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弓と剣  作者: 淳A
昇進
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影武者

「フレイシュハッカ離宮にて一週間の滞在を命ずる。 特殊任務だ。 そこで皇太子殿下の影武者を務めるように」

 将軍直々の御命令だ。 しかも特殊任務に選ばれるだなんて。 なんかすごいんじゃね? 俺って結構優秀?

 んな訳ないよな。 それにしても影武者って。

「あのう、俺は皇太子殿下と背格好とか髪の色や肌の色も割と似ていますが、顔は全然似ていません。 なんと申しますか、その、高貴な雰囲気だって俺には少しもありませんし。 ただ歩いているのを遠目から見たってバレると思います。 影武者を務めるのは、ちょっと無理があるのでは?」

「それに関しては心配無用と予め連絡が来ている。 皇太子殿下は公式には離宮にいらっしゃるという事になっており、それ故誰もそれらしき人がいないのはまずいという意味での代役。 誰とも面会の予定はないので瓜二つである必要はないという事でな。 お付きや離宮の留守を守る者達は仔細を承知しているから彼らを騙す必要もない」


 そう説明はされたけど、それでもなぜ俺に白羽の矢が立ったのか不思議だった。 皇太子殿下なら専属の影武者くらいいるよな? それも一人や二人じゃないはずだ。 その人達が全員出払っていて代わりが要るんだとしても背格好が似ているだけでいいなら俺と似た背格好の奴なんて他にいくらでもいるじゃないか。 北では俺みたいな色黒は珍しいけど、同じ部隊にだってもう一人いる。

 貴族だから立ち居振る舞いがいいと思われたとか? それだったら困るなー。 俺は貴族と言っても名ばかりで、ちゃんとした儀礼とか全然勉強していない。 でもそんな事、影武者を頼んだ人はともかく、将軍はとっくに御存知だ。 今年に入ってから将軍とは六頭杯関係で何度も会議している。 食事も御一緒させて戴いているから、もう全部ばればれって言うか。

 食事の後でトビに食事中俺のした事を質問され、がっつり説教されて以来少しはましになったけど。 皇王族として通じるレベルでない事だけは確か。


 まあ、宮廷内ともなると人には言えない色々な事情があるんだろう。 下々の者には分からないだけで。

 任務は任務。 兵士はやれと言われた事をやるまで。 理由や事情なんて知る必要はない。 それに悪い話じゃないよな。 たった一週間とは言え贅沢な離宮で暮らせるんだ。 儀礼を気にしなくちゃいけないならかなり厳しいが、しなくてもいいなら任務としてはすごく楽だ。

 おまけに俺の護衛としてタケオ小隊長が付いて下さった。 はっでー。 皇太子殿下御本人を警護するなら分かるけど、俺みたいな下っ端に豪華極まりないお心遣いだ。 たぶんタケオ小隊長も休暇なんてしばらく取っていないし、離宮にただで泊まれるなんて平民にはまたとない機会だから将軍としてはちょっとした御褒美になると考えたんだろう。

 タケオ小隊長が北軍百剣の剣の指導を始めて何年も経つ。 彼が師範になって以来、毎年軍対抗戦で近衛を苦しめるほど北軍は強くなった。 本来なら昇進して当然な貢献なのに、まだ若いという事と平民である事が災いして昇進が実現していない。 せめてこれぐらい、という事のようだ。

 俺はうきうき休暇気分で東へと旅立った。 俺達の他にはタマラ小隊長とトビが付いて来ている。 爽やかな五月の季節を楽しみながら気心の知れた者同士、気楽な旅だ。


 駐屯地から出発して三日目。 あと少しで離宮に着くという所まで来たので俺は皇太子殿下用の服を着た。 離宮内と離宮近くに着いたらこの服を着るように、と手渡された家紋入りだ。

 さすがは皇太子殿下のお召し物だけあって一目見ただけで高級品と分かる。 ごてごて飾りが付いている訳じゃないけど、とても上等な布を使っていてよい手触りだ。 仕立てが良いからかすごく動きやすい。 そして高貴を示す紫がふんだんに使われている。

 これを着ている俺って遠目から見たら結構高貴かも、とにまにましていた。 馬子にも衣装?


 急ぐ旅じゃないからゆっくり辺りの景色を楽しんでいたら、もうすぐ離宮が見えるという所で変な動きが眼についた。

「あのう、師範」

 俺は剣を習っている訳じゃないが、矢切りではお世話になったし、毎週のように道場に行っているので、俺も他の剣士達のようにタケオ小隊長の事を師範と呼ぶようになっていた。

「なんだ」

「傭兵が近づいて来ています。 抜き身で。 強盗、かも?」

「何人だ?」

「後ろと左右、十人ずつ。 合計三十人。 ずっと前にいる二人も仲間っぽい。 みんな強そう」

「お前、矢は何本持ってきた?」

「二十四本です」

「一番近いのはどっちの方角だ?」

「後ろ、かな」

「次は?」

「右だと思います」

「いいか、まず一気に後ろに向かって駆ける。 奴らが射程距離に入り次第、倒せ。 だが一方向の全員を倒すんじゃない。 二人残すんだ。 そいつらは俺が仕留める。

 タマラ小隊長は若を守れ。 俺の援護は出来たらでいい。

 トビ、当たってもまだ使えるような矢があったら拾ってくれ。

 若。 仕留めた奴らを数えろ。 俺が仕留めた奴も含めて」

 そして全員に念を押した。

「若が三十二と数えるまで絶対気を抜くんじゃないぞ」


 俺達は一斉に後ろに向かって駆け出した。 賊が射程距離に入ると同時に射ち始める。 相手がどの程度の腕なのか分からないが、勲章を付けているのが見える。 それがでかい。 あれって確か、強けりゃ強い程でかくなるんだ。

 師範ならどんなにでかくたって倒せると思う。 たとえ二人同時に掛かって来られたとしても。 だけどいくら師範だって何人もの凄腕に纏めてかかって来られたらやばい。 俺とトビの剣じゃ殺して下さいと言ってるようなもんだし。

 タマラ小隊長なら頼りになるが、俺を守っていたら師範の助けになれない。

 つまり一人対三十二。 普通に考えたら絶体絶命だ。 でも俺には弓がある。


 バシュッ

「いちっ」

 バシュッ

「にっ」

 バシュッ

「さんっ」

 ぐうっと吐き気がこみ上げる。 だけど吐いている暇はない。 殺らなきゃ殺られる。

 数を、数を数えなきゃ。 何も考えるな。 俺はただ数えればいいんだ。


 八、と叫んだと同時に師範が十人の内の残り二人を仕留めたのが見えた。

「くっ。 じゅうっ!」

 俺は馬を右方向に向け、駆け寄って来る傭兵に矢を放つ。 数がどんどん増えていく。

「じゅうはちっ」

 そこで師範が三人目を仕留めたのが見えた。

「じゅうくっ」

 師範が四人目と切り結び始めた所でトビが当たってもまだ使える矢を素早い動きで拾い、手渡してくれた。 矢は間に合うか? 間に合わない?

 考えている暇なんかない。 左方向の奴らに向かって矢を放つ。 中の一人が俺に襲いかかって来た。 タマラ小隊長が必死になって食い止める。 俺はただ夢中で数を叫び続けた。

「二十九! 三十!」

 そこで矢を射尽くした。 前方にいた最後の二人が俺に襲いかかる。 気の所為か? どいつも俺を殺そうとしているっぽい。 金目当てとかじゃなく。 だってトビが丸腰でちょろちょろ走り回っているのに、そっちを見向きもしない。

 俺が紫色の服を着ているから? なら余計トビの方を狙うはずだろ。 紫を着ている人が金を持っている事ってまずない。 金を持ち歩くのはお付きの者だ。 強盗ならそれぐらい知っているだろ。 強盗をした事がない俺でさえ知っているんだから。 なのにトビではなく俺を狙うって。 つまり金目当てじゃない?

 もしかしたら俺を本物の皇太子殿下だと思っている? こいつら皇太子殿下のお命を狙う刺客?


 師範が二人の内の一人を剣で馬から叩き落とす。 瞼がぴくりとも動かない。

「三十一!」

 タマラ小隊長が必死に防戦していた最後の傭兵に師範が襲いかかる。 傭兵は血しぶきと共に落馬した。

 師範とタマラ小隊長の服は返り血と汗でぐしゃぐしゃ。 そちこちに傷を負っている。 どれも深手のようには見えないが。

 俺達全員、滝のような汗だ。

「三十二」

 そう数えた事だけは覚えている。 ちゃんとみんなに聞こえたかな? 頭がぼうっとする。

 体が馬からゆっくりずり落ちて行く。 慌てて手綱を掴もうとしたが、手が滑った。

「若!」

 遠くからトビの叫びが聞こえたような気がした。


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