竜鈴
苦しい時のトビ頼み、はやりたくない。
しょっちゅうやってるくせに、なんて言わないでっ。 そんな事、言われなくても分かっているから。
トビの苦労の九割、いや、十割が俺のせい、て事くらい、ちゃんと自覚している。 だからもうかけている以上の迷惑をかけないように頑張っているんだ。
頼りたくない気持ちに嘘はない。 とは言ってもトビ頼みの回数は減るどころか増える一方だ。 結局頼っちゃうんだよな。 何の助けにもならない神頼みとは違い、トビに頼めば何とかしてもらえるから。 神様に一番近い人って言うか。 ここまで来たら、もう神様の上を行ってると言うか。 密かに拝んでいます。 いつもは、ども、とトビに聞こえないように呟くくらいで誤摩化しているけど。 面と向かってお礼を言ったら、当然の事をした奉公人にお礼をおっしゃるものではありません、と説教されたりするから。
トビみたいに人間が出来ていると、主にお礼を言われたくらいでふてぶてしい態度を見せたりはしない。 掃除や洗濯みたいな汚れ仕事をやらされていた時にもトビが俺に文句や愚痴を言った事はなかった。
苦労人のトビから見れば俺なんて苦労知らずもいいとこだろう。 今の仕事はトビの能力を活かせているけど、誰が見てもうんざりする量だ。 なのに黙々とこなし、師範みたいに怒ったり、マッギニス補佐みたいに無視したりする事もない。
俺を最後まで見捨てない、頼れる砦。 それがトビだ。 今回も頼るしかないんだが。 あの山積みの仕事の上に参列問題だ。 いくら辛抱強いトビでもキレるんじゃないか? 何と言われるか考えただけで不安が押し寄せる。
相談しない方がいいのか? でも相談しなかったらそれこそトビを怒らせるだろう。 何より相談しないでやったら何であろうと誰かを怒らせそう。
たださ、身動きが取れないからトビに相談しているのに、相談するといつも、旦那様はどうなさりたいのでしょう、と聞かれる。 今回も聞かれるだろう。 だからまず自分はどうしたいのか考えた。 ない頭をふり絞って。 大きく纏めればこうなる。
結婚式は参列したい。 俺が主賓だなんて仰け反っちゃうが、こういう場合自分がどう思うかより世間がどう思っているかだ。 参列して喜ばれるならそれに越した事はない。
サリとリネは参列しない。 すればもっと派手に喜ばれると思うが、今回は俺だけにしたい。 リネに無理をさせたくないし、サリを連れて行くとなったら旅行中の警護をどうするかで揉めるのは確実だから。
留守の警護は師範に頼みたい。 でも誰が瑞兆を警備するかは将軍が決める事であって、俺の娘ではあっても俺が決める事じゃない。
俺が連れて行く護衛は多くても三十人。 旅費は自腹。 それが俺からの御祝儀と思って欲しい。
そしてどちらかを贔屓をしなきゃいけないのならダンホフを選びたい。 気持ちとしてはレイ義兄上を贔屓したいけど、元々ヘルセス家の方が格下だったのなら今回も下に扱われたってショックは少ないだろ。 七月挙式はダンホフに真っ向から対抗したように見えるが、実はダメ元だったんじゃないか? ダンホフに少し冷や汗かかせてやれ、みたいな? そうでなかったとしてもどちらかしか選べないんだ。 レイ義兄上には一歩譲ってもらうしかない。
式場は皇都にしてもらいたい。 それなら近道を知ってるし、早馬で突っ走れば往復三週間。 長旅じゃないから護衛十人くらいでも許可されるかも? 皇都には実家の別邸があるから宿泊先の心配もないし、二つの式が連日だって参列出来る。 一日程度の違いならどっちを贔屓したかなんて大した問題にはならない。 何より休暇が短くて済む。
祝辞はトビに書いてほしい。 俺は読むだけ。 賢いふりをしたって碌な事にはならない、という点をきちんと押さえている事。 なるたけ難しい言葉は使わないように。 難しい言葉にはふりがなを付ける。 二つの祝辞の中身はほとんど同じで、人名だけ差し替えたものが理想。 長さは短ければ短いほどよい。
これで大体の所はカバーしたよな? 細かい所はトビに直してもらえばいい。 そこで家に帰り、トビに事情を説明して俺が考えた事についてどう思うか、意見を聞いた。
「旦那様。 ここは思い切って発想の転換をすべきではないか、と愚考致します」
「発想の、てんかん? て、何? 寒天と関係ある?」
「……ありません。 まず、参列ですが。 一番問題なのは旅にかかる時間と費用です。 往復のみで六週間。 次の式場まで二週間。 そのためあれが高額、これも無理、となる訳です。 しかし二週間程度でしたら、やれ式場を動かせの、いくらかかるの、それは誰が持つの、とはなりません。 陸路でしたらどう頑張っても短縮は不可能ですが、飛竜を使えば北からダンホフ本邸まで五日前後のはず。 ここは一つ、飛竜を貸してくれ、とダンホフに頼んでみては如何でしょう?」
「飛竜を?」
「飛竜を何頭も貸してくれというお願いはさすがに非常識で出来ませんが、一頭だけ短期間の借用なら非常識とはならないでしょう。 旦那様なら操縦した事がおありです。 長距離飛行の経験がないのは少々冒険ですが、季節的に初夏。 問題は少ないと予想されます。
それですと飛竜を借りた故にダンホフの式を先にした、と理由がはっきりしている為、理不尽な贔屓ではないという言い訳が成り立ちますし、禍根を残しません。 飛竜でしたらダンホフからヘルセスへも二日とかからないはず。 そこから北にお戻りになり、飛竜を連れて来てくれた飛竜操縦士にダンホフへ連れ帰ってもらう。 旦那様の御帰宅を待つ間、操縦士の滞在費用はこちらで持ちます。
参列する時間を丸一日としても、合計二週間。 ダンホフの式が七月一日なら、こちらを六月二十六日に御出発、お戻りは七月九日となり、お役目に支障をきたす程の長期休暇にはなりません。 サリ様のお誕生日にも間に合いますし、奥様の御出産まで充分な日数がございます。
難点は飛竜の餌代が高額な事ですが。 陸路ですと最低三十名の護衛を用意せねばならないので、いずれにせよ安上がりとは参りません。 陸路の旅とほぼ同額の出費ではないかと予想されます。 ならば時間が短縮される分、難点を上回ると申せましょう」
おお。 突然暗闇に光が。 さすがトビ!
「すごいっ! トビ、お前って最高!!」
「お喜びになる前に、詰めねばならない詳細がございます」
「何が問題なの?」
「まず、飛竜に乗れるのは一人か二人。 旦那様の護衛が非常に手薄となります」
「それは師範に頼んでみる。 師範がいれば護衛がたった一人でも文句を言われないだろ。 地面にいるのはたったの二日だし、ほとんど空を飛んでいるんだから。 行き先だって親戚の家で。 要するに休暇だ。 将軍でさえ休暇に護衛を何十人も連れて行ったりしない。 夏だし、二人なら途中で野宿したって平気さ」
「野宿はお止めになった方がよろしいかと。 護衛の件はそれでよいとしても、ダンホフからヘルセスへの飛行経路を知っている飛竜がいるかどうか分かりません。 北からダンホフは以前こちらに来た飛竜を使うとしても。 別の飛竜が使えたとしても途中に飛竜の餌場がない等の理由でダンホフ、ヘルセス間は陸路になる可能性があります。
同じ理由でヘルセスから北への直帰が出来ないかもしれません。 その場合、滞在期間は一ヶ月を越えます。 なのに護衛はタケオ大隊長のみ。 他は全て私兵となると将軍からお許し戴けないのではないでしょうか」
「たぶん、ダンホフからヘルセスへは地図を見せてもらえば初めての飛行でも見当がつくと思う。 東は大きな町がいくつもあるから目印には困らない。 それは天気が良くて見晴らしが良ければ、だけどさ。
それより飛竜用の餌の方が問題かも。 あ、でもヘルセス領内なら牧場が沢山あるか。 草がいっぱいあるなら二、三日くらいは平気かもな。
ヘルセスから北へ飛ぶのが無理だったら、まずダンホフへ戻って、それから北へ飛べばいいし。 二日余分にかかっちゃうけど」
「いずれにしても天候に恵まれない場合を考えておく必要があります。 又、飛竜の貸し出し自体、前例がない事。 こちらが金を出すと言ってもダンホフが承諾してくれるかどうか微妙と申せます。 途中で事故が起こったり、飛竜が怪我をした場合の責任についても考えておかねばなりません。
何分式まで半年もないだけに交渉の使者を何度も往復させている時間はなく。 あちらが交換条件を出し、こうしろああしろと言って来るようでしたら陸路にするしかないと存じます」
「で、結局貸せない、と言われたらどうするの?」
トビの瞳がぎらん、と光る。 こ、怖っ!
「その場合、ヘルセス家の挙式を優先すべきではないでしょうか?」
「そ、そう? い、いや、勿論。 そう、だよな。 あの、式場を皇都にしてもらう、ていうのはだめ?」
「それはお勧め致しません。 ダンホフ、ヘルセス、どちらもうんと言うとは思えませんが、万に一つの割合でどちらも合意したら却って面倒な事になります。
まず休暇であろうと皇都に行った以上、陛下に御挨拶申し上げない訳には参りません。 そこで引き止められたら最後です。 引き止められなかったとしても皇都には全ての親戚の別邸があります。 一言の挨拶もなく北へお戻りになっては後々尾を引く事でしょう。
新たに親戚となったリューネハラ公爵、プラドナ公爵を始め、カイザー公爵、グゲン侯爵、ラガクイスト西軍将軍、ボルダック侯爵、オスタドカ東軍副将軍、ジョシ子爵。
親戚ではなくともサハラン公爵、マッギニス近衛将軍、バーグルンド南軍将軍、マレーカ公爵、ベイダー侯爵、ミッドー伯爵等々。 過去、一方ならぬお世話になり、将来お世話になる事が確実な御方ばかり。
加えてヴィジャヤン伯から、上司のブリアネク宰相に一言挨拶してもらえないか、と頼まれないとも限りません。 今までお世話になりっぱなしの実家のお願いなだけに、お断りしづらいのでは?
ケイフェンフェイム最高審問官への御挨拶も必須となりましょう。 公務で皇都に行ったのでしたら挨拶なしで帰っても無礼にはなりませんが。 休暇で行ったのに挨拶せずに帰っては心証を害する事になります。 また、ネイゲフラン中央祭祀長にも挨拶しなかったら問題にされるかもしれません」
「うーん、なるほど。 はあ。 式場が皇都だったら簡単と思ったのに。 実は簡単じゃなかったんだな。 そういう事なら飛竜の貸し出しをダンホフに頼んでもいいか、将軍に聞いてみる」
翌日、将軍にお伺いしたら、それはそれはでっかいため息をつかれた。
「全く、お前という奴は」
「も、申し訳ございません」
「何が申し訳ないのだ?」
「え? あ。 そ、その。 えーと。
そ、そうだ。 即答したのがまずかっ、即答して申し訳ございませんでした」
「模範解答をタケオに教えられたか」
「はい。 い、いえ。 その、」
「まあ、参列すると言ってしまった以上、今更悔やんでも始まらん。
で、飛竜だが。 乗って欲しくはないというのが本音だ。 一回しか乗った事がないくせに、これ程の長距離を単独飛行とは。 無謀とは思わんのか? しかし乗らなかったら不都合だらけ、という事情は理解出来る。
やむを得んな。 ダンホフに頼んでみろ。 向こうが金を払えと言ってきたら北軍で出してやる。 百万までなら、だが」
「えっ」
「一頭五十万で買える飛竜を二週間だけ借りるのに百万をふっかけては来ないと思うが。 間違ってもただでいいとは言うまい。 人の足元を見るのが上手い事で有名な家だからな。 西軍所有の飛竜なら餌代だけで済むが。 飛竜に行き先を一から覚えさせるとなったら一年はかかる。 陛下なら国内どこへでも飛べる飛竜をお持ちだが、玉竜をお借りしたいなどと言おうものなら、一体何様、と四方八方から非難轟々となるのは目に見えている。
かと言って陸路は困る。 お前には早々に戻ってもらわんと。 夏には六頭殺しの若目当ての観光客がどっと押し寄せる。 若は東へ行きました、いつ戻って来るか分かりません、では苦情の元だ。
いたらいたで人を困らせる奴なのに。 いないともっと困るという。 やれやれ」
「す、すみません」
「タケオには私から同行を命じておこう。 お前が泣いて縋った所で、あれがうんと言うとは思えんからな。 それと不在の間、サリ様のお住まいを神域に移してもよいか、スティバル祭祀長にお伺いしろ。 でなければお前とタケオの留守の最中、誰がサリ様をお守りするかで揉める。 神域がだめなら他の手を考えねばならん。
ところで、神域に空き家は沢山あるが、どれも子供向きではない。 サリ様に少々御辛抱戴くしかないが。 もし祭祀長から滞在のお許しを戴けたら家の設えを変えたり、サリ様の遊び場を設置してもよいかも伺っておけ」
という訳で、例の如く師範の後ろにくっついて神域へ行った。 門の警備兵とはもう顔馴染みだから何も問われずに通されたが、俺とシナバガーがいるのに五人の神域警備兵が後にぞろぞろ付いて来た。 道の途中にもそちこちに警備兵が立っている。 俺達が襲撃されて以来、警備兵が増やされた事は知っていたが、去年俺が猫又の件で来た時と比べても増えている。
「師範。 警備が物々しくなっていますね」
「ああ。 襲撃前と比べたら警備兵は五倍だ。 それでもスティバル祭祀長が御着任なさる前と比べたら半分にもならないらしいが」
スティバル祭祀長のお住まい付近にも何人もの警備兵がいた。 玄関に入ると三人の神官がまるで待ちかねていたように出迎えてくれ、ちょっと意外に思った。 師範と俺の外套を恭しく受け取り、玄関脇にある外套部屋へと持って行く。 シナバガーの外套は玄関先にある外套掛けに掛けるよう、神官からの指示があった。
師範と俺はまず外套部屋の隣に通された。 そこには暖炉がある。 体を温めてから茶室へ先導された。 明らかに今までと扱いが大きく違う。 師範のおかげなのかな? 俺は師範の警護としてお邪魔しているから、玄関先に立って待っていろ、と言われるかと思ったのに。
茶室まで行くとシナバガーは廊下で待たされたが、俺は師範と一緒に茶室へと通された。 席が師範の隣になっている。 スティバル祭祀長がすぐにお見えになり、熱いお茶と美味しそうなお菓子が運ばれて来た。 なんと俺の分まで。 祭祀長の茶碗と茶托は豪華だが、どう見ても三つ共、同じお菓子だ。 そして師範と俺の茶碗、茶托が同じ。 て事は、俺も客に格上げされている。
どうして? 俺の爵位が上がった訳でも軍で昇格した訳でもないのに。
スティバル祭祀長がいつもの温かい微笑みを浮かべておっしゃる。
「さて。 今日はどのような明るい話題が飛び出す事やら」
気さくなお人柄はいつもの事だが、今日は何か良い事でもあったのか、御機嫌麗しい。 頼み事をしなくてはいけない俺としては内心ほっとした。
師範が時候の挨拶と、俺達が親戚の結婚式に参列する為、夏に東へ行く事を申し上げた。
「これが明るい話題であるかどうかは分かりませんが。 その際、飛竜に乗る事になるかもしれません」
「ほう、飛竜。 それはそれは」
祭祀長はそうおっしゃると、何かを思い出そうとするかのように少し頭をかしげられた。
「……これは面白い旅になるかもしれないね。 いや、かもしれない、は余計であったか。 ふっ」
そこでぱんぱんとお手を叩かれた。 室外に控えていた神官が茶室の扉を開ける。
「シーリッグ。 竜鈴をここへ」
「御意」
しばらくしてシーリッグ神官が戻って来た。 とても美しい袱紗の上に手のひらサイズの鈴が載っている。 それを祭祀長に捧げると、御覧になった祭祀長が頷いておっしゃった。
「準大公。 これは竜鈴と呼ばれる鈴でな。 この鈴を鳴らすと青竜に乗せてもらえるのだとか。 手に取ってごらん」
神官が差し出した鈴を摘まみ上げると、りりりん、と透き通った音がした。 気持ちがいい音だけど、こんなに小さいんじゃ鳴らしたって飛竜に無視されるんじゃないの? そんな失礼な事を祭祀長の御前で言ったりはしないが。
「やはり鳴ったか。 善きかな。 では、旅の供として持ってお行き。 飛竜に乗るなら何かの役に立つかもしれぬ故」
「勿体なきお心遣い、有り難く頂戴致します」
あ、頂戴致しますなんて言ったらまずかった? 旅行の間、貸してくれただけ、とか?
そうに決まってるよな。 なんだかすごく古そうだし。 古い、てだけで貴重だったりするだろ。
慌てて謝ろうとしたが、その前に茶室の外に控えていたもう一人の神官が進み出て、石の小箱を差し出した。 鈴を持って来た神官が袱紗を小箱の中に入れ、竜鈴を入れるよう、促す。
蓋を閉じると、そこには青い竜の透かし彫りがされてあった。 鈴はそこらで売ってるただの鈴にしか見えないが、入れ物の方は陛下の宝物殿にありそうな芸術品だ。 こんな立派な箱を戴いてもいいのか、迷っている内に神官が下がった。 箱までもらってもいいんですか、なんて祭祀長にお伺いする訳にもいかないからそのまま持って帰る事にした。
師範が祭祀長にお伺いした。
「不在の間、サリ様を神域にお移し申し上げても構いませんでしょうか?」
「それはよい。 神域が賑やかになるであろう」
「予定では二週間なのですが。 天候等の都合で延長するかもしれず」
「空き家はいくらでもある。 気遣いは無用にせよ。 こちらとしては滞在が長ければ長いほど嬉しい故」
「有り難き幸せ」
「ただどの家も神官用。 子供が住まうには些か不向きである。 改築が必要となろう。 それに関してはこちらに詳しい者がおらぬ。 そちらで良きに計らえ」
お言葉に、ほっと安堵のため息が零れる。
早速将軍の元に戻り、祭祀長が快諾して下さった事を報告した。
「そうか。 何よりだ。 では、御機嫌麗しくあらせられたのだな?」
「はい。 飛竜に乗るかもと申し上げたら、私に竜鈴を下さいました」
「な、何だと? 竜鈴?」
「あ、勿論旅から帰ったらすぐにお返しします」
「本当に竜鈴なのか?」
「そうおっしゃいました。 これです」
俺が小箱から鈴を取り出して見せると、将軍が目を大きく見開いた。
「お前は全く分かっていないようだがな」
そうおっしゃって俺から鈴を取り、揺らしてみせた。 でも何の音もしない。
「あれ?」
「タケオ、お前も鳴らしてみろ」
将軍から鈴を受け取って師範も揺らしてみたけど、何の音もしなかった。 俺が揺らすと鳴るのに。
「この鈴はな、青竜の騎士でなければ鳴らせなかった、と言い伝えられている。 国宝だ」
「こ、国宝!? そんな大切な物をお預かりして、失くしちゃったらどうすればいいんですか」
「祭祀長の御前でも鳴ったのだろう? それならお前が持つべき鈴である事を御存知だ。 返却の必要はない。 お前の子供が生まれて一人で鈴が持てるようになったら鳴らせるか試してみろ。 鳴らせなかったら返せばよい」
「分かりました」
「飛竜に乗る時は必ず首に掛けて行け。 だが落としたりするなよ。 お前以外の者にとって何の価値もない鈴だが、未来の誰かに伝えるべき品だ」
「はい、気を付けます」
それにしても俺にだけ鳴るだなんて。 気まぐれな鈴だな。 俺にだけ怒鳴る師範みたい。 実は、虎鈴だったりして。
ぷぷっ。