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弓と剣  作者: 淳A
揺籃
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破呪 3

 がぎゃあああ、ぎゃぎゃ、ぐわあ、ぐわあ


 飛行場に着いて馬車から降りた所で、乗竜用階段近くに繋がれている明るい茶色の飛竜が大きな鳴き声を上げた。 どうやら私が乗る飛竜のようだ。 まるではしゃいでいるかのように聞こえる。 あの人に会える、と。

 耳障りな鳴き声がそんな風に聞こえるのは、私の胸が期待で膨らんでいるからだろう。 何しろ破呪をした本人と間もなく会えるのだ。 呪術師にとって歴史的な瞬間と言ってもよい。

 辺りを見回すと、かなり広大な飛行場だ。 ざっと数えただけで飛竜用宿舎が十以上建っている。 私自身は飛竜に乗りたいと思わないし、乗らねば行けないような場所に出向くのは面倒で断っているが、シェベール先生は陸路より空の旅を好まれたから飛竜に乗った事なら何度もある。

 だがこれほど大規模な飛行場を使った事は今までなかった。 飛竜は餌代だけでも毎日かなりかかる。 公爵家であっても自家用飛竜は一頭か、せいぜいで二頭だ。 さすがはダンホフ公爵家と言うべきか。 金はある所にはあるもの。


「旅のお供をさせて戴きます、ダンホフ公爵家飛竜操縦士、ナム・キーホンと申します。 何卒お見知りおきを。 飛行中は冷えますので、こちらを御利用下さい」

 キーホンはそう言って私に毛皮で裏打ちしてある寝袋みたいな防寒着と手袋、帽子、ブーツをくれた。 防寒着は両脇から手が、足元から足が出せるようになっている。 内心、ほっとした。 鑑定を引き受けたら、それでは早速御出発下さい、と自室に服を取りに戻る間もなくここに連れて来られたので着の身着のままだ。 部屋に戻った所で北への旅行に必要な防寒着なんて一着も持って来ていない。 上空の冷気に長時間晒されていたら長袖を何枚重ねた所で凍えずには済まなかった。

 私が乗ると知っていくらも経っていないはずなのに、キーホンの動きは毎日し慣れている事のようによどみない。 見た所、あまり大きくない飛竜だから客を乗せての長時間飛行は珍しいと思うのだが。


 キーホンは私の身支度を手伝い、着席させてくれた後で、地図を広げ旅程の説明をしてくれた。

「こちらが現在地点で、北軍第一駐屯地はこちらになります。 飛竜には二時間毎に水を飲ませねばならない為、最短距離を飛ぶ訳ではない事を予め御了承下さい。 青い点が飛竜の水飲み場で、赤丸付きは餌場です。

 また、飛竜は夜間飛行が出来ません。 加えてこの飛竜はまだ成長しきっていない為、日の出直後に二人を乗せて出発しますと、一日中飛び続ける事が難しいのです。 大変申し訳ないのですが、夕方六時の水飲み場に到着致しましたら、そこからは寝台車にお乗り換え下さい。 翌日朝十時、水飲み場で再び飛竜にお乗り戴きます」

「順調ならいつ頃北軍第一駐屯地に到着するか分かっているのか?」

「天候に恵まれれば四日目の午後二時前後でしょう。 天候が優れない場合、途中から寝台車のまま北上して戴く事になるかもしれません。 陸路ですと、日中は寝台車から急行馬車へ乗り換えたとしても一週間は遅れる為、何とか途中で追いつけるよう努力致しますが」

「そう言えば、飛竜は雪が苦手ではなかったか? この時期なら北ではもう雪が降っているだろう。 行ける所まで行って、そこからは陸路、帰りも陸路という事か?」

「主からは往復を飛竜で、と命じられております。 御指摘の通り、飛竜は雪が降りそうなだけでも飛ぶのを嫌がるものですが、スパーキーを御覧下さい」

「スパーキー?」

「この飛竜の名前です。 北上するのに飛ぶ気満々。 早く出発しろと私を急かしております。 飛竜はとても賢い動物ですので、これから準大公にお目通りが叶うと分かっているのかもしれません。

 ただ無事第一駐屯地へ到着出来たとしても、長時間駐屯地内に飛竜を停める事が可能なのか未確認です。 滞在許可が下り、駐屯地内で飛竜の餌が入手可能なら天候が許す限り待機致しますが。 もしお戻りまで間があるようでしたら当家所有の飛竜の餌場へ一旦戻らせて戴きます。 御予定が分かり次第、お知らせ下さい。

 北軍第一駐屯地周辺はもとより、道すがらにもダンホフ公爵家所有の小売店がございます。 当家の者でしたら誰であろうと御遠慮なく御用命下さい」

「分かった。 よろしく頼む。 ところで、手元に私の財布がない。 はぐれた時の為にいくらか金を借りておきたいのだが」

「金で購える物でしたら全て当家が調達致しますので御心配には及びませんが、当家次代より小切手を預かっております。 こちらは当家の者がお側にいない場合、お使い下さい」

 そして小切手を十枚手渡された。 どれにも受取人欄に私の名前と金額十万ルークが記入され、ナジューラ・ダンホフの署名押印がされている。

「これはダンホフに限らず、どこの銀行、商店にお持ちになっても即座に換金出来ます。 百万ですと場所によっては引き落としに手間取るかもしれない為小額になっておりますが、これ以上の金額が必要になった場合も御用立てするようにと命じられておりますので御安心下さい」


 十万が小額? 思わず上限はないのかと聞きそうになったが、一枚だって使い切るとは思えないのにそんな事を聞いたってしょうがない。 一万ルーク札の方が使いでがあるような気はしたが、小切手を懐に入れたらすぐに離陸したので細かくしてくれとは言えなかった。

 どうやら先を急いでいるのは飛竜だけではないらしい。 それはそうだろう。 もう十一月。 私は北に行った事はないが、十月にどか雪が降る事もあると聞いている。 無事に到着出来るか、時間との戦いだ。


 それにしてもなぜ私にこんな大金を持たせるのか? 使わなかった小切手はもちろん返すが、これでは私に百万ルークをくれてやったも同然だ。 今回の依頼に関して私は料金がいくらと言ってないのだから払いたくなければ払わないでもいいのに。

 第一、鑑定の相場くらいヴァルから聞いて知っているだろう。 簡単なものなら五万。 難しいものでも十万。 今回は非常に特殊と言えるが、それでも二十万を貰ったら儲け過ぎだ。

 交通費はいつも別に貰っているとは言え、私だって早く準大公に会いたくてうずうずしている。 たとえ旅費が全て自腹だったとしても払った。 飛竜での旅は高額だが私に払えない金ではない。

 なのに、ぽんと百万。 しかも欲しけりゃもっと出すと言っている。 ダンホフと言えば血も涙もない金貸しではなかったのか? 噂が当てにならない事くらい知っているが、あまりの違いに戸惑った。


 私自身はダンホフ公爵に会った事はないし、過去に仕事を引き受けた事がある訳でもないが、吝嗇という噂は世情に疎いシェベール先生でさえ御存知で、ヴァルがダンホフ公爵のお抱えになった時、給金は大丈夫なのか、と御心配なさった程だ。 ダンホフ公爵がケチだとヴァルが言った事はない。 けれどそれはあいつが主の悪口を言うような奴ではないからだと思っていた。

 自分が欲しいもの、必要なものには金に糸目を付けないという事なのか? ナジューラ殿は瑞兆の義理の伯父。 心配するのは当然と言えば当然。 とは言え、呪いがかかっている猫又だったとしても私では解呪出来ないと既に言ってある。 呪いがかかっていないなら私が鑑定するしないに拘らず危険はない。 こんな大金を持たせる必要はないと思うのだが。


 まあ、何か裏があるのだとしても今重要なのは金じゃない。 破呪だ。

 それがどういう意味を持つか飛竜の背に揺られながら考えた。 今後は解呪が不必要となり、呪術師が要らない世の中になるのだろうか?

 いや、おそらくそうはなるまい。 助手は呪術師組合に加入出来ないし、助手組合がある訳でもないので現在何人いるのか正確な数字は知らないが、呪術師の数倍はいる。 呪術を掛けられる者が少なくとも数百人はいるのだ。 即座に破呪が可能だとしても準大公お一人でやり遂げられる数ではない。

 そうは言っても全てが今まで通りでもないだろう。 現在解呪不能として知られている石は国内だけでなく外国にもある。 どこかに捨てれば呪いが消えるというものではないので所有者にとっては悩みの種だ。


 解呪不能の呪いが掛けられているはずの猫又。 それが準大公のお側を走り回っていたら、それがどういう意味か、破呪を聞いた事がない者でも理解するのに大した時間はかかるまい。 解呪が難しければ難しい程、必死に準大公の助けを求める事は確実だ。 こちらに来てくれ、いや、こちらが先、と準大公の取り合いが始まるような気がする。

 取り合い合戦自体は今更かもしれないが。 所有者の中には待っていては埒があかない、と呪われた石を準大公のお住居へ持ち込もうとする者がいるのではないか? 呪われている石はどんなに小さくても特別な呪具で囲って動かさないと、運んでいる者だけでなく周囲の者にも害が及ぶ事がある。 そんな危ない物を持って来るなと言うのは簡単だが、それを素直に聞く者ばかりでもあるまい。


 そしてそんな石を目の前に差し出されたら、準大公はどうなさる?

 来る者拒まずか、それとも条件次第でやるかやらないかをお決めになるか。 どんな条件ならなさるのか。 或いは、誰から頼まれようとお断りになる?

 それとも頼まれたら嫌と言えない? もしかしたら、頼まれなくてもやる?

 準大公に一度もお会いした事がないだけでなく、噂でさえよく知らない私には予想のしようがない。


 二十二歳、か。 自分のその頃を振り返ると、恥ずかしさで髪をかきむしりたくなる。 己の力を過信し、やる気さえあれば何でも可能だと信じていた。

 思い出したくはない過去のあれこれが脳裏を過る。 だが私の場合は若気の至りでも、準大公は数々の偉業を成し遂げていらっしゃる。 やる気さえあれば何でも可能と信じていたとしても過信とは言えない。 かと言って、どんな呪いであろうと大丈夫と言い切れるか?

 取りあえず試してみて失敗したら? あの紅赤石と猫又の呪いを消したのだから大抵の呪術なら消せると思うが。 消せるか消せないか、結局はやってみなければ分からない。


 伝説の破呪をした人が何度も繰り返しやれたのか、シェベール先生も御存知ではなかった。 紅赤石に関しては火事場の馬鹿力と言うか、一回きりの奇跡だった可能性もある。

 猫又について詳しい事を知っているのは神官だけだ。 私では以前にあった猫又事件と今回の違いを比べる事が出来ない。 そもそも尾が二つあるから猫又と決めつけてよいのか?

 ともかく生かしておいて益がある訳でもないのだし、殺しておいた方が無難だ。 サリ様がまだ正式な皇王族ではないから無害という可能性もある。

 では、なぜ準大公は猫又を見つけた時すぐに殺さなかったのか? 今まで猫又の噂を聞いた事がないのも、見つかった途端に殺されていたからかもしれない。 平民なら猫又を知らないという事があり得るが、準大公は伯爵家の正嫡子だろう?


 何だか考えれば考える程、一体どういう御方なのか分からなくなった。 最初の水飲み場に着陸し、休憩している時にふと思いついてキーホンに聞いてみた。

「そなたは準大公のお人柄について何か知っている事でもあるか?」

「お人柄でございますか。 大変気さくな御方と聞いておりますが、残念ながら私はお目にかかった事はございません。 これはお人柄、とは申し上げられないかもしれませんが。 準大公は大変飛竜に懐かれやすい御方のようで。 我々飛竜乗りの間では青竜の騎士の再来と申す者もおります」

「青竜の騎士? 青い竜がいるのか? 見た事はないが」

「青竜はマリジョー山脈まで行けば御覧になれます。 ただ大変気性が荒い為、誰も巣に近づけないのです。 飛竜は孵化した時から養育した者でなければ懐く事はありません。 卵が手に入らないのでは青竜に乗る事は不可能なはず。 ですが、遥か昔、青竜に乗った騎士が皇国の危機を救ったのだとか」

「しかし準大公が青竜に乗っている所を見た人がいる訳でもないのだろう? なぜ青竜の騎士の再来なのだ?」

「青竜の騎士は万竜を乗りこなす、と伝えられておりまして。 青竜は飛竜の王。 青竜の騎士はその竜王が仕える御方。 飛竜にとって竜王の主をお乗せする事は名誉だから、と。

 例えば私がスパーキー以外の飛竜の手綱を握った所で言う事を聞いてはもらえません。 私以外の飛竜乗りがスパーキーに近寄っても無視されます。

 飛竜は孵化して少なくとも二年は四六時中付きっきりでないと育ちませんし、成長してからも他の者には懐かないので、何かと手がかかり、二頭の飛竜を同時に飼育するのは無理なのです。 飛竜が死んだ後でしたら別の飛竜の世話をする事はありますが。

 ところが飛竜乗りの中に何人か、準大公が自分の飛竜の操縦をした、と申す者がおりまして。 それが青竜騎士の噂の元となっているようです」

「そなたはどう思う?」

「安易にそうだとは申し上げられませんが。 そうであったら、と願う気持ちはございます」

「ふむ。 そうだとすると準大公が北軍に入隊なさったのは誠に残念であった」

「私もそう思います。 ですが青竜にお乗りではなくても準大公は我らに瑞兆を齎して下さった。 青竜に乗れたから救国の騎士になれたのではなく、救国の騎士には青竜であろうと乗れるという意味なのではないでしょうか」


 青竜の騎士の再来、か。 既に数々の伝説に囲まれていらっしゃる御方だ。 更に一つ加えられた所で驚くべき事でもないだろう。 準大公なら、ふん、それがどうした、とおっしゃるか?


 四日目、朝十時の水場に着いた時、簡単には止みそうもない雪が降っていた。 これでは陸路になるかと覚悟したのだが、スパーキーの鳴き声が響き渡った。 行くぜ、行くぜ、雪が降ろうと俺は行くぜ、と叫ぶかのように。

 ばさばさ雪を払いながら元気に水を飲む飛竜を眺め、念の為キーホンに聞いた。

「あれは、その、行く気なのか?」

「はい。 降雪中に飛ぶのは初めてですが。 あの調子なら行けるでしょう。 でもこれ以上雪が激しくなるとタイマーザ師が凍えてしまいます。 雪が小降りになるまで待ちましょう」

「いや、私への気遣いなら無用に願う。 そこにある休息所で懐炉をいくつか貰ったから」

 私にもスパーキーの行く気が感染したのかもしれない。 私達は降りしきる雪をものともせず、北へ向かって飛び立った。


 幸い昼の水飲み場に着く前に雪が止み、そこからは快晴で、予定通り北軍第一駐屯地内に到着した。

 スパーキーが着地すると、随分太った人が馬に乗って駆け寄って来た。 そのすぐ後ろに名だたる剣士である事を感じさせる人と、その護衛らしき剣士の馬が続いている。

 先頭の人は太っている割に大変身軽で、ぴょんと馬から下り、私達に挨拶した。

「どうも、どうも。 いや、もう、ほんと、遠路遥々御足労お掛けして申し訳ありません。 ナジューラ義兄上が御心配下さったんですよね?」

 がぎゃがぎゃあ、がぎゃあああ

「あー、分かってるって。 こんなに寒いのに、よくがんばったなあ。 えらいぞー。

 この飛竜の名前、何ていうんですか?」

「スパーキーと申します」

「へえ、スパーキー。 かっこいいな。 サダよりいいじゃないか」

 ぎゃーす、ぎゃぎゃ、ぐわっす

「あはは。 あ、名乗るのが遅れちゃって。 北軍第十一大隊大隊長、サダ・ヴィジャヤンです」


 準大公と初めてお会いするまでの筋書きは百通り頭の中で考えていたが、まさかこんな風に出迎えられるとは。 頭の中が真っ白になる。

 準大公の隣にいた剣士が馬上から名乗った。

「北軍第三大隊大隊長、リイ・タケオだ。 貴公の名は?」

「私はダンホフ公爵家飛竜操縦士、ナム・キーホンと申します。 何卒お見知りおき下さい。 今回、事前の連絡もなく着陸した無礼をどうかお許し下さいますように」

「いや、知らせはナジューラから伝書鳩でもらっていた。 北軍に飛竜用の宿舎はないが、餌と水は用意してある」

「お心遣い、誠に有り難く存じます」

「私はルデ・タイマーザと申す呪術師でございます。 ダンホフ公爵家次代ナジューラ殿からの依頼を受け、猫又の鑑定に参りました」

「えーっと、手術師って何の手術をするんですか?」

 準大公の御質問は辺りの空気を凍らせたが、タケオ大隊長がその固まりを砕いた。

「……お前という奴は。 手術師なんているか。 呪術師だ、呪術師」

「呪術師? て、何をする人?」

 おいおい、そこから? とはさすがに申し上げられないが。 伯爵家で呪術師をお抱えにしている所はないとは言え、呪術を手術と間違えるだなんてあんまりではないのか?

 何と答えていいものやら迷っていると、タケオ大隊長が説明して下さった。

「呪いを解くんだ。 解呪の儀については祭祀長から教えて戴いただろ。 忘れたとは言わさんぞ」

「忘れてなんかいませんよ。 でも解呪をする人なら解呪師だと思うじゃないですか」

「そんな事を思うのはお前だけだ。 おい、バリトーキ。 お前はそう思ったか?」

「バリシャツの流行だってばっち来いの物知りと比べられたって困るんですけど。 年だって俺の倍だし」

「ふん、比べ方が悪いってか。 なら、呪術って何だ? 誰だって知ってるぞ。 新兵であろうとな。 疑うならアラウジョに聞いてみろ。 まさかそれも知らないって言うんじゃないだろうな?」

「あー、呪いを掛ける術?」

 なぜそこで疑問形? タケオ大隊長が大きくため息をつかれた。

「呪いを掛けるだけなら呪術師の助手でもやれる、て事を覚えておけよ。 呪術師は解呪と呪術のどちらも出来るがな。 だが解呪の鑑定となると出来る呪術師は二人しかいない。 こちらはその内の一人だ」

「おお。 つまり呪術師の一番か二番? そんなすごい人をさっと送って寄越すだなんて。 ナジューラ義兄上、さすがですよね」

「うむ。 せっかくだ。 ついでにお前の頭も見てもらえ。 年々馬鹿が進むという呪いが掛かっているぞ。 こじれたやつは解けないらしいから見てもらったって無駄とは思うが」 

「ええっ。 そ、そんな。 ほんとに解けませんか?」

 準大公が眉が僅かに下がり、縋るような目で私に問いかける。

 いや、そんな呪いなんて掛かっておりません、とここで言っていいのか悪いのか? タケオ大隊長のお顔を見ただけでは、御冗談を、と笑う勇気が絞り出せない。 バリトーキと呼ばれた兵士に救いを求める視線を投げたが、微妙に逸らされた。


「さ、先を急ぐもので。 まず猫又を見せて戴けないでしょうか?」

「あ、そう、そう。 それが目的なんだからそっちを先にしないと。 あの、でも、その後でいいですから俺の頭も見てもらえますか?」

「畏まりました」

「ところでタイマーザ先生は馬に乗れます?」

「いいえ、乗れません」

「それならキーホン、俺がスパーキーを操縦してもいい?」

 タケオ大隊長がぎょっとして聞いた。

「何だと。 操縦士なしで飛竜に乗る気か?」

「でも馬車を用意していたら時間がかかります。 北軍に相乗り用の鞍ってないし。 鞍なしで早駆けされたら怖いでしょ。 その点、スパーキーに乗れば家まですぐだし、それにスパーキーをここで待たせていたら凍えちゃう。 この辺りにスパーキーを暖めておける所なんてないし、さっと鑑定を終わらせて帰ったら、ナジューラ義兄上を長々お待たせしなくても済みます」

 そこでキーホンが準大公に申し上げた。

「念の為、私が同乗するというのは如何でしょう?」

「スパーキーの大きさだと三人乗ったらきついよ。

 タイマーザ先生、鑑定にはどれくらい時間がかかるんですか?」

「実は、猫又の鑑定はした事がない為、呪いが掛かっているのでしたらどれぐらい時間が掛かるか分からないのですが。 呪いが掛かっていないのでしたら触ればその瞬間に分かります」

「じゃ、キーホンは俺の執務室で待ってて。 すぐに戻るから」

「おい、そう言えばお前、昔、飛竜が怖いとか言ってなかったか?」

「今はもう怖くないです。 ロックと一緒に飛んで以来、平気になったと言うか。 あれに比べたら飛竜なんてかわいいもんですよね。 ロックより怖い人だってい、いや、……ま、その。

 も、元々飛竜には結構懐かれる方で。 飛竜が怖いって言うより、高い所から下を見下ろすのが怖かったんです。 操縦は子供の頃ちょっとあって。 俺が飛竜に乗る事を母が嫌がったから正式に習ってはいませんが。 飛竜は賢いから任せておけば大丈夫。

 スパーキー、頼んだぜっ!」

 がぎゃあ、ぎゃぎゃああ


 止める間もあらばこそ、準大公はあっという間にスパーキーによじ上り、恐ろしいまでの力で私をぐいっと引っ張り上げ、空へと飛んだ。


「ほら見ろ。 お前のせいで話が終わらなかったじゃないか」(猛虎談)

「えっ、俺のせい? 俺の頭に掛かっている呪いのせいじゃなくて?」(サダ談)

「……(自分の言った事だし、特に悪かったとも思っていないが、口は災いの元と思わないでもない)」(猛虎、無談)

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