父上が実質上の皇太子殿下付き侍従長である相談役に就任なさった。 この異例の人事によってヴィジャヤン小隊長の身辺の危険は一層増える事はあっても減る事はない、等々。
「この度の大功で若とタケオは皇太子殿下より感状を頂戴した。 それにより若はまず小隊長に昇進する。 しかし他の小隊長のように五十人の部下を付けたりしては部下の誰につけ込まれるか。 危険は計り知れない。 それで当座は五人に厳選した」
カルア将軍補佐はそうおっしゃって隊員の経歴をざっと説明した。
「軍曹のガス・リッテルは諜報のベテランだ。 彼には有事の際、誰にも気付かれずに直接将軍と私に連絡する術がある。
ケマ・リスメイヤーは実家が薬屋で毒薬にも詳しい。 ある程度、毒への耐性もあると聞いている。
パイ・フロロバはヴィジャヤン小隊長の実父の推薦状を持って入隊した。 料理が出来るから食事は彼が作るか、食堂で全兵士向けに作られたものでなければ食べさせないように。 多才な男だから何かと便利だろう。
ルア・メイレは年は若いが外科の腕前はかなりなもの。 切り落とされた指を繋げた事もある。 何でも父親が腕のいい医者で、幼い頃から父の治療の手伝いをしていたのだとか。 その技術が必要にならない事を祈るが、万が一怪我や病気をした時に頼りになる」
そして最後が私という訳だ。 身上書を読んだ限りでは全員独身。 私以外で親兄弟などの近親者がいる者はいない。
改めて確認するかのように将軍がおっしゃる。
「マッギニス。 最初にカルアが言ったが、選択を変えてもよいのだぞ。 これは激務になる。 しかも極秘だらけ。 其方のおかげで窮地を脱したとしても感謝や報賞が返ってくる事は望めない。 昇進もだ」
「私の選択に変わりはありません。 今回の任務、謹んでお受け致します」
そして一礼し、退出した。
宮廷の思惑に巻き込まれた六頭殺しの若を守りきる。 これほどやりがいのある任務など他に望めるものか。 マッギニス家正嫡子としての腕の見せ所だ。
決意が胸に漲る。




