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弓と剣  作者: 淳A
零れ話 V
421/490

解呪 2

 嘘だと叫びたかったが、父の言葉からは事実をそのまま伝えている事から来る冷たさが感じられた。 それに二ヶ月前、急に悲しくなって、おばあちゃん、おばあちゃん、と一日中呼んで泣き明かした事があった。 やはりあの時、と思う気持ちの方が強い。 仮に嘘だとしても祖母の家に辿り着く術がない事に変わりはない。

 けれど帰り方が分からないのと帰る場所がないのでは、結果は同じでも心の持ちようが違う。 その日から今いる場所が自分の家と思うようになった。 お父さんを父上に直された時は口の中に異物を突っ込まれたような気がしたが、養われている身分だ。 言われた事に従うしかない。

 有り難い事に父上と呼ぶ機会はそれ程なかった。 その日だって一年ぶりに帰って来たのだからゆっくりしていくのかと思ったら、すぐにまたどこかへ出掛けて行き、帰らなかったし。


 父の寝室はいつも寝るばかりに用意されていたが、父がそこで寝た事はほとんどない。 次に父が来たのは四ヶ月後だ。 最初の年を抜かせば一年間会わないほどの不在はなかったが、大体半年とか、半年以上会えない事もよくあった。

 家にいるからと言って私と話す訳ではなく、私の挨拶に頷き返して終わりだ。 シャノッドや来客と話し、私に分からないあれこれを決め、大体その日の内にどこかへ出掛けて行き、それっきり。 一緒に遊んだ事なんてないし、甘えた覚えもない。 食事を共にする事さえ片手で数えるくらいしかなかった。

 ただ私以外の人となら饒舌と言えるくらい話をしていたから無口な性格なのではない。 それに近所の人や家の修理に来た職人と誰それが怪我をした病気したとか、皇都に行った時に見た話をしていたから呪術以外の話をしないという訳でもない。


 ある日珍しく父から私に話し掛けたかと思えば、「外から帰ったらまず手を洗いなさい」という小言だった。 私の手が汚れていたなら分かるが、どう見てもきれいだ。 内心面白くはなかったけれど、言い返したりはしなかった。 何不自由なく暮らせるのは父の金があればこそという事は最初の日から理解している。 なぜ嫌われているのか分からないが、今以上に嫌われたくはない。

 だから父がいてもいなくても外から帰ったら必ず手を洗った。 因みに父が外から帰った時、手を洗っているのを見た事はない。 大人になったら洗わなくてもいいんですか、と心の中で呟くくらいはしたが。


 正直な所、妙な所に細かい父が嫌いで苦手だったから、毎日会わずに済んでいる事にほっとしていた。 それを申し訳ないと思う気持ちも少しはあったが、だからと言って父を好きになる努力をしようとは思わなかった。 私にそんな努力をされても父にとっては迷惑なだけだろう。 父からはっきりお前が嫌いだと言われた事はないが、父に好かれているとは到底思えなかった。 一緒に遊んだ事がないのは忙しいせいかもしれないが、用がなければ何も言って来ないのは私に会いたくないからだろう?

 ただ子供を家に連れて来ないようにと言われていたので、もしかしたら父は私が嫌いと言うより子供嫌いだったのかもしれない。


 いずれにしても父の行動に変化はなく、月日は流れたが、父との距離は縮まらなかった。 養育費なら世間並み以上に出してくれた。 貴族の家に招かれた時の挨拶や礼儀作法、園芸、乗馬、習字等々。 どれも父から習うようにと命じられたもので、自分から習いたいと言ったものは一つもない。 しかも人に教えられるくらい上達するまで続けられたから相当な額の金がかかったと思う。 子供が欲しくて養子にしたようには見えないし、なぜそこまでしてくれたのか?

 理由を聞いた事はないが、愛情から出された金とは思えない。 その証拠に、学校や習い事の先生から買うよう指定された物なら何でも買ってくれたが、私を喜ばせる為に金を出してくれた事は一度もなかった。 それは私から父に何かを強請った事がなかったせいもあるだろうが。


 勿論、欲しい物ならいくらでもあった。 同級生が小遣いで買うような物だから高くはない。 強請れば買ってくれたのかもしれないが、父に物を強請る気にはなれなかった。 遠慮したからではなく、受け取る時にありがとうと言わねばならない事が面倒だったのだ。

 食事も服も全部父が金を出していた訳だし、そちらの方がずっと金がかかる。 けれど生活に必要な物は全てシャノッドから手渡されていた。 奉公人に礼を言う必要はない。 親から直接手渡されたとしても、それが日用品なら一々ありがとうと言ったりはしないだろう。

 でも父に強請って何かを買って貰ったら、たとえそれが靴下であってもきちんと礼を言わなければ叱られるような気がした。 それだけじゃない。 普通にありがとうと言っただけでは不十分で、他にもっとましな言い方が出来ないのか、と難癖を付けられるような。

 出会った日に「まともな返事も出来ない」と言われた事をそこまで根に持つ事もないのかもしれないが、父の方こそ根に持っているから私に礼儀作法を習わせたのではないのか? それが理由ではないとしても大金を払って礼儀を習わせたのに結果が見えなかったら文句を言われるに決まっている。


 玩具はないならないでどうにかなるし、親が子供にあれこれ買ってあげている場面を見掛けても羨ましいとは思わなかった。 それに私はいつか養育費を返すつもりでいた。 私にとって父は恩人と言うより金を借りた銀行だ。 返す金は少なければ少ない程よい。

 もっとも父が私に向かって、育ててもらった事に感謝しろとか、いつか恩を返せに類する言葉を口にした事はない。 ただ父は後々の事を考えて行動する人のように見えた。

 例えば私が住んでいた家。 シャノッドにいつから住んでいるのか聞いたら、五年前と言う。 一年に二、三回しか使わない家を買う意味なんてないだろう? 宿に泊まった方がずっと安いはずだ。 五年後の今は役に立っている訳だが。 それで何となく私の事も後で役に立つから養子にしたような気がした。


 無駄にしか見えなくても買ったら買いっぱなしにしないのが父だ。 家はシャノッドにきちんと管理させていたし、他の物も私に買ってあげた事をきちんと覚えている。 ただ私に関しては管理していたと言うより、私が父を忘れないよう、シャノッドに見張らせていたような気がした。

 例えば小学校に入学すると、毎日父宛に手紙を書くよう言いつけられた。 それでどの学科を勉強したかを書いてシャノッドに渡したら、書き直すように言われた。

「ルガ坊ちゃん、これでは時間割を書き写したのと同じです。 それはもう郵送してありますので、それ以外の何かを書いてもらいませんと。 このままでは出せません」

「それ以外に書く事なんてないよ」

「そんなはずはないでしょう? 勉強が面白かった、難しかった、分からなかった、でもいいです」

「どの授業もつまらなかった。 そう書いてもいい?」

「うーん。 では、担任の先生がどういう人だとか」

「先生なんて名前しか知らない」

「あ、今日は友達と何を遊びました?」

「友達なんていないよ。 同級生はもうお互いの事をよく知っていて、グループが出来ているんだ。 知らない子と遊んだりしないよ。 家に連れて来るのはだめ、他の家に遊びに行くのもだめなのに友達なんか出来る訳ない」

「夕飯は手紙を書き終わった後で出します」


 つまり書かなければ夕飯抜き。 シャノッドは普段五月蝿い事を言った事がないし、優しいが、相手が子供だからって一度言った事を後で変えたりしない。 シャノッドが書き終わった後と言ったら書き終わった後だ。 そういう所はきっちりしていると言うか。

 書かずに寝たら朝御飯は出してくれるかもしれないが。 今日だけじゃなく、明日も。 明後日も。 その次の日も。 毎日書かなかったら毎日夕飯抜き。 それが嫌なら手紙を書くしかない。 こんな嫌がらせみたいな強制をするなんて父の命令だからだろう。

 しかし何を書けばいいのか? 成績が悪ければ難しいだの、分からなかったと書けるが、どの課目も簡単だった。 だからと言って授業中に眠ったとか、学校に行きたくないと書いたら、父に何を言われるか分かったものではない。


 切羽詰まって学校の行き帰りの途中で見た、道を横切る亀の事を書いた。 その亀は湖から沼地に向かって進んでいた。 そこに馬車が止まり、馬丁が下りて来て、亀を湖へ戻してあげた。 どうせなら亀が向かっていた沼地へ連れて行ってあげればいいのに。 亀にとっては迷惑だったと思います、と書いた。

 我ながら可愛げのない手紙だったと思うが、書き直せと言われずに済んだから、それ以来毎日学校や習い事の行き帰りに見聞きした事を書くようになった。 振り返ってみれば私の作文が上達したのは父への手紙を書かされたおかげのような気もする。 自分の一日を客観的に観察する癖も付いた。 それが父の意図であったのかどうかは知らないが。


 学績優秀だったおかげで飛び級を許可され、私は小学校を四年で卒業した。 その後の進路は父が勝手に決めるのだろうと思っていたら、案に相違して私の希望を聞かれた。

「私の見習になるか、上級学校へ進学するか。 それとも他になりたい職業があるか?」

 その頃の私は呪術を使えば死んだ人を生き返らせたり会ったり出来ると思っていた。 祖母にもう一度会いたかった私は迷わず返答した。

「父上の見習になりたいです」

「そうか。 では来週出発する旅に同行しなさい。 お前の旅行準備を手伝うよう、シャノッドに言っておく。 旅行準備が出来次第、私の仕事場に引っ越すように。

 ところで、私の息子である事は他言無用だ。 シャノッドは知っているが、他の呪術師は勿論、同居している弟子達にも明かしてはならん。 これから私の事は先生と呼べ」

「はい、先生」

「それと、シャノッドは助手だ。 見習のお前にとっては格上になる。 人前ではさん付けするように」

 シャノッドが父の助手だったなんて、その時まで知らなかった。


 荷造りしながらシャノッドに聞いた。

「ねえ、なぜ助手だって事を黙っていたの?」

「聞かれませんでしたから」

「そうと知っていたらシャノッドさんに呪術を教えてもらったのに」

「シャノッドさん?」

「父上がさん付けで呼べと言ったんだ」

「……ま、助手に教えてもらったって呪術師にはなれませんよ。 それに私はもう何年も呪術を掛けていない。 あれも慣れです。 常にやっていないと勘が鈍る。 私よりワジルカ先生の元で学んでいる助手の方が余程うまいでしょう。 仲間がいれば切磋琢磨の励みにもなりますし。 長い道のりですが、くじけずにがんばって下さい。 ルガ坊ちゃんは筋がいい。 きっと立派な呪術師になれます」

「はい。 必ずなる。 なったら私の助手になって」

「え? いや、うーん。 私も年ですから。 そんなに長生きするのは無理ですよ」

「大丈夫! すぐに呪術師になって見せる。 何年も待たせたりしないから」

「おお、それは頼もしい。 では、その日を楽しみに待つとしましょうか」


 翌日シャノッドに連れられ、初めてシェベール先生の家の中に入った。 窓があるようには見えなかったから、さぞかし真っ暗で日中でも蝋燭を灯していると思っていたのに、結構明るくて驚いた。 天井を見ると採光窓がいくつも付いている。

 シャノッドが左廊下の奥に向かって声を掛けた。

「ビシワス、いるか?」

 部屋の一つから若い男の人が出て来た。 若いとは言っても私よりずっと年上に見える。 シャノッドにお辞儀をしながら言った。

「あ、シャノッドさん。 お久しぶりです。 お元気でした?」

「うむ。 そっちも元気そうだな」

「はい、おかげさまで。 何とか無事、生きてます」 

「この子は新しく入門したルガ・ワジルカだ。 慣れるまでお前が面倒を見てやってくれないか?」

「分かりました。 よろしくな、ルガ。 ロク・ビシワスだ」

「初めまして。 御面倒をお掛けしますが、何卒よろしくお願い申し上げます」

 シャノッドは私の荷物を下に置き、私を軽く抱いて言った。

「ワジルカ先生には助手が四人、見習はビシワスを含めて七人いる。 他の弟子達にはビシワスに紹介してもらえ。 私は用事があるからこれで。 じゃ、がんばれよ」

「はい、シャノッドさんもお元気で。 今まで大変お世話になりました。 改めて深くお礼申し上げます」

 大好きだよ、という言葉は飲み込んだ。 これが今生の別れになると知っていたら飲み込んだりしなかったのだが。


「ルガ。 じゃ、まずお前の部屋に荷物を置きに行くとするか」

「あの、ビシワスさん?」

「ロクでいい。 見習同士はみんな名前を呼び捨てにしている」

「でも先輩で色々教えて下さる方を呼び捨てにするのは」

「気にするな。 そりゃみんなお前より年上だけど、呪術師は年の順になれる、て訳でもないし」

「それでは遠慮なく、ロクと呼ばせて戴きます。 ところで壁の窓が全部石で塞がれているのはなぜか御存知ですか? 天窓があるから日光を遮断する為ではないですよね?」

「呪術が窓を破って外に暴走したら危ないからさ。 敷地は広いけど、前後左右に道があって馬車が通っている。 時々壁をぶち抜くぐらい強烈なやつがあるから気休めみたいなもんだけどな。 ないよりまし、て言うか。 上に向かうやつもあるけど、それは運悪く当たったとしても鳥くらいだろ。

 で、早速だが、掃除は見習の仕事だ。 まず廊下からやってくれ。 着替えたら掃除用具の置き場所を教えてやる。 屋内で袖を捲ったりするんじゃないぞ。 暴走じゃなくても時々石の破片とか飛んで来たりするから。

 それと、この縄。 避難用な」

 そう言ってロクは目の前にぶら下がっている縄を掴んだ。 約二メートルの高さの所に縄が張り渡されていて、直径五センチぐらいの太さの縄がそちこちにぶら下がっている。 よく見ると玄関だけじゃなく、廊下にも同じような縄が何本か垂れていた。 ロクはその縄に付いている木の輪を摘んで言った。

「暴走した呪術から逃げる時はな、手近にあるどの縄でもいいから掴んで足を縄の一番下にある結び目の上に乗せろ。 そうすれば壁や床に叩きつけられずに済む。 大した事なさそうだ、と侮るなよ。 打ち所が悪くて死んだ奴もいるんだぜ。 大体一気に来て収まるんだけど、徐々に強くなっていくやつもあるから油断するな」

「暴走はよくある事なのでしょうか?」

「普通ならそんなに頻繁じゃない。 てか、あったらまずいんだが。 今、解呪に挑戦しようとしている助手が三人もいてさ。 おまけに来月の助手資格試験に挑戦する奴までいるから。 なんだかんだ言って、一週間に一回? はあるかも。 危ないのは、」

 そこでいきなりバリッと木が蹴破られたような音がした。

「掴まれっ!」

 そう叫びながらロクが少し離れた所にぶら下がっている縄に向かって走った。 慌てて目の前の縄に飛び付き、木の輪っかを握りしめて足を床から離した途端、ごおお、と強い風が唸り声を上げて脇を通り抜け、私がぶら下がっている縄をめちゃくちゃに揺らした。 目が回りそうになったので目をしっかり瞑る。 二十キロはある私の旅行鞄が壁に叩きつけられた音がした。


「ステンガード! 貴様、またパルクマエの量を間違えやがったな。 色ボケしやがって。 破門する前に二度と女が抱けない体にしてや」

 右廊下から聞こえて来た罵声はそこでいきなり途切れ、乱暴にドアが閉められる音がした。 父の声だったような気がする。 でも父の怒鳴り声なんて今まで聞いた事がなかったから確信はない。

 呆然と縄にぶら下がっていると、ロクが縄の揺れを止めてくれた。

「もう下りても大丈夫だぜ。 丁度いい練習になったな。 今より大きいやつでも基本は同じだから」

「あの。 怒鳴った方は先生、ワジルカ先生、ですか?」

「うん。 会った事あるんだろ?」

「はい。 ただ怒鳴った所を見た事はなかったので。 少々、意外と申しますか」

「あはは。 ルガの前ではすかしてたのか。 なんで怒鳴るのを途中で止めたのかと思ったら。 先生ったらルガに気付いた途端、やばい、て顔してさ、慌てて引っ込んだんだぜ」


 私の旅行鞄はシャノッドがベルトを巻いておいてくれたので無事だった。 それを持って二階へ上ろうとしたら、階下から荒い息遣いが聞こえて来た。

「ごほっ、ごほっ。 もう、ちょっと、だったのに」

 ぶつぶつ文句を言いながら男の人が現れた。 父より年上に見える。 左半分が滅茶苦茶に引き裂かれた服を着ているから、この人が呪術を暴走させたのだろう。

「ステンガードさん、後始末は御自分でお願いしますよ」

「ふん、言われなくたって分かってらぁ。 着替えだけ持って来てくれよ。 手がこうなっちまった」

 そう言って血だらけの掌をロクに向かって見せた。

「お、新入りか? やけに若いな。 いくつだ?」

「十歳ですが、来月十一歳になります。 ルガ・ワジルカと申します。 何卒よろしくお見知りおき下さい」

「お見知りおき下さいときたか。 こりゃどうも。 しがねぇ助手風情に御丁寧なこって。 痛み入りやす。 タガ・ステンガード、てぇケチな野郎で。 ところで、あんた、先生の養子?」

「いいえ」

 戸籍上、私は父の実子になっている。 全然似てないから私が養子である事はいずれ知られると思うが。 父から言うなと言われたから何も言わないでいると、更に質問しそうなステンガードさんをロクがはぐらかしてくれた。

「ルガ、着替えを置いてある棚を教えるから付いて来て。 それと失敗の後始末は失敗した奴がする決まりだ。 俺達はやらなくていい。 若いからって舐められないようにしろよ。 最初に甘い顔を見せるとつけ上がる奴もいるからな」

「おい、ビシワス。 そりゃ聞き捨てならねぇな。 一体俺がいつ、つけ上がった?」

「誰とは言ってないでしょ」

「よぉ、ワジルカ、気を付けるんだぜ。 この辺りにゃ先生のお気に入りだからってつけ上がる奴もいるみてぇだからよ」

 ロクは何も言い返さなかったが、新品の着替えが手前にいくらでも置いてあるのに、わざわざ奥に埋もれていた服の中から着古されてサイズが合ってないものを探し出し、ステンガードさんに持って行った。


 廊下掃除のやり方を教えてもらいながらロクに聞きたくて仕方がなかった事を質問した。

「先生の弟子の中で死んだ人を生き返らせる呪術を知っている人は誰ですか?」

「死人を生き返らせる? そんなの誰にも出来ないよ。 シェベール大先生だって。 ワジルカ先生にそう言われた事あるし」

「えっ。 で、でも、会うだけなら。 それなら出来るのですよね?」

「無理。 世間で信じられている死人関係の呪術なんてほとんどが夢物語さ。 実際には出来ないものばっかと思った方がいい。

 あ、だけど願いを石に閉じ込める術ならあるな。 願った人が死んだ後でも姿が現れるんだ。 それだって願う人が生きている内にやらないと。

 それにそんな高等呪術が出来る呪術師なんてそんなにいないはずだぜ。 ま、ワジルカ先生なら余裕だろ。 なんたってシェベール大先生の直弟子だ。

 そう言えばシャノッドさんもやれるって話、聞いた事あるな。 そんな事までやれるのに、なんで解呪に挑戦しなかったんだか分からないが。

 まあ、それはどうでもいいけど、お前、俺以外にそんな事を聞いたりするなよ。 ワジルカ先生って呪術師の世界じゃ有名人なんだぜ。 その直弟子がお伽噺を信じてるなんて広まったらお前だけじゃない。 先生まで笑われちまう」


 呪術の暴走。 父の罵声。 その上一番やりたかった術が不可能と知り、入門した日に後悔した。 けれど今更父に辞めさせて下さいとは言えない。 言った所で許してもらえないだろう。

 そこで初めて、なぜ呪術師の子供が呪術師にならないのか理解した。 不思議を自在に操るかに見える呪術師は子供が憧れる職業だ。 なのに親子で呪術師という人に会った事はない。

 シャノッドが時々聞かせてくれた世間話によると、大概の呪術師は自分の子供が呪術師になりたいと言うと様々な手管を使って妨害するらしい。 他の師を探せ、と突き放すのはまだましな方で、入門させないでくれ、と呪術師全員に根回ししたりとか。

 助手では大した金は稼げないし、解呪に挑戦した助手の死亡率を考えると、息子にはやらせたくないと思ったとしても無理はない。 私だってもし実子がいたら呪術師になる事を反対しただろう。


 だが父は妨害らしき事を全くしなかった。 最初から私を呪術師にするつもりで養子にしたのかと思うほど。 それならなぜ多額の金を出して色々な習い事をさせたりしたのか。 解呪に失敗して無駄金になる可能性を考えなかった?

 それにもし最初から呪術師にするつもりだったのなら、私に他の職業への希望を聞くのはおかしい。 確信はないが、あの時もし私が他の職業を選んでいたら父は反対しなかったような気がする。

 とは言え、父は私の誤解を正す事もしなかった。 祖母に会う術はないと知っていたら、それでも呪術師になろうとは思わなかっただろう。 長年見習として父の下で修業するより進学する道を選ぶ。

 もしかしたら父はわざと誤解を正さなかった? あの時は単純に自分の夢に一歩近づいた事が嬉しくて父の思惑など考えもしなかったが。 本当は私に呪術師になってもらいたかったとか? なぜ?


 父に聞けば済む事だが、聞いてもその答えを信じられるような気がしなかったので聞かなかった。 父と共に暮らし、旅をするようになって物理的な距離は縮まった。 意外な一面を知る事もあったが、父との心理的な距離が縮まったとは言えない。

 それは父にとっても同じだったと思う。 父は他の弟子達となら呪術以外の世間話をする事もあるが、私とは仕事以外の話をした事はない。 年が離れていて話が合わない所為もあるとは思うが、弟子の中で私の次に年が若いロクとは笑いながら芝居の話をしたり、趣味関係の買い物を頼んだりしている。


 父が何を考えているのか気にならない訳ではないが、私にとって呪術師になり、独立する事が先だ。 その為にはまず助手にならねばならない。 私は貴重な休みを全て呪術の勉強に費やした。 勉強は父や同僚を避けるのに都合のよい言い訳だし、元々好きで選んだ道だ。 他の弟子達からは変人扱いされたが。

 なぜなら勉強は必ずしも呪術師への近道ではない。 呪術の手順なら本に書いてあり、助手になるにはそれを暗記する事が必要だ。 けれど解呪の手順なんてどの本にも書いていない。 解呪の本は言ってしまえば、私はこうして解呪したという自慢話だ。 そんなものを何百冊読んだ所で呪術師にはなれない。

 私が見習だった間に呪術師になるのを諦めた助手が二人いた。 どちらも呪術の知識や記憶力に秀でていたのに。 呪術師になったのは、しょっちゅう手順を間違えて父から怒鳴られていたステンガードさんだ。

 勉強する意味はないとは誰も言わないが、知識が必要条件でない事は明らかで。 なのに解呪の本を読んでいたら変人呼ばわりされても仕方がない。 自分でもばかばかしいと思わないでもなかったが、解呪の本を読むのは冒険小説や推理小説を読んでいるような面白さがあったのだ。


 熱心に勉強したおかげで四年後には助手資格試験に合格する自信はついた。 ただ助手になると毎日施術に追われる。 だからわざと受験しなかった。

 父に来る依頼で一番多いのは、金庫や部屋、又は貴重品へ盗難防止術だ。 金、宝石、書類、美術品等、守るべき対象が違えば手順に多少の変更はあるが、基本は同じで新しい術を学ぶ訳ではない。

 実務経験も大切だし、収入源だからやらない訳にはいかないが、施術には時間がかかる。 一旦始めたら途中で中止する事は出来ない。 体力も消耗するから勉強どころではなくなってしまう。

 助手は普通十年以上修業するので、みんな勉強する時間くらいいくらでもあると思っている。 ではなぜ世間にいるのは盗難防止術専門の呪術師ばかりなのだ? 結局それしか学んでいないからだろう?

 その依頼が一番多いのだから選択としては間違っていないのだろうが、私はそれしかやれない呪術師にはなりたくない。 その点、見習いなら術に使う物さえ準備しておけば後は何をしていても文句を言われずに済む。

 父から受験しろと命じられていたら受験したが、何も言われなかった。 こういう時は父の無関心が有り難い。 とは言え、いつまでも見習いでいる訳にもいかないから十八歳になった時、受験し、合格した。

 目標に近づき、独立まで後一歩と思っていたら、予想外の事が起こった。 父がダンホフ公爵家お抱えとなったのだ。


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