ギルド街にて 甲冑仲買人、ザズの話
工場に無傷のオークが六頭持ち込まれたという知らせは、あっという間に第一駐屯地の北にあるギルドの全員に知れ渡った。
オークの体に捨てる部位はない。 実に様々な使い道がある。 歯、骨は加工されて彫刻や工芸品、或いは小刀。 爪は装飾品や楽器の爪に使われ、蝋は蝋燭や化粧品、防水用ワックス。 脂肪からは油が取れるし、内臓からは薬や殺虫剤とかの毒薬も作られる。 筋は弓弦や楽器の弦になるし、肉はそのままでは食えたもんじゃないが薫製にすると一年以上日持ちのする保存食になる。
しかしなんと言っても一番高値で取引されるのは皮だ。 鉄並みの強度がありながら軽く、気温が下がっても冷たくならない。 極寒の北では兵士は必ずオークの甲冑を身に付ける。 ただオークを狩る時どうしても仕留めるための傷があちこちに付く。 だから一領の甲冑を作るには何頭もの皮を継ぎはぎするしかない。 無傷のオークから作られた甲冑に家一軒買うほどの値が付くのは傷なしがそれほど珍しいからだ。
「食堂カリコ」は、味はそこそこだがギルドの工場に一番近く、大量の仕出し弁当も出せる飯屋だ。 その日、カリコの裏にある駐馬場で馬に飼い葉を食わせながら人待ち顔なのはザズ。 甲冑仲買人として名の知れた男である。
ザズは鼻が利く。 また、そうでなくては甲冑仲買いの世界で生き抜く事は出来ない。 何事も時間との勝負だ。 駐屯地からの正式発表を待っていたら手に入る物も入らない。 それは甲冑に限った事でもないだろう。 目当ての男が小走りで店から出てきた所をすかさず呼び止めた。
「よう、カイ」
「忙しい。 またな」
「まあ、そう言わず。 俺の馬に乗って行っていいぜ。 お前の馬は散々走らせたんだろ? 腹も減っているようだし。 一応水は飲ませておいたけどな」
そこまで親切にされては無下にも出来ない。
「ちっ。 何が知りたい」
「なんで無傷だ? 病気か? 毒か? まさか槍で喉を突いたって話じゃないよな?」
「矢だ」
「矢って。 あの弓矢の矢?」
「それ以外に何がある」
「鏃に毒を塗っていたとか?」
「いや、素矢。 口のど真ん中に命中している。 出血で窒息したんだろ」
「一頭はそうでも他の五頭は?」
「六頭全部」
さすがに予想もしなかった情報で、ザズは思わずカイの顔をまじまじと見てしまった。 しかし他の奴ならともかく、真面目で知られる甲冑職人のカイが冗談でこんな事を言うとは思えないし、今まで何かと世話をしてあげた俺に嘘をつくような奴でもない。
「それって、いつ。 いつ殺されたんだ?」
「今日」
「今日? 何頭が今日?」
「全部、今日。 じゃあな」
カイはさっとザズの馬に乗った。 ここで逃げられてはたまらない、とばかりにザズが馬の轡を掴む。
「おい、待て! 何頭売りに出る? 全部買うぜ」
「俺に聞くな。 傷ありの一頭は売りが決まっているが、傷なしは奏上が先だ」
「それは一頭で済むだろ。 将軍へもう一頭としても、後四頭ある」
「どうするかは仕留めた奴次第さ」
「何人でやったんだ?」
「一人」
「一人って。 んな訳ないだろう?」
「と、俺に言われてもな。 下準備は始まっているが、加工を始めるのはそいつが起きるまで待てと言われた。 俺が知っているのはそれだけだ」
「瀕死なのか?」
「体は無傷だ。 オークに襲われているんだ。 頭の中身も無事かどうかは分からねえが。 朝には目が覚めるだろ」
カイはそれだけ話すとザズの馬に乗って走り去った。 知りたい事が全部分かった訳じゃないが仕方がない。
ばてばてに疲れている馬をなだめなだめ、ザズは次に薬屋へ向かった。 馴染みの薬師であるガンが出掛けようとしている。
「おい、ガン」
「無理。 今日も、明日も、あさっても」
「おいっ! くそっ」
あっという間に逃げられたが相手が薬師ではしょうがない。 オークの内臓を取り出すのは時間との戦いだ。 新鮮であればある程高値が付く。 ザズは諦めて他を当たる事にした。
だが肉屋には店番さえいなかった。 弓屋と刀屋は店が閉まっている。 宝飾店は店長不在。 店番の店員は何も知らない。 油屋、楽器店。 オークに少しでも関係のある店はどこも閉まっているか何も知らない店番がいるだけ。
蝋燭屋は開いていた。 客の振りをして店長に話し掛ける。
「よう、蝋燭を買いたい。 二十匁を百本」
「大変申し訳ないのですが、あいにく只今はそれ程の在庫がございませんで。 しかし三日ほどお待ち戴ければ」
「あてがあるんだな?」
「はい。 本日、七頭仕留めたって話で。 手前も今日はこれで店仕舞いし、工場に行く所です。 今夜から職人全員、不眠不休ですわ」
「へえ、七頭。 そりゃすげえ。 誰が仕留めたんだか知っているか?」
「北の猛虎が一頭、というのは聞いていますが。 残りは、うーん。 噂じゃ一人でやったとか。 でもまさか、ねえ? 一人で六頭も殺れるはずはないですし。 他にもいたけど、みんな死んじまった、て事じゃないんですか」
「その生き残った奴の名前、分かるか?」
「軍では六頭殺しの若って呼んでいるようですけど。 本名じゃあないでしょう」
「ほう、六頭殺しの若」
急いでいる風の女中が、そこに割り込んだ。
「ちょっと、五匁の蝋燭、二本頂戴」
「はい、ただいま」
蝋燭屋を出たザズは軍の駐屯地へ向かって嫌がる馬を走らせた。