屋内的場 モンドー北軍将軍とカルア将軍補佐の会話
「明日の朝は若と一緒に飯を食べながら六頭杯競技会の詳細を詰める事にしよう」
かち合うような予定は何もないはずだが、補佐のカルアがそれに異を唱えた。
「若は毎朝的場に行きます。 その時間帯はお避けになった方がよろしいかと」
「的場? 何をしに?」
「矢を射る以外ないと存じますが」
何を今更、と言いたげなカルア。 だが私はその顔をまじまじと見つめ返した。 今は冬の中でも一番気温の下がる二月の初旬だ。 屋外訓練は年初から三月末まで雪中行軍と救助活動訓練以外、全て止めている。
暖かい所から来た者には北の寒さがどれだけ厳しいか中々理解されないが、屋内でさえ寝ている間に暖房が切れ、凍死していたという事件が毎年必ず起こる。 それは薪や石炭を買う金がない平民の事を言っているのではない。 防寒に気を配っている、この第一駐屯地内で起こる事件だ。 それでもここは屋内が暖かいだけで恵まれていると言える。
他の駐屯地では燃料を節約するため夜間に使用されない建物は出来るだけ閉鎖し、必要最小限の区画しか暖めない。 日が昇ってから暖め始めるから屋内でさえ寒い。 一月中旬から二月の中旬にかけての極寒の季節ともなれば外に出るのは命がけだ。 どれ程暖かい防寒具を身に纏っていようと骨まで凍る。 矢を射る事が可能な気温ではない。 弓が一瞬の内にがちがちに凍るから引けないし、それに肌を数分外気に晒しただけで凍傷にかかる。
「矢を射るだと? この寒中に? 外に五分、立っているだけで凍傷にかかるだろうが。 第一、凍った弓で矢は飛ぶまい」
「当然休憩を入れ、弓と手を温めながらではありますが。 実際射っており、的に当たっております」
「いくらなんでもそれは危険ではないか。 なぜ誰も止めない」
「上官が止めても本人がやると言って聞かなかったらしく。 弓部隊の兵士が、万が一にも若の指が凍傷にかかったりせぬよう順番で的場に詰めており、暖炉番も別に待機しておりました。 ですから凍傷に関しては大丈夫かと思われます」
「うーむ。 カルア、それならこの際だ。 屋内的場を一つ建てるか?」
「屋内的場、でありますか」
「剣道場はいくつもあるが的場は屋外しかない。 冬の練習は今まで誰もやってなかったろう? 矢切り(注)の稽古はあるが、あれは出来る者が限られる。 そもそもあれは剣士の為の稽古であって射手の為の稽古ではない。 せっかく六頭殺しが入隊したのだ。 これを機会に北軍でも弓関係の施設を充実させようではないか」
「屋内的場は考慮されていた建設計画の一つですし、建てる事に問題はないでしょう。 早速予算を組みます。 ただそれが出来あがったとしても、おそらく若は使わないと思います」
「使わない? なぜ?」
「若が今、必死に稽古している理由は、この寒さのせいで矢が思ったように当たらなくなった故と聞いております。 それでこの寒風の中でもきちんと当たるよう稽古しているのだとか。 でしたら屋内では稽古になりません」
「さっきお前、的に当たっていると言わなかったか?」
「申しました。 私は一度見に行っただけですが。 若の矢は全部的に当たっておりました。 ですがソノマによると、若は九十メートルの射程なら上から下に十センチ間隔で直線を引いたように五本という当て方が出来るのだそうです」
「そ、それはまたすごい」
「そのような当たり方はしておりませんでしたので。 但し、その日の射程距離は百二十まで伸びていたようですが。 若に言わせると矢は夏より冬の方がよく飛ぶのだとか」
「いやはや。 精進によって支えられた才能と言ってしまえばそれまでだが。 名人というものは留まらぬものよ」
「まさにお言葉の通りかと存じます」
「ま、凡人には屋内的場だな。 競技会の詰めを話すのは若と一緒に昼飯を食べた後にしておけ」
「承知致しました」
追記
この時の会話で建設が決められた屋内的場が後の六頭杯弓技大会会場となった。
(注)「矢切り」は、射手が剣士に矢を射かけ、剣士がそれを切り落とす練習。




