感状
五月の初旬、参加者五十名で第一回六頭杯が開催された。 俺は将軍閣下から競技が始まる前に模範演技を披露するようにと言われている。 何をやってもいいと言われたので流鏑馬をやる事にした。
あれってやっぱり華やかだし。 全部当たるのは珍しいとか聞くし。 その珍しい事がやれる俺って感じで。 模範演技に相応しいと思った訳。
当日はとても良いお天気に恵まれた。 輝くばかりの緑が眩しい。 北の最も美しい季節だ。 何だか皆がうきうきしている感じ。 会場を見ると、五十人しか出場しない競技会だというのに結構人が集まっている。
第一駐屯地は北軍駐屯地としては最大で、一万五千人の兵士がいるからな。 それにこんなに良いお天気なら外で競技を見ながらご飯を食べようと思う兵士も多いだろう。
競技は弓部隊の部と一般兵士の部に分けた。 どちらの部の優勝者にも将軍から表彰状と記念の優勝杯が贈られる事になっている。 表彰状は将軍が渡し、優勝杯は俺が渡す事になっているんだって。 ちょっと照れるかも。
おしっ、と気合いを入れ、俺は馬を走らせた。
どどどどっ、ばし、ばし、ばしっ。 十発命中! ぶわっと大きな歓声が上がった。
おおっ。 嬉しい!! よしっ、アンコールな。
俺はくるっと馬の向きを変え、どどどどっ、ばし、ばし、ばしをもう一度やった。
やったぜ、十発命中! で、俺は歓声が上がるのを待った。 でも上がらない。
辺りを見回すと、なんかみんな呆然とした顔をしている。
まずい。 ひょっとして、やり過ぎた? KY?
流鏑馬って右方向からやるものと決まっているとか? えーーっとお。
どうして皆しーんとしているのか理由は分からなかったが、すごくいたたまれなくなって、俺はそのままこそこそ退場した。 会場出口で待っていたトビが、お見事でございますと褒めてくれたけど、ちっとも嬉しくない。 身内に褒められても有り難みがないって言うか。 つい面白くなくて、きつい口調で返事をした。
「慰めてくれんでもいいよっ」
「慰める? それはどういう意味でございましょう? 慰めてなどおりませんが」
「でも俺、何かまずい事やったんだろ? 見ている人から全然歓声が上がらなかったじゃないか。 最初の十矢でやめときゃよかった」
トビはちょっと首を傾げて言う。
「それは若が両手利きである事を知っている人など、いなかったからではございませんか? 仮に両手利きの者でも両方向射ちが自在に出来るかといえば、それはまた別でしょうし。 それだけに流鏑馬での折り返しは大変珍しいと申せます。 しかも全的命中。 驚きのあまり、拍手のタイミングを外しただけではないでしょうか」
ちぇっ。 まあ、トビは弓の事をよく知らないから無理もないけど。
「弓の方向って利き腕っていうより、利き目によって右か左のどっちかにした方が便利ってだけ。 別に両手利きでなくたって左右どちらも射つぐらい誰にだって出来るだろ。 やらないだけで」
「やらないのではなく、やれないのだと思いますが」
「あー、もういいから」
主贔屓のトビに持ち上げられたって空しいだけだ。 俺は部屋に戻ってふてくされていた。
ところが間もなくカルア将軍補佐がわざわざ俺を呼びにきて下さった。
「若、将軍が直々に感状を渡したいとおっしゃっている。 すぐ戻るように」
すごい! 嬉しい!
俺は一気に気分を向上させ、競技会場に戻った。 すると俺が現れた途端、会場が大歓声に包まれた。 将軍から感状を頂戴し、弓部隊のみんながいる所に戻ると、すげー、と口々に褒められる。 いやー、それほどでも、と照れながら答えた。
やっぱり褒められるならトビ以外の人から褒められたいよな。 いや、トビ以外の人から「も」だな。
トビ、決してお前をないがしろにしている訳じゃないんだからな、と心の中で聞かれてもいない言い訳をつぶやいておいた。




