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弓と剣  作者: 淳A
六頭殺しの若
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出会い  猛虎の話

 また貴族の馬鹿が来た。 走り疲れ、へろへろになっている二人連れを見て内心激しく舌打ちした。


 新年の軍対抗戦で優勝して以来、俺の顔を見たいという入隊希望者が増えた。 それがどうした。 顔なんか見られたって減るもんじゃなし。 と、呑気に構えていられたのは最初の一年だけ。 平民はまだいい。 遠慮というものを知っている。

 貴族。 これはもう救いようがない。 初年兵だろうが、実家がなんたらかんたら爵位を持っているだけで上官の俺に命令出来ると思っていやがる。

 確かにこっちは平民だが、軍対抗戦において五十二年ぶりに勝利をもたらした剣士として将軍以下、上官に厚遇されている。 新人戦に優勝して軍曹に昇進し、大将として優勝した後、小隊長に昇進したから軍の序列で言えば俺が命令を聞かねばならないのは中隊長以上だけだ。

 俺に命令出来る奴の数が限られているのはいい。 残念ながら平民だらけの北軍では中隊長といえどもせいぜいで子爵家出身。 下手をすると俺と同じ平民さえいる。 どうしても格上の貴族に対して腰が低くなるんだ。 伯爵家や侯爵家出身の兵士に何かを頼まれると相手が新兵でも嫌と言えない。

 やれ剣の指導をしてくれの護衛をしてくれの。 それが一人や二人じゃない。 これが退官まで続くのかと思うと俺に会いに来る貴族という貴族の奴ら全員をぶち殺してやりたくなる。


 そこに現れた、いかにも良家の子弟という旅装の入隊志願者。 もう一人はその従者だろう。 

 この先で荷馬車の御者に会ったが、そいつは季節外れのオークに襲われて逃げて来たと言っていた。 若様がオークを次々矢で倒した、とか。

 オークを矢で倒しただあ? そんな事、出来る訳がない。 オークの皮は硬いから特殊な刃の剣で脇下とか顎の下とかの柔らかい所を狙わないと切れないんだ。 普通の矢や剣で立ち向かったって跳ね返されて終わり。 貴族ならそれなりの武器を持っていたのかもしれないが。

 本人を見たらいかにも貴族の坊ちゃんで、よたよた。 歩くのもやっとな有様。 あれでオークが射殺せるもんか。  何かの見間違いさ。 もっともオークを振り切ってここまで逃げて来たなら相当な距離を走ったんだろう。


 オークは五頭、多い時は八頭の集団で獲物を襲う。 充分な装備がないと必ず怪我人や死人が出るから北軍がオーク狩りに行く時は最低でも五十人ぐらいの隊を組んで行く。 一人で何頭ものオークを倒せる奴なんていない。 俺だって一頭だけなら何とかなると思うが、二頭以上に襲われたらひとたまりもないだろう。

 俺が出来ないんだから誰にも出来ないとは言わないが、こんな弱っちい貴族の坊ちゃんの矢じゃ倒せた所で兎がせいぜいだろ。 オークを倒しただなんて。 寝言は寝て言え、だ。 それとも矢に毒でも塗っていたのか?

 どっちにしろ間もなくオークに追いつかれて食われる。 こいつらが食われた後で腹が膨れて動きの鈍ったオークを片付ければいい。 俺は近くに馬を隠し、徒歩で逃げる二人連れに近づいた。 そこに主従の会話が聞こえて来た。


 どうやら主の方が従者に逃げろと言っている。 まじ? まじなんだろうな。 死を覚悟して従者に形見を渡そうとしているところを見ると。 そして従者は逃げない、と。 

 え? おいおい。 そこまでオークが来ているんだぜ?

 主が持っている剣はそこそこ立派だが、従者ときたら果物ナイフか、ていう短剣一つだ。 

 一緒に心中したい理由でもあるのか?

 こいつら、男同士だよな? まさか……な。


 ひょっとしたら全部狂言? と疑い始めた所で二人の後ろにオークが現れた。 なんと。 たったの一頭。

 他のオークはどこに行った? オークは群れから離れて獲物を襲うという事をしない。 自分が最後の一頭というのでもない限り。 すると本当に他を全部倒したのか? あの御者が言ったように。

 オークが唸り声と共に右腕を大きく振りかぶる。 色黒の方がやられる、と思った途端、体が動いていた。 俺の剣がオークの弱点である右脇下に決まり、次に左を、そして喉に止めを刺した。

 ほっと一息吐き、二人がいた方を振り返る。 例の坊ちゃんはがくがく震えている。 きっと立っているのもやっとなんだろう。 武士の情けで気がつかない振りをしてやったが、あれじゃ三分ももたんな。

 従者に聞いてみると、どうやら正真正銘、こいつが一人でオークを六頭、仕留めたらしい。 正直言って信じられないが、それはオークを回収すれば分かる事だ。 もし本当だとしたら将軍、いや、皇王陛下からの報賞ものだぜ。 軍対抗戦優勝なんて目じゃないぐらいの大金星と言っていい。 軍対なんて所詮、人間相手だからな。

 そいつは俺の質問に答える前に気を失ったが、怪我はしていないようだ。 起きたら詳しい事を聞けばいい。 俺はぶったおれた坊ちゃんを背負って馬に乗り、従者にはデサンレの馬に乗るように言った。

 これが後世に語り継がれる「弓と剣」、北の猛虎と六頭殺しの若の出会いとなるとは知らずに。


「軍対」は「軍対抗戦」を省略した表現です。

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これが後世に語り継がれる「弓と剣」、北の猛虎と六頭殺しの若の出会い ゾクゾクした
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