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弓と剣  作者: 淳A
天駆
439/490

竜賊

 海賊、山賊、盗賊、馬賊、いろんな賊がいるけど、空賊なんていないよな? な? な?


 ……ちょーっと、しつこかった?

 いや、ま、しつこく聞くまでの事でもないとは思うけどさ、念のため。 もっとよく考えろの、分からないならどうして人に聞かないの、しょっちゅう怒鳴られているもんだから、つい。 誰に、なんてわざわざ言うまでもなく皆さん御存知だと思うから言わないが。

 なにしろ皇王城内で俺が調子っぱずれの童歌を歌い、サリに大泣きされた事までみんな知っているんだもんな。 嫌になっちゃう。 因みにこれはフロロバから教えてもらったんじゃない。 最近はフロロバも何かと忙しいらしくて、ほんとにあった事が噂になったくらいじゃ教えてくれないから。 偶々食堂を通り過ぎた時、兵士達のおしゃべりが聞こえたんだ。


兵士1 「若が歌ってサリ様に大泣きされたって、ほんと?」

兵士2 「おっせー」

兵士3 「先週、死んでた?」

兵士1 「いや、恥ずかしがって人前じゃ歌わないって聞いてたから。 イマイチ信じられなくて」

兵士2 「辺りに御家族しかいなかったんだと」

兵士4 「童歌ならいけると思ったんじゃね?」

兵士1 「童歌だって歌は歌だろ。 親の真似して音痴になったらどうする気なんだか」

兵士4 「ま、奥様は歌姫だし。 嫌がって泣いたなら音痴じゃないだろ」

兵士2 「変な所が似なくてよかったよな」

兵士3 「うん。 弓の腕前なんて似てたとしても見せる場面なんかある訳ないし」

兵士1 「皇王妃陛下が歌う場面だってないとは思うけどさ。 あ、ヒャラだったらあるかも」


 爆笑。 その先は聞いてない。 でも皇王城内であった事をどうして北軍のみんなが知ってるの? 誰が泣いたかばれたのは、ばかでかい泣き声のせいだとしてもさ。 なぜ泣き出したのか、それはあそこにいた家族以外、誰にも分からないはずだろ。 一体いつ誰が誰に喋ったんだ?

 兵士達のおしゃべりを聞いたのは俺が皇都から帰った日だ。 先週もう広まっていたのなら家内の誰かがばらしたんじゃない。 全員俺と一緒に帰ったんだから。 そもそも家内に口をすべらせるような人はいないし。

 なのにこうだもんな。 ほんと、何がどう広まるか分からない怖い世の中だぜ。 もしかしたら俺の人生で何があったか、俺より世間の皆さんの方がよく知っていたりして。 ははは。 まさか、な。


 それはともかく、事実ならどう噂されてもまだ我慢出来る。 それか、全くのでまかせならかえって気にならない。 ところが俺に関する噂のほとんどは事実が含まれていて、そこに尾鰭が付いていたりするから困るんだ。 だから全部嘘と言い返す訳にもいかなくて。 始末が悪いったらありゃしない。

 例えば酔っ払ってブラダンコリエ先生とモンティックを振り払った事とか。 それは事実だが、俺が振り払ったのはその二人だけだ。 あの日の事はよく覚えていないんだけど、振り払われた本人達がそう言ってるんだから間違いない。 どちらも小柄で鍛えている人でもないから俺でなくたって振り払えたと思う。 俺は酔うと馬鹿力を発揮するタイプでもなければ見掛け以上に強力、て訳でもない。

 なのに噂じゃ俺が並みいる兵士をちぎっては投げた事になっている。 大男として知られるレサレート小隊長まで宙に舞わせたんだって。 俺もその時吹っ飛ばされてさ、と体の青あざを自慢げに見せる奴までいたらしい。

 あの場には一部始終を見ていた人がかなりいたはずだろ。 どうせ噂するなら、いやいや、実はこれこれこうだった、と打ち消してくれればいいじゃないか。 七十五日はとっくに過ぎても剛力武勇伝が下火になった様子はない。 むかむかして、去年の話をいつまでも覚えていないでよっ、と叫びたくなったが、それに尾鰭が付いて広まったら嫌だから我慢した。


 そんなこんながあったせいか、最近の俺って慎重なんだ。 それで空賊も聞いた訳。

 空賊なんていないから、そんな言葉もないんだろ。 それって船や馬の旅より飛竜の旅の方がずっと安全と証明しているようなもんだと思わない? 飛竜は危ない、怖いから乗らないと言う人は結構いるけどさ。

 そりゃ飛竜の旅なら絶対速いし安全とは言わない。 強風や嵐、霧で視界が悪い時には飛べないから、年中天候が悪い場所だと馬の方が速かったりする。 賊には襲われなくても飛竜の鼻息に吹っ飛ばされて怪我をしたとか、振り落とされる事故が偶にあるし。 それに羽の邪魔になるような所、つまり町中や森の中には離着陸出来ないから辺鄙な所に不時着する事もある。 そこで盗賊に狙われるかもしれない。

 今回の旅でも一番の心配は不時着した時の襲撃だ。 ダンホフ邸なら別邸でも便利な場所にあり、敷地内に飛竜が離着陸出来る広さもあるらしい。 だけどそこまで贅沢な設備がある家は上級貴族であっても少ない。 俺の実家も本邸の敷地は結構広いが、森に囲まれているから飛竜の離着陸に不向きだ。 すると途中、どこに泊まる? 野宿って訳にもいかないだろ。 飛竜を泊められる場所だって限られるし。


 スティバル祭祀長は今まで滅多にお出掛けにならなかった。 今回のような予定にない突然のお出掛けなら待ち伏せされる危険は少ない。 とは言え、祭祀長の御旅行なら護衛が百人だって充分とは言えないのに二人だけ、ていうのは、ちょっと。

 幸い今は飛竜の旅に絶好の季節だ。 空中に決まった道がある訳じゃないから待ち伏せは心配しないでも済むし、飛竜なら他の交通手段よりずっと短時間で往復出来る。 陸路ならマリジョーまで片道二週間はかかるのに四日やそこらで行って帰って来れた。 それから考えると皇都へも同じ位で往復出来るはず。 二日目には皇王城に着くとすると、スティバル祭祀長は皇王城内の神域にお泊まりになるだろうから、宿に泊まるのは行きに一晩、帰りに一晩だけだ。


 以前スティバル祭祀長が玉竜を御利用になった時にはもっと時間がかかったようだが、それはたぶん四頭で天蓋を運んでいたからだろう。 飛竜は元々一頭で飛ぶ事を好む。 お互いから離れないように同じ早さで同じ方向へ飛ぶ事を教え込むのはとても難しい。 だから途中で一頭の具合が悪くなったとしても他の飛竜と交代させる事が出来ない。 加えて四頭同時の離着陸となると一頭分の広さじゃ足りないから場所だって選ぶ。 でも今回のような直乗りなら、ぱっと行ってさっと帰れるはず。

 飛竜が安い乗り物だったら俺だって一頭飼いたい。 夏の間だけでもいいから。 そしたら自領との行き来がもっと頻繁に出来るようになる。 自家用飛竜なんてそんな贅沢な真似、トビが許す訳ないけど。 自家用馬車でさえけちって一台しか買ってないんだから。

 まあ、下手に便利な乗り物があると、やれすぐ来いの、なんで来ないの、そっちこっちから面倒なお誘いが来るかもしれない。 飛竜を持っていない方が、行けませんと言いやすい、て事はあると思うが。

 それに生き物だと買ったらそれで終わりじゃない。 竜舎を建てる金や餌代はなんとかなるとしても、北には飛竜の医者なんていない。 病気や怪我をした時、何もしてあげられないのはかわいそうだろ。


 普段誰かが世話をしてくれ、偶に操縦するだけなら気楽だよな。 そういう意味では今回の旅は飛竜の操縦を楽しむ貴重な機会と言える。 護衛がたった二人なのはきついが。 特に飛んでいる最中はいいとしても、途中の休憩や夜間の警備をどうする? 日中操縦し、夜寝ずの番をするのは出来れば勘弁してもらいたいんだけど。 かと言って師範だけに夜番をさせたら恨まれるのは確実だ。

 乗竜中はすごく揺れるから寝れるような快適さはない。 客として乗るだけでも結構疲れる。 そもそもこの旅は俺が移籍しないでも済むように根回しする事が目的だ。 俺にも寝かせて、なんて言える立場じゃないんだよな。 それに護衛は師範じゃなきゃ務まらない訳じゃない。 その方がより安心だから引っ張り出された被害者みたいなもんだし。

 まあ、往復四日の旅だ。 諦めて夜番を頑張るしかないか。


 出発のお呼出しがあり、スティバル祭祀長のお部屋へ伺うと、そこには祭祀長服を着たダナエタン神官がいた。 スティバル祭祀長を始め、テーリオ祭祀長見習、バーズラフ神官、そして昨日俺達の部屋の外にいた隙のない神官は普通の神官服なのに。 まさか、また神官が何か裏工作をしようとしている?

 事情を知らない内から人を疑うもんじゃないとは思うが、今まで色々あっただけにそんな疑いが頭に浮かんだ。 するとスティバル祭祀長が落ち着いたお声でおっしゃる。

「準大公。 モンドーより、あまりに随行が少ない、せめて影武者を、との進言があってな。 ダナエタンがその役目を務める。 バーズラフとヒューダールも随行する事になった。 影武者の護衛としてはマッギニス、ポクソン、タマラ、ケイザベイが同行する」

「御意」


 百剣の三人が付いて来てくれるのなら心強い。 それなら俺は夜番をしなくても済む。 剣の腕はからっきしのマッギニス補佐が同行するのは不思議だけど。 陛下の御前で俺がバカな真似をしないように、お目付役?

 しかし影武者って。 祭祀長の影武者をこんな風にいきなり決めていいの? この旅自体いきなりだから、何を今更、かもしれないけどさ。

 いきなりのように見えて、いきなりじゃないとか? それにしては人選が。 ダナエタン神官は年も顔も背格好も、全然スティバル祭祀長と似ていない。

 もっとも空の旅なら近くにいるのは操縦士、つまり俺だけだ。 スティバル祭祀長のお顔を見知っている人なんて元々沢山はいないだろうし、祭祀長服を着ていれば誰がやっても大した変わりはないと思うが。


 ちらっと師範の顔を見た。 無表情で何を考えているか分からない顔をしている。 予想外の知らせだ。 少し位驚いてもよさそうなのに。

 すると知っていた? 知っていても俺には黙っていた? ま、それでもいいんだけど。 口下手な人だから、どうせすぐ分かると思ってわざわざ言うのが面倒だったのかも。

 ただ何となく、師範も知らされていなかったような気がした。 付き合いが長くなってきたからか、俺には師範が知らないふりをしている時と本当に知らない時の区別がつけられる。 知らないふりをする時は目に力を籠めるから。

 だけど師範も知らなかったとすると、なぜスティバル祭祀長は俺に向かっておっしゃったんだろう? 師範も一緒に聞いているんだからいいだろというものじゃない。 これってまるで俺がこの旅の責任者というか、一番上?

 そ、そんな。 それは困る。 何もなければいいが、何かあった時にやばい。

 そんなおつもりではないとしたら、なぜ俺より階級が上の師範へおっしゃらなかったんだ? 気さくなお人柄とは言ってもスティバル祭祀長が身分や階級を無視なさった事はない。 師範と俺が同席していれば、いつも師範を先にお呼びになる。

 待てよ。 改めて考えてみると、新年以来、師範の名前が俺より先に呼ばれた事ってなかったな。 駐屯地に戻ってからも俺は準大公と呼ばれ、ヴィジャヤン大隊長とは呼ばれていない。 今だって他の北軍兵士は呼び捨てなさったのに、俺だけは爵位付き。 爵位だと俺は師範より上の立場だ。


 あれ? 準大公だと師範は勿論、将軍より上、て事?

 いやいやいや、ここは軍。 俺は一応大隊長の仕事だってやっている。 青竜の騎士の称号を戴いたら他の軍の事もやれと命じられると思うが、陛下かモンドー将軍から北軍の大隊長は辞めろと言われない限り辞めるつもりはない。

 但し、俺はそのつもりでも、スティバル祭祀長もそう思っていらっしゃるかどうか。 祭祀長のお気持ちを忖度するのは畏れ多いが。 心境の変化でもおありになったのかな? 軍人を呼び捨てなさったり、ズバズバお命じになったり。 今までの隠遁生活、何事にも拘らない態度と比べて随分違う。 理由もなくそんな事をなさる御方だろうか?


 以前のスティバル祭祀長なら神官と軍人との間に、と言うか御自分と陛下との間にさえ一線を引いていらしたような気がする。 祭祀長は陛下の代理人だから誰を呼び捨てにしていい。 だけど以前は呼び捨てなさるのは神官だけで、軍人には階級を付けていらした。 モンドー将軍のように北軍に一人しかいない人の時は、将軍と階級のみでお呼びになる事はあったが、それは呼び捨てとは言えない。 階級自体が敬称なんだから。 なのに将軍ではなく、モンドー。 昨日、ラガクイスト将軍の事も呼び捨てになさっていた。


 俺にとっては祭祀長からだろうと陛下からだろうと命令は命令で、従う事に変わりはない。 だけどもしこれが、お前は準大公、だから旅の指揮をしろ、という意味だったら? 出来れば断りたいけど、そんな事が許されるの? 第一、隊長をしろと命じられた訳でもないのに、やれませんと断るって、変だろ。

 どうしたらいいかマッギニス補佐に聞きたいが、姿が見えない。 たぶん飛行場に直行しているんだろう。

 はああ。 師範と二人だけなら体力的にはきつくても気楽な旅だったのに。 師範は飛竜の事なんて何も知らないから階級は俺より上でも俺が決めた事に文句を言ったりしない。 それにここ一番の時に頼りになる。 何かあったらどうすればいいか、師範に聞くつもりでいた。 でも形式上だけだろうと俺が隊長なら、どうするかを師範に聞く訳にはいかない。


 人数が増えたのは嬉しいが、気は重くなった。 誰にも聞かずに決めなきゃいけないというのは楽なようでいて全然楽じゃない。 命令した事、それによって生じた事全てに対する責任を持たされるんだから。

 それにダンホフ操縦士は飛竜のプロだ。 俺みたいな素人が命令したら文句を言うんじゃない? 表立っては何も言わなくても、旅の最中に命令に従ってもらえなかったらどうしよう? それって命令違反になるの? ならないの?


 道中何もなく無事に戻れたとしても、後々お金の事とかで揉めたりするかも。 皇都への旅は祭祀長直々の命令だ。 うんと言うしかないが、ダンホフ公爵だってまさか十頭全部をこれ程長く貸し出す事になるとは思っていなかっただろう。 餌代を払えと俺に言われても困るんですけど。

 それでも金で済むならまだいい。 俺が出した命令のせいで誰かが怪我でもしたら? 最悪、祭祀長がお怪我をしたら? それも全部俺の責任?

 ううっ。 怖いっ。

 指揮なんてしたくない。 師範にやってもらえないかな。 もらえないだろうな。 俺が何も命じなければ、たぶん全員をずーっと待たせる事になる。 それはもっとまずい。 マッギニス補佐なら俺の命令を待つなんて時間の無駄はしないと思うが。


 あ。 マッギニス補佐に命令しといたから詳しい事は全部そっちに聞いて、と言う?

 もう、それしかない? 丸投げしたってマッギニス補佐ならきっと何とかしてくれる。 強烈なしっぺ返しを食らうかもしれないが。 氷の簀巻きとか。

 ひーっ。 出来ればあんな目には二度とあいたくない。

 うーん。 俺がまずい命令を出すか、マッギニス補佐に丸投げか。 どちらにしても大寒波は免れないような。 じゃ、師範に丸投げ?

 虎と氷。 究極の二択。 どっちのしっぺ返しがましだろう?


 そんな明るくない事をぐだぐだ考えながら飛行場に行くと、飛竜十頭とダンホフ操縦士、そしてポクソン補佐、マッギニス補佐、タマラ中隊長、ケイザベイ小隊長が旅装で待っていた。 皆さん俺に顔を向けている。 視線が痛い。 やっぱり俺が命令するしかない?

 どう考えてもマッギニス補佐に丸投げするのは無理がある。 マッギニス補佐は有名だ。 どんなに切れる人かダンホフの操縦士も知っていると思うが、有名なだけに飛竜には客としてしか乗った事がない事も知られているだろう。 切れ者だろうと飛竜の事を全然知らない人の命令に黙って従うか?

 それに操縦士達の上司はダンホフ公爵だ。 大隊長補佐は公爵よりずっと格下だから、格下の命令に従ったら余程の理由がない限り帰ってから、なぜそんな事をした、と叱られると思う。 北軍祭祀長の護衛は北軍の役目であって、ダンホフの役目じゃない。 祭祀長に命じられたら断れないが、マッギニス補佐に言われたくらいで従わねばならない義理はないんだ。

 本音を言えばダンホフ操縦士の誰かに隊長をしてもらいたいが。 そんな事を頼んだら、なぜ貴族の私兵に隊長を任せた、と俺がモンドー将軍から叱られるだろう。 たとえ飛行中だけの暫定隊長だとしても。

 ともかくこの中でダンホフ公爵より位が上なのはスティバル祭祀長以外では俺だけだ。 飛竜の操縦経験がある人なんて北軍中を探したって俺以外にいないだろう。 俺だってつい最近操縦をしたばかりで飛竜の事をよく知っている訳でもないが、青竜に乗ったという箔がある。 全く経験がない人よりはましだ。


 俺は覚悟を決め、命じる事にした。

「これよりスティバル祭祀長が皇都へと御出発なさる。 猊下がお乗りになるのはスパーキー。 私が操縦する。 キーホンは緑竜の客席に乗り、先導を務めてくれ。 次は一番大きな黒竜。 ダナエタン神官とタマラ中隊長が乗る事。 それ以外は操縦士一名に客一名とする。 飛行中の順位は気にしなくてもいい。 スパーキーの上を飛んだり、互いが視界から見えなくなる程離れたりしないよう、注意する事。

 緊急着陸の必要がある時は無理せず休憩せよ。 多少の遅れがあったとしても臨機応変に対処してくれて構わない。 但し、猊下は二日後皇王城内の飛行場に御到着、翌日御帰還の御予定である。 それに間に合う目途が立たない場合、乗客を北軍第一駐屯地へ戻した後、ダンホフへ帰任してくれ。 以上」


 ちゃんと言えてた? 自分の部下に命令するだけでも緊張するのに、師範にまで命令する事になるとは思わなかったぜ。 ダンホフ操縦士にも、昨日や今日飛んだくらいで何を偉そうに、と思われたんじゃないか?

 これでよかったのな? 何か言い忘れてない? 命令し終わってから心配になってきた。 言い足りないような気はするが、ここで余計な一言を付け加え、何を言ったか自分が忘れても困る。

 長々飛竜を貸してくれるダンホフ公爵へのお礼を言っておくべきだったかも。 だけど準大公として振る舞う時は気軽にお礼を言うなと言われている。 それに飛竜をお召しになったのはスティバル祭祀長であって俺じゃない。 お礼を言うか言わないかはマッギニス補佐に相談してからにしたい。

 師範とマッギニス補佐に感想を聞きたかったが、俺が、以上、と言った途端、どちらもさっさと飛竜に乗りに行った。 そんなに急ぐ必要ある?

 引き止めたかったけど、文句を言われなかった、て事は案外まともだったのかな。 よいお天気だが、ゆっくりしている場合でもないから出発した。


 最初の水飲み場で休憩している時、マッギニス補佐に俺の命令をどう思ったか聞いてみた。

「まず最初に、スティバル祭祀長警護のお役目を拝したヴィジャヤン準大公である、と隊長としての名乗りを上げるべきでございました。 準大公がいらっしゃるのですから誰が指揮するかは自明の理。 然りながら物事には始まりと締めというものがございます。

 尚、無事帰還した際には準大公として皆に労いのお言葉をお忘れになりませんよう。 その際、労いである事。 感謝やお礼ではない事に御留意下さい。 この件に関し、ダンホフ公爵へどのような謝礼をなさるかはスティバル祭祀長のお気持ち次第。 臣下が先走って口にしてよい事ではございませんので」

 師範はただ一言。

「俺に聞くな」

 ま、俺だって褒められるとは思っていなかった。 叱られなかっただけでもいいと思わなきゃな。 取りあえずは無難な滑り出し?


 午後になって、向こうから二頭の飛竜が飛んで来た。 まだ北だ。 他の飛竜に出会うのは珍しい。 しかもあちらは随分高く飛んでいる。 俺は他の飛竜の事を考えて高く飛んでいるが、その俺より高い。

 真夏で暑い日ならともかく、普通はそんなに高く飛んだりしない。 風が冷たくなるから。 風が冷たいと飛竜の体が冷えて早く飛べなくなるんだ。

 なぜ高く飛んでいるのか理由は分からないが、高度を下げろと知らせないと。 こちらの乗客は祭祀長だ。 祭祀長の上を飛んだら不敬罪に問われる。

 教えてあげたいが、飛行中はたとえ隣を飛んでいる飛竜であっても羽音に掻き消されて声なんか届かない。 祭祀長旗を振れば分かるが、振り返るとテーリオ祭祀長見習が乗っている飛竜は一番後ろだ。 旗を振ったとしても相手が気付く前に俺の頭上を通り過ぎてしまう。 それじゃ遅い。 仕方がないので竜鈴を使う事にした。


 ヒョオオ、ヒョオオ、ヒョオオ


 スパーキーやダンホフの飛竜が鳴いたら、こちらに向かって飛んでいた飛竜も呼応し、急に高度を下げた。 自分の飛竜が突然方向を変えたからだろう。 操縦士が慌てている。 そこで終わりにしてもよかったが、低くなったおかげで飛竜に乗っている客が弓に矢を番え、射るばかりにしていたのが見えた。

 ちょっとー。 何をする気だったの?

 こちらが祭祀長である事を知らないんだろうけど、相手が誰だって矢を射るのはまずいだろ。

 俺達を敵か何かと誤解している? 飛竜にダンホフの家紋が付いているから? そうだとしてもこちらから見れば飛んで来た火の粉だ。 振り払わなきゃ。

 じゃ、向こうの射手を射落とす? それとも操縦士か飛竜を狙う?

 ううう。 どれもやり過ぎのような。

 飛竜に乗っているなら貴族か貴族に仕える操縦士だろ。 それにしては乗っている飛竜に家紋らしきものが何も付いていないのが変だけど。

 俺が今回持って来た矢には全て俺の家紋が入っている。 相手を射落としたら誰が射落としたか分かるだろう。 相手次第では揉め事に巻き込まれるかも?

 でも相手がこのまま大人しく通り過ぎてくれるとは限らない。 低い位置から上へ向かって矢を射る事が出来るんだから。 下から攻撃され、こちらの飛竜が傷ついたら取り返しのつかない事になる。

 俺は飛竜の背にある座席の留め紐を狙って射つ事にした。 青竜なら背中に毛が生えているから席がなくても振り落とされないが、それ以外の飛竜の背中に掴まれる所なんてない。 席が落ちたら飛竜の体に巻いてある紐に両手で縋らなきゃ振り落とされる。 こちらを攻撃するどころじゃなくなるはずだ。

 留め紐までの距離は大した事ないが、何しろ飛竜の上から矢を射った事なんて一度もない。 外れるかも? その時はその時だ。


 何本かは外れたが、ほとんど狙い通りに当たってくれ、席が落ちた。 向こうは急いで逃げて行く。

 キーホンが、誰かに追わせますか、と紙に書いて俺に見せた。 俺は首を横に振った。 犯人を捕まえるより全員無事で皇都に着く方が大事だから。

 それにしても何て失礼な奴らだ。 こっちはお忍びだし、祭祀長への丁寧な挨拶をしろとは言わない。 単なる通りすがりだってお互いの迷惑にならないように飛ぶのが礼儀だろ。 これって空にも変人がいるって事の証明? 変人というか、ならず者? 飛竜を操縦する人に悪い人なんていないと思っていたのに。


 次の休憩の時、キーホンに聞いてみた。

「あいつら、何がしたかったんだか分かる?」

「竜賊の目当ては金です。 飛竜に乗る客は金持ちと決まっておりますので。 しかもダンホフの家紋付き。 現金輸送用の飛竜だと思ったのでしょう」

「りゅうぞく?」

「飛竜に乗って盗みを働く者はそう呼ばれております。 平民で飛竜の操縦士になれた者は貴族に仕えるか、運送を請け負う、或いは観光客相手の商売を始めたりしますが、それより盗みの方が余程儲かる上に、飛竜で逃げられたら追うのはまず無理ですし」

「えーと、空賊とは呼ばない?」

「空賊、ですか? 寡聞にして存じません。 私が知らないだけかもしれませんので他の者に聞いてみましょう」

「あ、いい、いい。 聞かないで。 忘れていいから」


 飛竜に乗って悪い事する奴っているの、て聞いとけばよかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回の若はぐるぐる考えてるだけでわりと普通だな と思ったんですが また常識外れなことをあっさりと…… 更新楽しみにしております。
[良い点] 更新ありがとうございます 若、いつもめっちゃ沢山の事考えていて偉い! ただ少しだけズレてるだけなんだよね( ´ ▽ ` )ネ
[良い点] 若!立派なご挨拶に、涙が。 [一言] 空賊じゃ無い、竜族だよっ
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