表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弓と剣  作者: 淳A
天駆
431/490

苦手  猛虎の話

 ふとサンドバッグを見上げると、そこにサダの顔が浮かんでいる。 足が疼いて我慢出来ず、ドカドカ蹴り始めた。

 汗が床に飛び散る。 それを横目で見て、ちっと舌打ちした。 滑って捻挫でもしたら物笑いの種だ。 季節が季節なだけに雪道の歩き方を忘れて転んだと思われる。 暖かい執務室に籠ってばかりいるからだ、と。 それは傷口に塩。 止めようとしたら、サンドバッグに浮かぶサダが悪びれない様子で言う。

「知らなかったんですぅ」

 その口を強烈に蹴った所でポクソン補佐が執務室に入って来た。

「師範、そろそろお仕舞いにしては如何でしょう」

 腹の虫がおさまるには程遠いが、止めようとしていた所だ。 大人しく忠告を聞いた。

 汗を拭って執務室に置いてある軍服に着替える。 するとポクソン補佐が救急箱を開けて俺の腫れ上がった脛と足首に湿布を巻き始めた。 従者でもないのに。

 そんな事まであなたがやる必要はない、と言いそうになったが、ぐっと堪えた。 無駄な気遣いをする人ではないし、早めに手当てをしなかったら後で痛い目を見るのは自分だ。


「サンドバッグくらい心おきなく、うっ」

 湿布がじんじん沁みて来る。 蹴ったら蹴ったで自分の足がこういう目にあう。 自分の馬鹿さ加減にため息が出た。

「蹴ったのがサダのケツだったら、どんなに痛もうと悔やみはしないんだが」

 ポクソン補佐の口元が微かに緩む。

「これ程蹴ったらヴィジャヤン大隊長のお尻が無事では済みません」

「この程度が何だ。 俺に言わせりゃ百回蹴ったって気が済まない。 だが蹴ったら蹴ったで、バカいじめとか、仮にも兄のくせに、と責められるに決まっている。 自分だけが責められるならまだしも妻子に累が及ぶ。 義父まで陰口を叩かれるかもしれん。 だから我慢しているんだ」

 ポクソン補佐が頷く。

「賢明な御判断です。 お気持ちは分かりますが。 ヴィジャヤン大隊長が参列なさらなくても師範は参列する事になっていたのではありませんか?」

 それはそうだ。 一応俺も姻戚。 招待されたに決まっている。 サダなら断っても許されるが、俺のような平民大隊長が公爵の招待を断ったら、たとえどんな理由があろうと波風が立つのは避けられない。 断ろうとすれば、グゲン侯爵の顔を潰す気ですか、とか執事のボーザーにぐちぐち嫌みを繰り返される。 あいつを黙らせるには参列するしかない。


「そうなったとしても俺一人なら陸路での気楽な旅のはずだろ。 ウィルマーの奴め。 何が飛竜だ。 ろくでもない事を思いつきやがって」

「一番早く帰れる方法ではあります」

「そりゃ俺だっていい案だと思うさ。 自分が乗るんでなかったらな。 飛竜に乗りたきゃ勝手に乗ればいい。 サダ一人で。 どうせ北に来る観光客の目当ては六頭殺しだ。 俺が何ヶ月不在だろうと、ほっとはされても残念がる奴がいるもんか」

「準大公お一人で、という訳には参りませんでしょう」

「護衛が要るなら他にいくらでもいい剣士がいる。 タマラとか、サダの為なら火の中水の中という男だ。 そう言えば、飛竜に乗った事もあると言ってたぞ。 親戚の結婚式に出席するだけなら護衛なんか一人いれば充分だ」

「重しのきくお目付役がいなければヴィジャヤン大隊長が何をやらかすか分かりませんよ」

「俺がいたって重しになんぞなるもんか。 いや、誰がいたってなりゃしない。 ウィルマーが隣にいたのに参列を止められなかったのを見ても分かるだろ。 サダを止めるのは時の流れを止めるようなものかもな。 バカもあそこまで行ったら自然の摂理だ。 止めようとする方が間違っている」

「そういう身も蓋もない言い方では、いつもヴィジャヤン大隊長の尻拭いに駆けずり回っているタマラが気の毒です」

「ふん。 あいつはちょっと変わっているから案外喜んで駆けずり回っているのかもしれんぞ。 サダのおしめを替えた事を嬉しそうに話すくらいだ。 尻拭いはお手のものさ。 気の毒なのは俺だ。 やらせてくれと頼んだ訳でもないのに何度もサダの尻拭いをさせられている。

 今回だって将軍の命令じゃ嫌とは言えない。 サダが絡むといつもこんな風に貧乏くじを引かされちまう。 だからって命じた将軍が悪いのか? それとも上官の命には絶対服従の道を選んだ俺が悪いのか? 兵士なんて珍しい職業でもあるまいし。 やっぱりあいつのせいだろ。 あの、知らなかったんですぅ、が諸悪の根源だ」


 ポクソン補佐は俺のしょうもない愚痴に慣れている。 あっさり遮った。

「夏の予定ですが。 ダンホフからの使者が戻るまで待つべきでしょうか? 出来れば六月二十六日出発、七月九日帰着、翌日帰任で予定を組み始めたいのですが。

 ダンホフまでは夏でも三週間かかる道なので、冬なら四週間はかかると思います。 帰りはましとしてもヘルセス領へも行く訳ですから。 使者が戻るのは早くて五月になるでしょう。 それから七月の予定を組み始めるとなると、かなりの無理をする事になります」

「始めてくれ。 旅程を決めた所で実際は大幅にずれるだろうが。 サダか、天候か。 どうせ何かしら起こる。 七月末までは身内中心に随行と緊急発動の準備をさせておけ。 飛竜と陸路の半々となる可能性もあるが、外部への影響さえ少なくしておいてくれればいい。 後は帰ってから何とかする」

「了解。 ところで今回ダンホフへ交渉に行く使者は誰か御存知ですか?」

「ダーネソンだ」

「……ウィルマー執事が、あの男にそれ程の信頼を置いているとは存じませんでした」

「意外か?」

「足が早いとしか知りませんので。 外見で人を判断すべきではないとは思いますが、交渉上手には見えませんし。 いいようにあしらわれ、子供のお使いで終わるのでは? 仮にダンホフとはすんなり決まったとしてもヘルセスとの調整は難航すると予想されます。 あそこは公爵家の中で唯一、飛竜を一頭も飼っていない家。 話の持って行き方次第では当てつけと曲解され、ダンホフ、ヘルセス間の往復が一回では済まないかもしれません」

 少し考えたが、ちょっと肩を竦めて答えた。

「ま、その時はその時さ。 飛竜を使うなら来るな、と言われたら行かないだけの話だ。 俺としてはかえってその方が有り難い。 サダだって一カ所行く所が減ったら助かったと思うんじゃないか?

 それにサダなら、飛竜に文句を付けるなら行かない、と強気に出たって許されるだろ。 そんな事を言う肝っ玉があるかどうかは別として。

 要するに、ダンホフに飛竜を貸すと言わせりゃ細かい事はどうでもいい。 金はしこたまふんだくられるかもしれないが、将軍に出す気があるんだ。 金が理由で交渉決裂にはならない」

「しかし貴族ですと金の他にも色々あります。 やれ面子の、しきたりの。 ダーネソンは奉公に来て一年未満。 貴族に奉公するのは北方伯家が初めてのはず。 どこまでが本音で、どこから交渉を有利に運ぶ為の嘘か、見分けがつかないのでは? 貴族の二枚舌に翻弄され、こちらに不利な条件で、うんと言わされるかもしれません」

「かもな。 かと言ってウィルマーを行かせたらあの家が回らなくなる。 奉公人は粒揃いだが、サダが素直に言う事を聞くのはウィルマーだけだ。 おまけにサダときたら何んでもかんでもウィルマーに聞かなきゃ決められない。 下手をすると、決めるのはウィルマーが帰るまで待って、と言いかねん。 そうなったらお手上げだ。 あのくそったれ。 俺じゃ分からないんですう、とべそべそ泣けば誰でも引き下がると知っていやがる」

 でもぉ、ほんとに分からないんですう、と言うサダの呟きが耳元で聞こえたような気がした。

「うるせえっ!」

「師範。 どうなさいました?」

「あ、いや。 ちょっと、な。 どうも最近疲れが溜まっているらしい」

 サンドバッグを一発殴って気を落ち着かせた。


 ポクソン補佐が遠慮がちに言う。

「差し出がましいとは存じますが。 どちらかと言えばロイーガの方が適任ではないでしょうか。 北の男爵家に仕えた程度では平民も同然ながら、少しは貴族のしきたりを知っているはず。 でなければアタマークか。 馬丁とは言え、陛下の馬丁なら格が違います。 長年ヘルセス公爵家に仕えたという経歴はダンホフにとって面白くないでしょうが」

「今回の交渉はしきたりなんぞ知らない方が纏め易いだろう。 飛竜の貸し出しなんて前例のない事を頼むんだ。 何も知らない方が無視しやすい、て事もある。 ダーネソンならしきたりを知っていたとしても無視出来ると思うがな。 少々の事には動じない、肝が据わっている男だ」

「そのような見所がある男でしたか」

「サダが分からないと言えば、ああ、こいつはバカなんだな、分からないんじゃしょうがないとなる。 だが同じ事を奉公人が言ったらどうだ? 主と違ってどいつも賢そうな顔をしているし、実際中身も賢い奴らばかりだ。 分からないふりをしやがって、と思われるだろう。 その点ダーネソンならバカには見えないが、分かっているのかいないのか、全く読めん」

「ほう。 そう言えば。 ダーネソンはヴィジャヤン大隊長の頼みに聞こえない振りをしていた事がありました。 あれは簡単そうに見えて中々出来る事ではありません」

「頼みって何を?」

「儀礼の稽古に間に合わないと先生に伝えといて、でしたか」

「そりゃさぼりだって事がバレバレだからだろ」

「ヴィジャヤン大隊長の怖い所はあの目力です。 期待の籠った瞳で、じーっと見つめ。 言う事、聞いて。 聞いてくれないの? くれるよね? 聞いて聞いて聞いて。 あれをやられたら大概の者は嫌と言えません。 さぼりと分かってはいても」

「まあ、将軍でさえあいつのお願いには嫌とおっしゃれず、苦労なさっているしな。 そういう意味ではダーネソンはマッギニスと肩を並べているのかも」


 秘書官のファーマンが扉を叩いた。

「大隊長。 少々お時間を戴いてもよろしいでしょうか?」

「入れ」

「東へ行く使者の護衛は誰にするか、お決めになりましたか?」

「サダの隊にタマラがいるだろう? なぜ俺に聞く」

 俺の言葉にポクソン補佐とファーマンが顔を見合わせた。

「師範、本当にそれでよろしいんですか? タマラが不在となると、ヴィジャヤン大隊長への知らせは全てマッギニス補佐経由となりますが。 北方伯家への伝令は人を選びます。 伝令の氷漬けが何体廊下に転がっていても次がいる、という訳ではないので。 最悪、師範自ら伝令となって走り回る事にもなりかねません」

「う、うむ。 護衛を他の隊から派遣しては話が拗れるか?」

「トーマ大隊長は構わないとしても、サーシキ大隊長は構うでしょう。 言ってしまえば、休暇の交通手段を交渉する為の使者。 そんな私用になぜ軍の護衛を付けねばならんのだ、と文句が来るのは確実です。 トーマ大隊長から兵を借りたら借りたで、将軍を守る役目の隊から兵を抜き取るとは。 大隊長のくせに何を考えている、と騒ぐでしょうし」

「だろうな。 俺のやる事なす事、全て気に入らない御方だ。 しょうがない。 ウェイドを派遣しろ。 ダーネソンは押し出しが今イチだ。 南に付いて行ったからナジューラならダーネソンの顔を知っているが、ダンホフ本邸にダーネソンを知っている奴はいないだろう。 門前払いされたりしたら誤解を解くのに余計な時間がかかる。 ウェイドなら二年連続の優勝大将として顔が知られているし、押し出しもいい。

 それと旅費はサダが出すと思うが、念のため往復の旅費を持たせてやれ。 それは俺の給金から出すように。 北軍はいつから北方伯家の私兵になった、と言われたくない。 ウェイドには有給休暇を取らせろ」

 するとポクソン補佐が進言した。

「この件に関しては、将軍がダンホフ家から飛竜を貸りたいとおっしゃった、という事にしては如何でしょう? それでしたら特務扱いに出来ます。 私用での派遣ですとウェイドは一々北方伯家の、つまりダーネソンの意向を伺って行動せねばなりません。 兵士上がりのダーネソンが無茶を言うとは思いませんが。 軍務での警備ならウェイドが自分の判断で動けますし、軍票で支払いが出来るので現金を持ち歩かずに済みます」

「飛竜は西軍からただ同然で借りれるのに、なぜ大金を払ってダンホフから借りる必要がある、と言われるんじゃないか?」

「多少の茶々は入るとしても誤摩化せるでしょう。 会計上、借り賃は飛竜の餌代として計上するとか。 西軍から借りるには事前に陛下へ奏上する義務があり、時間がかかるという立派な言い訳がありますし、幸い将軍は交渉の成り行きを大変お気に掛けていらっしゃいます。 それでよければカルア補佐に話を通しておきますが」

「そうしてくれ」


 退室する前にポクソン補佐が軽い調子で聞いて来た。

「飛竜を借りる伝手なら西軍、ダンホフ以外にもございます。 春になったら飛竜に乗る訓練をなさっては? 慣れておくに越した事はないかと」

「一回くらいは乗る。 だがどこから借りるにしたって餌代はこっち持ちとか、色々面倒があるだろう。 そんな事は後回しでいい」

「分かりました」

 ぐぇっと言いたい気持ちが顔に出たとは思わないが、勘のいいポクソン補佐の事だ。 俺の飛竜嫌いを感じ取ったに違いない。

 俺は飛竜が苦手だ。 因みに、一度も乗った事はない。 乗った事がないならどうして苦手と分かる、と聞かれても困る。 苦手なものは苦手なんだ。

 苦手だ苦手だと思うから苦手になっちまった訳じゃない。 北に飛竜はいないんだから。 自分が乗らなきゃならないとなって初めて苦手な事に気付いた。 気付かずに一生を終えたかったぜ。

 サダが苦もなくやってる事なのに、なぜお前に出来ないと言われたくなくて、これは誰にも言ってない。 それに俺がオークを平気で殺すような奴だからだろう。 人を襲う訳でもない飛竜が苦手とは、世間は思ってもいないようだ。


 サダが平気で飛竜に飛び乗ったのを見た時には、正直、度肝を抜かれた。 最初は貴族だから習っていたんだろうと思っていたら、飛竜の操縦はそうそう簡単にやれるものじゃないという話をトーマ大隊長から聞いた。

「飛竜を操縦するとは。 いやはや。 真に底が知れない御方ではある。 これは西軍からの引き抜きが更に熾烈になる事を覚悟せねばならんな」

「西軍? なぜ引き抜きが熾烈になるのでしょう?」

「青竜の騎士の伝説は知っているか?」

「聞いた事はありますが。 青い竜に乗って国の危機を救った英雄、とか」

「青竜の騎士は青竜は勿論の事、どの飛竜であろうと操縦出来たと言い伝えられている。 普通はな、自分が育てた飛竜でなければ操縦させてもらえないのだ。 ヴィジャヤン大隊長が青竜に乗れるかどうかまでは分からないが。 自分が育てた訳でもない飛竜を操縦出来たというだけで、青竜の騎士の再来を名乗るに相応しい奇跡だ」

「実は自分が育てた飛竜でなくても操縦出来るものなのでは?」

「試した者ならいくらでもいる。 試した後で生きている者はいないがな」

「飛竜は人を襲ったりしないのでしょう?」

「それは操縦士が既に乗っていれば、の話だ。 操縦士がまだ乗ってないのに操縦席に座ろうとしたら襲われる、と言うか、振り落とされるぞ。 その時殺されなくても飛竜は賢い。 振り落としたのに死んでいないと見たら、掴まれて遥か上空から地面へ叩きつけられたり、川に落とされたりする。 で、一巻の終わりだ。 死ぬ覚悟がないなら試すのは止めた方がよい」

「貴族なら飛竜の操縦法を習う訳でもないのですか?」

「飛竜の操縦は習うものではない。 飛竜に操縦させてもらうもの、と言うか。 そもそも竜騎士になれるかどうかは運だ。 飛竜の卵は金さえ出せば買えるが、その卵がいつ孵化するかは四六時中張り付いていなければ気付けない。 一日で孵化するか、一年かかるか、十年待つ事になるか。 それとも孵らない卵なのか。 外から見ただけでは判断のつけようがないのだ。 運が悪ければ死んだ卵にいつまでも張り付いて一生を棒に振る事になる」

「博打もいいとこですね」

「それだけにどの竜騎士も運命、天命を深く信じている。 良く言えば誇り高い、悪く言えば迷信深い鼻持ちならん連中だ。 西軍将軍であろうと指揮に手こずる程の。

 青竜の騎士の再来なら全竜騎士が首を垂れて従う。 西軍将軍自ら膝を折って勧誘しに来ると思って間違いない。 考えてみればヴィジャヤン大隊長は竜騎士として勇名を馳せたラガクイスト侯爵の曾孫だ。 血筋も申し分ないのだから、飛竜部隊大隊長、いや、西軍副将軍、いずれは西軍将軍として迎えるから移籍してくれ、となるだろう。 ヴィジャヤン大隊長を北に引き止めておく事が出来るかどうかはモンドー将軍の手腕と陛下のお気持ち次第だな」


 弓がうまい事を羨ましいとは思わない。 泳ぎが早いからって、それがどうした、だ。 皇寵、瑞兆の父、金、爵位。 全部俺にとってはどうでもいい。 だが飛竜の操縦。 それは無視出来そうにない。

 どうしてあいつは俺の苦手な事に限って簡単にやっちまうのか? 人をたらし込むにしたってそうだ。 俺がお願いしたって叶えられない事でもサダがお願いすれば即座に叶う。 お前もお願いすればいいじゃないか、だと? 俺にとってはお願いする事自体が苦手なんだ。


 むしゃくしゃしてサダに聞いた。

「お前はすごいな。 何でも出来て。 お前に苦手ってないだろ」

「何でも出来るって。 俺が? 出来ませんよ。 苦手なんていくらでもあります。 あり過ぎて覚え切れないくらい」

「例えば何が苦手だ」

「挨拶が苦手です。 自己紹介とか、すっごく苦手。 踊る。 数を数える。 きれいに字を書く。 りんごの皮むきも。 儀礼だって何回おんなじ事注意されても間違えちゃうし。

 あ、祝辞を読むのも苦手だ。 あの、結婚式の祝辞はトビに書いてもらうんです。 読むだけなんで、師範に読んでもらえませんか?」

「だめだ。 自分でやれ」

「それそれ。 それも苦手です」

「それそれ、て。 何が?」

「きちんと断る、ていうやつ。 いいですよね。 師範はいつもびしっとしてて。 嫌なら嫌って言えるし。 師範こそ苦手ってないでしょう? 羨ましいですっ!」

 そう言ってサダは邪気のない瞳で俺を見つめた。

 俺だったら羨ましいとか、相手が誰であろうと恥ずかしくてとてもじゃないが言えない。 お前こそ俺に出来ない事が何でも出来るじゃないか、と言いたいが。 すると自分の苦手が何であるか、べらべらしゃべる事になる。 俺にはそれも苦手だ。 そこで気付いた。

 誰より。 飛竜より。 他の何より。 俺はサダが苦手なんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] サダになんだかんだ言って甘く、拒否できなくて苦手なのかな?と想像。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ