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弓と剣  作者: 淳A
天駆
429/490

贔屓

 どうしよう?

 どうしよう、どうしよう、どうしよう?

 師範に言われた通り、欠席すべきなの? 参列するって、もう言っちゃったのに?


 分からない事があったらトビに聞く。 分かる事でも念のために聞いておく、をモットーにしている俺だが、この参列、と言うか、欠席に関してはトビに聞くのをためらった。 なぜかと言うと、聞いてもたぶんこんな感じになると思うから。


「レイ義兄上の結婚式に招待されたんだけど、参列した方がいいと思う?」

「旦那様は参列なさりたいとお考えですか?」

「うん」

「ではそのように」


 トビは師範みたいに怒ったり止めたりしないだろう。 そもそもトビは俺がうんと言った時に側にいたんだ。 止めたいなら、ちょっと俺の足を踏めばいいだけ。 なのにそれをしなかった。 トビが無知だからという理由では勿論ない。 普通の伯爵家ならどこでも千人程度の私兵を持っている。 俺の実家には二、三百人程度しかいなかったらしいが、兵の指揮をするのは隊長でも軍事費の収支決算を領主に報告し、来年の予算を進言するのは執事の仕事だ。

 俺はたった五人しかいない小隊の会計報告を読むのでさえ苦しんで、大隊長になった今はシュエリに丸投げしているが、トビは違う。 十三、四の時にはもう私兵の給金と諸経費を計算し、報告書を作成して、それを監査した会計士から間違いなしの判子をもらっていた。

 他人がもらった判子をあれ程羨ましいと感じた事は後にも先にもない。 じっと判子を見つめていたら会計士のおじちゃんが俺の算数の帳面にも押してくれたが、判子は同じでも意味が全く違う事は子供心にも分かっていて、ちっとも嬉しくなかった事を覚えている。

 それに父上は奉公人を二、三十人連れた家族旅行をよくした。 俺は手を引っ張られて付いて行っただけだが、トビは宿泊先や交通手段の予約を全て手配していたから、東への旅費や警備費なんて調べなくてもおそらく弾き出せる。 つまりこの参列がどんなに面倒で高額な旅になるか、とっくに知っているのに止めなかったんだ。 それはたぶん参列する事によって俺は準大公なんだぞ、と世間に知らしめる事に役立つからだと思う。


 俺の現在の爵位は伯爵だから普通なら姻戚関係があろうと公爵家次代の結婚式に招待されたりはしない。 俺の母方の祖父は子爵であるにも拘らず、公爵の結婚式に招待されたらしいが、そんなのは例外中の例外だ。 顔の広い父上でさえ伯爵の時に公爵家の結婚式に招待された事はなかったと聞いている。

 サジ兄上の結婚式はダンホフ別邸で挙げたが、それは場所を借りただけで、招待したのはお嫁さんを貰うヴィジャヤン伯爵家だ。 ダンホフ公爵家じゃない。 爵位が何であれ、花婿の実父が招待されないはずはないけどさ。 もしダンホフ側の誰かの結婚式で、父上が準公爵を頂戴していなかったら、父上だって必ず招待されたかどうか分からない。

 だけど今回ヘルセス家とダンホフ家、どちらも俺の都合を聞いて来た。 相手の都合を伺う招待は目上の人、貴賓客に対してだけするもので、普通の招待客にそんな事を聞いたりはしない。 出欠を聞くだけだ。


 執事という職業柄か、トビは面子や体面をとても大事にする。 俺は全然気にしてなくてもトビが体裁を気にして金を気前良く払う事も結構あったり。 もっともこの参列に関しては出費なんか最初から気にしていないかもしれない。 相手に旅費を負担しろと言えばいい、て感じで。 北まで迎えに来い、ヘルセス領からダンホフ領へはダンホフが持て、北へ戻る旅費、東での滞在費、全てそっち持ち、じゃなきゃ行かないとか、トビなら平気で言いそう。

 そりゃそうしてもらえるなら俺の懐は助かる。 それに数千の私兵を持つ公爵家にとって百人程度の送り迎えを派遣するのは大した負担じゃないかもしれない。 だからって全部そっち持ちじゃ、参列してほしいんだろ、それくらいしてくれよ、と言わんばかり。 俺のお祝いしてあげたい気持ちが表れていないだけじゃなく、何か不手際があったらそっちのせいね、て感じ。 ほとんど脅しになっているんじゃないの?

 トビが強気なのは今に始まった事でもないんだが。 最近強気過ぎて怖い。 俺は貴族のしきたりなんか詳しく知らない。 そのせいで世間から見たら強気と受け取られる事でも、そうと知らずにやっていたりする。 トビはそれを知っていながら俺の無知を正さない事があるから困るんだ。 そんな本音をぽろっと零した事もある。


「旦那様が無茶をなさればなさる程、それは旦那様が偉い事の証明にもなっております」

「トビってば。 その妙な確信、一体どこから来てるの? 証明したって、例えばどんな無茶をして?」

「皇太子殿下の直命にすぐさま外洋へ御出発になった事ですとか。 あれは私が考える以上に前例を無視した無茶であったようです。 ところがどこからもお咎めはない。 結果として陛下の皇寵がいかに確固不動たるものであるかを世間に証明する事となりました」

「それ、怖いから。 そんな考え方するの、止めてっ」

「分かりました」


 その場では殊勝な返事をしていたが、改めて考えてみれば、分かりましたと言っただけで、止めますとは言ってないよな? だからか、トビは未だにわざと俺を止めない事がある。 この参列にしてもおそらく俺がどれだけ偉いか世間に見せつけるいい機会と思ったから止めなかったんだ。

 エナの任期の延長だって下手をすれば死罪になると分かっていながら勝手に陛下にお願いするくらいだもんな。 あれ以来自分の命を賭けるような無茶はしていないし、結局エナの任期は延長されたんだけど。 おまけに周囲もトビの無茶を止める所か応援していたりする。 騒ぎを起こした方が準大公として相応しいと思っているみたいな?

 もう、勘弁して。 主はこんなに弱気なのに。 少しは主を見習ってくれよ。


 ひょっとしたら間違っているのは俺の方なのか? もっと強気になった方がいいの? だけどサリを連れて行ったら出迎える方は皇王族の警護をする事になる。 もし自分が、あなたならやれるでしょ、なんて気軽に皇王族警護を頼まれたらどんなに負担か。 そりゃ名誉ではある。 でもどんなに名誉なお役目だろうと大変な負担である事に変わりはない。 それは皇王妃陛下のお出迎えした時しっかり経験させてもらいました。 何も分からずに頼むならともかく、分かっているのに頼むのは大変申し訳ない。

 かと言って「参列」を「欠席」に置き換えてトビに質問したら、とーーってもまずい事になるのは確実だ。


「レイ義兄上の結婚式に招待されたけど、欠席してもいいと思う?」

 そこでトビの目がどんなにぎらつくか、想像しただけで冷や汗が流れる。

「御招待された時、旦那様は何とお答えになりましたか?」

 知ってるくせに聞くな、なんて主っぽい事を言えたらいいんだが。 俺には無理。

「……うん」

「念の為、一言一句違えず、おっしゃって下さいませ」

「はい、喜んで」

「ではそのように」


 貴族なら自分の言葉に責任を持て、と教えられてきた。 一度言った事を後で変えるのはとても恥ずかしい事だ、と。

 トビは俺が家でだらだらしている時にビシッとしろとは言わないけど、お客さんが来た時にはとても厳しい。 北方伯家が世間から侮られないよう、いつもピリピリしている。

 新興の伯爵家が侮られたって当たり前じゃないか。 もっと気楽に構えたら、と考えているのは俺だけと言ってもいい。 奉公人は全員トビの方針に従ってビシッとしている。 なんとケルパやノノミーアまで。 犬や猫くらい俺の癒しになってくれてもいいのに。

 しかも俺に対して、なんだそこにいたの、邪魔くさい、しっしっ、て態度なんだぜ。 念の為に言っておくが、奉公人が、じゃない。 犬や猫が、だ。 トビには謙った態度ですり寄って行くくせに。

 あの差は一体何? 誰がおまんまを食べさせてると思ってるの? あれにはちょっと。 いや、かなりムカつく。


 それはどうでもいいが、参列に関してはきちんと対応しなきゃまずい。 無名の三男坊だった時ならともかく、こんなに有名になってから前言撤回したら瑞兆の父のくせにとか、北軍大隊長ともあろう者がとか言われちゃう。 おそらく俺一人の恥じゃ済まない。 北軍の他の大隊長まで悪し様に言われる可能性さえある。

 それにサリに向かって失礼な事を言う人はいなくても、今度生まれる俺の子はただの伯爵の正嫡子だ。 参列するって言ったくせにしなかった奴の子、とあちこちで陰口をたたかれるだろう。 もしかしたら「欠席サダの子」というあだ名で呼ばれるかも? 「子」が「孫」や「曾孫」に代わるまでそのあだ名が続いたりして? あり得ない話じゃないんだ。 それを考えたら今更欠席なんてとてもじゃないけど出来ない。 そんな事をやろうとしたら、その前にトビが俺を殺して自害するとか、やりそう。 いや、まじで。 本気のトビを見た事がない人には信じてもらえないと思うけど。


 幸いサリとリネに関しては参列するとは言ってない。 俺だけ護衛数人で出発し、最短距離を突っ走ったらどうだろう? 途中で悪天候に引き止められ、結婚式に間に合わなくなったから引き返すという手も使えるんじゃない? 悪天候なら立派な言い訳になるよな。 都合良く悪天候に恵まれるかどうか分からない、という弱点はあるが。

 うーん。 でも約束が果たせなかったら理由が何であれ、それはそれで怖い目を見るような。 ヘルセス家もダンホフ家も俺が参列するという前提で準備を始めているだろうし。 止むを得ない事情があったって、なぜその事情を克服出来なかった、それは誰の責任だ、という話になるような気がする。


 そもそも身軽な出発を許してもらえるか? 将軍が俺の休暇申請を却下した事は一度もないが、護衛数人で出発しようとしたら、かなり渋い顔をされるだろう。 仮にも大隊長なのに護衛が一個小隊にも満たないのでは情けない、て。

 だけど俺の中隊は大峡谷でなら最強部隊だが、標準語が通じない。 礼儀作法だって知らないから、俺以上のはちゃめちゃをやりそう。 公爵邸に滞在中のごたごたなら何とか揉み消せても、道々何かやらかしたら? 人の口に戸は立てられない。 いくら小柄な兵士ばかりだって、子供のした事だから見逃して、なんて言い訳は通用しないだろ。 護衛に監視を付けなきゃならないようじゃ護衛の役に立たない。


 自分の部下を連れて行けないとなると、ヘルセス軍かダンホフ軍の助けを借りるか北軍の他の隊から兵士を借りる事になる。 たぶん将軍から、私兵の助けを借りるのだけは止めろ、と言われるだろうな。 五万の兵がいながら大隊長の護衛を私兵に頼むとは北軍の名折れになる、とかさ。

 かと言って北軍兵なら誰でもいいって訳じゃない。 師範のあの様子じゃにっこり笑って百剣を動員してくれるとは思えないし。 サリの護衛を解いて俺の護衛をさせたら、師範がいいと言ったとしても師範以外の人からいちゃもんを付けられるに決まっている。


 あーあ。 八方塞がり。 これってやっぱりマッギニス補佐にどうしたらいいか聞くしかない?

 それを考えただけで背中に冷たいものが走った。 まだまだ死にたくない俺としては、どんなに叱られる事になろうと将軍にお伺いする方がずっと気が楽だ。 しかし将軍のお答えは俺にとって命令となる。 行けにしろ行くなにしろ、命じられたら従うしかない。 どっちにしても問題があるんだ。 下手をすると将軍の引責問題になるんじゃないか?

 それにもし将軍がこれを他の大隊長が出席する会議での議題にしたら? その時点で大隊長の一人が休暇を取るという話ではなくなってしまう。 二ヶ月もの間サリの警護するとなると、その人が次の副将軍では? とかさ。 それでなくても次が誰か腹の探り合いをやっているんだ。 そこに余計な火種を入れたくない。


 仕方なく、マッギニス補佐を呼んだ。

「ヘルセスとダンホフ、どちらの結婚式にも招待されて、うんと言ってしまったんだ。 でも師範からは欠席しろと言われて困っている。 欠席すべきだと思う?」

「どちらを御贔屓なさりたいのか、お決まりでしたら参列なさる意味もあるかと存じます」

「どちらを贔屓って。 あの、それ、どういう意味?」

 マッギニス補佐の目が半眼になる。

 や、やばいかも。 今日の半眼はものすごく悪い事の前触れに決まっている。 だけど俺の質問のどこがまずかったの? 欠席の話がなんで突然贔屓の話になる訳?


 マッギニス補佐は目を見開き、気味が悪いくらい静かな声で訊ねる。

「もしや大隊長は、この招待がヘルセスとダンホフの覇権争いである事を御存知ない?」

 派遣争い?

「俺をどこに派遣するか争ってる、て事? 式は本邸でやるに決まっているんだろ?」

 マッギニス補佐が目を閉じた。 こ、これはまずいっ。

 あいにく外は吹雪だ。 今飛び出すのはきつい。 まあ、氷の簀巻きよりは暖かいけど。 それを肌で知っている、という事実が地味に悲しい。

 目を開けたマッギニス補佐は何だか神々しかった。 あ、ケルパ神社の天人像の一つに似てるかも? 参拝する人達を見下ろしている感じが。 人間離れしたみたい。 昔から離れていたんじゃなかったの、と言われたら返事に困るけど。

「もしや、覇権という言葉を御存知ない?」

 ここで頷くのは勇気が要った。 でも頷かなかったら話は先に進まない。

「覇権に関しては後ほどお調べ下さい。 只今御理解戴きたいのは、どちらがより大隊長に贔屓されているか、ヘルセスとダンホフがはっきりさせたがっている、という事です」

「え?」

「宮廷内ではダンホフの方がヘルセスより格上である事は御存知ですね?」

 それはさすがに知っているから頷いた。

「建前上、貴族の序列は初代皇王陛下に決められたものが踏襲されております。 中級貴族以下でしたらその序列が動く事は滅多にありません。 しかし上級貴族、特に公爵の序列は代替りや陛下の寵が移った等によって動くものなのです。 それは新年の御挨拶の順番、厩の位置、陛下からのお呼び出しの回数等に表れます。

 ヘルセス公爵家の序列順位は本来なら第三位。 ですが先代陛下の御代、新年の御挨拶の順番が三番目であった事は一度もなく、常に一番最後でした。 それが大隊長が北軍に入隊した翌年一つ上がり、皇王陛下の御成婚の翌年一つ上がりと毎年上がるようになり、今年はカイザー、ダンホフ、サハランの次。

 以前でしたらダンホフとヘルセスの間には大峡谷の狭間もかくやの大きな隔たりがありました。 サジ殿とユレイア様の結婚で、ダンホフが再びヘルセスを引き離したと見る者もおりますが、来年はヘルセスが第三位。 代替わりすれば筆頭となる日も遠からず、が世間の下馬評。

 両家は同じ派閥所属ではありますが、それはそれ。 ナジューラ殿が当代ダンホフ公爵のように筆頭を狙うかは明らかではないにしろ、序列争いは個人の意志と言うより家の体面を保とうとするが故の確執。 筆頭を狙うダンホフが、ヘルセスの猛追を座して看過する訳がございません。

 新年の御挨拶順を見ればひとまず決着が付く話ではありますが、上級貴族にとって序列は死活問題。 そのような重大事項を一年もの間うやむやには出来るものではなく。 それ故どちらが大隊長により贔屓されているか、機会がある度に世間に誇示しようとしている次第」

「俺? なんで俺? 陛下に贔屓されているかどうかが問題なんじゃないの?」

「お言葉の通りです。 ですから陛下に愛されている大隊長に贔屓されようとしている訳です」

「陛下に愛されてる、て。 俺が?」

「はい」

 冗談を言っているようには見えない。 マッギニス補佐が冗談を言ったという噂なら前に一度聞いた事があるが、ガセだった。


「あの、それってつまり俺が皇寵をもらったから?」

「と申しますより、大隊長以外に皇寵を頂戴した者はいないからです」

「でも陛下は戴冠なさって間もないし」

「確かに、今後他の誰かにも下される可能性はございます。 先代陛下はサハラン前将軍のみでしたが。

 ただ過去の皇寵の多くは在位直後一、二年の間に下され、在位期間が長くなる程、皇寵を頂戴している者の数が減っていくものなのです」

「そうなんだ?」

「元々皇寵には陛下の戴冠に功績があった者への感謝の証、という意味がございまして」

「だからって俺の機嫌を取られても。 何もしてあげられないのに」

「何もしてあげるおつもりはなかろうと、しようと思えばしてあげられる力がある事に変わりはありません。 新年に陛下から、今後登城の際は真っ先に面会に来るように、とのお誘いがございましたでしょう?」

「あ? ああ、テイソーザ長官が、なんかそれっぽい事を言ってた」

「そのお誘いは、いつでも会いたい、たとえ陛下の御気分が優れない時でも、とおっしゃったも同然なのです。 臣下は勿論の事、皇王妃陛下を始め、御家族、後宮内のどなたもそのような無制限のお誘いを頂戴してはおりません。 上級貴族にとって、それだけで大隊長の歓心を買う理由となります」


 話が思いもしなかった方向に流れ、俺はただ呆然として聞いていた。

「又、式を七月を指定するとは、ヘルセスが中々強気でいる事が窺えます。 東へは往復六週間。 大隊長がそれ程の長期休暇を二度、連続して取るとは考えられません。 以前のヘルセスならダンホフに遠慮して、挙式は年末か来年にしたでしょう。 どちらも七月なら大隊長は式の日程を二週間ずらし、東への旅が一度で済むように頼むはず。 その際どちらを先にするかで贔屓の度合いが計れます」

「どうして?」

「先になった方が確実に参列出来るからです。 悪天候に足止めされて次の式に間に合わなかった、又は奥様の御出産が早まり、次の式は参列せずに北へお戻りになったとか。 後になった方が様々な要因で欠席となる確率が高くなりますから。

 では、話を最初の質問に戻させて戴きます。 大隊長はどちらを御贔屓なさりたいのでしょう?」

「え? あ。 えーと。 どっちて言われても。 うーん。 その。 まあ、うう」

「つまりまだお決めになっていない? 或いはいつまで待とうとお決めになれない?」

「そ、それを今聞かれても」

「お決めになれないのでしたら欠席なさるしかないのでは?」

 出席を欠席にするって事がどういう意味を持つか知ってるくせに、しらっとそんな事を言うんだから。 思わず、このいじめっ子、と言いたくなった。 どんなしっぺ返しがあるか分からないから言わなかったが。 それに参列するならどちらを先にするか、選ばなきゃいけない事に変わりはない。


「又は、二つ共皇都で挙式出来ないか交渉する、とか」

「そんな事が出来るの?」

「前例はございません。 どちらも次代ですし。 加えてこれはどちらも合意しなければ無意味です。 どちらかが皇都ですと、二つの本邸間の距離より更に離れる事になりますので。

 出来るか出来ないかで申せば、出来ない事。 さりながら大隊長は過去、幾度も出来ないはずの事を成し遂げた御方。 瑞鳥と共に天駆けるより不可能とは申せません。 交渉してみる価値はあるのでは?」

 話がどんどんこんがらがっていくような気がする。 最初はいつ参列したらいいか聞きたいだけだったのに。 それが欠席するしないの話になり、誰を贔屓するかの話になり、式場を変更しろって話になっている。 これ以上面倒な事にはならないと思うが。


「いずれに致しましても主賓なのです。 多少の融通はきかせてもらえる事でしょう」

「えっ。 主賓って。 俺が? そんなの聞いてないよ。 公爵家の結婚式なら陛下の御名代が主賓だろ」

「招待状にはそのように印刷されます。 主賓が二人いてはおかしいので。 しかし御名代は陛下の短いお言葉を代読するだけ。 長々祝辞を述べたりは致しません。 それをするのは事実上の主賓。 御名代の次席で、参列者中の最高爵位です。 どちらの式もテイソーザ皇王庁長官が御名代として御臨席なさるはず。 現在テイソーザ家以外に大公家はありません。 準大公もお一人だけ。 ですから大隊長が主賓となります。 どの日が御都合がよいか、打診されませんでしたか?」

「それは。 聞かれたけど」

「日にちの打診は主賓であればこそ。 あなたが主賓ですよ、とわざわざ申すまでもない事かと」

「あの。 その、祝辞って。 おめでとうございます、だけじゃだめ?」

 だめみたいだな。


 そりゃ、はい、喜んで、なんて呑気に即答した俺が悪いんだけどさ。 ここまで俺を苦しめなきゃいけない理由もないんじゃない? もう、さっさと贔屓しちゃっておしまいにする?

 でも、どっちを?


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