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弓と剣  作者: 淳A
昇進
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夜番  タマラの話

 夜も更けた頃、寝酒を引っ掛けにきた私は居間の窓から外を見ている師範に気付いた。

 百剣を目指している私にとってタケオ小隊長は同輩と言うより目上の存在だ。 いくら私の方が年上で軍での階級は同じでも、今までは気軽に声を掛けられる人ではなかった。 だが共に死地をくぐり抜けたからか、それともまだ気が高ぶっているのか。 今夜はいつものような近寄り難さを感じない。


「一杯如何ですか?」

 月見でもしているのかと思い、そう聞いて酒瓶を振ってみせた。

「いや、今はいい」

 首を横に振り、杯を受け取らない。 それならこちらは手酌で飲むまでだ。

 私はそこにあった椅子に腰掛け、一人で飲み始めた。 飲まなきゃとても眠れない気分だった。 血が興奮しているという事もあるが、どれほど紙一重だったかを思うと今ここで酒が喉を潤し、流れ落ちていく事が不思議でならない。

 辺りは不気味な程静かだ。 月明かりが広大な敷地を照らしている。 人影が見える訳でもないのに気が休まらない。 夜襲があったらどうする?

 まさか、と自分で自分の懸念を打ち消す。 少なくとも師範は寛いでいるようにしか見えない。 普段寛いでいる姿を見かける事など全くない人なのに。 だが念のため聞いた。

「師範。 もしや夜襲を心配して夜番をしているのですか?」

 あの様子では若は朝まで起きられまい。 離宮周辺一帯は普通なら東軍が警備している。 だが襲撃された付近は離宮と目と鼻の先だと言うのに東軍兵士を一人も見掛けなかった。 それも不思議だったが、来てみれば離宮内はそれ以上に手薄。 数人の召使いしかいない。 しかもその中に剣の心得がある者が一人もいないのには驚いた。

 これでは丸裸も同然。 もし今夜襲われたら仮に若を起こしたところでひとたまりもないだろう。


「夜襲? それはない」

 師範の言葉は確信に満ちている。

「自信ありげですね」

「まあな」

「何か根拠でも?」

「あの三十二人の刺客の内、八人は傭兵の世界でかなり名が売れている。 俺が顔を知っているぐらいだ。 実はその内五人とは過去に手合わせした事さえある。 もちろん同時にじゃない。 一人ずつだ。

 どれも俺が最終的に勝った事は勝った。 かろうじて、というやつでな。 実戦をかいくぐり、生き延びてきた奴らはしぶとい。 飛び道具を使い慣れているし。 もしあいつら二人が同時にかかってきたら俺は絶対負けていた。

 それほどの手練が一人も帰って来ないんだぜ。 傭兵の世界も情報が命だ。 全員やられたって事はとっくに知れ渡っている。 百万ルークやると言われた所で命あっての物種だ。 はい、行きます、と手を上げる奴がすぐに見つかると思うか?」

 思わず深い安堵の溜息を漏らした。

「さすがは北の猛虎。 それ程の凄腕を全員倒すとは」

「俺が倒した訳じゃない」

「え?」

「その八人は全て若の矢が仕留めた」

「そうでしたか。 いやはや、私達は本当に運がよかった」

「そうとも言える」

「そうじゃないとも言える?」

「俺に言わせりゃ運というより若の観察眼に助けられたんだ。 そこに俺達が居合わせたのは運、かもしれんが」

「どういう意味ですか?」

「若が瞬時に強い奴を見分け、俺が楽に勝てる奴だけ残るように狙い射ちしたのさ。

 知っているか? 傭兵に階級はないが強さの等級ならある。 それを示す勲章もあって級が上がれば上がる程でかくなるんだ。 一番強いのが八等級。

 あの中に八等を付けている奴が一人いた。 七等が七人。 残りはお前でも勝つ事が出来ただろう。 一度に何人も、は難しいだろうが。 若が俺にしてくれたように一人か二人ずつ相手をするなら大丈夫だ」

 酒を飲んではいてもまだ酔っていない。 そんなお世辞を言われた所で、勿論大丈夫です、と返す気にはなれなかった。

「何をおっしゃる。 その大丈夫って奴の一撃を受け止めた時、じーんと腹に響きましたよ。 馬上での戦いで私が見下ろす側だったからなんとか凌げましたが。 私ではどんなにがんばっても一人を片付けるので精一杯。 もし道場であいつの相手をしていたら、ひとたまりもなくやられていたでしょう」

「ちっ、情けない。 鍛え方が足りんぞ。 もっと稽古しろ」

「勿論です。 師範と若のおかげで今日を生き延び、明日も稽古が出来る。 と思えば精進にも気合いが入るというもの」

 だが狩りしかなさった事のない若にとって今日の襲撃はどれ程辛い経験であった事か。 矢切りでさえ大変な御苦労をなさったと聞いている。 なのにいきなり実戦だ。 いっそ目を瞑ってしまいたかったに違いない。 けれど最後の一人を倒すまであの瞳が閉じられる事はなかった。 私達を死なせたくない、その一心で歯を食いしばられたのだろう。


「それにしても、なぜ若が強い奴を狙ったと分かるのです?」

「射った順さ」

「射った順?」

「まず後ろの奴らだが。 あの中に七等級が三人いた。 若はそいつらをまず倒した後、右と左を見て、それから後方の五人を片付けた。

 次に右にいた七等級二人を倒してから、六人。 左には八等がいた。 そいつと七等を倒し、それから残りを、という風に倒していったんだ。 しかも死角を狙って」

「死角?」

「ああ。 あれくらいの奴らにとって矢切りなんかちょろいからな。 しかし馬に乗っている以上、手綱は手放せない。 利き腕に剣。 手綱を握っている側が死角となる。 そちらを狙って矢を放っていた。 それに矢が馬に当たらないよう気を使っていたし。 あれは無駄射ちを心配したと言うより下手に徒歩になられて死角がなくなる事を恐れたんだろう。 二十四本しかない矢だ。 次々切り落とされていたら俺達全員今頃お陀仏さ」


 夜は言葉もなく過ぎていく。

 夜半を過ぎて月が雲に隠れた頃、私は用意された床へ向かった。 夜襲はないと言いながら夜番の如く闇夜の彼方を見つめ続ける師範を後に残して。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 周回中(返信お気になさらず) 若視点は時に多くを語られないことがありますが、あの時の若の動きはこんなにも素晴らしかったのですね。 それを正確に把握する師範も。 普段は優しい若の弓のセンス…
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