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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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入隊  カルア将軍補佐の話

「カルア様、この矢羽根の家紋に見覚えはございませんか?」

 傷なしが運び込まれたと聞いてギルドの工場へ出向いたら、ギルドの長、レイコウが家紋について聞いてきた。 自分には見覚えがなくとも北軍将軍補佐である私なら分かるかもしれないと思ったのだろう。 彼が手にしているのはオークを殺したという矢だ。

「どれにも同じ家紋が付いておりました」

 危うくヴィジャヤン伯爵家のものだと答えそうになったが、 その言葉を飲み込む。 

「調べてみないと分からん。 分かったら知らせよう」


 六頭ものオークを矢で射殺したというのは皇国史上に残る大金星。 そのような偉業を成した射手なら是非とも北軍に入隊してもらいたい。 既に他軍に入隊しているとか、どうしても入隊出来ない事情があるなら別だが、入隊の可能性がある内に殊勲をあげた者の名が広まるのは避けたい。 他軍に勧誘の邪魔をされては困る。

 幸い貴族は数千家あり、ぱっと見ただけでヴィジャヤン家の家紋と分かる者はいないだろう。 大公、公爵家なら数が少ないので名も家紋も知られている。 だが侯爵や伯爵ともなれば自領の領民ならともかく、そうでないなら沢山ありすぎて覚えきれるものではない。

 甲冑や武具には必ず家紋を付ける。 レイコウは過去に取り扱った家紋を実に良く記憶しているが、ヴィジャヤン伯爵家は西南にあるから寒さに強いオークの甲冑を注文する理由はなかったのだろう。


 私にしても国内貴族の家紋を全て記憶している訳ではない。 なのに何故その家紋を知っているかと言えば、モンドー北軍将軍の祖母の実家がヴィジャヤン伯爵家だからだ。 将軍と私は入隊前からの長い付き合いで幼馴染みと言ってもよい。 それでモンドー子爵家の親戚の家紋も知っていた。

 将軍の母上は将軍を産んだ後、間もなく亡くなった。 将軍の父上は再婚なさらず、将軍は祖母に育てられたから、将軍の自宅に遊びに行った時には必ずおばあ様に御挨拶し、お話を伺う事もよくあった。

 先々代モンドー子爵夫人は深窓の伯爵令嬢らしからぬ剛胆な気性の御方で、愛妻を亡くして落胆した息子を支え、領地の経営を助け、孫を育てた。 お輿入れなさってから実家にお帰りになった事は一度もないと聞いているが、実家が代替わりしても何かと行き来はあったようで。 葬式、結婚、出産、就職など、話の端々にヴィジャヤン伯爵家の子弟の名前も出た。


 家紋入り矢羽根はその家の直系男子だけが使う事を許される。 先代伯爵は既に亡く、当代伯爵は一人息子で男の兄弟はいなかったはず。 射手は若い男と聞いているから伯爵本人のはずはない。 伯爵には息子が三人いる。 その内の誰かだろう。 

 継嗣である長男は現在宰相の元で文官の修業中ではなかったか。 仕事で北を訪問中の椿事だとしても弓の名手とは聞いていないし、伯爵家継嗣が供一人で旅するとは思えない。

 次男は確か、南の医学校に在学中。 観光旅行に訪れた? だとしても医者を目指しているのなら弓を嗜んでいたとしても趣味程度の腕前であろう。

 すると三男? 今年辺り入隊する年ではなかったか。 弓がうまいと聞いた事があったような。 その時は気にも止めず、聞き流したが。 剣とは違って弓の競技大会がある訳でもないから、これ程の腕前と世間に知られていなくても不思議はない。

 とは言え、彼が将軍の祖母の伝手を頼って北軍に入隊しに来たとは考えづらい。 ラガクイスト西軍将軍はヴィジャヤン伯爵の従兄弟だ。 バーグルンド南軍副将軍はヴィジャヤン伯爵の幼馴染みであり、間もなく将軍に昇進する。 オスタドカ東軍副将軍は妻がヴィジャヤン伯爵夫人の実妹、つまりヴィジャヤン伯爵の義弟。 サハラン近衛将軍は血縁こそないが、ヴィジャヤン伯爵の飲み友達だから、どこに入隊しようと北軍以上の強力なコネがある。


 剛勇の北と言えば聞こえは良いが、北に自領がある訳でもない貴族が入隊したくなるような魅力など何もない。 皇国が対外戦争を仕掛けた事はもう何十年もないし、外国が侵略したとしてもまず東か西を通過せねばならないのだから北軍兵士が戦功によって昇進する機会は全くないと言っていい。

 殊勲をあげる機会があるとしたら天災の時の救助活動か、オーク狩り。 これが地味な割に結構きつい。 若い者が喜ぶような娯楽がある訳でもなく、長く厳しい冬とまずい飯。 はっきり言って給金も全軍の中で一番低い。 情報通として知られているヴィジャヤン伯爵が、家名を上げる程の弓の名手をわざわざ北軍へ送り込む必要がどこにある?

 北で諜報活動? あり得んな。 誰かを送り込むとしても実子である必要はないだろう。

 ではなぜ彼はここに? まさか親と喧嘩して家出?

 いや、従者が付いているというし、家出をするなら皇都とか、他にもっとましな場所がいくらでもある。 唯一考えられるのが、北の猛虎に憧れて、というやつだ。

 庶民の英雄としてもてはやされているタケオだが、最近では貴族の子弟でもタケオが理由で北へ入隊してくる者が増えた。 或いは入隊志願と言うよりタケオ見物にでも来たか? 他に入隊する前に北の猛虎を一目見ておきたい、とか? それなら充分あり得る。


 国内外の事情に知らない事はないと言われる情報網を持つヴィジャヤン伯爵だ。 自分の息子の弓の腕前を知らなかったとは思えないが、灯台下暗しとも言う。 西には仕留めたら皇国中にその名を轟かすような猛獣はいない。 オークを矢で射殺すとは皇国史上に残る偉業だがオークは北にしかいないのだから、息子の腕前がそこまでとは知らなかったという事があり得る。

 いずれにしてもこの大手柄が皇国全軍に知れ渡るのは時間の問題。 それをやり遂げたのが入隊前の青年と知り渡れば全軍から勧誘の手が伸びるだろう。 仮に平民だとしても。 それがヴィジャヤン伯爵家の三男だ。 となれば将軍を巻き込んでの争奪合戦が始まる事は間違いない。

 タケオのおかげで人気が出た北軍だが、その後に続く剣士はいない。 不世出の剣士が毎年現れるはずもないが、他の軍にはタケオ以外の魅力がある。 残念ながら今の所北軍にはそんなものなど一つもない。 けれどオーク殺しが北軍にいるとなれば入隊志願者が更に増えるはず。


 ふむ。 これは是非とも北軍への入隊を決めてもらわねば。 父伯爵や他の将軍からの邪魔が入る前に。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ数話ですが、文章や話の雰囲気が個人的に丁度良いと感じています。 [一言] 貴族が数千家で、侯爵伯爵家が覚えきれない程あるって、売官しまくっているという事なんですかね? それだと成金ば…
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