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弓と剣  作者: 淳A
海鳴
370/490

説明

「さっさと船を出せ!」

 俺が中々出航合図を出さないものだから、師範がドスの利いた迫力で怒鳴った。 いつもだったら、平にお許しをー、という感じですぐ師範の言う通りにする。 だけど事情が事情だ。 今ここで船を出したら後でもっと困った事になる。 俺はなけなしの勇気を振り絞った。

「だめっス」

 あ、腰が引けている事が丸わかりな弱々しい語尾。 ちょっと情けなかった?

「何だと?」

 ひーーっ。 こ、怖いよっ!

 師範の最大級殺気なら何度も見ている。 と、思い込んでいた。 何、この超ド級。 容赦のない殺気に思わず怯んで、ずずっと下がった。

 びびったのは俺だけじゃない。 あの平常心の塊として知られているネシェイムでさえ肩を強ばらせている。


 毎度お馴染み、絶体絶命の四文字が、ぽっと目の前に浮かんだ。 そして、また今度ね、みたいな感じで、すっと消えた。 後に残された闇が深い。

 あれ、俺を呼んだ? と、絶対無理が不景気な顔を出したが、すぐに消えてもらった。 ここで踏ん張らなきゃいつ踏ん張る。 出来れば一生、踏ん張らねばならない場面にはあいたくなかった、というのが本音ではあっても。


「う、海坊主がいないのに、今出航したら、すぐラーザンタの船に追いつかれます。 船員が乗り移って来るだけなら応戦も出来るけど、重い物を投げて来られたら、この船じゃひとたまりもありません。 甲板に穴が空いて沈没です。 川岸近くを選んで襲ってくれる訳でもないだろうし。 この川には両岸が切り立った崖で町もない所が結構あります。 そんな所で沈没させられたら助けを呼ぶのだって簡単じゃありません」

「ラーザンタ? なぜラーザンタの船が襲って来るんだ?」

「人足に切りつけてきたラーザンタ人を俺の矢で止めたって言ったじゃないですか」

「それがどうした」

「放って置いたら必ず報復にきます。 その前に謝らないと」

「謝る? なぜお前が謝る。 あっちは丸腰の人足を殺そうとしていたんだろう? それを止めて何が悪い」

「だって帽子を射抜いちゃったし」

「帽子だあ?」

「ラーザンタ人にとって帽子はすごく大切なんです!」

「ほう。 俺はてっきり、ここは皇国なんだと思っていた。 今日からラーザンタになったのか? それは知らなかった」


 俺も知りませんでした、とあやうく言いそうになって、その直前にこれって皮肉かも、と気付いた。 国境近くならともかく、皇国の中央に近いゴーンザーレ桟橋が今日突然外国になる訳がない。

 そもそもラーザンタは島国だ。 皇国だけじゃなく、どことも国境が接していないし、仮にここが国境の町だとしたっていきなりラーザンタ国にはならないだろ。

 それに郷に入っては郷に従えと言うのは無茶でも理不尽でもない。 俺がラーザンタに行った時、常に帽子を被ったように。 ここじゃ人足に刀を振り回す方が悪いんだ。

 何も言い返せずにいると、だめ押しをするかのように師範が言う。

「皇国では皇国の法がある。 この国で人殺しは犯罪だ。 殺すぞ、と脅すのもな。 人殺しを止めたからって恨まれる筋合いはない。 そいつの帽子がどうなろうと知った事か。 それじゃお前の気が済まないと言うなら手持ちの帽子をくれてやれ」

「いや、そこらの帽子をあげたって、そう簡単に納得してくれるかどうか」

「そこらの帽子だと? 瑞兆の父が被っていた尊い帽子だぞ。 貰って喜ばない奴がいるものか。 なんならロックと空を飛んだ時に被っていたやつだと言ってやれ」

「な、何を言って。 俺が空を飛んでる所を実際見た人が数え切れないぐらいいるのに。 そんな嘘をついたらすぐばれるでしょ」

 なんと今では俺が空を飛んでる所の絵も印刷されて出回っている。 もちろん帽子なんか被っていない。 ただ、どの絵もすごく色鮮やかで立派な服を着ているから全て事実という訳でもないが。


「ふん、ばれたからどうした」

「恥をかかせた上に嘘をついたら余計拗れるじゃないですか。 俺が今持っている帽子って、どこでも売ってる麦わら帽子ですよ。 紐がくたびれているから新品じゃない、て事は分かるけど。 そんな物をあげたって、だからどうした、と言われるでしょう?」

「一々何をバカ正直に。 向こうはこの船に瑞兆が乗っている事を知らないんだろ。 普通ならそれを聞いただけで引き下がるはずじゃないか」

「でもあっちはすっかり頭に血が上っているみたいだし。 帽子の弁償しろと言って来たらどうするんですか?」

「ふん、瑞兆より帽子が大事ってか。 面白い。 さぞかし被り心地がいい帽子なんだろう。 ちょっと行って、被らせてもらおうか」

「そ、そんな事を言い始めたら、もう収拾がつかなくなります」


 俺が困り果てているとトビが進み出た。

「旦那様、御懸念は御尤もですが、ここで停泊し続ける訳にも参りません。 相手に非ありとは申しましてもこの船では御用船に見えなくとも無理はなく、情状酌量の余地もございます。 こちらと致しましてもラーザンタと事を構えたい訳ではないので、私が行って事情を説明して参ります」

「え? まさか、一人で? 話せば分かる奴には全然見えなかったぜ」

「ダーネソンを供に連れて行きますので」

「ダーネソンはラーザンタ語も分かるんだ?」

「ラーザンタ語を話せる訳ではありませんが、相手が嘘ついているかどうかは分かるようです」

「それは助かるけど、問答無用で斬りつけられたらどうするのさ?」

「そこで、私が確かに準大公家執事である事を証明出来る者に同行してもらうという案は如何でしょうか? 桟橋管理事務所には責任者がいるはず。 所長でしたら専属の護衛もいるのでは? 向こうも桟橋管理事務所所長が同席していればいきなり乱暴な真似はしないでしょう」

「この桟橋の所長ってトビの知っている人?」

「面識はありません。 ですが、ゴーンザーレ桟橋はリヴァノファーバ侯爵家の所有と聞いております。 リヴァノファーバ侯爵と当家は親戚関係こそないものの、旦那様の母方祖父であらせられる先代ジョシ子爵は先代リヴァノファーバ侯爵の旧友でいらしたとか。 その関係でヴィジャヤン準公爵は先代及び当代リヴァノファーバ侯爵のどちらとも親交がおありでした。 ヴィジャヤン伯爵家執事見習いであった時、当代様に御挨拶申し上げた事がございます。

 それでなくとも準大公家から身元保証人を頼まれるのは名誉な事。 誰が管理責任者であろうと、ふたつ返事で引き受けてもらえるのでは、と存じます」

「うーん。 父上はともかく、俺はリヴァノファーバ侯爵と親しい訳じゃないのに。 突然こんな事をお願いしても大丈夫かなあ? ちょっと厚かましいんじゃない?」

「旦那様は当代様とお会いになった事はないかもしれませんが、御幼少の頃、先代リヴァノファーバ侯爵のお気に入りであったと伺っておりましたが?」


 トビに言われて思い出したが、俺は子供の頃、クラピリックを沢山御馳走になった事がある。 俺はクラピリックがとても高い貝だという事を知らなくて。 美味しいーとか言いながら、ぱーくぱく何個も食べちゃったんだよな。 内心父上も母上も焦ったんじゃないか。

 でも先代侯爵は太っ腹な御方だったらしく、シラを思い出すのう、と懐かしげにおっしゃって、にこにこ笑っていらした。 そして俺の祖父、シラ・ジョシの好物がクラピリックで、クラピリックの蘊蓄を語らせたら止める事が出来なかったとか、色々教えて下さった。


 後で聞いた話によると先代侯爵は普段とても気難しい御方なんだそうで。 昔話なんて自分の孫にだってしない人だったらしい。 だとすると俺はなぜか分からないが気に入られたんだろう。 でも先代侯爵は十年位前に亡くなっていて、当代リヴァノファーバ侯爵とは挨拶した事があるというだけの関係だ。

 俺がすぐにうんと言わないものだからトビが更にプレッシャーをかけて来た。

「それ以外の方法となりますと、この桟橋の警備兵に護衛を命じるか、停泊中の船の剣士を動員する、または停泊中の船にブラースタッドまで護衛を命じる等、いずれも準大公閣下の権限内で命令可能とは申しましても、そちらの方がより多くの恩を売った買ったという話になると思うのですが」


 俺はため息をつきながら桟橋の所長とラーザンタの船に説明に行く様、トビに命じた。


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