夜更かし
トビはこの頃、毎晩夜更かしをするようになった。 冬の夜なべに従者が何をしようと、とやかく言うつもりはない。 従者にだって従者の人生があるんだから。 でもちょっとがんばり過ぎじゃね? 朝が辛そうだ。
心配になって、朝赤い目をしているトビに声をかけた。
「少し昼寝したら? 昨日も遅かったんだろ?」
「いえ、大丈夫です。 昼のお勤めが疎かになるようでは本末転倒ですから」
「本末転倒って。 一体毎晩、何してんの?」
「若便りを書いております」
「はい?」
すると机の下に置いてあった箱の中から薄っぺらな雑誌を取り出して見せてくれた。 絵が描いてある訳でもない、のっぺりした表紙に「ともびと」と書いてある。 表紙の紙の色と何月何日という日付は違うが、時々同じような物が机の上に置いてあった事は覚えている。
因みにこの机は一応俺の物だけど、いつもトビが使っていて俺は使った事がない。 本とか読むのは苦手だし。 絵が沢山入っているやつなら見るけど。 最初にその雑誌を見つけた時、何だろうと思ってさっと目を通したが、絵がどこにも入っていなかったからそれ以来一度も手に取っていない。
今日のやつは以前見たのより少し厚い。 中を見たら偶に簡単なイラストが入っていた。 目次にトビの名前があったが、俺にとってはまだまだ絵の数が少ない。 読む気になれる程じゃないからすぐに返した。
「で、これが何?」
「元々は従者用の回覧板だったと聞いております。 従者付きで入隊する貴族があまりいなかった頃は、それで充分間に合っていたのでしょう。 しかし北の猛虎人気で入隊する貴族の数が増え、それにつれ従者の数も随分増えました。 加えて、この若人気。
従者同士の情報交換は大変貴重です。 従者の数がこれだけ増えたのに回覧板では手元に届くまでに時間がかかり過ぎる、という訳で会誌が発行されるようになりました」
「会誌? 従者用の会誌なんて、そんなものがあったんだ」
「御覧の通りです」
「へえ。 一体どんな情報がのっているの?」
「越冬の知恵。 これは人気コラムです。 私のような温暖な地域出身の従者は北の冬に関する知識が充分とは申せません。 防寒具にはどんな物があるから始まり、どこで何がいくらぐらいで買えるか、そういった情報にいつも助けられております」
「なるほど。 それでおまるを買ってきたのか。 確かに役立っているよな」
「冠婚葬祭も見逃せません」
「どうして?」
「結婚のため退役する、転属する、実家の誰それが死んだ故帰る、次男だったが継嗣になった等々。 これらは従者として正確に把握しておくべき情報です。 しかし軍務関係ならともかく、私事に関するあれこれは軍から正式な通達が貰える訳ではありません。
失礼ですが、若は噂に詳しい御方とは申せませんし、かと言って私が聞き回っている時間もございません。 そもそも一々噂に頼っていては事実かどうかを確認する必要があり、対処に出遅れる恐れもございます」
「知り合いでもない人が結婚しようと死のうと俺には何の関係も」
「ございます。 例えばホウ小隊長が御結婚なさり、妻の実家を継がれる為、除隊なさる事が先月号に掲載されておりました。 その空きにタマラ小隊長が就任なさるとの事」
「おおっ。 コオ兄が第一に来るの? やべ、ついくせで。 タマラ小隊長が転属になったんだ?」
「はい。 このように直接的な関わりのあるものばかりではございませんが。 他にも有益な情報が掲載されております。 日頃何かとお世話になっている事でもあり、その返礼のつもりで不才ながら私が若の日常に関するコラムを書き始めました」
「俺の日常? なーんだ。 それで毎晩苦労していたのか。 俺って話題性ないもんな」
そんなに一生懸命書いたって誰も読まないんじゃないの、とは思ったが。 せっかくがんばっているのに水を差す事もない。 あんまり夜更かしはするなよ、とだけ言っておいた。




