星読み バスラーの話
「皇国の衰退が始まった」
そう爺様が予言したのは三十年以上も前の話だ。
ずっと昔、爺様の爺様が生まれる前くらいの遥か昔。 俺の一族には何十年も先の未来を見通せるほどの予知能力を持つ奴が何人もいたらしい。 だけど今では来月や来季、せいぜいで来年の天候が予測出来る能力を持つ者しかいない。
爺様が年を取って寝たきりになっても爺様程の星読みは生まれなかった。 もっとも爺様のような先祖帰りと呼ばれる強い星読みは百年に一度現れるか現れないか、らしいが。
俺は村では一の者と呼ばれている。 それは村で一番強い星読みの能力を持つ者を指す呼び名だ。 俺が星読みでない事は確かなのに。
星読みの能力があるなら普通は子供の頃にその兆候が現れる。 例えば明日何が起こるか正確に分かるとか。 成長するにつれ予知出来る時間が段々先へと伸びて行くんだ。
十八をとっくに過ぎても俺が何かを予知した事はない。 何人もの強い星読みを生み出した由緒ある家系として知られるバスラー家の長男として生まれたが、明日の天気さえ正確に予知した事はない。 それでも一の者と呼ばれているのは爺様がそう予言したからだ。
「儂の跡を継ぐ子じゃ。 テムと名付け、必ず北軍に入隊させるように」
しかしこれって予言と言えるのか? 星読みが出来ないのに何を継げと言うんだ? それに今まで俺の村から北軍に入隊した兵士は誰もいない。
それでも、テムは北軍に入隊するであろう、ならかろうじて予言かもしれないが、北軍に入隊させるように、て。 仮に予言だとしても入隊して何をすべきなんだ?
爺様はそこまで予言してくれなかった。 爺様の予言は一つも外れていないと言われているが、正直な所俺に関する予言はただ一つの外れ予言じゃないのかと疑っている。
ある年、村の行く末を決める予言が齎された。
「次代様の星が現れた」
爺様でさえそれからどうなるのか読めなかった。 だけど次代様がお生まれになったのならこの国が滅びるのは時間の問題だ。 次代様が新しい世を作り出す時、必ずその前に破壊と殲滅が訪れる。 戦が始まったら、いや、始まる前から星読みが狩られるだろう。 敵の動きを読むために。
ここに星読みがいる事は村人以外は知らない秘密だが、どこから何が漏れるか分かったもんじゃない。 たとえ最後にどちらが勝つかが分かってそちらに付いたとしても、勝った後味方同士で争ったりする。 そうなったらとばっちりは避けられない。 それに最後には勝つ次代様に付いていようと、途中で負ける事が何度もあるのが戦だ。
元々予言はいつも喜ばれるとは限らない。 特に負けが避けられない時、星読みは黙っている事もあった。 第一、戦の勝ち負けを一々正確に予言出来る星読みなんて村にはもういない。 なのに予言が出来るくせに黙っていると疑われ、殺されるかもしれない。
戦火から逃れるため村長は村人を他国へ移住させ始めた。 娘を嫁にやったり、息子を出稼ぎに出したり。
次代様の誕生から更に五年の月日が経ったある日、夜空を見上げた爺様が言った。
「これは面白い」
爺様の予言は全て記録されているが、今まで面白いという表現をした事は一度もない。 そもそもそれはどういう意味だ?
「皇国の命運は変わる。 移住はせずともよい。 星達は出会う。 北軍で」
その翌年爺様は死んだから、それが最後の予言となった。
予言を確かめる術はないまま月日は流れ、弱冠十九歳の北軍剣士が近衛の大将を破ったという噂が村に届いた。 次代様は十九歳になっているはず。 当然村の誰もがこの御方こそ爺様の予言した次代様に違いないと思った。
だからと言って何をどうしたらいいんだか誰にも答えられなかったが。 爺様に指示された通り、俺は十八になると同時に北軍に入隊した。
そして爺様の言う所の「面白い」御方が十八になった年、六頭殺しの若が入隊する。
猛虎が若を助けるという二人の出会いは、俺には起こるべくして起こった必然に見える。 彼らは自分達がいずれ皇国の命運を動かす事をまだ知らない。 いや、命運はおそらく本人達の与り知らぬ所でとっくに動いているんだ。 動いた所で傍目には何も変わらない。 当事者は自分の人生が予定されたものと大きく違っている事を知らないのだから。
俺は本人達はもちろん、他の誰にも告げるつもりはない。 まあ、言った所で信じられないだろ。 俺はただの傍観者だ。
「春遠き」の章、終わります。




