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弓と剣  作者: 淳A
揺籃
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破呪 1  呪術師、ルデ・タイマーザの話

 呪術師と言えば金も女も思うがままというイメージだが、金と女が望みなら呪術師になるのだけは止めた方がよい。

 女にはもてる。 どうやら呪術という言葉に付随する危険な香りがいいらしい。

 また、金回りがよいのも事実だ。 呪術に払われる謝礼は簡単なものでも十万ルークを下らないし、上級貴族のお抱え呪術師ともなれば月給百万をもらっている。

 だが、呪術師ほど割に合わない商売はない。 呪術師になるまでの道のりは長く、厳しい。 呪術の方は練習すればその内出来るようになるが、解呪には向き不向きがある。 出来る人は出来るし、出来ない人は出来ない。 適性がなければ努力しようと何年練習しようと無駄なのだ。

 解呪が出来なければ呪術師とは認められないし、適性があっても二十年近く修行する必要がある。 無事呪術師になれたとしても常に命の危険に晒されている仕事だから遊んでいる暇など少しもない。 呪術師と書いて辛抱と読む、と言ってもいい。

 悪い事は言わない。 止めておけ。 呪術師である私が言っても説得力はないかもしれないが。


 親切で言ってる人の忠告を無視してまでやる気なら止めない。 しかしそれなら少しは根性を見せろ。 なのに近頃の若い者ときたら。 どいつもこいつも辛抱のしの字もない。 早く呪術師になりたいと焦る気持ちは分かるが、初心者が掛けた呪術は暴走する事がある。 無断練習を禁ずるのは相手の為でもあるのに、言う事を聞かず、夜中にこっそり練習したりする。

 私の所は少数精鋭でやっており、助手は四人。 解呪出来るのは私一人だ。 困難な解呪を依頼され、失敗して死ぬ呪術師はそんなにいないが、就寝中に住み込みの連中がやった呪術が暴走して命を落とす呪術師なら毎年必ずいる。 かろうじて命は助かっても不始末の後片付けをするだけで一日が終わり、客の相手をしている暇さえない。


 落ち着いて考えれば分かるだろう。 見習や助手なら数え切れない程いるのに呪術師の総数は常に百人前後だ。 それが物語るものは何か、人に説明されなければ分からないようでは呪術師になれる見込みはない。

 幸い私の弟子で死んだ者はまだいないが、それは私が呪術師になった後もしばらく先生と一緒に暮らしていて、独立して弟子を取るようになったのは僅か五年前だからだ。 又、身元保証人がいない者の入門は全部断っている。 見習は入門させていない。 入門後は二人をパートナーにして互いを監視させ、もしパートナーが無断練習したら理由の如何に関わらず連帯責任でどちらも破門と言ってある。

 呪術の下準備をするには人手が必要だから四人しかいないのは正直きついが、ぶっつけ本番で命の瀬戸際を歩く仕事だ。 後で問題を起こす奴かどうか顔に書いてあるというものでもない。 取りあえず雇って様子を見るというのは爆弾が爆発するかしないか枕元に置いて様子を見るようなもの。


 なんだかんだ言って、手っ取り早く呪術師になれる秘訣があるのに教えたくないだけだろ、だと?

 ふん、疑り深い奴だ。 まあ、それくらいでなければ呪術師には向かないが。 皆そんな風に考えるから、ありもしない秘訣を探ろうとする者が後を絶たないのだろう。

 その気持ちは分かる。 私も見習から始めて助手になり、呪術師になった。 見習なんて子供の小遣い並の給金しか貰えない。 それで何年も、時には何十年もこき使われるんだ。 途中で嫌気がささない方がおかしい。

 私なんて、ようやく呪術が出来るようになり、助手になれたと喜んだ途端、お前の呪術は暴走する可能性があるという理由で蹴り出された。 私の呪術が暴走した事なんて一度もないし、どれも先生がやったと言っても通じるくらい安定していたのに。 だが先生から信頼してもらえなければそれで終わりだ。 そんな憂き目を見る助手だって私が最初でもなければ最後でもない。


 幸運な事に私はシェベール先生に拾われた。 他の呪術師の門を叩いたが軒並み断られ、転職するしかないか、と諦めかけていた所だったので嬉しい事は嬉しかったが、実はかなり迷った。 シェベール先生は呪術師の世界では一、二を争う腕前で知られている。 同時に変人としても有名だったのだ。

 私を首にした先生だって相当な変人で、ほとんど紙一重と言ってもいいくらいだ。 その人から変人と呼ばれている先生だなんて。 推して知るべしだろう? そんな変人にこの先何十年もこき使われるのは嫌だったが、呪術師を諦めるのはもっと嫌だった。


 噂とは異なり、シェベール先生は常識人と言ってもいいくらいまともな人だった。 趣味だって誰にも解呪出来ないと言われる石を見に行く事だ。 見るだけなら危険はない。 ただ仕事のついでに見るなら変人と言われるほどの事でもないと思うが、先生の場合、本業を放ってでも見に出掛けていた。 国内はもちろん、外国であろうと。

 理由だって、誰にも出来なかった解呪に挑戦したいという野望があったからではない。 本当に見るだけの為に世界中を旅していたのだ。 旅費がかかるだけで旅行が趣味と同じと言えない事もないが、それだけならまだしも、好きな時に石を見に行けなくなるのは嫌だという理由で奉公という奉公を全て断っていた。 たとえそれが公爵家お抱え、月給二百万ルークであっても。 呪術師組合付属博物館の手伝いなら石が見れるから無給でもやっていたが。 そこまで行けば変人扱いされても仕方がない。


 ただ今思うと、私が呪術師になれたのは先生の趣味のおかげだ。 呪術や解呪は単独で行う。 だから見習や助手を何年しようと施術を間近に見る機会というのは意外に少ない。 遊んでいるようにしか見えないシェベール先生でも合計すれば年に三十件を越える仕事を引き受けていたが、一緒に暮らした二十五年の間、先生が行う呪術や解呪を間近で見たのは合わせて十回だけだ。

 複雑な呪術が掛けられた石は見るだけで学べるものが沢山ある。 沢山の石を見る機会がなければ、仮に他の呪術師に入門出来ていたとしても私は生涯助手で終わっただろう。 それにもし先生が貴族のお抱え呪術師だったら、平民で碌な伝手のない私が入門出来たとは思えない。 先生がいいと言ってくれても、主が平民を雇う気はないと言えば入門出来ないのだから。

 シェベール先生は面倒見がよく、多くの呪術を教えてくれたが、解呪を教えてもらった事は一度もない。 私は独力で解呪に成功し、呪術師となったのだ。 シェベール先生からお前は見込みがあると言われていたが、それは使い勝手のいい助手に逃げられたくなくて言ったお世辞のような気がする。


 結局は自分の人生、自分の命。 やれると思ったからやった。 なぜ出来たのか理由は分からない。 何となくこうすればやれるという気がして、その通りにしただけだ。 説明は出来ない。 説明出来ない事をどうやって教えろと言うのだ。

 取りあえず試させてみる事だって出来ない。 やりたいと言うなら止めないが、失敗したら死だ。 練習をさせてあげられるものならさせている。 残念ながらどれも本番の一発勝負。 一人でしかやれないし、一緒に解呪して教えてあげる事も出来ない。

 助手として多くの呪術を掛けていれば解呪の参考にはなる。 とは言え、簡単な解呪であっても失敗したら死ぬ事に変わりはないし、一度解呪に成功したから次も成功するという保証がある訳でもない。

 これこれこういう呪術があり、それをこのようにして解呪した、という本ならいくらでも出版されているが、解呪をした事のない者が読んでも理解出来ない内容だ。 わざと難しく書いているのではない。 例えば、今私が読んでいる本にはこう書いてある。


 薄桃色の闇に水色の模様が蜘蛛の巣状に掛けられている場合、蜘蛛の巣の端を一つ摘んで払い、次に闇を人差し指で薄め、次にもう一つの端を摘んで払う。 この手順を繰り返し、闇の後ろが見えて来た所で手のひらで叩く事。


 私も似たような解呪をした事があるから分かるが、著者は自分が行って成功した手順を忠実に描写しているに過ぎない。 私の場合、薄桃色ではなく紫がかった赤色の闇だったので、蜘蛛の巣の中心に指を突っ込み、闇を薄めた。 違う方法にしたのは色が違うからではない。 仮に同じ色、同じ模様のように見えても同じ手順で成功するとは限らないのだ。

 それならなぜ何百冊も解呪の本が出版されているのか、と言われるかもしれないが、直接の役には立たなくても他の呪術師がどう解呪したら成功したのかを知るのは参考になる。 本当に知りたいのはどう解呪したら失敗したかだが、それを伝えられる人は死んでいるのだからしょうがない。


 いずれにしても解呪出来ない者に解呪の秘訣を教えた所で無駄だ。 例えば、睡眠から目覚めないという呪術がある。 それを解呪するにはまず下りている幕を上げねばならないが、幕の色によって上げ方を変えないと上がらない。 仮に浅葱色や水色なら出来るような気がしたとして、目の前にあるのが茶色だったらどうする?

 それでも挑戦するか諦めるか。 解呪を開始したら途中で止める事や後戻りする事は出来ない。 そして初心者ほど解呪出来そうな見かけに騙される。 止めておけという私の忠告を無視して解呪に挑み、死んだ助手は、大半が助手になって一年未満のなりたてであるのは偶然ではない。 まあ、長年助手をしていれば騙されなくなるというものでもないが。

 命あっての物種と思うなら呪術師になるのは諦めた方が無難だ。 それに助手の給金では自分一人が食べていく分には困らないが、妻子を養うのはきつい。


 ではなぜ私は呪術師になったのか? それは面白いからだ。

 解呪は謎解きに似ている。 難易度が高いければ高い程、挑戦しがいがある。 金や名誉が欲しいからではない。 同じ事を言う呪術師が結構いる所を見ると、それが適性というものなのだろう。

 但し、いくら面白かろうと死にたい訳ではないから難易度が高い解呪に挑戦すると言っても限度がある。 ダンホフ公爵家の紅赤石のような自分の手に余るものまで解呪しようとは思わない。


 あれを初めて見たのは私がまだ助手だった頃だ。 シェベール先生は中々顔が広く、ダンホフ公爵家のお抱え呪術師であるマニオン先生とも知り合いだった。 公爵家ともなれば、呪術関係の所蔵品にも珍しいものがいくつもある。 マニオン先生から、いつ呪術を掛けられたのか素性の知れない石があるとの連絡が届いた。 マニオン先生によると、奉公に来た時既に解呪の出来ない状態で、残された記録によれば、先生の前任者とその前の呪術師もその状態で受け継いだらしい。 しかもそんな石が二つあるという。 それを見せてあげると言われ、シェベール先生は一も二もなく飛びついた。

 呪術はどれほど凄腕の呪術師が掛けたものでも、掛けた呪術師が死ぬと年を経る毎に弱まり、いずれは解呪出来るか自然消滅する。 何十年経っても解呪不能な石があるだなんて聞いた事がない。 それで私も見たくなり、シェベール先生にお願いして同行を許してもらった。


 今思い出してもあれは胸が苦しくなるような経験だった。 呪術師が石に呪術を掛けたと言うより、怨念が凝縮して石となったような。 二つの紅赤石が妖しく揺らめく光を辺りに撒き散らしている。 口では言い表しようのない強烈な呪術で、触れてはならないと知っているのに、私は火に誘われた蛾のように吸い寄せられた。

「何をするっ!」

 シェベール先生の一喝がなかったら私は石に触れて死んでいただろう。 保管してある部屋から出た時には冷や汗で服がぐっしょり濡れていた。

「シェベール先生。 あれは一体何でしょう? 私には何を呪っているのかさえ分かりませんでした」

「儂にも分からなかった。 おそらく、この先何十年待とうとあの石が解呪可能になる事はあるまい」

「……永遠の呪い、という事でしょうか?」

「永遠、かもしれんが。 破呪なら、あるいは」

「破呪、とは? それは何でございますか?」

「呪術を解くのではなく、打ち砕くのだ。 握り潰すと言うか。 ただ儂も儂の先生から聞いただけでな。 実際に見た事がある訳ではない。 文献にもない所を見ると、事実と言うより伝説なのかもしれん。 何でも、その人が触っただけで掛けたはずの呪術が消えたのだとか」

 やり方を聞いたりはしなかった。 解呪でさえ教えられないのに、やった事も見た事もない破呪を教えられるはずがない。 あの石を解呪したら皇国一の呪術師として名を馳せるだろう。 とは思ったが、明らかに私の力量を越えている。 一度見たら忘れられない石ではあるが、フアが私の家を訪ねて来るまで特に思い出す事はなかった。


「タイマーザ先生。 フィズボン先生がいらっしゃいました」

 フア・フィズボンもシェベール先生の所で助手をしていた事があり、偶に行き来している。 秋に訪ねて来るのは珍しいが。 客間に行くと、見るからに興奮した様子でフアが室内を歩き回っていた。

「ルデ、聞いたか?」

「何を?」

「ダンホフの紅赤石が解呪された!」

 私は思わず息を呑んだ。

「ヴァルがやったのか?」

 マニオン先生の死後、ダンホフ公爵家お抱え呪術師になったのはヴァル・ワジルカだ。 彼もシェベール先生の元で助手をした事がある。 腕に関しては折り紙付きの呪術師と言ってよい。

「いや、北方伯だ」

「北方伯? 北方伯って、あの六頭殺しの?」

「そうだ」

「北方伯は、まだ二十歳かそこらじゃなかったか?」

「二十二歳。 史上最年少の呪術師の誕生という訳だな」 

「北方伯に呪術の心得があっただなんて初耳だが」

「うむ。 それに解呪、と言っていいのかどうか。 今の所私が知っているのは、あの石に一番最初に触れたのは北方伯という事だけだし」

「では、生ける屍になった?」

「それどころか八十人を引っ張って激流を泳ぎ切り、川岸に上がってからトウモロコシ十四本と握り飯八個を食べ、漬物樽を空にした後、ヒャラを踊ったらしい」

「おい、最初から話せ。 それでは何が何だかさっぱり分からん」

「最初って。 あの石が船にはめ込まれた事は聞いているだろう?」

「ああ、それはな。 それにしても船にはめ込むとは。 随分乱暴な事をする」

「船ごと海に沈め、呪いの消去を目論んだ、という所か。 素人が考えそうな事さ」

「素人? ヴァルがいるじゃないか。 止めなかったのか?」


 私とヴァルは五年前、シェベール先生が亡くなった時に遺言を巡って激しく争い、それ以来口をきいていない。 フアはどちらの肩も持たず、ヴァルとも会えば話をしている。

「ヴァルと最後に会ったのは八月だが、主家の内情を聞かれたら私とて話せん。 船が沈没した事だって川岸の村から来た行商人に聞いたんだ」

「その行商人が話を盛っていたんじゃないのか?」

「私もそう思ったから、わざわざ人をその村へ派遣して詳しい事を探らせた。 その報告によると、船が沈んだ時、船員は川に飛び込んだが、ダンホフの継嗣は最後まで船に残っていた。 泳げなかったんだろうな。 それを見た北方伯が船まで泳ぎ、継嗣を助けるついでに石を取り外した、という事らしい。

 とにかく船は沈没した。 死者はいない。 北方伯が取り外した石は継嗣が持ち帰った。 これらに関してはどの目撃者の話も一致している。 誰かが取り外したのでなければ石は今でも川底のはずだろう? だがダンホフの継嗣は次代に指名された。 その石のおかげで。 ともかく誰も死んではいない。 と言う事は解呪が行われた事は確かなのだ」


 フアが嘘を吐いているとは思わないが、あまりに信じがたい話で言葉が出て来なかった。 あんな禍々しい石に触って助かった? しかし沈没のどさくさの中で取り外したのなら解呪をしている時間があったはずはない。

 所詮は噂。 実は、となるとは思うが。 破呪、という言葉がふと頭に浮かんだ。

 まさか。 しかし。


「お前も一つ、食べてみないか?」

 そう言って、フアが弁当箱みたいな箱の蓋を開けた。 蓋に商品名らしきものが書いてある。

「ヒャラ漬け?」

「北方伯が喜んで食べたというきゅうり漬けだ。 結構うまいぞ」

 それを摘みながら詳しい話を聞いたが、フアも大した事を知っている訳ではなかった。 紅赤石の噂を聞き、私がもっと詳しい事を知っているのでは、と期待して来たような口ぶりだが、リューネハラ公爵のお抱えであるフアの方が情報通なのは言うまでもない。

 世情に疎い私を心配して足を運んでくれたのかもしれないが、これがどんなにすごい事か、見習や助手を相手に熱弁を振るった所で張り合いがないから私の所まで来たのだろう。 もっとも私にも何があったのか想像はつかないが。


 フアが深くため息をつく。

「どうやって解呪に成功したのか。 北方伯が教えて下さるなら全財産を差し上げても惜しくはないのだがな」

「おい、おい。 早まった真似をするんじゃないぞ」

「それとも給金はいらないと言えば奉公させて下さると思うか?」

「伯爵で呪術師を抱えている家はないだろう?」

「お嬢様が準皇王族なんだ。 呪術師を抱えたっていいじゃないか。 北軍には祭祀長がいるし、神社の檀家にもなったと聞いたが、解呪は呪術師にしか出来ない。 自分でやれるのになぜ呪術師を雇わねばならんのだ、と言われたらお仕舞いだが。

 奉公は叶わなくても解呪の手順を伺うだけでいい。 誰か北方伯に伝手のある者はいないか?」

「姻戚関係のある上級貴族のお抱え呪術師が頼めば、うんとおっしゃって下さるかもしれん。 すると、ダンホフ、ヘルセス、グゲンか」

「ダンホフは望み薄だ。 お近づきになりたくて豪華客船まで差し出したのに乗船拒否された挙句、沈没したんだから」

「乗船拒否? すると北方伯は別の船に乗っていて救助に駆けつけたのか。 誰の船に乗っていたんだ? それとも自家用船?」

「いや、自家用船じゃない。 そこらに繋がれていた漁船に飛び乗ったという話だ」

「漁船?」

「最初にそれを聞いた時は一体何を考えているんだと思ったが。 あのままダンホフの船に乗っていたらどうなっていた事か。 水死者ゼロと言っても、それは川に落ちたのが全員男の船員だったからだろう。 夫人や一歳になったばかりの瑞兆が冷たい水に浸かって助かったとは思えん。 やはり呪術を御存知だから呪われた石が船首に付いている船へ乗る事を断ったのではないか?」

「船へ乗る事を断ったのに、解呪はしてあげた、て。 矛盾しているだろう? それにいくら呪術を御存知だろうと見習と助手をすっ飛ばして解呪? しかも成功したとは。 そんな事が果たして可能か?」

「ロックと空を飛んだ御方だぞ。 体が瑞兆で覆われているのかも」

「そもそも本当にあの紅赤石なんだろうな? 赤いというだけで別の石だったのでは?」

「いいや。 進水式の時、呪いがまだ貼り付いていた。 それは私も見ている。 ただ最初から沈めるつもりであの石を付けたのなら、そんな船に瑞兆をお乗せしようとした事は解せないが。 継嗣はすげ替えがきくとしても」

「北方伯に呪術の心得がある事をダンホフが知っていて、最初から解呪してもらうつもりでいたとか? まさか乗船拒否されるとは思わず」

「そんな驚愕の事実があったらヴァルが知らないはずはないじゃないか」

「知っていても黙っていたのかもしれないだろう?」

「北方伯なら主家の一員ではない。 世間には黙っていたって私達には教えてくれたはずだ」

「ふん。 達は余計だ。 とにかくここで想像したって何も始まらん。 さっさとヴァルの所に行って詳しい事情を聞けばいいじゃないか」

「招待されてもいないのにダンホフ公爵邸に乗り込んで行けと言うのか? 次に会えるとしたら組合の新年会だ。 待ちきれんが」

「なら組合長に臨時会合を開けと言え。 他の連中も聞きたいに決まっている。 今年の組合長は誰だ?」

「お前だ」

「な、なんだと?」


 呪術師組合は任意参加だが、呪術師なら全員加入している。 ただ皆忙しいから誰も組合長なんてやりたくない。 それで過去に組合長をやった事がある者と呪術師になって一年未満の者を外し、あみだで組合長を決めている。

「毎年仮病を使って欠席する方が悪いのだ」

「今年の欠席は仮病じゃない! それはお前も知っていただろう? 見舞いには来たくせに、病に伏せる友の為に不正を阻止する男気はなかったのか?」

「その男気のせいで自分にお鉢が回って来たらかなわん」

 フアめ。 だから私の所に来たのか。 忌々しい奴だ。

 腹は立ったが、私もあの紅赤石に何があったのか知りたい事に変わりはない。 ヴァルの顔なんか二度と見たくはなかったが。 組合長として講演を依頼する手紙を出した。


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