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弓と剣  作者: 淳A
春遠き
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特別扱い  ある北軍人事担当者の話

 若自身は特別扱いされている事を知らない。 若だけではない。 仲間の兵士も若がどんな風に特別扱いされているのかを知らない。 普通の兵舎に住み、普通の食堂で食べ、普通の風呂に入っている若を不思議な目で見ている。 六頭殺しの若をなぜ特別扱いしないんだ、する方が当たり前だろ、と。


 ギャッツ中隊長が若の事を特別扱いされていると言ったそうだが、それは事実なのだ。 もっとも彼の場合若がどういう風に特別扱いされているのかを知らずに言ったんだと思うが。

 特別扱いである事を隠しているのは世間体でもなければ公平感が損なわれるからでもない。 英雄を英雄扱いするのは当然だ。 他の兵士もそう思っている。 しかし肝心の若が自分の事を英雄と思っていない。 英雄扱いをしたら若に遠慮されてしまう。 それで一々隠してやっているのだ。

 例えば北軍にも数は少ないが貴族用の兵舎がある。 それは一部屋が普通の四人部屋よりずっと広い。 若が住んでいるのは普通兵舎だが貴族部屋と同じ広さだ。 なぜこうなったかと言うとカルア将軍補佐が貴族用兵舎に御案内なさった時、若が貴族部屋を遠慮したからだ。


「若。 北軍の貴族用兵舎は質素だ。 必要な物があれば取り揃えよう。 希望を出すように」

「あの、貴族用兵舎って事は、普通の兵舎よりお高いんですよね?」

「ここに住む者は一ベッドに付き普通兵舎の五割増を払っているが、それは免除する。 差額は心配しなくとも良い」

「え。 それでは申し訳ないです。 俺は普通兵舎でいいですから。 そちらにして下さい」

「何を遠慮している。 そもそも貴族なのだ。 貴族用兵舎に入るつもりではなかったのか?」

「いいえ。 実は、こんな事になると知る前は平民として入隊するつもりだったくらいで。 それでなくてもいろいろして戴いているのに。 それ以上して戴いたら申し訳ないです」


 それで場所は普通兵舎にして、隣との壁をぶち抜いた。 新兵の場合、住居費、食事代はただというか、給金はそれらを差し引いた手取りになっている。 だから若が差額を払っていない事を知っても誰もおかしいと思わない。 だが新兵だったら普通は四人部屋に入れられるのだ。

 貴族の子弟だったら必ず従者を連れて来る。 その場合、従者分の追加料金を毎月払うか給金から差し引くかを選択する。 誰かと一緒に寝起きするのが嫌で四人部屋を一人で使用する場合、四ベッドと従者用のベッド、従者が三人いるなら合計七ベッド料金を払う事になる訳だ。

 若はトビと二人で元は二部屋、つまり合計八ベッドを使っているが、差額を払っていないし、天引きもされていない。 管財部から請求書が来ないので差額を払うものだとは知らないのだろう。 自分の部屋が普通兵舎とは言え小隊長用の部屋で貴族部屋と同じ広さである事も。


 次に従者の食事代。 これは本来なら主が払うべきものだ。 他の貴族も払っていないが、それは自分用の料理人を連れてきているか料理の出来る従者を連れてきているので、隊で用意した食事を食べていないから払う事を免除されているに過ぎない。

 トビは他の新兵と一緒に食堂で食べているが、誰も若に食事代を請求していない。 それはカルア将軍補佐が裏で手を回したおかげである事を若は知らない。


 そして風呂。 若が風呂好きなのはトビが詳しく入浴の規則を聞いてきたので入隊当初から知られていた。 ただ普通兵舎には普通風呂しか付いていない。 しかも百人共同だ。 全員が毎日入れる訳じゃない。

 そのため若以外の全員が集まり、いわゆるローテーションを組む事にした。 若が入るのは九時四十五分から十時十五分。 その三十分間に一緒に入る兵士は、今日は誰と誰というふうに。 各人十分、最多で六人を越えないようにした。 でも誰も入ってこないと、どうしてだろうと若が不審に思い、かえって気を使わせるだろう。 という訳で三人以下にならないようにしている。

 それで若に殺人容疑がかけられた時、弓部隊全員が若の入浴時間を知っていたのだ。 その日一緒に風呂に入っていた者達が、若がいつもの時間に風呂に入っていた事を証言した。

 実は、新兵の入浴時間は十分を越えてはならないという不文律がある。 そして入浴は九時半以降。 古参の兵が全員入り終わってからで、隔日しか入れない。

 しかし若と一緒に風呂に入りたい者が列をなしているのだ。 若にはどんどん風呂に入ってもらわねば困る。 長風呂であればある程よい。 今でさえ若と一緒に風呂に入れる隊員は古参兵だけで新兵に順番は回って来ない状態なのだから。 若に余計な事を言う奴などいない。


 最も大きな違いは給金だ。 普通の新兵の給金は毎月六万五千ルークだが、若の給料は八万。 これは職能給一万五千が加算されている。 職能給自体はもらっている兵士がそこそこいるが、北軍の歴史上、新兵でこの職能給を受け取った者はいない。 北の猛虎は二年目から受け取ったが。

 だが本人を含め、今後も若が特別扱いされている事を知る者はいないだろう。 なぜなら誰にも若を特別扱いしているつもりはないからだ。


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