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弓と剣  作者: 淳A
天駆
433/490

マリジョー山脈

 風がびゅうびゅう顔に当たる。 もしかしたらスパーキーってロックと同じ位速いんじゃないか? ロックが俺を乗せていた時、速さを気にしてはいなかったかもしれないが。 どちらかと言えば辺りをキョロキョロ見回しながら歩いている観光客みたい。 今のスパーキーのような、俺は急いでいるんだぜ、て感じは全然なかった。


 それにしてもスパーキーってば、何をそんなに急いでいるんだろ? あっちこっちに方向を変えてはいないから目的地があるっぽい。 どこへ行く気?

 どこであれ、それは第一駐屯地でもなければ我が家でもない。 そんなの、とっくに遥か彼方だ。

 又、俺の実家でもない。 ヴィジャヤン伯爵領は西にあるけど、本邸があるのは西と言うより南だ。 もし俺の実家を目指しているんだとしたら、すごい遠回りをしている事になる。

 この方角なら皇都でもないし。 まさか、ダンホフの別邸? うーん、そんなの、こっちの方向にあったか? 俺が知る限りこの方角に大きな町なんて一つもない。 ダンホフ所有の借家なら国内至る所、辺鄙な田舎にさえあると思うが。 借家を目指す、て変じゃない?

 とは言っても、今どこを飛んでいるのか、はっきり分かっている訳じゃない。 せめて俺が行った事のある町か、通り過ぎた事のある場所を飛んでくれたら今どの辺にいるのか見当が付けられるんだけど。

 段々不安になってきた。 今日中に戻れなかったらどうしよう?


 後ろでゴソゴソ音がしたから振り返ると、師範が口をもぐもぐさせている。

「何を食べているんですか?」

 師範が手に持っていた物を見せる。 お菓子?

「食うか?」

 こんな時によく腹が空くな、と思ったが、考えてみればお昼を食べてから何も口にしていない。 たぶん四時を過ぎている。 いつもは三時辺りに木の実、干した果物や漬物を食べているから、ちょっと小腹が空いたかも。

 頷くと、客席の脇に置いてあった袋からもう一枚、同じ物を取り出してくれた。 それで気が付いたが、俺が座っている操縦席の隣にも同じような袋があり、それにも携帯用食料らしき物が入っていた。 少しほっとしたが、この袋一つじゃもって二日か三日がせいぜいだ。

 スパーキーだってお腹が空けば下りて餌を探すはずだけど、それがいつで、どこかは分からない。 ただ飛竜の餌は西に行けば行く程、見つかり易いから餌は問題ないだろう。 でもスパーキーが俺達の都合を考えて食料品店の前で止まってくれるはずはないし。 俺が着陸しろと命じたら着陸してくれるかもしれないが、村や町がある所で着陸したら翼を傷つける。 人だって飛竜に吹っ飛ばされたら無事には済まない。 かと言って、こんな軽食で何日も過ごさなきゃならないとしたらきつい。

 貴重な食料なのに師範てば、どんどん食べちゃって。 大丈夫なの? あ、でも後ろに続いている飛竜の操縦席にも食糧袋があるんじゃ? たぶん同じくらいの量だとは思うが、なら十日くらい保つよな。

 まあ、先の事はその時心配すればいい。 師範から手渡された物を食べたら塩味のせんべいみたいな味で、ごまが入っている。 香ばしくて美味しい。


 五時過ぎぐらいにスパーキーは幅十メートルぐらいある川の川岸に下りた。 水を飲みたいんだろう。 師範と俺もスパーキーから下りて水筒に水を入れた。 他の飛竜も思い思いに魚を飲み込んだりしている。

 今晩はここで野宿するのかと思ったらスパーキーが俺を急かした。

 がぎゃう、がわっ、がわっ!

 早く乗って、と言っているようにしか聞こえない。 西へ向かっているから陽が沈むまで後数時間はあるけど。

「おい、スパーキー。 今朝早くから飛んでいたんだろ? 一日中飛びっぱなしじゃ疲れる。 今日はこの辺で休んだら?」

 ぎゃあっす、ぎゃうぎゃう!

 大丈夫だもん、行くんだもん、みたいな返事をする。


「師範、スパーキーが早く乗れと言ってます」

「ここから先はお前だけ、てのはどうだ?」

「ええー? そんな殺生な」

「何が殺生だ。 殺生な仕打ちをされているのは俺だろ。 こんな訳の分からん所まで連れて来やがって」

「で、でも今ここで別れたら師範はどうなさるんです?」

「近くの村まで歩くさ」

「村っぽい人家はあったけど、徒歩だとかなりかかると思いますよ」

「鍛えられている体だから心配するな」

「村に着いたって、そこから第一駐屯地まで帰るには馬がなきゃ無理でしょ。 ここがどこだか分かりませんが、とっくに西域です。 北まで歩いて辿り着けるような距離じゃありません。 近くに大きな街道だって見えなかったし」

「じゃあ馬を買う」

「買うって。 俺、金は一ルークも持ってないです。 財布を持って来なかったから。 師範は持っていらしたんですか?」

 師範がぎりっと歯噛みする。

 ひーっ。 やばいかもっ。 だけど俺にしてはかなりまともな事を言ってるだろ? 金のない人が、後で金を送るから馬を売ってくれと言ったって、はいどうぞ、と売る人がいる?

「金は絶対払う。 仮にも北の猛虎と呼ばれ、国中に名を知られている北軍大隊長が借金を踏み倒したりするもんかっ!」

「そんな事言ったって。 相手が北の猛虎を見た事ない人だったら信じてくれないかも。 北軍大隊長がたった一人で歩いているのは変だし。 ここまで飛竜で来た事でさえ疑われるんじゃないですか。 飛竜が駐竜場ではない場所に着陸するのは珍しいんだから」

「なら持ち主に黙って借りるさ」

「そんな盗人みたいな真似をしたら村の自警団に追われるでしょ。 土地勘のない所で逃げるのは簡単じゃないです」

「追手をぶちのめすぐらい、俺に出来ない訳あるか」

「起きている間なら出来るでしょうけど、寝ている時にも出来ますか? 疲れて寝ている所を捕まえられ、問答無用で腕を切り落とされたらどうするんです」

「どこに向かっているのかも分からないのに、このまま黙って乗って行けと言うのかよっ」

「だけど飛竜って、目的地に着いたら必ず自分の巣へ戻るものなんです。 スパーキーにとって巣はダンホフ本邸だから、そこへまず行って、次に北へ飛ぶ事になるかもしれないけど。 遠回りになろうとスパーキーに乗っていればいつか家に帰れます。 それは飛竜操縦士なら誰でも知っている事だから、俺達が見えなくなっても探そうとはしないでしょう。

 それにスパーキーが帰りに又ここを通るかどうか分かりません。 ここから徒歩か馬で北を目指したって師範が俺より先に北へ戻れる保証なんてないし。 俺の方が先に戻ったら、それこそ捜索隊を出動させる騒ぎになるんじゃないですか?」


 おばかな俺にまともな事を言われたのが気に食わないのか、元々怖い師範の顔が更に怖くなった。 どこか分からない所に連れて行かれるのと師範と、どっちがより怖いと聞かれたら、迷わず師範と答える。

 そりゃどこか分からない所に連れて行かれるのは心配と言えば心配さ。 でもこの場合、俺が分かっていないだけでスパーキーはよく知ってるみたいだし。 もっともスパーキーも全然分かってない可能性はあるが。

 と言うのも以前スパーキーがどこで生まれたかを聞いた時、キーホンが教えてくれたんだ。

「ダンホフ本邸で生まれました。 今回の北への旅が初めての長距離飛行です。 この調子なら来年には西域へも挑戦出来るでしょう」


 初めての長距離飛行を冬にさせたはずはない。 つまりスパーキーはまだ一度も西へ飛んだ事がない、て事になる。 それにしては確信ありげに飛んでいるが。

 飛竜は一度も飛んだ事のない場所を飛びたがらない。 新しい場所へ飛ぶ時は、もう一頭の飛竜が案内してくれるか、地図を持っている操縦士の先導が必要なはず。 他の飛竜はスパーキーよりずっと年上みたいだから西へ飛んだ事もあるのかもしれないが、先頭を飛んでいるのはスパーキーだ。


 師範は飛竜に乗った事がないと言ってたし、西へ行った事もないらしい。 ならスパーキーに指示が出せるはずはない。 そんなの出してくれと頼んでも、知らん、とか言われそう。

 はあ。 それにしても馬を盗むみたいな無茶を言い出すなんて。 師範たら、すっかり頭に血が上ってるぜ。 少しは年上らしく落ち着いてくれよ。 いつもは慌てる俺を師範が宥めるのに。

 もっとも頭に血が上ったって無理もない有様ではある。 これじゃ忙しい仕事の最中に誘拐されたようなもんだ。 俺みたいな暇人でさえ帰ったらきっと仕事の山。 それだけじゃない。 突然いなくなった理由をそっちこっちに説明しなきゃ。

 将軍には御理解戴けるかもしれないが、サーシキ大隊長辺りからすごい嫌みを言われそう。 飛竜操縦士でもないくせに、なぜほいほい乗る、大隊長としての自覚がないとか。 何度も。 事ある毎に。 師範もそれが予想出来るだけに余計腹が立つんだろう。

 その気持ちは分かるが、だからってこれ全部、俺のせいと言われてもね。 俺は戻れと命じたんだ。 つまりスパーキーが俺の命令に従ってくれなかったのが原因だろ。 そしてなぜ従ってくれなかったかと言えば、おそらく竜鈴が原因だ。 あの竜鈴の音には飛竜にとって何か独特の意味があるらしい。 あれを聞いたら西に向かわねば、みたいな? 本能に従っているだけならスパーキーのせいとも言えない。


 そもそもこんな所に連れて来られて困っているのは俺だって同じだ。 俺を責めたいなら責めてもいいが、責めた所で飛竜が方向を変えてくれなきゃ帰れない。 もし本当に竜鈴の音に促されて西のどこかを目指しているんだとしたらスパーキーを叱ったって無駄だし。 ただその場合、竜鈴を鳴らした俺が悪い、と言われそうな気もするが。

 竜鈴を鳴らしたのが悪いと言われりゃ、そうですね、と言うしかない。 鳴らせと言われた訳じゃないんだから。 でも鳴らすな、とも言われてない。 それなら祭祀長が俺に下さる訳ないし。


 はああ。 飛行中は師範と顔を合わせずに済むけど、背中にびしばし、少しは俺の事も考えろ、と俺を責める師範の視線を感じるぜ。 これでも俺は師範の都合とか、師範がどう思うか、何をする時でもまず考えているのにな。 そんな事、今師範に言ったって信じてもらえないだろうが。

 これをしたらトビの機嫌を損ねるかもとか、明日マッギニス補佐に何て言われるだろうもよく考えているが、俺が一番気にしているのは何と言っても師範だ。 それを有り難がれとまでは言わないが、師範に対してこれ程気を遣っているのは俺だけなんだぜ。 そこに気付いてもらえないかな。


 え? そんな証拠がどこにある、て?

 あります。 実は、いろんな人に聞いたんだ。

 まず、リネ。

「今回のお産の時にもミンに手伝いに来てもらいたいんだけど、師範がどう思うか気になるな。 これ、直接聞いてもいいと思う?」

「え? 気に、なりますか? リイ兄さんがどう思うかなんて。 私は気になりませんけど」

「えっ。 どうしてならないの?」

「どうしてって。 忙しい人ですし。 ヨネお姉様に御都合を聞いて、良ければ、いいんじゃないでしょうか。 ヨネお姉様も家内の細かい事を一々リイ兄さんに聞いたり報告したり、していないみたいですよ。 こっちからわざわざ言わない限り、誰が私のお産の手伝いをしたかなんて知らないと思います。 知っても、そうか、くらいで。 何とも思わないでしょう」

「前、リイ兄さんの前ではいつも緊張した、とか言ってなかった?」

「それは今でも緊張しますけど、普段会いませんし。 会わない人がどう思うか、気にする必要ってありますか?」

 気にしなかったら師範の機嫌を損ねて、俺の人生かなり暗くなると思う。 気にしても師範の機嫌を損ねて、俺の人生かなり暗くなっているが。 それはまあ、言わないでおいた。


 なんだかんだ言ってもリネにとっては実兄だ。 気にしてなくても驚くべき事じゃないのかもしれないが、俺の部下や奉公人なら俺みたいに気にしていると思っていた。 それでフロロバが我が家に届けられた果物のおすそ分けを師範の家に持って行こうとしていた時、聞いてみたんだ。

「何回も持って行ったら師範がどう思うか、気になるだろ?」

「なりません」

「え? 気になった事くらい、今までに何回かあったろ?」

「ありません。 一回も」

「嘘をつくな」

「ダーネソンがいる前で言いましょうか?」

 そこまで言われたら何も言い返せない。


 俺もこう見えて結構疑り深いから同居している部下や奉公人にこっそり同じ質問をして回った。 一人一人別々に他の人には立ち聞きされないような場所で。 そしたらなんと、みーんなフロロバと同じ答えなんだ。

 どうして気にならないの? 俺にとって師範は将軍より怖い人なのに。 大きな声では言えないが、トビやマッギニス補佐より怖いと思っている。 ただ俺の部下や奉公人は普段師範と直接会ったりしない。 だから気にならないのかも? そう思ったので、ポクソン補佐や師範の直属部下、百剣の皆さんに聞いてみた。 すると意外にも。

「気にした事はありません。 やるべき事さえしていたら何もおっしゃらない御方ですので」

 俺みたいに師範がどう思うかを気にしている人は一人もいなかったんだ。


 ともかく、師範が竜鈴を鳴らすなと言うなら師範がそう言ったというだけで鳴らしたくない。 だけど竜鈴に関してだけは、鳴らさないのが正しいとは言えないような気がする。 と言うか、正しいのか正しくないのか、まだ分からないだろ。 今の所分かっているのは竜鈴を鳴らすと飛竜がすごく元気になって西へ向かって飛び始める、て事だけだ。

 ただこんな人里離れた場所で師範と言い争いなんてしたくない。 俺はさっさとスパーキーに乗った。 師範が乗るか乗らないか分からなかったが、わざと何も言わなかった。 するとちっと舌打ちして師範が乗って来た。

 スパーキーが期待を込めて俺の顔を見つめている。 きっと竜鈴を鳴らして欲しいんだ。 どうしよう?

 鳴らす? 鳴らさない?

 迷った末に、結局鳴らした。 師範より飛竜が怖い、て訳でもないんだが。


 りりりん りりりん りりりん 

 飛竜の一団が一斉に応える。

 ヒョオオ、ヒョオオ、ヒョオオ

 まるで、帰ります、今帰ります、あなたの元へ、と歌うかのように。


 こうして俺達は西へと飛び続け、その晩は途中の湖畔で寝た。 他の飛竜には荷物が括り付けてあり、その一つに寝袋があったから遠慮なく使わせてもらった。

 次の日も同じように一日中飛び続け、もうすぐ陽が落ちそうな頃、ようやく止まった。 さすがにスパーキーも疲れたらしく、川岸に下りると水を飲み終わっても再び飛び立とうとしない。 俺達は地面に下りて辺りを見回した。 遠くに山々が見える。 この景色、前にどこかで見たような?

「おい、ここはどこだ?」

 師範にそう聞かれ、ようやく子供の頃ここに来た事を思い出した。

「マリジョー山脈の麓です」


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