表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弓と剣  作者: 淳A
零れ話 V
424/490

解呪 5

「早かったな」

 父の書斎に行って解呪した石を見せると、父は軽く頷いてそう言った。 実にあっさりと。

 別に感動の涙を期待していた訳ではないが。 安堵の言葉か、おめでとうの一言でもいい。 もう少し何かあってもいいだろう? 解呪したのがロクだったら飛び上がって喜んだのではないか? そんな嫉妬に似た感情が胸のどこかを通り過ぎる。 頭の中では何を馬鹿な事を、と無視したが。


 父は机の引き出しから厚い紙を取り出した。 解呪証と書いてある。 その証人欄に署名押印して私に差し出した。

「呪術師組合に加入するなら解呪者名を記入して提出しろ」

「分かりました。 加入期限はいつですか?」

「期限はない。 加入しない者もいる。 シャノッドのように」

「シャ、祖父は、呪術師だったのですか?」

「知る人ぞ知る、てやつだが。 組合に加入しなければ呪術師の看板は出せないからな。 お前だってとっくに解呪していたのに誰にも言わないから助手のままだろう?」


 黙って解呪した事を知られていたとは。 絶対ばれない自信があっただけに驚きを隠せない。

 どうして分かった? そしてそれを知った時点でなぜ問い質さなかったのか? 私を破門したくないから? だとしても父は今の今まで知っていると匂わせた事さえなかった。

 解呪を無申告でやったら破門ではなかったのか? 確かに私が父から直接そう言われた事はない。 それはロクからそういう決まりになっていると教えられたのだ。 父に念を押された事はなかったが、それは私が許可なく解呪するはずはないと信じているからだと思っていた。

 それに施術中に死ぬより解呪中に死ぬ方が遥かに多い。 失敗によっては自分が死んだだけで済まない事もあるし、死んでいた方がましという結果になる事もある。 先生に黙って解呪するという無茶をするのは私ぐらいだろう。

 しかし失敗して死んだのならともかく、黙って解呪した事が知られたら成功していようと破門か、相当な怒りを買うと思っていた。 なのに知っていながら何も言わずにいたとは。


 怒っている様には見えない。 問い質す気にもなれない程私に無関心だから?

 私自身には無関心でも私が呪術師になった事にも無関心なのは解せない。 門下の呪術師が多ければ多い程他の呪術師への影響力が大きくなる。 そういった無言の圧力は金には換算出来なくてもいざという時何かと役に立つ。 シェベール先生の遺言を巡る訴訟に勝訴したのだって父が自分の影響力を縦横に駆使したからだ。

 ステンガードさんが呪術師になった時、父は盛大なお披露目をしてあげた。 費用は全て父が払ったと聞いている。 新規の加入は全て会報に掲載されるから金を使ってお披露目する必要などないし、普段の父はステンガードさんを嫌っているようにさえ見えたのに。 父は公爵家お抱えだから主家の体面を考えた可能性はあるが。 それでは増々私の解呪を不問にしていた理由が分からない。


 祖父が呪術師であった事といい、次々と質問が浮かんだが、下手な質問をして部屋から蹴り出されたら何も聞き出せない。 まず無難な質問をした。

「では私が初めて解呪した時点で呪術師になろうと思えばなれていた、という事ですか?」

「なんだ、知らなかったのか? てっきり組合に加入したくなくて黙っているのかと思ったら」

「あのような簡単な解呪で呪術師になれるとは思いませんでした。 自分で掛けた呪術を解呪しただけで呪術師になれるのなら誰でも呪術師になれるのでは?」

「自分が掛けた呪術なら簡単だと誰が言ったのだ? 解呪の難しさは誰が施術したかに関係ない。 自分が掛けたものであろうと難しいものは難しい」

「ですが、以前私が解呪したのは消滅寸前で。 五分とかからずに終わりました。 それでも認められたのでしょうか?」

「解呪時間の長短は難易度の目安にはなる。 とは言え、すぐに終わったから簡単。 丸一日かかったから難しい、と決まったものではない。

 例えば飛竜を黙らせた投影術は子供騙しだが、あれを解呪するとなったらお前がやってさえ糸口を見つけるのにかなりの時間がかかったと思うぞ。

 あれに比べたら死人再現術は百倍複雑だ。 お前は一時間足らずで解呪したが。

 但し、死人再現術を解呪中に死ぬ呪術師が多いのは難易度が高いのが原因とは言い切れん。 解呪を始めると時間の感覚を失う。 自分では一時間くらいと思っても実は二十時間以上経過していたという事があり得る。 体はしっかり疲れているのに頭がそれに気付けない。 解呪を開始してから幻影と話し込み、命を落とした可能性もある。

 解呪で一番難しいのは糸口の発見だ。 ただ糸口はすぐに見つかっても広汎に施術されていて解き終わるまで時間がかかるものもあるから施術時間と解呪時間に比例や反比例の関係はない。 また、私には簡単だったからお前にとっても簡単とは限らない。 逆も然り。

 出来る者から見れば出来ない者がなぜ失敗したのか分からんし、出来ない者から見れば出来た者がなぜ成功したのか分からん。 それが解呪だ」


「そうでしたか。 ところで、祖父が組合に加入しなかった理由を御存知ですか?」

「直接聞いた事はないが、推察するのは難しい事ではない。 死人再現術はシャノッドが発明した禁呪だ。 組合に加入する時、規則に従う事を誓石に誓う。 その規則の中に生涯禁呪を掛けないという一項があるのだ。 自分が発明した呪術は組合に全て申告するという義務もある。 申告して認められたら何も問題はないが、禁呪と判定されたら発明した者であろうと施術出来ない。 誓いを破ったら誓石の報復を受け、二度と呪術が掛けられない体になる」

「他にはどのような禁呪があるのでしょう?」

「それを組合に加入していない者に教える訳にはいかん。 助手が閲覧出来る呪術目録に禁呪が一つも載っていない事を見ても分かるだろう。 禁呪目録は呪術師になって初めて閲覧が許可される。 知りたければ組合に加入するしかない。 加入するなら飛竜に掛けた投影術を申告する事を忘れるなよ」

「投影術でしたら呪術目録に掲載されておりますが?」

「記載されている手順通りにやれば投影されたものに色は着かない。 お前の投影術には色が着いていた。 青を映し出す為に何か手を加えただろう? 全く新しい呪術だけではなく、既存の呪術の改良や付加も審査されるのだ。 あの着色が禁呪に指定される事はないと思うが」

「そんな些細な事まで申告せねばならないのですか?」

「些細か些細でないかは組合の審査員が決める。 審査結果に不満があるなら訴える事も可能だが、決定が覆った前例はない。 訴えるのは時間の無駄。 だからシャノッドのように発明の才がある者は組合に加入しようとしないのだ」


 私はいつも大なり小なり工夫を加えて施術している。 目録に書いてある手順通りにやる事の方が珍しい。 禁呪には指定されなくても一々審査されるとしたら煩わしい事この上ない。

 だからと言って禁呪使いとなるのか? 私の発明なんて小手先の改良がせいぜいだ。 死人再現術のような桁外れの禁呪を発明する日が来るとは思えない。 祖父程の才能は望めなくても、その片鱗でもあれば私だって加入しなかったと思うが。

 それにしても祖父が助手だっただけでも驚いたのに呪術師だったとは。 そう言えば父は以前祖父の事を助手だと言ったが、誰の助手とは言っていない。 私は父の助手なのだろうと早合点していたが、父の仕事を祖父が手伝っているのを見た事はなかった。

 日中私が学校や習い事に行っている間に働いていたのだろうが、解呪はともかく施術は簡単なものでも準備に大変な手間と時間がかかる。 いくら子供だったとは言え、五年も一緒に暮らしていたのに解呪は勿論、施術していた事にも全く気付かなかった。

 通いの助手はいたのかもしれないが、準備は泊まり込みでやらなければ難しいものが多い。 死人再現術のような複雑な施術をたった一人でやっていただなんて信じられない。 それに祖父と私が住んでいたあの家は暮らすには充分だが、呪術の準備をするには小さ過ぎる。 もしかしたらあまり知られていなくて客が一人も来なかった?


「禁呪を依頼する人なんているのでしょうか?」

「まあな。 魚心あれば水心と言うか。 表立っては誰も認めないが、禁呪の需要は常にある。 死人再現術なら盗難防止術と同じか、それ以上の人気があったかもしれん。

 シャノッドの資産目録をちゃんと読んだか? 並の呪術師にあれ程の資産は築けない。 私がシャノッドの年まで稼いだとしてもあの半分にもならんだろう。 その石一つだって八十万ルークはする」

 父はそう言って私が解呪したばかりの石を指差した。

「死人再現術がなぜ禁呪に指定されたのか、理由を御存知ですか? 人に害なす要素があるようには見えなかったのですが」

「悪用され易いからだ」

「どんな呪術であろうと悪用しようと思えば悪用出来るのでは? 故人に会えたら悲しみを癒すでしょうし。 薬用としての施術も認められない程の害がありますか?」

「悲しみを癒すかもしれんが、同時に故人を忘れ難くもする。 会えず、語れないから忘れられるのだ。 故人が生きているかのように毎日現れ、話しかけて来たら忘れられるか? お前はすぐに解呪を開始したが。 祖父母や母と話したいとか、幻影でもいいから消さずに留めておきたいとは思わなかったか?」

「それは、思いましたが」

「生きているかのようではあっても生きている訳ではない。 幻影との会話は執着と依存を深めるだけだ。 しかし一番の問題は、術中の人物が果たして故人の本心を語っているのか、それとも呪術師がそう言わせているのか、見分ける術がないという点にある。

 例えば私の死後開封した遺言に、全財産をお前に残すと書いてあったとしよう。 それとは別に死人再現術によって私が現れ、全てを組合に寄付すると言ったらどうする? 私が本当にそう言ったのかもしれないが、呪術師がそう言わせただけの可能性もある。 どうすれば呪術師が故人の遺志を改変していないと言い切れる?

 或いは石が二つあり、一つの幻影は全財産を組合に寄付すると言い、もう一つは全財産をお前に残すと言ったら? どちらが正しいと判定する? 施術日を証明するものはない。 それを知っているのは施術した者だけだ。 お前と組合なら話せば解決も可能だろうが、貴族の家で複数の幻影が現れ、全く違う事を言ったら血を血で洗う遺産争いとなろう。

 それにあの幻影を映し続けるには高価な宝石が必要だ。 自分の全財産をつぎ込んでも足りない時、借金するくらいならまだいい。 他人の金や宝石を騙し取っても幻影が欲しい客がいたらどうする? 最初から幻影を詐欺に使うつもりで依頼する者だっているだろう。 犯罪の手助けをしたら幇助罪に問われる。 詐欺に使うつもりだなんて知らなかったと呪術師が言えば、その言い訳を信じるのか? 加えて手順が複雑なだけに暴走する危険が非常に高い。 暴走した幻影によって客が死んだら、殺したのは幻影か、それともその幻影を作り出した呪術師か」


 そこまで説明されてようやく、あの幻影術のどこが問題なのかを理解したが、同時に別の疑問が湧いてくる。

「祖父はなぜ私にあの解呪をやらせたかったのでしょう? リスナーの子だから解呪出来るはず、という確信があったのでしょうか?」

「いいや。 あれはルデが呪術師になる前に作られている。 少なくともお前の母の部分はな。

 解呪に失敗する原因を一つに絞る事は難しいが、シャノッドは感情に流される事が一番大きな原因と考えていた。 もしお前があの幻影に執着し、解呪を始められないようなら呪術師になるのは止めた方がよいと言いたかったのではないか。 それに解呪を開始してから話し込んだら危ないが、幻影と話すだけなら解呪を開始した事にはならん。 元々それが目的の呪術なのだから。

 ともかく無事解呪したのだ。 お前は充分やっていける。 で、組合に加入するのか?」

 父の瞳に期待らしきものが浮かんでいる。 そんな感情を見せた事など一度もなかっただけに内心驚いた。

 私はどうしたいのだろう? 呪術師になる道が一筋ではない事に戸惑っている。 呪術師として独立するつもりだった。 その初志に変わりはないが、では組合に加入する? 後悔しないだろうか? 死人再現術は無理でも、いつか禁呪を発明しないとは限らない。

「もう少々考えさせて下さい」

 父の瞳に失望らしきものが浮かんだような気もするが、私の見間違いかもしれない。


 父が出掛けようとする様子を見せたので、慌てて質問した。

「先生。 組合に加入しなければ澱みの原因である石を見せては戴けないのでしょうか? 二つ同時に見るのが難しいなら取りあえず一つだけでも」

 途端に父の顔が曇る。

「うー、あれか。 いや、別に加入しなくても見せてやるが、今はまずい。 石を収めている金庫を開けて澱みが急に増えたりしたら困る。 ユレイア様の見合いが終わるまで待て」

「それはいつですか?」

「十一月だ。 忘れない内に言っておくが、その時本邸を一万本の生花で飾る。 その花を長持ちさせる呪術を考えねばならん。 一万本となると何をするにも人手が足りない。 何かいい案を考えておいてくれ」

「見合いに一万本とは。 皇王族のどなたかをお迎えするのでしょうか?」

「いや、六頭殺しの兄だ」

「するとサリ様の伯父。 とは言え、現在の身分は伯爵の弟で、無爵では?」

「だが御典医として出仕なさる。 余程のポカをやらかさない限りいずれは筆頭御典医となるか、それは逃してもサリ様担当の主治医となるだろう。 後宮で大きな影響力を持つ事はほぼ確実。 旦那様の拳に気合いが入るのも無理からぬ、という訳だ」

「それはそれは。 でもこの季節に生花となると南から運ぶのでしょう? 運び入れたと同時に萎れるのではありませんか?」

「私もそう言って反対したのだが。 なんでも造花より生花を愛でる御方らしくてな。 ここで金を惜しみ、造花を使って逃げられる訳にはいかん、と旦那様がおっしゃる」

「それでしたら何人か外部からの応援を頼んでは?」

「ううむ。 しかしこれが他の屋敷だったら花を運べば済む話。 呪術を使う必要などない。 部外者を一人呼んだだけでダンホフ本邸がどういう有様か、あっと言う間に世間に知れ渡るだろう」

「呪術師なら分かるでしょうが。 助手でしたら感知出来ないのでは? 現に本邸内にいる助手で感知している者はおりません」

「一歩足を踏み込めば呪術師になれない噂がある家に、手伝いに来る助手がいると思うのか?」

「それもそうですね。 では切り花の鮮度を保つ工夫をするという案は如何でしょう? バケツに水を入れて花を挿し、それを運ぶ荷馬車の幌に発光石を設置して太陽と似た光を発生させる、とか」

「ほう。 発光石を使う訳か」

「はい」

「面白い。 今思いついたのか?」

「いえ、花を長持ちさせるにはどうしたらいいか、色々調べた事がありまして。 祖母が花好きだったものですから」

「そうか。 中々いい着眼点だ。 少なくとも二百かそこらの石が必要になるだろうが。 上から金に糸目はつけんと言われている。 よし、それでいこう。 早速準備を始めろ。

 ところで、組合に加入するならそれも申告する事を忘れるなよ」

「それも、とは?」

「発光石を大量に作る手順だ。 最終的に何個必要か分からんが、一個づつ作っていたら間に合わん。 二十か三十を一気に作らないと。 それは発光術の改良となる。

 禁呪使いにとって自分の発明は顧客を引き寄せる餌だ。 加入しないなら自分の飯の種を迂闊に人に教えるんじゃないぞ。 投影着色術もな。 あれはおそらくいい金になる」


 意外、と言っては言い過ぎかもしれないが、父に加入しなかった時の事まで気遣ってもらえるとは思わなかった。 私が息子である事は世間に公表していない。 とは言っても、弟子の中からもぐりの呪術師が出たら外聞が悪いのではないのか? 加入しなければ親子の縁を切るとまでは言われなくても、よい顔はされないと思ったのだが。

「先生は、私が組合に加入すべきとはお考えにならない?」

「発明の才がある者にとって組合への加入は必ずしも益とはならない。 発明の才がなかろうと、あれこれ試している内に何かを発明しないとは限らないだろう? だが審査が厳し過ぎて組合員の発明に対する意欲を削いでいる。 どうせ禁呪に指定されると思えば目録から外れた手順を試す気にはなれん。 私はそれを残念な事だと思っているが。 私には加入しないという選択肢は最初からなかったのでな」

「なぜでしょう?」

「実父が有無を言わせない人だった」

「先生の実父も呪術師だったのですか?」

「ああ、シェベール先生だ」

「えっ!」

 私は父が養子である事さえ知らなかった。 まさか実父がシェベール先生とは。

 シェベール先生と父は、父と私以上に疎遠だった。 そんな比較は無意味と思うが、心理的には疎遠であろうと父と私は毎日一緒に仕事をしている。 けれど父はダンホフに赴任する前からほとんどシェベール先生と顔を合わせた事がなかった。 手紙だって新年や時候の挨拶、病気見舞い、全て私が文面を考え、代筆して出していた。 どういう文面にしろ等の指示があった事はなく、シェベール先生からも仕事関係以外の手紙が来た事はなかった。 父宛の書類は公私を問わず全て私が整理しているのだから間違いない。 はっきり言って世間一般の師弟より疎遠だったと思う。


「リスナーの息子が呪術師組合に加入しないなんて言語道断、という訳さ。 まあ、リスナーには組合の思想的な指導者という側面もある。 シェベール先生の気持ちは分からないでもない。 それでなくても伝統とか益体もないものを大事にした人だったし。 シェベール先生は私が解呪したその日に解呪証を組合へ持って行った。 私の希望など聞かれもしなかった」

「存じませんでした」

「お前のように噂に疎い奴が知らないのは無理もない。 そんなところも父親似とは言わんが。 ルデなんぞシェベール先生の秘書をしていたくせに、未だに私の養父母を実父母と思っているのだからな。 お前以上に噂に疎い奴がいるなど信じられんが、あいつはそういう信じ難い奴なのだ。

 もっとも私に関しては詳しく調べなければ分からん話ではあるが。 私の戸籍は母方祖父が届け出たからシェベール先生が実父として記載されているが、シェベール先生の戸籍を見たって私は庶子としてさえ記載されていない。 届け出るのを忘れたとかで。

 それはともかく、私はお前が禁呪使いの道を選ぼうと気にしない。 好きにしろ」

「でもリスナーの息子で呪術師になったのは二人しか、あっ」

 そこで自分の間違いに気付いた。 過去帳を調べた時、リスナーと同姓の呪術師だけを探したから二人しか見つけられなかったのだ。 自分の実父母だって入籍していない。 両親が入籍してない場合を想定すべきだった。

「ああ、過去帳を見たのか。 あれには入籍した婚姻関係なら書いてあるが、愛人や婚外子の有無までは書いていないからな。 親から子を探すのではなく、子から親を探すのでなくては分からん。

 もっとも大抵の奴らは過去帳を真面目に読んだりしないが。 みんな噂で知っているのだ。 戸籍でさえ事実を語っているとは限らないし」

 そう言って父がにやりと笑った。


 それでも父のページに何が記載されているのかくらいは見ておくべきだった。 タイマーザ先生のページなら見たが。 タイマーザ先生の父親は同姓で、タイマーザ先生以外にタイマーザ姓の呪術師は記載されていなかったから父親は呪術師ではなかったのだろうと思い、それ以上調べなかったが。 禁呪使いだった可能性がある訳だ。 それなら組合の過去帳を調べたって載っていない。

 だがそんな事よりシェベール先生と父だ。 親子喧嘩の末に口もきかなくなったとはよくある話と言えばよくある話だが、シェベール先生と父が喧嘩していたら、いくら噂に疎い私でも何か耳にしていたと思う。 とっくに知っていると思われていた可能性はあるにしても。

 親子の確執なんて傍から見ただけでは分からないものだが、タイマーザ先生の助手からシェベール先生の死期が近いという連絡が来た時も父は暇を願い出なかった。 お抱え呪術師とは言え、実父が危篤なら一ヶ月や二ヶ月の暇くらい許されただろうに。


 シェベール先生の最後を看取ったのはタイマーザ先生だ。 遺産だって父は何一つ受け取っていない。 葬式には勿論参列したが、喪主を務めたのはタイマーザ先生だ。

「弟子が喪主を務めるのは子供はいても呪術師ではない時、と聞いていたのですが?」

「普通はそうだが、リスナーは特別だ。 リスナー同士は血縁以上の深い関係で結ばれている。 私が養子に出されていなかったとしても喪主はルデが務めただろう。 ただの呪術師に出る幕はない」

「タイマーザ先生の次のリスナーはどなたですか?」

「次はまだ現れていない。 お前である可能性は充分にある。 もし石の囁きが聞こえたらすぐに言うのだぞ」

「どのような囁きなら報告すべきなのでしょう?」

 父が息を呑んだ。

「どのような囁きなら、だと? 石の囁きを聞いたのか?」

「あの、微かに、おめでと、と」

 父は私の手から解呪証を抜き取り、ペンを差し出した。

「署名しろ。 リスナーに選択肢はない。 この証書は私が組合に提出しておく」

「し、しかし、本当に微かな。 私の思い違いかもしれませんし」

「何が思い違いだ。 思い違いで石の囁きが聞こえるものか。

 疑うならこの石を鑑定してみろ」

 そう言って書斎の金庫から一つの箱を取り出し、蓋を開けた。

「解呪は可能か?」

「はい。 ですが、消えかかっています。 わざわざ解呪しなくても後一ヶ月も経てばきれいになるでしょう」

「自分が施術した石ではない事は分かるな? 他人が掛けた呪術の鑑定が出来るのはリスナーだけだ」

「しかしこれ一つだけで決められないのでは?」

「最終的にはルデが承認する事だが、まず間違いない」

 父が小さく呟いた。

「アチもさぞかし喜んでいるだろう」

「先生は生前の母を御存知なのですか?」

「私の事はこれから父上と呼ぶ様に」

「はい、父上」

「アチは私の許嫁だった」

 父の言葉に思わず息を呑む。 以前父が私を養子にしたのは腹いせと言った事を思い出した。 もしかしたらシェベール先生を奪われたと言ったのは、母の名を出したくないが故の嘘? それとも二人共奪われた? そんな事を聞けはしないが。

「と言っても親同士の口約束だが。 幼馴染でな。 まあ、そんな昔話はどうでもいいだろう? これから忙しくなるぞ。 なんと言っても次代のリスナーのお披露目。 盛大にやらねば」

「父上。 母が、いえ、幻影が私に向かって、あなたも呪術師になるの、お父さんのように、と言いました。 あの幻影はタイマーザ先生が呪術師になる前に作られたのでしょう? 母にはタイマーザ先生が呪術師になる確信があったという事ですか? それとも祖父が後でそう言わせたのでしょうか?」

「お父さんのように、だと?」

「ええ」


 しばし沈黙した後で父が言った。

「幻影とは言え、あれはアチらしい事を語っていた。 少なくとも私はそう感じた。 あの幻影の言葉なら、アチ本人がそう言ったか、そう思っていたのだろう」

「祖父母は後で加えられたのですよね? その時母の幻影も改変されたのでは?」

「新たな幻影を加える事は出来るが、一度生み出した幻影を後から変える事は出来ない。 改変があったとすれば、アチが二人、現れたはず。 だから、お父さん、は私を指していると思っていい。 当時既に呪術師になっていたし、お前の祖母によると、アチが私に頼んだのだ。 お前の父になってくれ、と」

「婚約を破棄しておいて? そんな厚かましいお願い、聞く必要はなかったでしょうに」

 父がちょっと肩を竦める。

「私にとってアチは妹みたいなものだったんでな。 頼まれると、いやと言えんのだ」

 そして私から少し目を逸らして付け加えた。

「あー、それと、な。 辺りに誰もいない時は、父上でなくてもいいぞ」

「分かりました、先生」

「いや、その。 お父さん、でいい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 作者さん、ほんとに私を泣かせるのが得意なんですから…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ