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弓と剣  作者: 淳A
海鳴
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再会

 ギラムシオ号の船上で出発準備に走り回っていると、師範から子供を叱るかのように嗜められた。

「おい、何をそんなに浮かれている。 まず落ち着け」

 思わずむっとして、元々落ち着いてますと言い返しそうになったが、おっちょこちょいで知られる俺だ。 「元々」なんて言ったら鼻で笑われても仕方がない。 それでなくても相手は怒らせたら怖い師範。 下手な返事をしたら鼻で笑われるより先に、口答えしやがって、と拳骨を食らう。 まあ、口答えしなくたって拳骨を食らう時が結構あるし、軍隊で拳骨の心配をしていたら何もできない。 言うべき事は言っておかないと。


「落ち着けだなんて人聞きの悪い。 何も浮かれてなんかいません。 船の上だとてきぱき手際がいいだけで、ちゃんと落ち着いています」

「何が落ち着いています、だ」

「俺のどこが落ち着いてないって言うんですか?」

 びしっと師範が指さした方向には北進が置いてあった。 今回のお見送りは川の旅だから弓を使う場面はない。 それでも念の為北進の他に三張の弓を持って来ている。 自分の着替えや身の回りのあれこれはトビとリネに全部任せているが、弓だけは誰の手も借りずにいつも自分で運んでいる。 北進は常に持ち歩いているが、その他にどの弓を持って行くかは行き先や目的、その時の気分で決めているから。


「他の弓を忘れているとおっしゃりたいんですか? 他はわざと置いてきたんです。 海坊主を移した後で皇太子殿下へ報告しにマーシュへ戻って来なきゃいけないでしょ。 ベルドケンプ島でやれるのは海水浴と釣りくらいです。 偶には鳥が飛んで来たりするけど。 射ったって落ちた場所が悪けりゃ拾えないし。 ベルドケンプ島からそのまま北へ帰れるなら持って来た弓全部を運びましたけど」 

 そこまで説明して、はっと気が付いた。 何か足りない。 

「あれ? 矢筒がない」

 北進の隣に置いてあるのはサリの水着だ。 誰も気にしてないと思うけど、リネとお揃いのお花畑です。 ちょーかわいいっ。

 お風呂じゃないんだから、サリを裸で水遊びさせる訳にはいかない。 いくら辺りには身内しかいないと言ってもサリは父親にさえ裸を見せちゃいけない御方なんだから。 これだけは絶対忘れない様にしないと、と気に掛けていた事があだになったようだ。


 慌ててヘルセス公爵の別邸へ戻ろうとしたら師範に襟首をぐいっと引っぱられた。

 ぐえっ。 ちょっ、ちょっとー。 掴む所を選んでくれてもいいんじゃない?

「矢筒はアラウジョが取りに戻ったからいい。 そんな事よりいくら南の日は長いと言ってもそろそろ夕方だぞ。 今出発して大丈夫なのか? 第一、どうして命令されたその日に出発しなきゃならないんだ? 明日か明後日に出発したって遅くはないだろう?」

「それはまあ、今日でなきゃ、て事でもないですけど。 お天気がいい内に出発した方がすぐに着けるし。 この辺りの海なら俺もドレジェッツ船長もよく知っているから夜でも心配しなくて大丈夫です。 実は、ここでゆっくりしていたら、そっちこっちからあれしろこれしろって言われるような悪い予感がするんですよね。 さっさと出発しちゃった方が早く北へ帰れると思います」

 俺の予感は当てにならないと言っても時々ほんとに当たったりするから馬鹿に出来ない。


「お前は皇王族と将軍以外の誰からも命令されずに済む身分になったんだろ。 今ここにはモンドー将軍もバーグルンド将軍もいない。 オスタドカ東軍副将軍はいるが、お前の叔父だ。 何かを頼まれたって断ればいいじゃないか」

「ええー? 断ればいいって。 そんな簡単に断れるなら誰も苦労なんかしないですよ」

 俺の事を噂でしか知らない人は、英雄で準大公になったんだからやりたい放題だろ、と思っている。 だけど現実は厳しい。 師範に気合いを入れられ(ど突かれとも言う)、マッギニス補佐の御機嫌を損ねないように気を遣い、部下や側付きにだって遠慮しいしい暮らしているんだぜ。

 親戚だって上級貴族揃いだ。 親戚じゃない貴族からだって余計な反感を買わないように気を付けている。 俺の日常を知らない人がさっさと断れと言うのは分かるが、俺の苦労をしっかり見ているはずの師範がそんな事を言うだなんて。 何だかがっかり。


「師範は俺が新兵の頃、トビの顔色を窺いながら暮らしているのを見て、お前ってほんとに貴族なんだよな、と俺に聞いた事があったじゃないですか。 トビの頼みだって断れない俺が誰かの頼みを断れると思うんですか?

 大体、人に頼まれたら断りづらいのは俺ばかりでもないでしょ。 師範は親戚から何かを頼まれたら、何であろうと嫌と言えるんですか? 師範だって苦手な舞踏会に出席なさいましたよね。 グゲン侯爵から強請られて。 皇王族や将軍に命令された、て訳でもないのに。 北の猛虎ファンのグゲン侯爵なら、お強請りを断られたくらいでつむじを曲げたりなさらなかったと思いますけど。 それって断りづらかったからじゃないんですか?」


 俺が言い返すのは珍しいが、それ以上に珍しく師範が黙った。 皇太子殿下の舞踏会にはモンドー将軍も出席していたから、グゲン侯爵にお願いされなくてもたぶん師範は出席していた。 将軍の護衛としてどうせ出席する羽目になるから出席したんだ、と言い返せない事もないのに。

 でもグゲン侯爵に招待されて出席するのと、将軍の護衛として出席するのとでは大きな違いがある。 護衛なら将軍の側から一歩も離れられないし、挨拶回りや踊りもしたくたって出来ないんだ。 踊りたくない俺や師範にとって、そっちの方がずっと楽といえる。


 師範はちょっと肩を竦めた。

「お前は普段から散々人に迷惑を掛けているからな。 義理や恩のある人は数え切れないだろう。 そんな人達から頼み事をされたら断れないという気持ちは分かる」

 ふん、嫌みったらしい。 俺に言い返されて面白くなかったんだろうな。 師範も案外子供っぽい所があるから。 まあ、ここは弟としての度量を見せて何も言い返さないでおこう。

「ところで、この急な出航をレイに伝えたんだろうな?」

「それはトビに連絡するよう言っときました。 それと俺達が別邸に戻った時、ロールゼル家令にも伝言を頼んでおいたし」

「あの家令にしつこく引き止められたんじゃないのか?」

「もちろん引き止められましたよ。 でも貴族なら腹の底ではさっさと帰れと思っていたって礼儀上必ず客を引き止めるものだから、引き止められたからって一々本気にして長居する人はいません。 ロールゼル家令は必死っぽかったから本気で引き止めていたと思いますけど。 だからって引き止められる度に出発を延ばしてたらどこにも行けなくなるでしょ」

 師範はそれ以上何も言わず、俺達一行は食料の積み込みが終わり次第、出航した。


 とても良いお天気で、夜になると静かな波の上に満天の星が広がった。 普段はゆっくり夜空を眺める暇もない。

「リネ、甲板で星を見ないか?」

 一緒に夜空を見上げながら、リネにそっと囁いた。

 愛してる。


 うっそだー、て?

 バカにしたな。 怒っちゃうかもっ! ぷんぷん。

 こう見えても俺はやるときはやるんだ。 やらない時が多いだけで。 ま、そんな事はどうでもいい。

 ただ愛の告白なんて生まれて初めてやったせいか、もぞもぞしちゃって。 つい、ヒャラを踊っちゃったんだよなあ。 照れ隠し、照れ隠し。

 だけどこれでようやく俺も一人前の夫だ。 ひょっとして、師範より一歩先を進んでいるかも?

 ふっ。 うまく行く時って何から何まで絶好調だよな。


 そして二日後、予定通りベルドケンプ島に着いた。 島が見えて来た所でドレジェッツ船長が聞いてきた。

「ギラムシオ様。 どこに碇を下ろせばいいか御存知ですか?」

「ああ、えーとね、ここからもうちょっと右に行くと」

 答えようとしたら、その右手の方から長さ十メートルはありそうな黒い大きな影が近づいて来た。 なんだと思う間もない。 いきなり波がぶわっと盛り上がった。


「「「「うわああーーっ!!」」」」


 ギラムシオ号が大きく傾き、俺とドレジェッツ船長は甲板を滑って船縁にぶち当たった。 俺は船縁を掴めたが、ドレジェッツ船長の体が宙に飛び、海に転がり落ちそうになった。 咄嗟にドレジェッツ船長の腰紐を掴み、なんとか引っ張り上げた。 他にも転がった者がいたが、幸いみんな何かに掴まっている。 海に落ちた者こそいないが、台風のど真ん中に放り込まれたみたいに船がもみくちゃにされだした。


「何だ!? 一体何が」

 師範が船室から飛び出し、甲板へ上って来ようとする。 師範は泳ぎが上手いって訳じゃない。 そんな人が海に落ちたら事だ。

「師範、船室に戻って!」

 俺の叫びと同時に馴染みの深い鳴き声が響き渡った。

 

 わっきゃー、わっきゃー

 わっきゃー、わっきゃー


 海坊主だ。


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